ウマ娘SS集 作:SS制作マシーン
というレスが元になっています。
研究が一段落し、気分転換にと寮の廊下を歩くアグネスタキオンの元へ騒がしい声が届いた。耳を動かし場所を探ると、好奇心の赴くままに音源へ足を向ける。
「ああ、原初の罪に数えられしは7つに限れど、新たに数え上げるのならば罪深さとは美しさなり!
傲慢にも月に迫りしその美貌! 月の光を身に纏い、踊るそなたの横貌よ! そして月よ許されよ、美しきはボクなり!」
到着した広場を見たタキオンは、その場の光景にあっけにとられた。廃材を舞台に、歌い踊るテイエムオペラオー。そして彼女を囲う数人のウマ娘達とトレーナー。
なんとも異様な光景だったが、タキオンはこの現状に心当たりがあった。
「なるほど、これが噂のオペラオー劇場か」
主演・主催・演出・提供テイエムオペラオーの1人オペラ。オペラオーの気分で不定期に、そして突発的に開催されるそれは、その場に居合わせなければ見られない実は結構なレアイベントなのだ。
かくいうタキオンも、実演中に遭遇するのは初の体験である。これもいい機会かと群衆に近づくと、見知ったピンク髪を最前列で発見した。
「流石といったところだね、デジタルくん」
観賞中のマナーとして声をかけることはせず、最後尾列に静かに腰を下ろすタキオン。舞台に目をやれば、丁度クライマックスに差し掛かったところのようだ。
「我ら人の望みを抱いて走り、夢と共に駆け抜けるものなり!
故に夢と望みは同胞として手を取り合い、明日への架け橋となるのだろう!
そして架け橋を渡るものこそ、世紀末覇王へとひた走るこのボク!
テイエムオペラオーを讃える声が木霊する!」
よく通る声と感情の乗った声は、観客を圧倒するに足る迫力を持っている。内容も主人公である自分が人々のために走るというありふれた、だからこそ受け入れやすい物語だ。
「ひた走る、強く、美しく、速いその者こそがボク!
独走し、ゴール板を超え、今こそ世紀末覇王を戴冠する!
降り注ぐ万雷の喝采と祝福!
今こそ伝説が綴られたのだ!」
歌いきると、オペラオーはスポットライトを浴びるようにその場で静止した。
そして正面を向き、観客に対して一礼。
「これにて我がオペラ、世紀末覇王戴冠は終了だ。
名残惜しいかもしれないが、余韻を味わい気をつけて帰ってくれたまえ!」
満面の笑みで手を振るとそれが解散の合図だったようで、観客はばらばらとその場を去っていく。
「いやあ素人オペラと思っていたが、なかなか見られるものだったね」
「おややその声は。こんにちは、アグネスタキオンさん」
振り向くと、つい先日知り合ったウマ娘がタキオンへと手を振っていた。
「おやおや、アストンマーチャンじゃないか。君もオペラオーくんのオペラを鑑賞していたのかい?」
「ええ。あれほどの人を魅了するのはそうそうできることじゃありません。ウルトラスーパーマスコットを目指す身としては、何か得られるものがないかと思いまして」
悩ましい表情を浮かべるマーちゃんへ、タキオンはふと浮かんだ疑問をぶつけた。
「ときに聞くが、きみはオペラオーのオペラを何度か見たことがあるのかい?」
「はい。通して見たことはほとんどないですが、もう何度か見ました」
「へえ……タイミングがずれれば見られないというのに、ずいぶんと運がいいんだね」
「ふふふ……マーチャンの情報網は広いのです。どこかで始まったと聞けば、時間があれば向かいます」
「必ずと言わないのは正直だね」
タキオンにしては珍しく、中身のない会話が続けられている。そこへ、最前列にいたため立ち上がるのが遅れたデジタルが合流した。
「タキオンさんにアストンマーチャンさんじゃないですか!
マーチャンさんは度々お見掛けしましたが、タキオンさんがオペラオーさんのオペラにいらっしゃるのは珍しいですね?」
「ああ、偶然近くを通ったものでね。丁度クライマックスだったようだから、ちょっと覗いてみたというわけさ」
同室ということに加えて数度冒険を共にしたためか、デジタルはタキオンに対して少し砕けた対応をとるようになった。
「なるほど、そういうわけでしたか。
なかなか見ごたえがあったでしょう?」
「ああ、正直個人作成とは思えないできだったよ。彼女この方面でも食っていけるんじゃないかな?」
「何度か見てますが、どれもすごい出来でした。一体いくつあるんでしょうね?」
アストンマーチャンの何気ない一言が、アグネスタキオンの興味を引いた。
「ちょっと待ちたまえ。何度か見ていると言っていたが、同じ演目は無かったのかい?」
その疑問に、アグネスデジタルとアストンマーチャンは顔を見合わせた。
「言われてみれば……覚えている限りだと、一度も同じ内容の劇を演じていませんね」
「そうですね。マーチャンだけなら勘違いかとも思いますけど、デジタルさんがそう言うのならまず同じ劇はしていないのですね」
「ふうん……」
タキオンは首をかしげ、それを見た2人もつられて首をかしげる。
「あの、タキオンさん。何か気になることでも?」
「いやあ、話を聞く限りオペラオーくんは結構な数の公演を繰り返しているようじゃないか。にもかかわらず、2人の話を聞く限りだが似通った講演内容がない。
彼女が持つ演劇のシナリオが何本になるのか、気にならないかい?」
タキオンの問いに、デジタルとマーチャンは顔を見合わせる。
「たしかに、一ウマ娘ちゃんファンとして気になるところではありますね」
「シナリオを見れば、愛されマスコットへのヒントが見つかるかもしれません」
前向きな2人の意見に、タキオンが二ヘリとした笑みを浮かべた。
「決まりだね。とはいえ難しい話もない、各自が適当に聞き込みをすればいい話だ。
見た限りでもけっこうな観客がいたことだし、手分けをしてもある程度の意見は集まるだろうさ。まあそんなに多く聞いても仕方がないから、明日の夕食時にラウンジで情報を交換しようじゃないか」
「わかりました、情報収集はお任せください!」
「宣伝と一緒に頑張ります。
そういえばお2人には渡してませんでしたね。マーチャン人形です、どうぞ」
気合を入れるデジタルとは対照的に、ほわほわとした雰囲気を崩さないアストンマーチャン。解散直前に話のついでとばかりに渡された彼女自身のぬいぐるみを、デジタルは感極まって、タキオンは顔を引きつらせながら受け取った。
翌日の夕食時。トレセン学園のラウンジで、アグネスタキオン、アグネスデジタル、アストンマーチャンの三人が約束通りに集合していた。
「さて、互いの情報を交換しようじゃないか。
まあ一日足らずで集めた情報なんぞ、大した量では……」
タキオンは自らの認識を改める必要があると理解した。デジタルがウキウキとした様子で、A4ノートを数冊取り出したのだ。横目で様子を窺えば、マーチャンも引きつった笑みを浮かべている。
「あー……デジタルくん、ひょっとしてそれは……」
「ああ、気にしないでください! これはあくまでも私が集めていたオペラオーさんの演劇の内容です!
タキオンさんの案で集めたものはこちらになります。ページ数にしてほんの三分の一程度になってしまいますが」
するりと取り出されたのは、同じ規格のノートだった。ほんのと言っているが、それでもかなりの量である。
「この後に出すのも気が引けますが、マーチャンの集めたものになります。専属レンズ……トレーナーさんにも協力してもらいました」
そう言って、マーチャンはレポート用紙の束を取り出した。枚数にして5枚を切る程度だが、一日足らず、しかも余暇を縫ってとなれば十分に褒められる量だ。
「申し訳ないが、おかげで少し安心したよ。君まであの量を出してきたらどうしようかと悩んでいたところだ。
さて、適当に回し読みをしようか」
続いて出されたタキオンの資料も、アストンマーチャンのものと同じ程度の量だ。
時計回りに資料を交換し、一枚一枚目を通していく。
「同室のビワハヤヒデから意見を聞けたんだね。目を見張るものがあるものの、突発的に部屋で始められるのは流石に堪える……苦笑いしていたというだけあって、流石に困惑が勝つこともあるか。人前以外でも演じていた内容が補完できたのはありがたい
仲のいいメイショウドトウの意見は緊張と手放しの賞賛ばかりであまりあてにならないが、かなり細かく覚えているようだね」
「ゴールドシップさんも面白いと褒めていますね。内容に関しての比喩がわからないですが、色々と指摘されています。
ナリタトップロードさんは、気持ちがから回ってしまっていますね。ちょっと擬音語が多くて、ゴールドシップさんとは別の方向で内容が変わりにくいです。
これも愛される要因なのでしょうか……」
「生のウマ娘ちゃんの声はどれも貴重ですね!
ネオユニヴァースさんは、要約すればとても賑やかでよく物事を見ていると褒めています。夕方のレースや夜の出来事を劇にした者が印象に残っているみたいですね。
アドマイヤベガさんもつっけんどんながらもよく寝られていると表現されています。これがツンデレの精神……同じく夜の物語を高く評価されていますね。
マーベラースサンデーさんも丁度よいマーベラスだと好評、でいいのでしょうか……動作も再現もマーベラスとのことですが……解読できないとは修行が足りませんね。一生の不覚……!」
各自が持ち寄った資料の読み合わせが終わり、誰とはなしに会話を切り出した。
「あの完成度から予想はできたけれど、ほとんどが好評だったね。個々人の好みから意見が分かれたものもあったが、それも趣味じゃない程度で許容範囲内とのことだった。
集計した人数から考えても、これは驚異的なことだぞ。レースの世界で生きているのが損失なんじゃないかと思い始めている」
「マーチャンも感じていましたが、やはりシナリオの完成度が高いです。そこに文句をつけている方はいませんでしたし、感受性の高さこそなのでしょうか」
「言い回しが本格オペラのそれですからね。趣味故に高められた言い回しや振り付けがストーリーをより引き立てているんでしょう。
愛されマスコットのヒントには、残念ながらなりそうにありませんね」
結果、上手いオペラだからこそ人を引き付けるのだと結論づいてしまった。ならばタキオンの興味は本来の目的へ移る。すなわち、オペラオーはいくつの演目を持っているのか。
「資料に目を通した結果、ほとんど演目の重複はしていない。個人で作成しているとすれば、はっきり言って異常と言っていい作成ペースだ。
学業、レースの練習、オペラの練習ときて演目作成か。時間がどれだけあっても足りはしない」
「同じ時間で見た者でない限り、同じものがなくて驚きました。どうやってストーリーを考えているのでしょう?」
「一日に何度か同じものを演じていると思っていましたが、まさか時間ごとに違うとは……」
三人そろって首を捻る。こればかりは、テイエムオペラオー本人に直接聞くしか方法はないだろう。
「あまり大人数で押しかけても仕方ない。明日にでも私が聞いてこようじゃないか。
そうだデジタルくん、きみが纏めた演目の簡易版のようなものはないかい? 作品にどのような傾向があるのか興味が出てきた」
「それでしたら、去年のウマケットにあった要約集をお貸しします。直近のものは私が要約したものがありますので、両方あれば大体カバーできますよ」
「そんなものが……ウマケットとは奥が深いのですね。専属レンズさんも参加しているらしいですし、今度一緒に行けるか頼んでみましょう」
「まあ、それは君たちの話だから頑張りたまえ。
オペラオーくんから話を聞け次第、連絡するよ」
間違った感心をもってしまったアストンマーチャンの言葉を最後に、この日は解散の流れとなった。
翌日、アグネスタキオンは廊下を突き進んでいた。あまりの迫力に、対面した生徒は自然と道を開けるため、最短距離で目的地まで突き進んでいく。
目的地である教室へ到着したタキオンは、扉を勢いよく開いた。
「テイエムオペラオーくんはいるかい!?」
あまりの声量に、室内は一瞬静まり返る。教室に残っていた生徒たちが何事かとタキオンへ視線を向ける中、一人の生徒が立ち上がった。
「これはこれは来訪者。どのような御用か知らないが、強く、美しく、そして気高い! そう、僕こそがテイエムオペラオーさ!」
芝居がかった自己紹介と共に、テイエムオペラオーはタキオンの前へと躍り出た。自信に裏付けされた深い笑みを浮かべるオペラオーを、タキオンは静かに見つめる。
「君の演目で聞きたいことがあってね。そう、非常に興味深い話なんだ。
込み入ったことにもなるだろうから、静かなところへ移動しても?」
「かまわないとも!」
尻込みする者も多いタキオンの誘いに、オペラオーは即決を返す。そのまま先導に従い、タキオンとカフェが共有する教室へと到着した。
「さて、楽に座ってくれたまえ。
君に聞きたいのは1つ、演目を作る際に協力者はいるのかな?」
「珍しい質問だね。何故それを知りたいと思ったのか聞いてもいいかな?」
促されるままに座りながら、オペラオーは質問を返す。
「なあに、きみのオペラを見る機会があってね。よくできていたからほかにどんな公演をしていたのか気になって調べたが、あまりにも数が多い。
一人で作るには時間が足りないだろうから、ひょっとしたらと思った次第さ。まあ、ファンが作家を知りたいと考えてくれて構わない」
「そういうことか。
それなら答えは簡単だね。あれはすべてボクが一人で作っている。アイデア、シナリオ起こし、どちらもボクだ」
「そうかい……じゃあ、この光景を思い浮かんだのはどこでだい?」
タキオンが机の上に出したのは、一枚のA4用紙だ。書かれたタイトルは、廃教室の狂える研究者。
とある少女が妄想に取り付かれ、廃教室で研究を重ねるという内容だ。結果として旧友の制止も間に合わず、最後には実験の結果元の世界と別の世界に人格が分かれてしまった。そう、かつてのタキオンのように。
「実は私も似たような状態になったことがあった。だがこのことを知っているのは私を含めても6人程度なんだ。偶然にしてはかぶりすぎているから、少し気になってね」
タキオンが宿す強い眼光を、オペラオーは正面から平然と受け止めた。
「そんなことがあったのかい。偶然とは恐ろしいものだね。
だがボクはその事件を知らないし、君の言う6人もそれを放言するような人じゃないんだろう。あくまでも偶然だとしか、ボクは言えないな」
「そうかい……じゃあ、これはどうだ!」
タキオンが机に叩きつけたのは、またしても1枚の用紙だった。デジタルが纏めた演目内容に、タキオンが赤で注約を入れいてる。
「敏腕女トレーナーが纏め上げる学園一の強豪チーム。学園に再び現れた男性トレーナー率いる中堅のチーム。秘密多き男性トレーナーの元集う記録よりも記憶に残る愛されチームか。
何故君がリギルを、スピカを、カノープスを知っている! これを偶然とは言わせないぞ!」
今タキオンが挙げたチームはトレセン学園に存在しない。タキオンが実験の結果、謎の目覚まし時計型のガジェットと共に手に入れた記憶にのみ存在するチームと、オペラオーが描いたチームにはあまりにも共通点が多すぎた。
「偶然と、言ったら?」
「アオハル杯で有名となったウマ娘を分散配備しながら、同じだけのモチーフになるであろうチームファーストのウマ娘を登場させていない以上、明らかに何らかの意思があるに決まっている。
流石に言い訳も尽きたんじゃないのかい?」
睨み合うアグネスタキオンとテイエムオペラオー。
先に折れたのは、テイエムオペラオーだった。
「流石の洞察力だね。ボクはたしかに、とある筋からオペラのフックを得ているよ」
懐から取り出した手鏡を撫でながら、オペラオーは歌うように続ける。
「別の世界の事実なのか? ボクの頭の中にだけ存在する学園の物語なのか?
そんなことはどうでもいいさ。輝ける物語を演じることこそ、このボクテイエムオペラオーの使命なのだからね」
「是非ともその筋を教えてほしいんだがね。私は十分に知る権利があると思わないかい?」
タキオンが手鏡に手を伸ばすが、オペラオーはゆるりと距離を取った。
「残念だけど、権利があってもそれが常に行使される者とは限らない。見るに、まだはっきりと踏み込んでいるわけじゃあないんだろう?
扉の向こう側の景色を見ているだけの研究者に、真理がその内を見せることはないだろう。行くも戻るもその者次第で道中こそが宝だというのに、ヒントを欲しがると見せかけて答えの一端を奪いにかかるのは少々はしたない行為だと思わないかい?」
テイエムオペラオーは、何かを知る者の目でタキオンを見た。その圧に思わず一歩下がりかけるタキオンだったが、牙を見せる笑みでその一歩を踏み潰す。
「そうかい。私は研究者としていかなる手をもってしても答えを奪うことこそが誠実だと思っていたが、考えが違うというのならば諦めようじゃないか。
君の忠告通り、過程を楽しみながら進むとするさ。扉を超えるかどうかは、その時に決めさせてもらおうか」
「それが答えというのならば、ボクはそれを尊重しよう。
さて探求者よ、他に何か聞きたいことはあるのかい? そろそろ教室に戻って級友たちを安心させてやりたいんだ」
その一言に、タキオンはかなり乱暴にこの部屋へオペラオーを連れてきたと思い出した。ひょっとすると、マンハッタンカフェがここへと急行しているかもしれない。
ならばと一つ疑問を投げた。
「知る者は常につらい道を歩くというが、何故君はそうも明るく振舞えるんだい?
記憶が曖昧だからはっきりとは言えないが、この件で深く関わる者たちはどこか重そうというか、大変なものだという認識を持っていた気がするんだ」
その問いに、オペラオーは高笑いを返した。疑問符を浮かべるタキオンへ、覇王たる威圧を纏ったオペラオーが満面の笑みを湛える。
「彼の偉人曰く、人生は動き回る影に過ぎぬ。だが哀れな役者とて、劇を楽しんではいけないという法は無いだろう?」
知ってなお、怯えてなどやりはしない。堂々とした矜持に、タキオンは素直な拍手を返した。
「見事だね、テイエムオペラオー。いや、流石は覇王と呼ばれるにふさわしいウマ娘だ。
そうだ、そちらの手鏡に不躾に触れようとして悪かったね」
「気にしないでくれたまえ。ジョセフィーヌも気にしていないよ。
それでは、また相まみえるかもしれないねシェルシュールよ。あなたの道の端々に幸あらんことを!」
最後に大きく礼をし、テイエムオペラオーは去っていった。残された沈黙へ、タキオンは独白する。
「君に免じて……いや、君への敬意の証としてだね。最後の疑問はこの胸にしまっておくよ」
鏡は反射するものだ。つまり、鏡にジョセフィーヌと呼びかけるという事は、映った者に呼びかけるということ。
「ジョセフィーヌ。かの皇帝ナポレオンを愛し、拒絶し、そして愛した女。君は一度何を拒絶したのか……いやあ、これ以上探るのは野暮というものだね」
瞳を閉じて頭を振り、あえて思考を散らす。これ以上は、考えても仕方のないことだろう。アグネスデジタルとアストンマーチャンへなんと言い訳しようかと考えはじめたタキオンの思考を、扉の開く音が遮った。
振り返れば、息を切らせたマンハッタンカフェが扉を開いた状態でタキオンを睨んでいる。
「おや、カフェじゃないか。どうしたんだいそんなに急いだ様子で」
「あなたがテイエムオペラオーさんを拉致したから助けてくれと、かなりの人たちから頼まれました。
いったいどういうつもりなのか、説明してもらえますね?」
「いや……ちょっと待ちたまえ。私は拉致をしたわけじゃなく、あれは彼女も同意の上でね……?」
カフェが後ろ手に占める扉が、13階段のようにタキオンには感じられる。そして扉が完全に閉じられた部屋の中で、マンハッタンカフェによるアグネスタキオンへの説教、その第一幕が開催されるのであった。