ウマ娘SS集   作:SS制作マシーン

10 / 12
GⅠレースで勝利した際に感極まったトレーナーから衆人環視のもと全力でハグして抱え上げられてその場は落ち着いてあしらったけどトレーナーのたくましい二の腕とか触れ合った胸板の感触とかが忘れられなくなりやがてレースで勝つたびに二人きりになったらこっそりご褒美ハグを要求するようになるドリームジャーニーひとつください。
というレスが元になっています。


ドリームジャーニーの荒ぶる感情
抱擁と高揚


 夢のような瞬間だった。

 ゴール板を全力で駆け抜け、ゆっくりと呼吸と速度を整えていく。振り返れば、掲示板の頂点に自分の与えられた番号が輝いていた。

 

『ドリームジャーニーです! ――杯1着の栄―を勝―取った―は』

 

 興奮で、聴覚がはっきりとしない。本来であれば聞き逃すなどありえない実況放送が、途切れ途切れにしか聞こえてこない。代わりに、ドクドクと自分の心臓が鳴る音が頭に響く。ついに掴んだ。アネゴですらついぞ勝ち取ることができなかった、国内G1の栄光を、自分が。

 観客席に視線を向ければ、割れんばかりの大歓声が上がっている。その先頭には、信頼するトレーナーさんの姿が。

 現実味のない感覚の中、緩やかに一礼すれば、歓声はさらに大きくなった。徐々に実感が湧いてくる。自らが嵐と化したのだ。並みいる強豪を、見込んだ嵐を打倒し、自分こそが。

 見れば、トレーナーさが一目散にこちらへと駆けてくる。ウマ娘である自分から見れば遅く、しかし人間としての全力を出して懸命に。その表情は歓喜と感動でぐしゃぐしゃだ。とりあえず落ち着かせなければ、転んで怪我でもすれば困ってしまう。

 

「トレーナーさん、見ていてくださいました――」

 

 言葉が止まった。今感じた衝撃が直接の原因ではない。身体を抱きしめる力も、ウマ娘からすればただ体を支えているに等しい。

 しかし敬愛するトレーナーに抱きしめられ、あまつさえ抱き上げられているという現実を処理しきれなかったのだ。

 

「と、トレーナーさ「ジャーニー、やったな! ついに、ついにG1を勝ち取ったんだ! 君が、俺の愛バが!」

 

 衆人環視にもかからわず、トレーナーさんは恥ずかしげもなく抱擁を続ける。感極まったのか、その場でくるくると回りだした。

 

「やったんだ、君が! あの努力は無駄じゃないかった! ついに、ついにだぞ! あっはははははははは!」

 

 満面の笑みを浮かべるトレーナーさんへ、そろそろ現実へ引き戻すべく笑みを浮かべた。

 

「トレーナーさん、嬉しいのは私も同じですが、そろそろ落ち着いてください」

「ははははは……はは……は……」

 

 我に返ったトレーナーさんが、私を抱いたまま表情を固まらせた。まるで割れ物を扱うかのように、そうっと私の体が地面へと下ろされる。

 

「えーっと、いや、違うんだ。ちょっと感極まっちゃっただけで、セクハラとかそういう意図は一切」

「ああ、そう言った意図が無いとは承知の上です。そもそも私の体では、その手の欲望を発散する対象にはならないでしょうから」

「いや、そんな! っと、ああ、ごめん、本当に」

 

 咄嗟に反論しようとして、その意味を理解しただ謝るだけに済ませている。なんてかわいらしい一面を見せてくれるのだろうか。顔に集まる熱を自覚しながら、益体もないことを考える。

 観客席を見れば、私がゴールした時とはまるで違う歓声が上がっている。これは、明日にでもトレーナーさんは理事長室へ出頭することになるだろう。それとなく、嫌がってはいなかったと伝えることで少しはたづなさんの説教を短くできるだろうか。

 思考を走らせながらも、ふと浮かんだ悪戯心を抑えきれずに私はトレーナーさんの顔を覗き込んだ。

 

「トレーナーさん?」

「は、はい……」

「私の抱き心地は、いかがでしたか?」

「じゃ、ジャーニー! 悪かったから!」

「ふふっ。それでは、お先に失礼します」

 

 あまりにも予想通りの反応をしてくれたトレーナーさんへ笑みを返し、一足先に地下通路へと歩を進めた。レース後の体を、汗の処理すらできずに抱えられたという現実を、できるだけ意識しないようにしながら。

 

 

 

 それは翌日の自室だった。就寝前、いつものように私の淹れた紅茶を飲み終わったオルが口を開いたのは。

 

「それで、姉上。あの男にはどのような沙汰を下すつもりだ?」

「あの男とは、私のトレーナーさんのことかな?」

「わざわざ確認するまでもないだろう、姉上。神聖なレース直後にもかかわらず衆人環視の中、姉上にあのような破廉恥な行為をしたのだぞ。すぐにでも何らかの処罰を申し渡すと思っていたが、見た限りそのような様子が見受けられなかった。

 余直々に裁いてもよいのだが、あれでも姉上のお気に入りなのだ。勝手をして迷惑をかけては悪いと思い、確認だけでもしておこうと思った次第だ」

 

 見ればオルの眉間には深い皺が刻まれ、耳は限界まで絞られていた。私のために起こってくれる妹が、こんなにもかわいい。

 思わず浮かんだ笑みを見て、オルは眉間の皺をさらに深くした。

 

「姉上、何故笑っている。余は怒っているのだぞ」

「ああ、ごめんよオル。

 一つ指摘するとすれば、私はトレーナーさんに対して怒っていないんだ」

「何故だ。あれほどの羞恥を味わされたのにもかかわらずか?」

「あれは彼なりの喜びの表現だったからね。そもそも、私はそこまで恥ずかしいとは思っていない。

 もちろんあれに悪意があったというならば、すでにしかるべき対応をとっているとも」

「……姉上が言うのならば、受け入れよう。正直に言えば、本来余が口を出すべき問題ではないしな。納得はできないが」

 

 そう言うと、不機嫌さを隠そうともせずにオルは布団へと潜り込んだ。

 そう、べつに恥かしいとは思っていないのだ。人前とはいえ、G1レース後のやり取りだ。初めての栄光ともなればあれくらいの感情の発露は珍しくないし、それを観客もわかっている。

 学園としては一切の注意なしでは示しがつかないということで呼び出しこそあったらしいが、それも事前の根回しで簡単な注意で終わったと聞いている。

 何も、問題は無いのだ。

 

「……じゃあ、これはいったいどういうことかな?」

 

 隣で横になるオルに聞こえない程度の独白をこぼす。思い出すのは、ゴール板を駆け抜けた瞬間ではなくその後。トレーナーさんに抱きしめられた瞬間が、つい先ほどのように脳裏に浮かぶ。

 ウマ娘と比べて非力であるはずの腕が、なぜこれほどまでに太く逞しく感じられるのか。自分が人よりも小柄であることを差し引いてもなお、トレーナーさんの胸板は厚く鍛えられていた。そして抱きしめられることで顔はその胸板にうずめられ、鼻腔いっぱいに――。

 

「いや、これ以上はいけない」

 

 我に返って緩やかに頭を振る。ふと時計を見れば、すでに就寝時間を僅かに過ぎていた。数度深呼吸をして昂った気持ちを落ち着かせ、意識して夢の世界へと足を踏み入れる。

 

「自覚がないというのが一番の問題だ。まったく、姉上をないがしろにしたら許さんからな」

 

 愛する妹の声が聞こえた様な気がしたが、半分意識が沈んでいた私にはそれが夢なのか現実なのかの区別がつかなかった。

 

 

 

 翌日のトレーナー室で、トレーナーさんは随分と憔悴した様子だった。

 

「トレーナーさん、どうなされました?」

「ああ、実はたづなさんが……いや、なんでもないよ。ちょっと社会人としての立ち振る舞いについて考え直していただけさ」

 

 どうやら根回しの効果は発揮されたものの、トレーナーさんにとっては軽減されたお説教でも精神を削るには十分なものだったようだ。。流石は彼の理事長秘書といったところだろうか。念のためにと根回しをしてなおこの憔悴具合なのだから、よほど短時間で効率的なお説教を受けたのだろう。後学のために、是非とも内容を知りたいものだ。

 ずれた思考を修正する。今は目の前のトレーナーさんに集中するべきだ。

 

「元気を出したください。恐らくゴール後の件なのでしょうが、私は気にしていませんから」

「いや、あれは完全に俺の暴走が悪かった。反省しかできないよ」

 

 笑顔と共に励ますが、トレーナーさんは余計に落ち込んでしまった。自らの非を素直に認められるのはトレーナーさんの美点だが、ここまで落ち込まれてしまってはトレーナー業に支障が出かねない。

 ふと、トレーナーさんを励ましながらも自分の好奇心を解消する方法を思いついた。他によい案があるでもない、さっそく実行しよう。

 不自然にならないよう、落ち込むトレーナーさんの背後に回り込む。椅子に座りうなだれるトレーナーさん目掛けて、体全体で抱き着いた。

 

「トレーナーさん。ほら、少しは落ち着きますか?」

「ジャーニー、な、何を……」

 

 抱き着いた瞬間、トレーナーさんが硬直した。その感触を楽しみながら、落ち込むトレーナーさんの背中を、抱えるようにして体を密着させる。緊張しているのか、筋肉が張り詰めているのがわかる。動揺して震える声も、どこかかわいらしく感じるのだから不思議なものだ。

 どこか熱で浮かされるような気分で、私はトレーナーさんを感じていた。頬を、大きな背中に押し付ける。

 

「人肌の体温は、ストレスの軽減に役立つと聞いたことがあります。どうでしょう、落ち着きましたか?」

「落ち着いた、落ち着いたから離れてくれ!」

「おやおや、ここまで拒絶されては少し悲しいですね」

「ジャーニー!」

 

 からかえば、予想通りの反応を返してくれる。どこか慌てるトレーナーさんがかわいらしく、愛おしい。

 内心溢れ出す笑みを、下品にならない程度に抑えながら口物に浮かべる。名残惜しさを感じながら体を離せば、慌てた様子でトレーナーさんは私と向き合うように座り直した。無理に平静を取り繕うつもりなのか咳払いを繰り返している。とても可愛らしいことだ。

 今の空気を逃さないよう、私はたたみかけることにした。

 

「そういれば、G1勝利のお祝いとして一つお願いしたいことがあったんです」

「お願いか。珍しいね、ジャーニーがそんなことを言うなんて。

 よほど無理なものじゃなければ、喜んで聞こうじゃないか」

 

 ああ、内容も聞かずに了承するなど、やはりトレーナーさんは隙だらけだ。いや、今の空気を誤魔化そうと無理をしている結果なのだろうけれど。

 冷静さは失わないようにしなければならない。彼はそれを失った結果、こうして悪いウマ娘に騙されてしまうというのだから。

 

「簡単なお願いです。私がレースで勝つたびに、抱きしめてください」

「抱き……え……?」

「実は先日トレーナーさんに抱きしめられたとき、そういえばあまり人に抱きしめられたことがないと思いまして。

 なにも、レース直後にというわけではありません。後日、トレーナー室でこっそりとしてもらえれば十分です」

「いや、生徒相手にそれは……誰かに見られたら、大事になる」

「それなら大丈夫ですよ。カーテンを閉めて、部屋に鍵をかければ。

 ほら、もう誰からも見られることはない」

 

 後ろ手に扉を閉め、トレーナーさんを正面から見つめる。この密室空間で起きたことは、誰にも認識されることはない。この場にいる、トレーナーさんと私以外には。

 

「ジャーニー、どうしたんだ。なんだろう、何かおかしいよ?」

「おかしいというのなら、おかしくしたのはトレーナーさんですよ。

 さあ、先日のG1勝利のご褒美として、ハグをお願いできますか?」

 

 両手を広げ、トレーナーさんへと差し出す。戸惑い周囲を見渡すトレーナーさんへ、誘うように小首をかしげて見せた。

 それを見たトレーナーさんが、意を決したように私と向き合う。それでもなお僅かな逡巡の後、ゆっくりと、壊れ物を扱うかのようにトレーさんは私の体を抱きしめてくれた。

 トレーナーさんの体が、私の体を包み込む。両腕に力を入れると、それに応えるようにトレーナーさんの腕が力を増す。微かに香るスモーキーな香り。香水は、つけた人の体臭に反応してその香りを変える。私のものではない、トレーナーさんだけの香りに包まれていく。

 ふと、トレーナーさんの首筋に目が行った。この距離ならば、少し座る位置を調整すれば届く。口が、舌が、歯が、届いてしまう。

 実行を思いとどまらせたのは、まだ頭のどこかにあった冷静な自分なのだろう。今である必要はない。少しずつ、トレーナーさんの警戒を緩めた末でいい。

 そして気が付く。私からここまで近く感じるならば、彼のすぐそばに私の首筋があるのだと。彼からそんな行為を引き出せれば、どれほど素晴らしいだろうか。

 どこか夢心地の時間は、トレーナーさんが不意に体を離したことで終わりを告げた。

 

「はい、ここまで!

 次はレースに勝ったらね!」

「……言質を、取りましたよ?」

 

 未だぼうっとした頭で、しかし次の機会を得る権利を逃しはしなかった。トレーナーさんの表情がしまったと言っていたが、発言を取り消すことはない。どこか覚悟を決めた瞳で、強く頷く。

 

「それで、ジャーニーが走れるのなら」

「はい、この約束で、私は強く走れます。

 それではよろしくお願いいたしますね、トレーナーさん」

 

 一礼し、トレーナー室を後にする。

 

「あれほど緊張した表情をするなら、取り消すなり言い訳するなりすればいいものを。

 本当に、お可愛らしい人だ」

 

 独り言を零しながら、私は廊下を歩く。その足取りがどこか軽いことに、自分では最後まで気がつかないままだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。