よい子テスト~悪い子は死んでください~ 作:崖の上のジェントルメン
──校舎の中は、静まり返っていた。
俺たちテセウス組以外は誰もおらず、すれ違う人すら見かけなかった。
「みんな、慎重に歩けよ。何が起きるか分からないぞ」
俺は先頭に立ち、後方にいるテセウス組のみんなへそう告げた。
このテセウス組は、現在17人いる。この17人を上手くまとめられるかどうかで、このテストの成否が決まる。
『もしもし、優太郎くん?聞こえる?』
俺の持ってるタブレット端末から、直樹の声が聞こえてきた。
「おお、直樹。聞こえてるぞ」
『よかった。僕らは今、二階の理科室にいるよ』
「理科室か。鍵はどうなってる?」
『鍵はかかってないよ。普通に開けてある。もちろん、減点されるから出るつもりはないけどね』
「敢えて開けてあるところが、また嫌らしいテストだな……。よし、すぐに助けに行くからな」
『了解、気をつけて』
直樹との通信を経て、俺たちは思いの外スムーズに理科室へ向かっていた。
一階の出入り口から入って、階段をのぼり、二階の廊下に出ていた。
『うん?なんだろう、これ』
事が起きたのは、直樹が異変に気がついたことだった。
「どうした?直樹」
『いや、タブレット端末の中に、学校の地図があるでしょ?そこに変なものが表示されているんだ』
「地図?俺たちの端末にはないぞ?」
『え?』
「制限時間の分かるやつと、電話、あとはメモ帳アプリだけで、他には何もない」
『……僕たちの端末には、それに加えて学校の地図アプリがあるんだ』
「地図アプリ?」
『今、優太郎くんたち、二階に上がってきたところだよね?』
「ああ」
『優太郎くんたちの位置情報がね、青い丸のマークで表示されているんだ』
なるほど、どうやら生け贄組の端末には、俺たちがどこにいるか分かるように、その地図アプリもインストールされているらしい。
『それでね、僕が変だなって思ったのは……優太郎くんたちの他に“赤い丸”も突然表示されたことなんだ』
「……赤い丸?」
『うん。今、ちょうど角を曲がるところだよね?その角にあるんだ』
「………………」
俺は、一旦その場に立ち止まった。
そして、直樹の言う角の方へ、じっと目をやった。
「なんだ?どうしたんだよ優太郎?」
海斗の声かけに、俺は「しっ!」と言って、口に人さし指を立てた。
「……みんな、一旦止まれ。そこの角に、何かいる」
俺は声を潜めて、後ろのみんなに忠告した。
「な、なにかってなによ?」
谷口が不安げに俺へ尋ねてくる。
「……わからない。だが……何か、ヤバいものかも知れない」
「………………」
俺は後退りしながら、聞き耳を立ててみた。
角の向こう側から、ふー……ふー……と、何かの呼吸音がする。
(生き物……か?)
その時だった。
ぬっと、そいつは姿を現した。
角から顔を出して、俺たちのことを見下ろしていた。
「………………」
それは、怪物だった。
顔が牛で、身体が人間の怪物だった。
身体が異常に大きく、天井に頭がつきそうなほどだった。
筋骨隆々で、丸太のように腕が太く、血管が浮き出ていた。体毛も濃く、全身が毛むくじゃらだった。
その手には大きな斧が握られており、刃には黒々とした血がこびりついていた。
「……ろ」
俺は、恐怖で足がすくんだ。
現実味のない光景に、頭が真っ白になりそうだった。
「げろ……」
だが、後ろにいる仲間たちのことを考えて、俺は即座にみんなへ叫んだ。
「逃げろーーーーーーー!!!」
うわあーーーーーー!!!
テセウス組のみんなは、一目散にその場を引き返して、一階へと降りた。
俺もみんなの背中を必死になってついていった。前にいる人のことを、突き飛ばしそうになった。
「はあっ!はあっ!はあっ!」
一階の入り口付近まで逆戻りした俺たちは、ひとまずそこで呼吸を整えた。
あの怪物はそこまで追っては来ず、今は気配も見当たらなかった。
「な、なんなんだよあれ!?」
「あんなの聞いてねえって!」
テセウス組のみんながパニックになっていた。
かく言う俺も、心臓が張り裂けそうなほどにバクバクと動いている。いきなり走ったせいで、口の中に血の味がした。
「う、牛の……頭!?どういう、ことなんだ!?」
俺たちの様子を察した直樹が、『みんなどうしたの!?』と声をあげた。
「い、今、でかい化け物がいたんだよ……!」
『化け物!?』
「な、直樹の言う地図の赤い丸は、たぶん、あの怪物のことだ……!」
『……そ、その怪物って、どんな外見だった?』
「え、えっと、なんか牛の頭で、毛むくじゃらで、でっかい斧みたいなのを持ってたな……」
『………………』
直樹は、しばらくの間黙っていた。俺が「直樹?どうした?」と声をかけて、ようやく彼は答えた。
『それは……ミノタウロスかもしれない』
「え?」
『テセウスって言葉に、なんとなく聞き覚えがあったんだ。これはたぶん、ミノタウロスの神話を元にしたテストだ』
直樹はその神話について、かいつまんで教えてくれた。
ミノタウロスは迷宮に住む怪物で、頭が牛、身体が人間という姿をしており、七人の少年と七人の少女を生け贄にしていた。
そこに迷い込んだテセウスという英雄が、このミノタウロスを倒し、迷宮から抜け出すという話らしい。
「なるほど……。つまり直樹たち生け贄組を助けるには、俺たちテセウス組があのミノタウロスをなんとかしないといけないってわけか」
『どうやら、そうみたいだね……』
やっぱり、このテストもただでは終われないようだ。
あんなでっかいのに襲われたら、点数がどうのとか言ってられない。すぐその場で死ぬ。
「おい、優太郎。直樹はなんて言ってんだよ?」
海斗からそう訊かれた俺は、今までの話を簡単に説明した。
「ミノタウロスか……。確かに、ゲームなんかじゃああいうのよく見かけるよな」
海斗は眉をひそめて、口を尖らせながら息を吐いた。
俺も激しく動く心臓をなんとか落ち着かせながら、直樹へ問いかけた。
「なあ、あのミノタウロスは、そっちの地図で赤く表示されてるんだよな?」
『うん』
「……それなら、俺たちが上手く連携すれば、あいつを回避できる。直樹、ミノタウロスの動きを逐一チェックしてくれ」
『わかった、任せて』
俺は顔をぱしっ!と叩いて、気合いを入れた。
「よし、行くか海斗」
「おうよ」
そうして、俺たちはまた、廊下の奥へ進み始めた。
「ちょ、ちょっと待てよお前ら!」
その時、背後から声をかけられた。テセウス組の吉田くんだった。
「お、お前ら、また行くのか?」
「ああ、もちろん。生け贄組を助けないと」
「………………」
吉田くんは唇を噛み締めて、涙を浮かべながら「俺は無理だ」と言った。
「あ、あんなでかいの、勝てるわけない。絶対、こ、殺される……」
「吉田くん、何もミノタウロスに勝つ必要はない。俺たちのクリア条件は、生け贄組をグラウンドへ連れ出すこと。ミノタウロスは上手く撒けばいいだけなんだ」
「………………」
「それに、そのミノタウロスの場所は生け贄組が把握してくれている。上手く協力すれば、クリアできるテストなんだよ」
「……俺たちテセウス組は、減点されない、よな?」
「え?」
吉田くんはひくひくと口角をひきつらせて、泣きながら笑った。
「生け贄組が死んでも、俺たちは減点されない……。そうだろ?」
「………………」
「な、なら、無理に助けなくていいって。な?」
吉田くんの言葉にいち早く反応したのは、海斗くんだった。
「お前、なに考えてんだよ!」
海斗は吉田くんの胸ぐらを掴み、「直樹たちが死んでもいいっていうのかよ!」と叫んだ。
「い、いいわけないだろ!?い、生け贄組には、マサキもユウダイもサトシもいる!み、みんな俺の友だちだ!」
「だったら迷うことないだろ!助けにいかないでどうするんだよ!?」
「で、でもよ!み、みんなは死んでも……俺は、死なない」
「!」
「こ、今回は減点されないテストなんだ。だ、だからあえて、そっちを選んで、安全な方法で生き残った方が……」
「この!!バカやろ……」
と、海斗がそこまでヒートアップしたところで、俺が「止めろ海斗!」と止めに入った。
「乱暴な言葉を使ったら、また減点されるぞ!」
「だ、だけどよ!」
「一旦落ち着け!な!?」
「………………」
海斗は苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、吉田くんの胸ぐらから手を離した。
……よくよく周りを見渡すと、吉田くん以外もパニックになっていた。
嗚咽しながら泣いている人、身体が小刻みに震えている人、床に座り込んでしまう人……。反応はそれぞれだったが、ほとんどの人が戦意喪失していた。
あの谷口も、青ざめた顔でうつむいており、震える自分の身体を抱いていた。
「………………」
吉田くんの言う話は、正直俺も頭に過った。
生け贄組の14人を見捨てれば、俺たちはみんな無事だ。あんなでかい怪物と立ち向かわなくていいなら、なんだってする。
俺たちは、ただの学生だ。自衛隊でもなけりゃ、警察でも消防でもない。みんな自分のことで精一杯なんだ。
生け贄組からどんなに恨み言を言われようと、死人に口なし。生き残ってさえしまえばいいんだ。
そういう誘惑の沼に、ずるずると引きずり込まれそうな気持ちになる。
(……でも)
俺は眉間にしわをよせて、ぎゅっと目を閉じた。
『僕は優太郎くんの良いところだと思うよ。思いやりが届かなくても、めげずにまた優しくできるところがさ』
──あそこには、直樹がいるんだ。
俺の友だちや、クラスメイトたちがいるんだ。
みんな、待ってるはずなんだ。俺たちが助けに来てくれるのを。
俺たちのことを、信じているはずなんだ。
頑張れよ優太郎!このクソみたいなテストを否定するって決めただろ!?
飲まれんな、誘惑に!ここで止めたら、天使たちの思う壺だぞ!!
(……しかし、だからってどうすりゃいいんだ)
ここで無理にみんなを引っ張ったって、反感を買うだけ。だが、ここにみんなを置いていくこともできない。
俺は直樹からミノタウロスの位置を教えてもらえるから回避できるが、タブレットは一台しかない。万が一、ここにいるみんなのところへミノタウロスが近づいてても、回避できない……。
「どうするよ?優太郎」
海斗からそう訊かれた俺は、「そうだな」と一言だけ返してから、震えているみんなに向かってこう告げた。
「なあみんな、確かに俺たちテセウス組は、減点されない。このままなにもしなくても、俺たちは助かる」
「「………………」」
「だが当然、生け贄組のみんなは死ぬことになる。14人のクラスメイトが、このテストでいなくなるんだ」
「「………………」」
「それに、よく考えてみて欲しい。俺たちテセウス組も、生け贄組を助け出すまでは建物の外に出られない。ここで佇んでいても、ミノタウロスが襲ってくる可能性は充分にある。なら、みんなで行動を共にする方が、逆に安全だとは思わないか?」
「「………………」」
俺が理屈でどれだけ言っても、みんなの顔色は変えられなかった。
仕方ない、奥の手を出そう。
「……ひとつ、みんなに約束しよう」
俺はごくりと生唾を飲んで、こう言った。
「もしミノタウロスに追い付かれそうになったら、俺が囮になる」
「!」
「お、お前!いきなり何言ってんだよ!?」
海斗が焦った声色でそう言った。
「仕方ないんだよ海斗、これしかないんだ!」
「ゆ、優太郎、お前……」
「ミノタウロスに出くわしたら、俺がなんとかする!だからどうか、どうかみんな、力を貸してくれないか!?」
俺はみんなに頭を下げて、「頼む!」と叫んだ。
「「………………」」
しばらくの間、誰も何も言わなかったが、「藤山がそこまで言うなら」と、みんながようやく腰をあげてくれた。
「……本気なの?」
谷口が、俺のことをじっと見つめてそう言った。
「ああ、本気だ」
「………………」
「もちろん、死ぬつもりなんてないぞ。みんなで生き残るために、俺が提案しただけだ」
「………………」
「みんな、勇気を出してくれてありがとう。さ、行こう。制限時間まであと43分だ」
そうして俺は17人を連れて、また廊下を歩き出した。
……ドクン、ドクン、ドクン
さっきと同じ道を歩いているはずなのに、緊張感が全く違う。
自分の足音、吐息、そして心臓の音さえ、ミノタウロスに聞かれてしまわないかと不安になる。
「……直樹、聞こえるか?」
『うん、大丈夫』
「どうだ?俺たちの近くにいるか?」
『……うん、次の角で鉢合わせるかも。気をつけて!』
「了解」
俺は一旦みんなの方へ顔を向けて、違う道に行くよう誘導した。
これを何度か続けて、俺たちは少しずつだが、二階の理科室へと近づいていった。
(よし、今はみんなも落ち着いている……!これなら、上手くいけるぞ!)
俺は期待を胸に、直樹と通信を続けていた。
「!」
そしてついに、理科室が見えるところまで来た。
すっと長い廊下が続いており、そこには左手側に視聴覚室、倉庫、そして理科室と並んでいる。
「直樹、どうだ?ミノタウロスは?」
『うん、今は三階にいる。チャンスだよ!』
「よし!みんな、行くぞ!」
俺たちは小走りで、その理科室に向かって走っていった。
ガララッ
その時、手前の倉庫の扉が突然開いた。
「なんだ?」と思う間もなく、そこからぬっと、何かが出てきた。
ミノタウロスだった。