だって、かっこいいんだもん。

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Lamp

「トレーナーさん?こんな時間にどちらへ?」

「えっ」

 

八月も後半、草木も寝込む午前四時。

誰にも見つからないようにひっそりこっそりと合宿所から抜け出そうとした僕の姿を捉えたのは……よりにもよって我が担当ウマ娘、メジロアルダンのその瞳であった。

 

「なんだか物音がしたので、ちらりと窓の外を見るとトレーナーさんの姿が見えたので……何故、こんな時間に外へ?」

「ああー、はは、ちょっ、ちょっとトイレに、ね?」

「はて?お手洗いならば合宿所の外にはありませんよ?」

「あ、あれ、そ、そうだっけー?」

「…………」

 

彼女のくりりとした大きな目が、きゅっと細くなる。こうなってしまえばもはや逃れる術はないという事。経験則から導き出して、大人しく僕は口を割る。

 

「……カブトムシ」

「カブトムシ?」

 

 

──────────────

 

 

『そうだよ!見たんだよ!こんな……こんなサイズのカブトムシ!嘘じゃねえって!合宿所の真裏の雑木林!』

 

『ああ、俺も見たぜ……ありゃマジでやべぇ、あんな大物マジで見た事ねぇ。でな、これは噂なんだが。あのカブトムシ、実はタキオンの薬で変身した……』

 

『ええ、勿論追いかけましたとも、最速ですので。しかし卑怯にも林の中を蛇行して飛ばれ、見失ってしまったのです。直線なら、ええ、直線だったならば絶対に負けはしませんでした……絶対に、絶対にっ!』

 

 

──────────────

 

「ってな感じでさ、噂になってるんだ、密林に潜む巨大カブトムシ……ってね」

「それは初耳ですね?本当に居るのですか?そんなに大きなカブトムシさん、なんて……」

「にわかには、信じ難い、よね」

 

小首をこくりと傾げて、目を見張るアルダン。

たしかに、彼女が疑問に感じるのも無理はない。現状記録されている日本産カブトムシの最長記録は91.7ミリメートル。それも人工的な飼育下における記録であり、野生個体となれば、大きめの個体でも大抵は70ミリメートル前後と言ったところである。ところが、噂の内容から算出する限り、件のカブトムシは少なく見積もってもなお、ゆうに150ミリメートルを超えていることになる。これはアジア圏最大種であるコーカサスオオカブトの最長記録である130ミリメートルを大きく超えており、これに類する種となれば最早南米に生息するネプチューンオオカブトやヘラクレスオオカブトぐらいのもので

 

「それで、それがどうされたのですか?」

「えっ?」

「いえ、ですので、そんなに大きなカブトムシさんがいるのと、トレーナーさんがこんな時間にお出かけするのに、一体何の関係が?」

「えっ……えーと、それは、その」

「はい」

「ほ、ほら、そんな大きなカブトムシがいたら、その、危険じゃない?だから今のうちに対処しとこうかと……」

「ええと、いくら大きくても、流石にカブトムシさんにぶつかられて怪我をする人はいないかと」

「あ、あと、ほら、もし逃げ出した海外産のカブトムシだったら、この辺の生態系に影響を及ぼしちゃうから……」

「それは確かに問題ですが、それであれば警察や専門家の方に通報した方が効率的だと思いますよ?」

「…………」

 

ぬるりぬるりと躱されていく、僕の詭弁、妄弁。なんともいたたまれない空気に、僕は鼻の頭を掻きむしる。

 

「……だって、かっこいいんだもん、カブトムシ。そんなおっきいのいるなら、僕だって見たい、し」

「…………」

 

観念して、ぽつぽつと絞り出した僕の言葉を、今度はまっすぐに、しっかりと見開いた瞳で僕を捉えながら、少しだって笑わずに彼女は耳を傾ける。そうしてしばし顎に手を置き、今度は彼女の方から、口を開く。

 

「早朝トレーニング」

「んっ?」

「いえ、最近は流石に気温が高過ぎて、日中にトレーニングを集中させ過ぎると、熱中症の恐れがありますよね?」

「えっ、あ、ああ、まあ、それはそうだね」

「そこで考えたのですが、早朝、日が昇る前にトレーニングを初めて、日が昇る頃には切り上げる、なんて、いかがでしょう?トレーニングメニューは、そうですね……昆虫採集をして、集中力を鍛える、とか……」

「……えっ、もしかして、着いて行きたいの?カブトムシ採りだよ?」

「ふふふ、ええ、もちろん。貴方の好きな物ならば、きっと私だって、好きになれるはずなので、ですね?」

「……ふふっ、だからって、そんな、早朝トレーニングって……無茶苦茶な……」

 

あまりにさらりと飛び出した彼女の妄弁に、思わず笑みが零れてしまう。なんだか、あれこれと取り繕っていた自分自身すらも面白おかしく思えて。薄暗い夜闇の中、しばらく僕らは、二人きりで笑いあうのだった。

 

「……それじゃ、日が昇る前に出発しよう、早朝トレーニング。軍手は僕の予備があるから、ちゃんと長袖ジャージを上下着込んでおいで?」

「ふふふ、承知しました♪」

 

 

──────────────

 

 

「カブトムシは夜行性で、日が昇りきるころには土の中に隠れてしまうから、だいたい午前四時から七時ぐらいがタイミングとして丁度いいんだよね。クヌギやコナラの樹液を吸いに来るから、その辺を重点的に探すといいかも」

「意外と広い林ですね……クヌギやコナラの木は、どの辺りにあるのでしょうか?」

「大丈夫、ちゃんと昼間のうちに徹底的に調べておいたから、場所は全部僕の頭に入ってるよ」

「ふふふ、流石トレーナーさん♪」

 

懐中電灯を手に、薄暗い林の中をずんずん進む二人。海の近くだからだろうか、八月というのになんだか吹き抜けて来る風は冷たく、むしろ心地良さまで感じる、そんな夜だった。

 

「さて、確かこの辺に大きなクヌギの木が……」

「…………あら?この音は……?」

「んっ?どうしたの?アルダン?」

「これは、羽音?もしかして……」

 

突如として立ち止まって、その両耳をピンと高く伸ばすアルダン。ウマ娘は人間よりも耳が凄く良い。耳を澄まして何かを感じ取る彼女の邪魔にならないように、しばし僕は、口を固く閉じた。

 

「あっ……!トレーナーさん、あれ……!」

「────!!」

 

アルダンが指差す先、立派な樹木の、根元あたり。少し離れた場所からも、たっぷりと樹液が染み出しているのが分かる、その場所で……

 

「あれは、間違いありませんね?」

「ああ……カブトムシだ……!」

 

二人で、そろりそろりとその場所へ近づいていく。そこでは……立派な角を携えた、数匹のカブトムシが、のんびりと樹液にありついていたのだった。

 

「敏感だから、あんまり大きな音は立てないように、ね?」

「了解です♪まさかこんなに早くお会いできるなんて……」

「うん、ほんとに……ほんと……!」

「……ふふ、トレーナー、さん。」

「アルダン?」

「今、この場所は、貴方と私の二人きりですから……ですから、今だけ、私の前でだけなら、『大人』じゃなくなっても、構わないですよ?」

「……ほんと、敵わないなぁ」

 

はやる胸を押し殺し、決壊しそうな口元をなんとか塞き止める僕。けれども、そんな事すらも彼女にはお見通しだったみたいだ。軽く苦笑いを返しながら、僕は口を開く。

 

「かっこいいなぁ、本当に、かっこいい。カブトムシって、なんでこんなにかっこいいんだろう……」

「ふふ、ふふふ。ええ、本当にかっこいいですね?惚れ惚れしてしまいます♪」

「流石に巨大って程じゃないけど、確かにみんな大きいなぁ、ここのカブトムシは。しかも結構赤カブト多めだ、いいなあ、珍しい、凄いなぁ……!」

「……あら?こちらにいるのは、クワガタムシさんでしょうか?」

「えっ?あっ!ノコギリクワガタだ……!うわ、凄い!野生個体でこんなに綺麗に大顎がカーブしてるなんて……!」

「あら、珍しいのですか?」

「うん、生育状況によっては小さくてまっすぐな大顎になっちゃって、まあそれはそれでスマートでかっこいいんだけど。でもこんなに立派になれるのは、幼虫の時に充分な栄養が取れているからなんだ。本当にいい場所なんだなあ、ここは」

「ふふ、本当に良い場所……ですね♪」

 

普段よりもずっと、自分の声が上擦っているのがわかる。普段より早口なのも、全て自覚している。けれども……けれども、まあいいか。

なんて思ってしまえるのは、きっとそれも、彼女と一緒だからなのだろうな。なんて薄ぼんやりと考えながら、僕は無意識的に手を伸ばした。

 

「ん、しょっ、おお、やっぱり力も強いなぁ。なかなか、木からも、剥がれ……っと!」

「ひゃっ!」

「あ……だ、大丈夫、アルダン?」

「あ、は、はい。大丈夫、なのですが……カブトムシさんの裏側、初めて見ました。その、なんと言うか。思ったよりもしっかり、『虫』なのですね……」

「ああー、まあ確かに、裏側はね?」

 

僕が丁寧に木から掴み取ったカブトムシ。を、見て、一瞬ピリッと険しげな表情を浮かべたアルダン。少しはしゃぎ過ぎて忘れかけていたが、そうだよな……一般的に昆虫というのは気持ち悪いもの、むしろ僕のような物好きでなければ、触るのも、見るのも、相当なハードルがあるのだろう。直ちに心の中で猛省を繰り返して、僕は手にしたカブトムシをそのまま木にリリースし……

 

「ま、待ってください、トレーナーさん?」

「アルダン?」

 

……ようとしたところ、耳元で呟くようなアルダンの声に押し止められる。なんだか少しだけ覚悟を決めたような真剣な面持ちで、再び彼女は、口を開いた。

 

「その子を、カブトムシさんを……その、私にも触らせては、いただけませんでしょうか?」

「えっ?で、でも……」

「危険な子では、ないのでしょう?ならば私だって、触れてみたいのです。貴方の好きな物ならば、きっと私だって好きになれるはず……いえ、好きになってみたい、だから」

「アルダン……」

 

少しだけ、ふわりと軽やかな笑みを浮かべたアルダンを見て、ふと、彼女のトレーナーになったばかりの頃を思い出す。過去に囚われ、臆病になっていた僕の手を強く引いてくれたこと、生まれて初めての温もりを教えてくれたこと。

こんなこと恩返しにも何にもならないだろうが、そうだ、僕だって君の望むことは、叶えてあげたいのだと、そう思ったんだ。

 

「……全然、危険は無いけど、ただ足の爪だけ注意してね?カブトムシって、足の力凄いから、ね?」

「りょ、了解です……!」

「それじゃ、手、出して?いくよ?」

「は、はいっ!」

 

キュッと下唇を噛み締めながら、手のひらをこちらに向けてくるアルダン。少しだけ零れそうになる笑みをなんとか抑えながら、彼女のその小さな手の中に、僕は優しく、カブトムシを置いてあげる。

 

「ひゃっ!」

「だ、大丈夫?」

「ひ……す……少し、くすぐっ、たい……けれど、けれど、ええ、大丈夫、です」

 

少し強ばった表情のまま、彼女は自ら手にしたカブトムシを顔の近くに持ってきて、じっくりと観察する。その瞳は、まるで全ての者に興味津々な幼子のように、美しく透き通っていた。

 

「……この子、凄く綺麗な色をしていますね。ただの茶色じゃなくって、少し赤みがかった、情熱的な、色」

「そう、だから『赤カブト』って呼ばれてるんだ。保護色としてはあんまり良くないけど、だけどこんなに生き残っているってことは、この場所が本当に住みやすいことの証拠、なんだよね」

「ええ、他の動物達と比べると無機質に感じますが……それでも、確かな温もりを感じる。生きているのですね。この子達も……」

「うん、本当に、ね」

 

改めて、今度は目の前にやってきたノコギリクワガタに手を伸ばす僕。ツルリとした、冷たい体。けれども元気いっぱいに足を動かす姿に、確かな『生命』を感じる。大好きだけど、いや、大好きだからこそ、時々忘れてしまう大切な事。なんだか昨日より特別に思えた手のひらの上の命を、僕はひとつ、小さく撫でてあげた。

 

「ありがとうございます、トレーナーさん。貴方がいなければ、私は一生この温もりを知りませんでした。本当に、凄い人ですね、貴方は」

「それはこっちのセリフだよ、アルダン。君がいなければ僕だって、表面のかっこよさにばっかり気を取られて、この子達の『温もり』になんて気が付かなかった。本当に、凄い人だ、君は」

「…………」

 

そっと口を閉じて、彼女は僕の瞳をじっと見つめてきた。生命に満ち溢れた、美しく煌めく瞳だった。

 

「……あら?なんでしょう?向こうの木、何やら大きなクワガタムシさんがいませんか?」

「え?向こうの木って…………はっ!?あれ、オオクワガタじゃない!?」

「あら?珍しいのですか?」

「珍しいなんてもんじゃないよ!オオクワガタ!日本最大のクワガタで、ほんと、本当に数が少なくってっ!いやっ、野生で見れるなんて!?やばいやばい!ちょっ、急いで行かなくちゃっ……!」

「トレーナーさん!?は、走ると危ないですよ!?」

 

 

──────────────

 

 

「いやぁ、大漁だったなぁ……ふふ、ふふふ……」

「こんなに沢山の虫さんが見れるなんて……本当に、来てよかったです」

 

カゴに入ったオオクワガタを、じっと見つめるアルダン。数時間前まではとても考えられない光景に、思わず僕も、鼻の頭を掻きむしる。

 

「さてと、そろそろ帰ろっか。アルダン、この子を外に逃がしてあげてくれる?」

「あら、連れて帰らないのですか?」

「うーん、悩んだけど……こんなにいい森なんだ、きっとここで暮らした方がこの子も幸せだから、ね?」

「ふふっ、そうですね?それでは……」

 

彼女が虫かごの蓋を開けた……と、同時に勢いよく飛び去っていくオオクワガタ。彼の背を追って目線を上に向けると、雲の隙間から、じわじわと東雲色に染まっていく空が見えた。

 

「……もうすぐ夏合宿も終わり、かぁ」

「ええ、最後に良い思い出が出来……あら?そういえば、よろしかったのですか?巨大カブトムシ……」

「えっ?あっ!?ああ、忘れてた……昆虫採集自体が楽しすぎて……うわーっ!見たかった!見たかったぁ!巨大カブトムシ!」

「ふふふ、それではまた行きましょう?何度でも、見つかるまでお付き合い、いたしますから、ね?」

「見つかるまで、かあ。自分から来といてなんだけど、本当にいるのかな?冷静に考えたら、そんな大きなカブトムシなんて……」

「……そうですねぇ、どこにもいないなら、それはそれで良いではないですか?」

「それはそれで?」

「また来年も、再来年も、この場所に来る為の理由になりますから。今年こそは見つけでやるんだ、なんて毎年言って、その度見つからなくって……そうやって、ずっとずっとここに来ることが出来れば、それはそれで凄く幸せなこと、でしょう?」

「……ふふふ、それもそう、かもね?」

 

これまでがそうだったみたいに、もしかしたらきっとこれからも、こんなことばかりなのかもしれないな、なんて、もう一度空を見上げながら考える。探したものも、追いかけたものも、信じたものだって。何ひとつ見つからない旅路こそが、『メジロアルダン』の道、なのかもしれない。けれども。

 

冷たい潮風に撫でられながら、すっかり小麦色に染まった顔で歯を見せて笑う彼女。そんな姿が焦げ付いた、瞳の奥。

探しものが見つからなくったって、手に入れたものなら、沢山ある。ひとつひとつは小さくても、全部積み上げたらきっと、最初に探してたものなんかよりももっとずっと大きくて綺麗なものにいつの間にかなっていたりする。の、かも、なんて……

 

 

「…………えっ?」

 

 

「……アルダン?どうしたの?何か聞こえた?」

 

突然、彼女は振り返って林の奥の方へと目を向ける。両耳を綺麗にピンと立てて、周囲の音にそっと耳を澄ませて……

 

「……いえ、気のせい……ええ、気のせいでした、ふふふ、驚かせてごめんなさい」

「あ、あれ?気のせいなの?」

「ええ、間違いなく気のせいです♪さあさあ、早く帰らないと朝ごはんに間に合いませんよ?」

「うっ、そういえばお腹すいたなぁ……」

「たっぷりご飯を食べて、ラジオ体操に参加して。それから……それから今日は少しだけ、二度寝に勤しむとしましょうか、ね?トレーナーさん♪」

 

僕の裾を軽く引っ張って、駆け出していくアルダン。吹きすさんだ潮風からは夏の終わりと、少しだけ、秋のはじまりの香りがした。


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