よい子テスト~悪い子は死んでください~ 作:崖の上のジェントルメン
……俺は、身体が固まってしまった。
(な、なんで?直樹はミノタウロスは三階にいるって……)
混乱のあまり、俺は逆に放心してしまった。
ミノタウロスの黒々とした毛並みがはっきりと見えるほどに、俺はその場で立ちすくんでしまった。
「藤山!早く!」
谷口からの声かけで、俺は我に返った。
そして、みんなと共に走って逃げた。
ズシンッ、ズシンッ、ズシンッ!
だが、そんな俺たちを捕まえようと、ミノタウロスはこっちに向かってきていた。
ヴーーー!という地鳴りのような鳴き声をあげながら、その巨体に似つかわしくない速さで走っていた。
「うわあああ!!こ、こっちに来るーーー!」
「いやあ!いやあーーーー!!」
みんなの甲高い悲鳴が、廊下いっぱいに響いた。
(くそ!いよいよやるしか……!)
俺は右隣で並走している谷口に声をかけた。
「谷口!タブレットを頼む!」
「え!?」
「俺の代わりに持っておいてくれ!」
「まさか、本当に囮になる気!?」
「これでみんなを安全な場所に誘導するんだ!頼んだぞ!?」
「でも……!」
「早く!受け取ってくれ!」
「………………」
谷口は顔をしかめて、しばらく逡巡していた。
「優太郎、そのタブレットはお前が持っときな」
気がつくと、俺の左隣には海斗がいた。
「囮は、俺がやる。優太郎はそのままみんなを誘導しろ」
「海斗!?」
「いいんだよ、お前にはリンゴの時の貸しがある。それを、今返すだけだ」
「………………」
「それに、お前は足が遅いからなあ~?囮なら、陸上部の俺の方が役に立つぜ?」
海斗は軽口を叩き、冷や汗を垂らしながらニッと笑った。
そうして、海斗はその場で立ち止まり、迫り来るミノタウロスと対峙した。
「ヴオオオオッ!!」
ミノタウロスが斧を持ち上げ、海斗めがけて振り下ろした。
その瞬間、海斗はミノタウロスの股の下をスライディングして回避した。
があんっ!!
斧は床に突き刺さり、大きく亀裂を入れた。
「海斗!」
「早く行け!俺は大丈夫だ!」
「……っ!絶対、死ぬんじゃねえぞ!」
そうして、俺は海斗とミノタウロスに背を向けて、遠くへと走っていった。
……それなりに距離を離した辺りで、俺たちは息を切らして立ち止まった。
「は、話が違うじゃんか!な、なんでミノタウロスがあんなところにいるんだよ!?」
吉田くんが俺を責めるように叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。直樹に……連絡してみる」
俺は額の汗を拭いながら、タブレットで直樹と通話した。
「直樹、聞こえるか?さっき理科室の前の倉庫から……ミノタウロスが出てきた」
『え!?いや、それはおかしいよ!今も三階にいるはずなのに!』
「地図を読み違えたわけじゃ……ないんだよな?」
『もちろんだよ!地図には部屋の名前までふられてる!理科室の周りには、絶対何もいないはずなんだ!』
「………………」
大丈夫だ、落ち着け俺。メタ的に考えろ。
これは、よい子テストだ。俺たちが極限まで追い詰められた時に、どうするかを測ってやがるんだ。
あの直樹が嘘をつくとは考えにくい。ということは、タブレットの情報が間違っている可能性がある。
例えば、地図に表示されている赤い丸は、全くミノタウロスとは関係なくて、実際の動きとは連動していない……とか。
いや、それだと今まで回避できてたのはおかしい。やっぱり、ある程度は連動しているはずなんだ。
なら、現在地とのタイムラグが生じてて、数秒の誤差があるのか……?
(……制限時間は、残り29分。どうにかしないとな)
「な、なあおい、藤山」
吉田くんが不安げな顔で俺に訊いた。
「そ、その電話で、浅倉と話してるんだよな?」
浅倉とは、直樹のことだった。
「ああ、そうだよ。直樹がミノタウロスの位置を教えてくれてんだ」
「………………」
「?どうしたんだ?吉田くん」
「そ、それ、本当に……浅倉なのか?」
「!」
「だ、だって考えてみてくれよ。本当に浅倉なら、どうしてミノタウロスの位置を間違うんだ?」
「………………」
「通話してる相手が、浅倉のフリをしたやつだったら……?お、俺たちは、わざわざ危険な目に遭わされるだけじゃないか!」
彼は話し進めるごとに、興奮で声が震えだした。
「ま、待てよ吉田くん、落ち着いて。相手はちゃんと直樹だ、間違いないよ」
「ど、どうしてそう言い切れる!?ビデオ通話もなくて、ただ音声だけなんだろ!?そんなの、いくらでも加工し放題じゃんか!」
「………………」
「藤山、お前が一緒なら安全って言ったから、俺たちついて来たんだぞ!?」
ま、まずい。この流れはよくない。
「ちょ、ちょっと、落ち着いてくれって」
「も、もしかして、お前は天使側なんじゃないか!?」
「!」
「俺たちを殺すために、わざと連れ出したんじゃないか!?」
吉田くんの言葉を皮切りに、周りの人たちも俺を疑心暗鬼の目で見るようになった。
「結局、囮も海斗がやって、お前は何もしてない!きっと、海斗をミノタウロスの犠牲にしたんだ!」
「ま、待てよみんな!俺はそんなことしない!」
「天使たちから命令されて、俺たちを強制的にテストに参加させてるんだろ!?そうしたら、きっとお前の点数が増える仕組みになってるんだ!」
「!」
「前回のテストで、お前だけトゥルークリアなのもおかしいと思ってたんだ!きっと、天使からクリアの条件を聞いてたんだ!」
「違う!俺はみんなのために……みんなを、助けたくて……!」
みんなの目が、不安から怒りへと変わっていた。
心の中にある不満や恐怖を、俺へぶつけているんだ。
「私たち、藤山くんを信じてたんだよ!?それなのに酷い!」
「お前なんか、ミノタウロスにやられればいいんだ!」
「そうだ!藤山をミノタウロスの犠牲にすればいい!そうしたら、俺たちは逃げられる!」
「海斗を犠牲にしやがって!報いを受けろ!」
仲間だったはずのみんなが、俺に向かって罵詈雑言を浴びせていった。
彼らの頭上の点数が、少しずつ減っていった。
「み、みんな!言葉に気を付けろ!悪口を言うと減点されるぞ!」
「どの口が言うんだ!海斗を犠牲にしたくせに!」
「違うんだ!俺は……俺は……!」
くそっ、情けない。涙で視界が滲んでくる。こんなことしてる場合じゃないのに……!
確かに吉田くんの言うとおり、電話の相手が直樹じゃない可能性もある。だが、このテストをクリアしないと、直樹が死ぬのは間違いないんだ!
海斗も、今俺たちのために囮になってくれているのに、こんなところで俺たちがつまずいてたら、海斗だって危ない!
(頼む、頼むから、どうか俺を信じてくれ……!)
そうして、俺は神に祈るように、目をぎゅっと閉じた。
「……な、なんだよお前」
その時、吉田くんたちの声色が変わった。
何事かと思って薄く目を開けると、俺と吉田くんたちの間に、誰かが立っていた。
谷口 さやかだった。
「た、谷口……」
「………………」
谷口は、一瞬だけ俺の方へ目をやってから、吉田くんたちにこう言った。
「藤山は……最初、本当に囮になろうとしてた」
「え?」
「私にタブレットを託そうとしてたから、知ってる」
「………………」
「それに、最初のテストで藤山がトゥルークリアになったのは……私を、助けてくれたから」
谷口はみんなの顔を見渡して、こう告げた。
「みんなはどうか知らない。でも私は、藤山を信じてる」
「「………………」」
思わぬ人物からの援護に、吉田くんたちは面食らっていた。
俺はただ何も言えず、谷口の背中を見つめていた。
『優太郎くん!』
タブレット端末に、直樹からの連絡が入った。
『今、三階にいたミノタウロスが、二階に向かってる!そっちと鉢合わせするかもしれない!』
「!間違いないか!?」
『うん!このタブレットの情報が当てにならないのは分かるけど、念のため距離を取った方がいい!』
「……ああ、分かった。ありがとよ直樹」
俺は少し気持ちを落ち着かせてから、考えを整理した。
(この電話の相手が本当の直樹かどうか、それは調べようがない。だから、一旦そこは置いておく)
重要なのは、直樹から教えられるミノタウロスの位置が本当なのかどうかだ。それが正しければ、直樹たちを助けられる。
「みんな、聞いてくれ。どうやら今、三階にいたミノタウロスが、二階へ向かってるみたいだ」
「!」
「この情報が本当かどうか、俺は今一度調べたい。だから、俺がそのミノタウロスの居場所を確認してくる。もしそれが、直樹の教えてくる情報と一致してたら、正しい情報だと判断できるだろ?」
「「………………」」
みんなは、各々と顔を見合わせていた。
「直樹、今ミノタウロスはどこにいる?」
『もう階段を降りてるよ!みんな気をつけて!』
「了解。みんな、ここから離れてて。俺は階段を確認してくる」
そうして俺は、タブレットを持って、ミノタウロスが降りてくる階段へと近づき、角に隠れて待っていた。
ズシン、ズシン、ズシン……
ミノタウロスの足音が、ゆっくりと降りてくるのが聞こえる。
そして、大きな身体を揺らしながら、二階へと降りた。
「直樹、今ミノタウロスはどうだ?」
『もう二階へ到着したよ!も、もしかして、ミノタウロスのすぐ近くにいるのは、優太郎くん?』
「!そうか、そっちでは俺の居場所も分かるんだったな」
『危険だよ!みんなと合流して!』
「ああ」
俺はゆっくりと音を立てないようにしながら、その場から逃げた。
(直樹の情報はちゃんと正確だ。ミノタウロスの位置も俺の位置も把握してる)
ということは、やっぱりさっきのは誤差が生じてて、二階にいるはずなのに三階だと表示されてたのか?
「!」
いや、待てよ。さっきのミノタウロス、海斗を追いかけてなかったぞ。
海斗は今、どこかに隠れてるのか?それとも、もうミノタウロスに……。
「な、なあ直樹、海斗の位置って分かるか?」
『海斗くんの位置?』
「海斗は、俺らを逃がすために囮になったんだよ。だから、はぐれているはずだ」
『えーと……あ、一階に一人いるね。これ、もしかして海斗くんかな?』
「!」
『凄い速さで動いてる。走ってるのかな?』
「………………」
これは、変だ。
二階には、間違いなくミノタウロスがいる。それは俺がこの目で確かめたし、直樹の端末にも表示されている。
なのに、海斗はまだ追われるように、一階で走ってる。
ということは、つまり……。
「───!」
俺はこの瞬間、閃光に打たれたように、全ての謎が解けた。
「分かったぞ!直樹!」
『え?』
「直樹の情報は間違ってない!でも、“足りなかった”んだ!」
『ど、どういうこと?優太郎くん』
俺は仲間の元へ走りながら、直樹へ叫んだ。
「ミノタウロスは、二体いる!」
「直樹の端末で位置が分かるやつと、分からないやつがいるんだ!海斗が追いかけられてるのは、その分からないやつの方だ!」
『!そうか、それでさっき、みんなは鉢合わせたんだね!』
「やっと分かったぜ!このテストの全貌が!」
俺は拳をぎゅっと握り締めて、ガッツポーズを取った。
見てろよ、天使ども。ここからが俺たちの反撃だ!