ウマ娘SS集 作:SS制作マシーン
酩酊と本音
世の中には、麒麟の躓きという諺がある。どれ程優れたウマ娘であっても、時には躓くようなつまらない失敗をするという意味だ。
「とれーなーさん、ほらみてください。おるはとてもかわいいんですよ?」
愛バのめったに、いや、初めて見せる醜態に、トレーナーはそんな益体もないことを考えていた。
数十分前、ドリームジャーニーのトレーナー室に1人のウマ娘が訪れていた。
「失礼いたします。ドリームジャーニーさんは御在室ですか?」
丁寧なノックと共に現れたのは、メジロマックイーンだった。突然のお嬢様の来訪に驚いたトレーナーだったが、最初の三年間にドリームジャーニーが面倒を見てもらっていたという縁から稀に交流があるため醜態をさらさずにはすんだ。
内心深呼吸を済ませ、マックイーンへと向き合う。
「ああ、今は遠征支援委員会の予算交渉にエアグルーヴ副会長と会議中なんだ。無駄足を踏ませてすまないね」
「気にしないでください。アポを取らず急に訪問したのはこちらなのですから。
それでは、こちらをお納めくださいますか?」
そう言ってメジロマックイーンが差し出してきたのは、美しく梱包された小包だった。
「これは?」
「神戸のパティシエから頂いた試供品ですわ。御屋敷住まいではなく学生寮で生活中なのでと遠慮したのですが、それなら御学友にもと大量に頂いてしまいまして……。
おすそ分け、と言えばいいのでしょうか」
どこか照れくさそうにするマックイーンの背後を見れば、まだいくつかの紙袋が置かれていた。
「わざわざありがとう。ジャーニーもきっと喜ぶよ。
会議はまだ続きそうだし、手伝おうか?」
「いえ。あと数名分ですので、それには及びません」
「貰いっぱなしというのも心苦しくてね。なにか手伝えることはないかい?」
「それでしたら、トレーナーさんとドリームジャーニーさんがお菓子を召し上がった感想をお聞かせくださいますか?
皆さんの意見を取り入れられれば、パティシエも工夫のしがいがあるでしょうし」
「そんなことであれば喜んで。それでも、こちらが貰いすぎということには変わらないけどね」
トレーナーの返答に、マックイーンは口元を隠しながら笑みを浮かべた。
「真面目な方ですわね。召し上がった際の率直な感想をくだされば、それで十分なのです。
他の方にも配らなければならないので、失礼いたしますわ」
優雅に一礼し、部屋を去ろうとするマックイーンをトレーナーが慌てて引き止めた。
「ちょっと待ってくれ。このお菓子がなんなのかを聞いていなかった」
「これは、わたくしとしたことが……。申し訳ありません、トレーナーさん。説明するつもりがうっかりしていました。
入っているのはウィスキーボンボンですわ。もちろん、法に触れないアルコール度数ですのでご安心を。
それではこんどこそ、失礼いたします」
そう言い残し、こんどこそマックイーンはトレーナー室から去っていった。
「戻りましたよ、トレーナーさん」
数分後、トレーナーの担当バであるドリームジャーニーがトレーナー室に戻ってきた。
「おかえり、ジャーニー。
このタイミングだと、メジロマックイーンには会えたかな?」
「はい、廊下で会いましたので少し話しました。
そちらの包みが、彼女の言っていたチョコレートボンボンですね」
机に置かれた小包に視線を向け、トレーナーと向かいあうように椅子に腰掛ける。
「いただき物だし、早速開けようか」
「そうですね。チョコ菓子ですが、あまり置いては風味が落ちてしまいますから」
代表者として、トレーナーが包み紙を丁寧に剥がす。品の良い彩りの下から、落ち着いたデザインの箱が姿を現した。
「いかにも高級菓子って感じがするな。あまり縁のない生活だったから、すこし緊張する」
「噛みつかれるわけではないのですから、そう気にすることはないでしょう」
「それはそうなんだけどね。
さ、開けるよ」
雑談を交えつつ、開封。
箱の中の光景に、2人は僅かに言葉を失った。
「……これは、見事ですね」
「……ああ。メジロ家と交流があるパティシエというからある程度想像はしてたけど、これほどまでとはね」
箱の中には、整然と並べられたチョコ菓子が誇らしげに輝いていた。同封されていたカードには、未成年でも楽しめるようアルコールは香りづけ程度にしか使用しておりませんと記載されている。
「勿体ないようだけど、いただこうか。毒見というわけじゃないけど、一応先にいただくよ」
一言断り、トレーナーは1つを摘まみ口へと入れる。口内に濃厚な甘みが広がり、芳醇な香りが嗅覚を擽った。
「美味しいな。流石メジロと交流を持てるだけのパティシエだ。
これは、ウィスキーか。練り込んであるみたいだし、たしかにこれならアルコールの影響はなさそうだな。
ジャーニー、大丈夫そうだよ」
「では、私もいただきますね。美味しそうに食べているので、期待できそうです」
クスリと笑って、ジャーニーはチョコレートボンボンを1つ摘まむ。恥ずかしそうなトレーナーを横目で見ながら、宝石のようなチョコ菓子を口にした。
「これは、素晴らしいですね。これほどのものは、はじめてかもしれません」
「ジャーニーもか。お父さんの関係で、似たようなものは食べたことがあると思ってたよ」
「父はお茶の類いを好みましたが、お茶請けは特にこだわりがなかったので。私もオルも、そちらにはあまり気を配ってなかったんです」
「なるほどね。たしかに美味しいお茶だと、それだけで満足できるもんね」
「わかっていただけますか。しかしこれほどのものをいただくと、今後は少し気を向けてもいいですね」
「そのときは付き合うよ。一緒にお茶請けを選べば、ジャーニーの好みも覚えられるしね」
にこやかに笑うトレーナーの笑顔に、ジャーニーは自分の顔に熱が集まる様子を自覚した。
「と、トレーナーさん、そちらのチョコも美味しそうですよ?」
「これかい?
おお、これはラムレーズンが入ってるな。風味の調和が素晴らしい」
顔を隠すようにチョコへ向き合い、トレーナーの視線を外す。無邪気に喜ぶ姿を見て、ジャーニーの頬が緩む。
「どうかした?」
「いえ、気にしないでください」
トレーナーの素直な様子を楽しむジャーニーと、担当バが嬉しそうなら深く追求しないと決めているトレーナー。2人の内心は、奇妙な満足感で満たされていた。
そんなとき、トレーナーが異常に気がついた。ドリームジャーニーが、座ったままふらふらと頭部を揺らしているのだ。
「ジャーニー、眠いのかい?」
トレーナーの問いに、返答は無い。不安になって立ち上がったトレーナーは、ジャーニーがほんのりと頬を染めていることに気がついた。
「じゃ、ジャーニー?」
「なんですか、とれーなーさん?」
普段のどこか冷たさすら感じる空気を纏った愛バとは思えない、ふわふわとした言動をとる姿がそこにはあった。
そして冒頭へと時間は戻る。
ジャーニーは繰り返し妹であるオルフェーヴルの自慢するが、突き付けられたスマホにはドリームジャーニーとトレーナーのツーショット写真が表示されていた。
「まさか、こんな少量のアルコールで酔うとは。ウマ娘の肝臓は強いと聞いていたが、体格から見ても許容量が極端に少ないのかな?」
「とれーなーさん、なにをぶつぶつといっているんですか!」
表示した写真を見ていないトレーナーへ、ドリームジャーニーは不機嫌そうに唇を尖らせた。慌てて向き直ると、その胸目掛けてジャーニーが抱き着いた。
「ちょ、ジャーニー!?」
「これでわたしのはなしをききやすくなったでしょう?
ほら、おるはこんなにがんばってるんですから、わたしもあねとしてふさわしくいなければならないんですよ」
今度は彼女がアネゴと呼び慕うウマ娘の写真がトレーナーに突き付けられたが、彼からすればそれどころではない。こんな状態を誰かに見られれば、セクハラ野郎の誹りは免れ得ないことは間違いないのだ。
「わかったから、少し離れてくれ。ほら、甘いチョコのあとには水がいいよ」
酔っ払いには水という基本原則を忘れず、トレーナーはジャーニーに水を差し出した。両手でコップを受け取り、くぴくぴと飲むジャーニーの姿は小動物を彷彿とさせる。
「参ったな。とりあえず寮長に連絡を入れてから寮まで送るか」
今のジャーニーの前で電話などできるはずがなく、栗東寮の寮長であるフジキセキへとメールを送ると幸いなことに即座に返答があった。
「よし。
ジャーニー、歩けるかい?」
「だいじょうぶですよとれーなーさん。わたしはあねごのみちをあるくうまむすめなのですから」
かなり思考が鈍化しているようで、手を引けば立ち上がれたがすぐにふらついてしまう。
「……仕方がない。
ジャーニー、乗ってくれ」
「いいんですか?
わーい!」
トレーナーが屈んで背を見せると、ドリームジャーニーは驚くほど素直に背中へと飛び乗った。満足そうに背中へと頬をこすりつける感触に困惑しながら、トレーナーは栗東寮へと出発する。
しばらく無言の時間が続いたが、ふと背に乗るジャーニーが口を開いた。
「とれーなーさん、わたしはうれしいんですよ?」
「嬉しいって?」
「わたしのことばを、そのままうけとめてくれるあなたがです。こわがられるようにしてますが、それでもとれーなーさんはわたしのことばをしんじてくれます」
「担当ウマ娘を疑うトレーナーなんていないよ。ジャーニーがつまらない嘘をつかないってこともわかってる。
まあ、少し怖いときもあるけどね」
「そう、ですか。
じゃあ、これからも、わたしと……」
「ジャーニー?」
耳をすませば、トレーナーの耳に小さな寝息が聞こえる。できるだけ振動が伝わらないように歩調を変えたトレーナーは、優しい笑みを浮かべていた。
翌日、オルフェーヴルは珍しく自分のベッドから出てこないドリームジャーニーへと声をかけている。
「姉上、どれだけ布団の中に引きこもっていようとも現実は変わらぬ。あの男も姉上の行動を好ましく思うことがあろうとも蔑むことはすまい。
いくら今日が休日であろうとも、これ以上布団から出ぬとなれば体調にも影響しよう」
「あんな醜態を、しかもトレーナーさんの背中で寝てしまったんだよ。
とてもじゃないが恥ずかしくて顔を合わせられない……」
「それと今布団から出ないことに関連性が無いではないか。
気持ちはわからなくもないが、そろそろ二日酔いの影響は無いなどの連絡をしなければ姉上のトレーナーの方から連絡が来ないとも限らんぞ。最低限の身支度は済ませたほうが後々のためであろう」
酔った間の記憶は残る体質だったジャーニーは、羞恥心に身を焦がす。
姉をなんとかして励まそうとするオルフェーヴルという珍しい光景は、オルフェーヴルの予言通りドリームジャーニーのトレーナーから連絡が来るまで続くのであった。