ウマ娘SS集   作:SS制作マシーン

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 これでタキオンが何十回目かでこの違和感を魂レベルで確信し、「目覚まし時計」を作り上げて一人孤独に世界の謎に挑む頭脳バトル物が見たいです……。
という概念が元になっています。


アグネスタキオンは分かれない

 昼下がりのトレセン学園で、アグネスタキオンは薄暗がりのなか黙々と作業を続けていた。

 日の光を拒絶するかのように締め切られて部屋にはある種異様な雰囲気が漂い、それはタキオンが抱える狂気が伝播したようにも思える。

 突如、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。入り口から差す陽光を、そして息を切らせて入り口に立つウマ娘をタキオンは鬱陶しげに一瞥した。

 

「なんだい急に。せめてノックくらいはするのが筋というものだと思うんだけどね」

 

 その視線を受けたウマ娘、マンハッタンカフェは思わず一歩退いた。比較的とはいえアグネスタキオンと親交が深い彼女にとって、それほどまでに異質な目だったのだ。

 暗く、狂気の光を放つその視線には、妄執とも言えるなにかが爛々と湛えられている。

 

「ああ、カフェだったのか。丁度今完成したところだから、てっきりいつぞやの何者かが来たのかと思ったよ。

 ……いや、あのときの記憶はないからね。ひょっとして君が何者かなのかな?」

 

 視線をせわしなく彷徨わせ、うわごとのように呟き続けるその姿は、誰がどう見ても狂人のそれだ。

 

「……デジタルさんから聞いたとおりですね。

 タキオンさん、あなたは今すぐに保健室へ向かうべきです。今のあなたは、正常ではない」

 

 昼休みのラウンジで、マンハッタンカフェがアグネスデジタルに泣き付かれたのはほんの数分前だ。最初こそウマ娘への過度な接触を嫌うデジタルからの直接的なコンタクトに驚いていたカフェだったが、話を聞きこの廃教室へと走り出したのだ。

 

「部屋に帰ることなく、食事もとらずに何日もこの教室に籠もっているというのは本当だったみたいですね。

 今度は何を思いついたのかは知りませんが、そんな様子で正しい行動が取れると思っているんですか?」

 

 カフェの厳しい指摘にも、タキオンは様子を変えない。

 

「なあに、もうすんだ話さ。これが完成したんだからね」

 

 壊れ物を扱うかのようにタキオンが抱えているそれは、掌ほどの目覚まし時計だった。

 仰々しい雰囲気から現れたそれにカフェは肩透かしを受けるが、タキオンは大真面目に弁を振るう。

 

「どうやらなんども惜しいところまでは行っていたようでね、理論は自然と組み上がったよ。これで、私はこの世界の真理の一端に手をかけたと言っても過言ではない!」

「それがどんな理論かは知りませんが、今のあなたには栄養と睡眠が必要です。

 さあ、行きましょ……?」

 

 部屋に踏み入ろうとしたカフェが、なにかに肩を掴まれるように静止した。いや、実際に肩を掴まれている。

 マンハッタンカフェがお友だちと呼ぶ彼女以外に認識できない存在が、カフェの入室を阻止したのだ。

 

「どうしました? なにか危険なことでも?」

「へえ、そこのねーちゃんはわかるのか。こりゃゴルシちゃんからしても驚きだな」

「そうだね、これは“サプライズ”だ。ネオユニヴァースは“インパクト”を受けたよ」

 

 咄嗟に振り返ったカフェの目の前に、ゴールドシップとネオユニヴァースが立っていた。足音もなく現れた珍しい2人組に、マンハッタンカフェは驚きを隠せない。

 その様子を見たアグネスタキオンが、突如笑い出した。

 

「あっははははははは!

 そうか、この感覚は、そういうことか!

 あのときあの場所に、いや、あのときだけじゃない! 今まで私たちの前に現れていたのは、君たちだったんだな!?」

 

 狂気に飲まれた友の変貌に言葉を失うカフェとは裏腹に、突如現れた2人は冷静そのものだった。

 

「すげえな、完全に今の私らを認識してるぜ。ネオユニヴァース以来じゃねーか、これ?」

「そうだね。彼女は“ヒア”に来るかもしれない」

 

 カフェからすればわけのわからない会話をする2人だったが、ゴールドシップがタキオンへと向き直った。珍しいことにその表情は引き締まり、声音は真剣そのものだ。

 

「おいタキオン、今ならまだ間に合う。悪いこと言わないから、それを使うな。

 今回が初めてみたいだから数回はそこまででかい影響ないだろうけど、いざなると結構面倒だぞ?」

 

 カフェからすれば何を言いたいのかわからない宣言だったが、何故かタキオンには通じたようだ。狂気に染まりきった笑みを深くし、目覚まし時計を高々と掲げる。

 

「そうか、やはりこれこそが真理への扉の一端か!」

 

 その瞬間、猛烈な悪寒がマンハッタンカフェを襲った。なにか取り返しのつかない事が起きようとしていると、彼女の本能が告げたのだ。

 その場から逃げようとする足を無理矢理動かし、タキオンのいる室内へと駆け込もうと踏み込んだ。しかし、その動きは再び静止される。

 

「どうし、って……!」

 

 両肩を押さえる黒い影。お友だちが、カフェの歩みを止めている。

 

「この状況で止めてくれるなんて、そちらの彼女はずいぶんとお友だち思いだな。

 カフェさんよ、もう手遅れだ。この部屋に入ろうなんて思うんじゃないぞ」

「そうだね。もう“リミット”だ。あれの発動はもう止められない」

「そうだよな。

 しょうがねーから、あいつに頼んどくか」

「ネオユニヴァースは“プロウ”だよ。ここからの処理は『彼女』が一番得意」

「さっきからあなたたちは何を……っ!」

 

 室内で呑気に会話を続ける2人に激昂するカフェだったが、ついにアグネスタキオンの腕が動いた。

 目覚まし時計が、作動する。

 

 

 

 ジリリリリリリリリリリ…………

 

 

 

 鳴り響く音に思わず耳を塞ぐが、音は徐々に小さくなり消えた。見れば掲げられた目覚まし時計はバラバラに自壊しており、タキオンの手からボロボロと零れ落ちている。

 ふと、タキオンの体から力が抜ける。そのまま床へ転倒するかと思われた体は、いつの間にか近づいていたゴールドシップが優しく受け止めていた。

 

「さて、これでこの騒動はひとまずおしまいだな。私はタキオンを保健室に運ぶから、カフェはタキオンのトレーナーを呼んできてくれ。たしかそろそろ出張から帰ってくる頃だろ?」

「……まって、ください」

 

 あっけらかんとその場を去ろうとしたゴールドシップの前に、マンハッタンカフェは立ち塞がった。眉間には皺が寄り、いざとなれば実力行使も辞さないと表情が語っている。

 

「説明を、お願いします。まさかこのまま終わりだと、本気で考えているわけではないのでしょう?」

 

 だが並のウマ娘ならば動けなくなるであろう圧を真正面から浴びているにもかかわらず、当のゴールドシップは一切気にした様子を見せない。

 

「マンハッタンカフェよう、一度しか言わないぜ。

 ……世の中にはな、知らないほうがいいこともあるんだ。タキオンは研究にのめり込みすぎて少しおかしくなっていただけで、それで話は終わりなんだよ。

 ほら、彼女はわかっているみたいだぜ」

 

 見れば、お友だちがカフェの手を引いていた。貌こそ見えないが、心配していることだけはわかる。

 

「……わかり、ました。お友だちも事情を知っているような動きでしたし、今回はそういうことだと納得しておきます。

 ですが、もしも次があったのなら……」

「ああ、次はないさ。絶対にな。少なくとも“この”学園ではもう起きない。

 まったく、タキオンも面倒な道を選んだもんだ。進みきる前に立ち止まるか引き返したほうが楽なんだけどな……」

 

 真剣に断言をした直後、ゴールドシップは普段通りの雰囲気に切り替わり、マンハッタンカフェの横をすり抜けて保健室へと向かった。

 その後ろ姿をしばらく眺め、ふとカフェはアグネスタキオンが占領していた教室へと視線を動かす。すっかりただの廃教室と化した室内で、不思議な踊りを踊っているネオユニヴァースと目が合った。おかしなポーズのまま動きを止め、なにかと言いたげに小首をかしげる。

 すべてがどうでもよくなったマンハッタンカフェは、目覚めたアグネスタキオンにどんな文句をぶつけようかと考えながら職員室へ小走りで向かっていった。

 普段であればからかうように少し前を走るお友達がいないと、気づかないまま。

 

 保健室で目覚めたアグネスタキオンは、ここ一週間ほどの出来事をすべて忘れていた。大騒ぎするタキオンとそれをなだめるアグネスタキオンのトレーナーを半ば無視しつつ、マンハッタンカフェは思考を走らせる。

 一週間と言えば、丁度タキオンがおかしくなったころと重なる。意味深な言葉を残したゴールドシップといつの間にか消えていた目覚まし時計の残骸。そういえば目覚まし時計の外装とネオユニヴァースの髪の色が似ていたなというくだらない気付きを得たところで、カフェのおでこがつつかれた。

 視線を上げると、お友だちの指が眉間に伸びてくるところだった。手で払うと、お友だちはカフェの眼前で人差し指をゆっくりと左右に振る。

 これは警告なのだろう。それに従い、カフェは夕食の後に飲むコーヒーへと想いを馳せた。少し疲れたから、甘みを加えてカフェオレにするのもいいかもしれない。

 大騒ぎが続く保健室を後にしながら、カフェは午後のトレーニングへと向かう。からかうように少し前を走るお友だちを視界に捕らえつつ、その足取りは軽やかだった。

 

 

 

 ジリリリリリリリリリリ!

 

 

 

 鳴り響く目覚まし時計のアラーム音。それ以外何も聞こえない。あまりの轟音に、思わず目を瞑ってしまったため視界はゼロだ。手探りで止めようとするのだが、慣れない機械だからか停止ボタンが見つからない。

 

「マーベラース!」

 

 アラーム音を掻き消すような大声と共に、アグネスタキオンの体が何者かに抱きかかえられた。勢いのまま横倒しになるも、下手人が上手く衝撃を殺したおかげでコロコロと床を転がるだけで済んだ。

 

「ねえねえ、その目覚まし時計はとってもマーベラスだね? あなたがつくったの?」

 

 目を開けば、大きなツインテールが特徴的なウマ娘の顔が視界いっぱいに広がった。

 

「あ、ああ。その通りだとも。

 えーっと、君は……?」

 

 疑問符が落ち着かないタキオンへ、満開の笑みを浮かべたウマ娘は自己紹介を行った。

 

「私、マーベラスサンデー!

 あなたはアグネスタキオンさんでしょ? マヤノさんが言ってたの、すごい研究をしてるウマ娘だって!」

 

 一方的に知られているのは少しばかりこそばゆいが、それが名声であれば悪い気はしない。

 

「ああ、その通り。私がアグネスタキオンさ。

 ところで、マーベラスサンデーくんはこの教室で何を?」

「隣が私とトレーナーの部屋なの。隣の教室からすごい音がしたから、見に来たんだよ!

 この教室はタキオンさんが飾り付けたの?」

 

 飾り付けたの一言に、タキオンは思わず教室を見渡す。

 いつのまにか、殺風景だった廃教室が様変わりしている。部屋の半分には実験器具が所狭しと並んでおり、もう半分は幻想的ながらも落ち着く空間となっている。

 同時に、タキオンは“存在しなかった記憶”を思い出した。ウマ魂の平行世界観測のため、特別に調合した薬の服用。それによる気絶。

 ……ならば、この目覚まし時計“らしき”ガジェットはなんだ。何故先ほどまでアグネスタキオンは立ち上がっていた。

 多くの謎が、不自然に脳裏から消えていく。

 

「まあ、いいさ。前例から、忘れても失われるわけじゃないんだ。もう一度、何度でも辿り着いて見せようじゃないか。

 ああマーベラスサンデーくん、騒がせたね。もう大丈夫さ」

「そうなの?

 じゃあ、無理だけはしないでね?

 マーベラース!」

 

 元気いっぱいに退出するマーベラースサンデーと入れ替わりに、マンハッタンカフェが入室してきた。

 

「あの子は……また他人に迷惑をかけたんですか、タキオンさん」

「いや、べつに無理に部屋へ引き込んだとかそういうことはしていないよカフェ。実はね……」

 

 漏れ聞こえる会話を楽しみながら、マーベラースサンデーは静かな笑みを浮かべる。

 

「あぶない、あぶない。みんなから聞いていたとおり、これは私の専門だったね。

 まったくもう。研究はすごいけど、もう少し境界線を見てもらわないといけないかもね。

 マーベ……ラ~ス…………☆」

 

 踊るように入室し、音もなく扉は閉じられる。

 残されたのは、何の変哲もない踊り場の壁だけだった。

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