ウマ娘SS集   作:SS制作マシーン

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既に消されてしまったのですが、オペラオーと鏡に関するレスが元になっています。


アグネスタキオンは映らない

 月明かりが照らす栗東寮の一室で、3人のウマ娘が向き合っていた。アグネスタキオンと、アグネスデジタルと、ビワハヤヒデだ。

 最初に口を開いたのは、部屋の主の片割れであるアグネスタキオンだった。

 

「それで、何故私を頼ったんだい?

 はっきり言って私は社交的ではないし、ビワハヤヒデくんともあまり交流はなかったと思うんだけどねぇ」

 

 夕食時のラウンジで急に声をかけられ、助けてほしいの一点張りで自室まで着いてこられたのだ。流石に気まずいのか、居心地悪そうにしているハヤヒデが言いにくそうに口を開いた。

 

「じつは、ここのところ同室のオペラオーくんの様子がおかしいんだ。このまえ、デジタルくんが私にオペラオーくんのオペラについて調べていると聞いてきただろう。何か関係があるんじゃないかと思って、頼らせてもらった次第だ。

 こういった不思議な事件は専門なのだと聞いている。例の調査もその一環なのだろう?」

「ちょっと待ってくれ、私たちが専門だと?

 いったいどこでそんな話を聞いたんだい?」

「マンハッタンカフェから聞いたよ。先日の調査も、その手の関係だと言っていたが……違うのかい?」

 

 タキオンは露骨に視線を外した。まさかカフェに相談事を丸投げされたとは予想していなかったため、動揺を隠しきれなかったのだ。

 たしかに数日前、オペラオーについて調査をしていた時にデジタルが気を効かせてハヤヒデからも情報収集をしていたことは確かだ。ここでハヤヒデの言を否定すれば、彼女が信じる前提条件が崩れてしまう。この場で全て自分の知的好奇心のためだったなどとは、とてもではないが説明できない雰囲気だ。

 

「あー……ところで、様子がおかしいとはどんな調子なんだい?

 わざわざ私たちを頼るんだ。単に体調を崩しというようなつまらない話じゃないんだろう?」

「ああ。最近覇気が無いというか、どうにも行動力が落ちているように思えるんだ。彼女のトレーナーも心配していた。

 毎朝の日課だった髪型の手入れにお気に入りの手鏡を使わず、踊り場の姿見を使用しているのも気にかかる」

「たしかに最近オペラオーさんのオペラの頻度が減っていましたし、演技にキレがないと思っていました。

 自室でもそんな様子なんですか……」

 

 タキオンの露骨な話題逸らしにハヤヒデが訝しみながらも答え、それをデジタルが補強する形になった。

 その情報に、タキオンは首を捻る。あまりにもオペラオーらしくない行為だ。彼女は自らが演じるオペラに誇りを持っていたし、彼の手鏡は宝物のように扱っていた。その2つをないがしろにして、はたしてテイエムオペラオー足りえるのか。

 

「たしかに、少し気になるね。よし、調査を請け負おうじゃないか」

「本当か!?

 恩に着るぞ!」

 

 喜ぶハヤヒデへ、タキオンは指を一本突き出した。

 

「はじめに、君とオペラオーくんの部屋を見たい。というよりも、彼女が普段から持ち歩いていた手鏡を探したいんだ。手伝ってくれるかな?」

「それなら、明日の昼に時間を作ろう。よろしく頼む」

 

 一礼し、ハヤヒデは退室した。

 

「ああデジタルくん、今回の家探しだが君は来ないでくれたまえ。1人ならハヤヒデくんとの相談でごまかせるが、2人となると言い訳が通じなくなる可能性がある」

「わかりました。何かわからないことがあればお聞きください!」

 

 気まずそうなタキオンへ、デジタルはいつものように溌溂とした返事をした。彼女なりの気遣いに心地ようものを感じ取りながら、タキオンは情報をルーズリーフへと纏め始めた。

 

 

 

 翌日の昼、タキオンは約束通りハヤヒデとオペラオーの寮室へ出向いていた。数度ノックをすると、ハヤヒデが扉を開き出迎えた。

 

「来てくれたか。さあ、入ってくれ」

「お邪魔するよ」

 

 言葉少なく挨拶を済ませ、タキオンは部屋に体を滑り込ませる。ハヤヒデが扉を素早く閉め、無言でオペラオーの領有スペースを見た。

 

「さて、いつオペラオーくんが戻ってくるのかわからない。手早く始めようか」

「いや、実は手鏡はもうある」

「えっ?」

 

 困惑するタキオンに、ハヤヒデはおずおずと手鏡を差し出した。

 タキオンの記憶にある、あの手鏡だ。

 

「えーっ!?」

「目的が手鏡ということだったから、ものは試しとオペラオーくんに聞いてみたんだ。勝手に生活スペースを漁るのは、心苦しいものがあるだろう?

 似たデザインの手鏡が欲しいから、買いに行くときの見本として貸してくれないかと頼んだら、あっさりと貸してくれてね。正直かなり驚いたよ。あれほど大事にしているのに。いや……していたのに、か」

 

 表情が曇るハヤヒデから、タキオンは手鏡を受け取った。少々装飾が華美ではあるが、それを含めても特段特異な点は見当たらない、ただの鏡だ。

 

「どうだ、なにかわかっただろうか?」

 

 ハヤヒデの表情に、どこか縋るようなものが含まれる。面倒見のいい彼女は、オペラオーをどこか二人目の妹のように思い世話を焼いていたのだ。その相手が調子を崩し、治るどころが徐々に振る舞いも変わり始めている。理知的な彼女がオカルティックな方向に解決策を求めるほど、追いつめられているのだ。

 ここで生半可な回答をするほど、タキオンは冷血漢ではない。

 

「この場では何とも言えないし、この手鏡を調べた結果オペラオーくんの異変の原因がわかるとも断言できない。とにかく、持ち帰って調べてみるよ。

 それともう一つ。オペラオーくんの行動が変わってから、よく行くようになった場所はあるかい?」

 

 偽りなく答えてから、タキオンは、追加で質問した。アストンマーチャンの件を思い出し、類似性がないかと考えたのだ。

 

「それなら東側の階段、屋上手前の踊り場によく行っている。前から度々オペラの練習に行っていたようなんだが、ここのところは頻度が異常だ。

 昨日言っていた、朝の髪形を整えるときもそこまで行っている始末さ」

「ありがとう。ついでにと言ってはなんだが、そちらも調べてみよう。

 何かわかり次第、連絡するよ」

「吉報を待っているよ」

「無責任なことは言えない。最大限の努力はするが、あまり期待しないでくれたまえ」

 

 タキオンの返答に寂しそうな笑みを浮かべたハヤヒデを残し、タキオンは寮室を後にした。

 

 

 

 ハヤヒデからオペラオーの手鏡を回収したタキオンは、鏡を調べるためにカフェと共に利用している研究室へと歩を進めていた。見た限りでは華美な手鏡であり特に異変は見受けられないが、変わってしまったオペラオーが使用を避けるようになった以上、なにかしらの秘密が隠されている可能性は大きい。

 部屋に到着すると、タキオンとゴールドシップが共にコーヒーを飲んでいた。

 

「やあカフェ。珍しい来客と一緒じゃないか」

「タキオンさんですか。

 先ほど手土産と共にいらっしゃいまして、いい茶菓子が手に入ったのでコーヒーが飲みたくなったと」

「よーすタキオン、お邪魔してるぜ。

 おうおう、それオペラオーの手鏡じゃん。たしか……マリアだっけ?」

「わざわざ後妻の名で呼ぶとは、相変わらずわかりにくいボケをかましてくるね。

 ちょっと調べる必要があってね、借りてきたのさ」

 

 意外なほどに広い知識を持つゴールドシップのボケに律儀なツッコミを入れつつ、タキオンは研究机に手鏡を置いた。本来彼女の専門は薬学と生物学といったバイオテクノロジー方面なのだが、実験道具には物理学に応用できる物が少なくない。とりあえず手を付けられるところから調べようと実験は開始された。

 とはいえ、学生の身で、しかも突発的に行うことができる実験などたかが知れている。

 

「さて……鏡面の歪みは検出されなかったし、簡易的な検知器でも特異な薬品の検出は認められなかった。

 これ以上の検査は小さいとはいえ傷をつけないことには進まない。どうしたものか」

 

 資料に目を通し悩むタキオンだったが、ふと視界の端に違和感を覚えた。鏡面に、検査器具が映っていないのだ。

 

「……?」

 

 視線を戻すと、当然ながら室内も機材も映っている。見間違いかと視線を戻すが、視界の端では鏡面が壁を映し出している。

 

「見間違いじゃない。焦点を合わせないと、鏡面が異常だ。私も、カフェも、機材も映さないぞ!?」

 

 手鏡を持って室内をぐるりと映すが、鏡面にはなにもない廃教室が映されるばかりだった。焦点を合わせれば通常の鏡なのだが、視線を外して視界ギリギリに置くと、手品のように映されていた品々や人が消えるのだ。

 

「何を遊んでいるのか知りませんが、私はトレーニングがあるのでもう行きますよ。鍵はちゃんと閉めてくださいね」

 

 何かに引っ張られるようにカフェが退出するが。タキオンはそれどころではない。

 

「なんだ、映るものと映らないものの条件がわからない。私やカフェが映っていないのだから、生き物とそれ以外じゃなさそうだ……」

 

 夢中になって手鏡を動かすタキオン。

 ふと、鏡面に人影が写った。

 

「ようよう、面白いことしてるじゃねーか。ゴルシちゃんにも見せろよ」

 

 いつのまにか、ゴールドシップが背後から手鏡をのぞき込んでいた。普段通りのからかうような笑みを浮かべている。

 

「なんだ、カフェと一緒に行ったんじゃなかったのか。今ちょっと大事な調査中だから後にして……?」

 

 違和感に気がついた。ゴールドシップが、しっかりと鏡に映っている。焦点を合わせるわけにはいかないためはっきりとは観察できないが、鏡面には空っぽの廃教室でゴールドシップがこちらを見ている。

 

「気づいたか。珍しいもの持ってると思ったけど、そのリアクションからして作ったわけじゃないんだな」

「何を言っているのか知らないが、この鏡は君も言っていたようにオペラオーくんのものだよ。借りものだから、触らないでくれるかな?」

「ごまかさなくていいさ。私らも最近のオペラオーが変だって話してたんだ。

 しっかし、タキオン博士もけっこうこっち側に近くなっちまったな。関わりすぎると、戻れなくなるぞ?」

 

 内心の動揺を押し殺すタキオンを、ゴールドシップは見透かしたように会話を続ける。浮かべられていた笑みが消え、覗き込むような視線が鏡面越しに注がれている。

 

「なるほどね、鏡面を起点に壁が薄い、というよりも距離が近くなってるのか。あー、あのオペラはここからインスピレーションを受けてたのか。謎が解けたぜ」

 

 ゴールドシップは手鏡に触れることなく、まじまじと観察を続け勝手に納得している。

 アグネスタキオンは、振り向くことができない。未知は生物の根源的な恐怖であり、その対象が背後にいるのだ。もしも鏡に焦点を合わせて、その虚像が得体のしれない何かだったら。

 そんな内心を知ってか知らずか、ゴールドシップは懐から携帯電話を取り出し誰かと話し始めた。

 

「おいーっすゴルシちゃんだぜぃ!

 そうそう、例の件例の件。やっとそれっぽい手掛かりが見つかったんだよ。うんうん、今前にいるんだけど、なんかレモンを入れた牛乳みたいに固まっちゃってんのよ。

 そうそうすぐ来てね。よろよろ~」

 

 普段のテンションで会話を終えたゴールドシップが、タキオンの頬へそっと手を這わせた。それだけで、タキオンの肩は驚くほどに撥ねる。

 

「前から言ってたろ、踏み込みすぎるなって。そんなに怖がるならなんでやめなかったよ。あたしたちだっていつも見てられるわけじゃないし、絶対に手出しできるわけじゃないんだぜ?

 ま、人助けに理由なんかいらないらしいからしょうがないか!」

 

 急に出された大声に、タキオンは思わず身を縮こませた。同時に、どこか妖しく静謐だった雰囲気が霧散する。

 同時に背中を思いきり叩かれ、反射的に立ち上がったタキオンは思わずゴールドシップへと向き直った。

 

「何をするんだい痛いじゃないか!」

「そうそう、タキえもんはそうじゃないとな。

 ほれ、あたしが呼んだ詳しいやつのご登場だ。拍手でお出迎えくださーい!」

 

 すっかり元の雰囲気に戻ったゴールドシップが、両手で入り口の扉を強調する。静かに開いた扉から入ってきたのは、ネオユニヴァースだった。

 

「久しぶりだね。ネオユニヴァースはあなたが踏み込まずに進み続けていることが“サプライズ”だよ」

「ふうん。その言い方、何となくわかってはいたけれど、やはり君たちは管理者とでも表現するべき存在なんだね。

 この学園で、こういった違和感に気がついた生徒が私だけとは思えない。修正、あるいは辻褄合わせをするのが君たちなんだろう?」

 

 確信を持ったタキオンの問いかけに、ゴールドシップはどこからか取り出したクラッカーを鳴らした。

 

「大!正!解!

 大体の生徒は1~2回修正すれば気のせいと思うか、無意識的に諦めるんだけどな。タキえもんはちょっと条件が悪かった。

 というか、ある意味被害者なんだけどな」

「どういうことだい?」

「おっと話はここまでだぜ。無駄な文字数を使ったら文章が長くなる。

 で、ネオユニよ。今回の件はどうにかなりそうか?」

 

 一方的に会話を打ち切り、ゴールドシップはネオユニヴァースへ会話を投げる。

 

「私よりも『適任』がいると、ネオユニヴァースは答えるよ。情報が足りない以上、使える手は“コレクト”してから動いた方がいい」

「あたしちょっと苦手なんだよな。なんというか、具合の方向性が違うというか、天然と養殖だと波長が合わないというか」

「ゴールドシップ、そこまでだよ。被害が出ている以上、今回の件で“セルフィッシュ”は許されない」

「わーってるよ。これきりになっちゃ、私としても寝ざめが悪いからな。

 よーしタキオン、時間との勝負と行こうじゃないか。今晩の消灯1時間前に、この部屋の前に集合だ。お前が集めた情報を元に動くからよろしく」

 

 急に行動の主導権を投げられたタキオンは、流石に困惑を隠せない。

 

「ちょっと待ちたまえ。この手の事件は君たちの専門なのだろう?

 なぜ私が先陣を切る必要がある。君たちが動き、私がサポートに回った方が確実だろう?」

 

 うろたえるタキオンを、ゴールドシップは一切のふざけがない目で見つめた。

 

「この手の案件はな、アグネスタキオン。解決するべき相手に話が行くものなんだ。不思議なもんで、それを無理に部外者が解決しようとすると、変に歪んだり悪化する。

 残念ながら、もうお前はこの手の案件を引き込む条件を満たしちまった。今後も、こういった話はお前へと引き寄せられてくるだろうぜ。

 単に解決するだけならこっち側に近づく条件にはならない。ただ、解決する経験を積んでおいた方が、対応するとき楽になるもんだ。

 それじゃあ、頼んだぞ」

「……」

 

 ゴールドシップの助言に、タキオンは黙って頷くしかなかった。2人のウマ娘が扉の向こうへと消えていく様子を、ただ黙って見送ることしかできない。

 

「あ、そうそう。この前使ってた改造目覚まし、持ってきた方がいいっぽいぜ。ゴルシちゃんからのワンポイントアドバイスってやつだ。

 じゃ、今晩な」

 

 おちゃらけた声でそう言い残し、今度こそゴールドシップたちは廊下へと去っていった。

 

「まったく、困ったものだね。

 まあいいさ、情報を集め精査するのは科学の徒としての基本姿勢だ。やってみせようじゃないか」

 

 瞳に意志の炎を燃やし、タキオンは資料の整理に取り掛かった。

 

 

 

 その日の夕方、指定された時間に集まった面々には、追加の人員が1人含まれていた。

 

「なるほどね、あの時に君がいた理由がわかったよ。

 今更になってしまうが、助かったと礼を言うべきかな?」

「気にしなくても大丈夫!

 そんなに大変じゃなかったし、あのマーベラスな発明品を見られて私とってもマーベラスだったよ?」

 

 マーベラスサンデーの返事に、タキオンは既にどこか疲れを感じ始めていた。

 

「さー行こうぜタキタキさん。その様子なら、目星はついてるんだろ?」

「そうだね、あと一時間しかないんだ。さくさく行こうじゃないか」

 

 ゴールドシップの助け舟へ乗り、タキオンは先陣を切って歩き出した。

 

「……迷いなく動けるってことは、目星はついてるんだな。流石タキオン博士だぜ」

「よく言う。私がある程度調査を済ませているからこそ、こちらに今後の行動を丸投げしたんだろうに。

 君たちが人の大事を優先する集団ということはわかっている。その一点だけは信頼しているよ」

 

 タキオンの言葉に、ゴールドシップはどこか気恥ずかしそうに視線を逸らした。会話が止まったその隙に、ネオユニヴァースが話しかけてくる。

 

「ところで、タキオンはどこへ向かっているのかな?」

「栗東寮の屋上前にある踊り場さ。ビワハヤヒデくんから、ここのところオペラオーくんがよく行く場所ということを聞いていてね」

「なるほど。恐らくそこで“アクシデント”が起きたんだね」

 

 どこか納得したようなネオユニヴァースに、タキオンは少々驚いたような反応を見せた。

 

「おや、ネオユニヴァースくんもその線を考えているのかい?」

「私は『肯定』するよ。今回の件は不可解な点が多すぎる」

「なーるほど。だから今回私が呼ばれたんだね?

 さすがネオユニヴァースちゃん。とってもマーベラスな判断!」

「さて、ここからはできるだけ静かに近づきたい。みんな、音に気を付けてくれたまえ」

 

 栗東寮の入り口で、タキオンは一行に念を押した。反論はなく、無言の頷きが返ってくる。

 一度領内へ入ってしまえば、目的地までそう距離があるわけではない。あっさりと目的地の階下まで辿り着いた。

 

「さて、まだ居てくれればいいんだが……」

 

 タキオンの祈りが通じたのか、遮るもののない上階から声が漏れぎ超えてくる。間違いなく、テイエムオペラオーの声だ。

 

「ここまで繰り返して尚、目的の成果は得られない、か。やはりボクの力が不足しているとでもいうのだろうか?

 だが諦めることなどできはしない。覇者たるボクが諦めれば、それで道は閉ざされてしまうかもしれないのだから」

 

 どこか落ち込んだ様子で、オペラオーは1人演劇めいた動きを繰り返していた。しきりに鏡に視線を投げており、一見すれば夜故に声を抑えての練習に見えるだろう。

 しかし、タキオンは一連の動きと歌唱で疑念を確信に変えた。後は最後の確認をするだけだ。

 

「やあこんばんは。こんな時間に悪いんだが、ちょっと聞きたいことがある」

 

 突然現れたアグネスタキオン一行に、テイエムオペラオーは驚いた様子で振り返った。

 

「おやおや、これは珍しい組み合わせじゃないか。

 こんな時間にいかがされたか聞きたいが、先に質問に答えるのが礼儀かな?」

 

 タキオンを見下ろしながら小首をかしげるオペラオーへ、タキオンは階段を昇りながら問いを投げた。

 

「いや、ここのところ君が手鏡を使っていないと聞いていてね。どんな心境の変化なのかを知りたかったんだ」

「手鏡か。

 単に姿見の方が便利だと思っただけさ。全身を見ることができるし、より広い面積を確認できる」

 

 どこかつまらなさそうに堪えるオペラオーの回答に、タキオンは確信を得た。

 

「じゃあもう一つ、答えてほしいことがある。

 事故なのかい?」

 

 要領を得ない問いに、オペラオーは弾かれたように視線を動かしタキオンを見つめた。信じられない何かを見る目で、その視線には若干の怯えも含まれている。

 

「なんの、話を」

「隠さなくていいさ。私は確信を持って話している。とりあえず君が悪意を持って入れ替わったわけじゃないということもね」

「……」

 

 押し黙るテイエムオペラオーを気遣うように、タキオンは肩に手を置く。

 

「本気で入れ替わろうとするならば、諸々が杜撰すぎる。やり取りが簡素に過ぎるし、手鏡の放置、オペラを減らし、先ほどの覇者発言だ。

 入れ替わってから、できるだけオペラオーくんに迷惑が掛からないように行動していたんだろう?」

「……そうさ。気がついたら、このどこか違うトレセン学園にいたんだ。級友も、ライバルも、ルームメイトすらどこか違う。

 ここでオペラの練習をしていたら、めまいがしたんだ。そうしたら足元に子供のころに捨てたはずの手鏡が落ちていた。怖くなって部屋へ帰ったら、どこかおかしいことに気がついたんだ」

「なるほどね。君の世界じゃないとわかったからこそ手鏡を回収したし、気味が悪かったから手鏡を使わずに帰ろうとしていたわけか」

「そうさ。でも所詮ボクじゃ再現できなかった。明日にでも手鏡を持ってこようかと考えていたら、君たちが来たというわけさ。

 ボクが別人だと確信を持って来たと言っていたけれど、この状態を何とかする案でもあるのかい?」

 

 オペラオーに相応しくない、どこか後ろ向きで卑屈な表情を浮かべる少女。あのテイエムオペラオーにいったい何があればこうなるというのか、アグネスタキオンには見当がつかなかった。

 

「ようバレエクイーン。その方面はあたしらが専門だから、ちょっと邪魔するぜい」

「その呼び方、ゴールドシップ!

 君もこの世界に来てしまっていたのか?」

「あー、面倒だから今の無かったことにしてくれ。ゴルシちゃんはゴルシちゃんだから、そこんところよろしく。

 ほれほれ、ネオユニにマベさんや。とっとと調べちまおうぜ。そうだタキオン、その手鏡貸してくれ」

 

 ゴールドシップの号令に、ネオユニヴァースとマーベラスサンデーが踊り場と姿見を調べ始めた。ゴールドシップは虫メガネのように、手鏡を覗き込んで周囲を鏡面越しに観察している。

 

「……おっ、やっぱ日課は欠かさないよな。

 そっちはどうだ?」

「こっちは“コンプリート”だよ。条件が整えばなんとかなりそう」

「こっちもマーベラス!

 オペラオーちゃんは運がいいね!」

「よーしよしよし。じゃあはじめっか。

 タキオン、例の改造目覚まし時計は持ってるか?」

 

 急に話を振られ、タキオンは慌てて懐から目覚まし時計を取り出した。

 

「ああ、きちんと持って来たとも。面倒だから修理を後回しにしておいてよかったよ」

「そりゃ重畳。あたしが合図したら、作動させてくれ」

「え、いや、こんな時間にここでかい?」

 

 静まり返った夜の踊り場で、目覚まし時計を鳴らす。どれだけの範囲に響き渡るかわかったものではない。寮室はある程度の防音は施されているが、それも完全ではないのだ。

 

「それしかないんだから、諦めろ。あたしらも一緒に怒られるから」

「それしかって……ああもう、主犯は君ということにするからな!」

 

 ほとんど自棄になり、タキオンは目覚まし時計を構える。ゴールドシップはテイエムオペラオーの立ち位置を調整し、ネオユニヴァースは不思議な踊りを踊っており、マーベラスサンデーは姿見の前でニコニコと笑っている。

 

「よーしこんなもんだろ。

 タキオン、やってくれ!」

「ええい、どうにでもなれだ!」

 

 タキオンが目覚まし時計を掲げ、ベルが鳴り響いた。

 

 ジリリリリリリリリリリ!

 

 反響し響き渡るベルの音に、その場の全員が耳を塞ぐ。音源に最も近いタキオンが音に堪えていると、不可思議な現象が視界に入った。

 

「なんだ、あれは!」

 

 ゴールドシップが突き出した手鏡と、踊り場の壁に設置された姿見。鏡面同士が映し合うことにより生み出された合わせ鏡の間の空間に、罅が入り始めたのだ。

 見間違いのように小さなそれは、徐々に亀裂を広げていく。ゴールドシップに立ち位置を調整されていたテイエムオペラオーは、眼前の超常現象に恐怖を隠すことなく怯えていた。

 亀裂がウマ娘の身長ほどになったその時、ゴールドシップが叫んだ。

 

「マーベラスサンデー、やれ!」

「マーベラース!」

 

 それを合図に、マーベラスサンデーが突然テイエムオペラオーの背中を押した。

 

「えっ?」

 

 疑問符を浮かべたまま、小柄なウマ娘の体が亀裂へと接触する。そして水面に落下するように、亀裂の向こう側へとその姿を消した。

 一切の異音を立てず、亀裂はガラスのような割れ方でその領域を広げる。名状しがたい色合いの空間に、マーベラスサンデーの肘から先は侵入していた。

 

「……見ーつけた。

 マーベ・ラース☆」

 

 瞳を輝かせ、マーベラスサンデーが腕を引き上げる。咳き込みながら引っ張り出されたのは、紛れもないテイエムオペラオだった。

 

「よーしタキオン、目覚まし時計を止めてくれ」

 

 ゴールドシップの指示に従い、タキオンが目覚まし時計を停止させた。静寂が戻った踊り場で、テイエムオペラオーの咳き込む声だけが響いている。

 

「さてタキオン、覇王様の相手は頼んだ」

 

 そう言ってゴールドシップは再び鏡面で周囲の観察を始めた。見れば亀裂があったはずの場所ではネオユニヴァースが舞い踊り、マーベラスサンデーはそれを見て無邪気に笑っている。

 3人に話しかけても意味がないと割り切り、タキオンはようやく咳き込みが収まったオペラオーへ恐る恐る話しかけた。

 

「あー……私がわかるかい?」

「おお、シェルシュール!

 まさかこうも早く相まみえることになるとは、不覚にもこの覇王の目をもってしても見通すことはできなかったよ!」

 

 この短いやり取りで、元のオペラオーだとタキオンは確信できた。何故だかどっと疲れたような気もするが。

 

「よーし、バレエクイーンは無事に帰れたみたいだな。いやはや一時はどうなることかと思ったぜ。

 ああオペさん、お嬢様を借りてたぜ」

「ジョセフィーヌ!

 ああよかった、ようやく再開の辻道に重なることができるとは!」

 

 手鏡に頬ずりしかねない様子のオペラオーを横目に、タキオンはゴールドシップへ近づいた。

 

「それで、今回の件は解決ということでいいのかい?」

「ああ、完璧にな。領域が薄くなってるものが重なって、運悪く落っこちちまったんだな。で、向こうとも繋がってるから入れ替わっちまったんだ」

「何を言っているのかよくわからないが、説明する気はあるのかい?」

「それは自分で知るべきことだ。あたしが言っちまったらそれは歪んだ情報になっちまうからな」

 

 説明する気はないらしいゴールドシップの回答に、タキオンは大きな溜息をついた。

 

「どうしたよ博士。幸せが逃げるぜ?」

「その原因に言われたくないね。

 てっきり、彼女も君たち側だと思っていたんだけどね」

「ああ、覇王閣下は見えてるだけで立ち位置を変えてないし知ろうとも思ってない。本質的に関わる立ち位置じゃないのさ。だからこういう事故には巻き込まれるんだけどな。

 今後この手の事故が起きないように気を付けるけど、なんかあったら話はそっちに行くかもな。

 ま、ちょっとは覚悟しておけよ」

「……できれば勘弁してほしいものだね」

 

 ゴールドシップの不敵な笑みに、タキオンは苦々しい表情を浮かべた。

 そこへ、落ち着きを取り戻したオペラオーが対照的に満面の笑みを浮かべ突撃を刊行する。

 

「シェルシュールよ、今回は君たちに助けられたね。次回のオペラは君たちを題材にして作らせてもらうよ。

 完成次第招待状を送るから、是非とも鑑賞してくれたまえ!」

「ああ、楽しみにしておこう」

「そうかいそうかい。

 では、そろそろ部屋に戻らせてもらうよ。覇王にとって睡眠は大切なファクターなのだから」

 

 彼女としては最大限の表現であろう感謝を受け、タキオン思わず笑みをこぼした。意気揚々と階段を下りる背中に追随しようとして、その進路にマーベラスサンデーが躍り出た。

 

「タキオンさん、今回のお話をデジタルさんにはしたのかな?」

「私はしていないが、相談を持ち込まれたときに隣で聞いていたよ。今回は協力も頼んでいないしね。

 それが、どうかしたかい?」

「じゃあ、いまデジタルさんは部屋で待ってるんだね。

 タキオンさん、変なお話の相談を聞かされて、大事な部分をなにも知らされないうちに終わるのを待つしかないのは、ちょっとマーベラスじゃないと思うな?」

 

 普段の笑みを消し、マーベラスサンデーはじっとタキオンを見つめている。横に立つゴールドシップも、会話の行き先を静かに聞いている。ふと視線を動かせば、ネオユニヴァースすらも踊りを中断してこちらを見ていた。

 

「……ああ、確かに少し配慮が足りなかった。彼女はこちらに関わらないよう考えたつもりだったが、少し浅かったね」

「博士と同室である以上、もうおデジも関わるしかない立場だ。手伝ってもらう時のことを考えて、簡単な説明くらいしてもバチは当たらないと思うぜ。

 ま、最後まで関わらせる必要はないから、そこは適当に誤魔化して動くってのもありだけどな」

「そうだね、もう少しデジタルくんの気持ちも考えて動くことにするよ」

 

 タキオンの回答を聞いたゴールドシップが、にかりとした笑みを浮かべる。ネオユニヴァースは不思議な踊りを再開し、マーベラスサンデーも合いの手を入れるように踊っている。

 

「さて、我々は撤収するとしようか」

「そーだな。約束もあるし」

 

 何か意味のある行動なのだろうと自分を納得させ、タキオンはゴールドシップと共に階段を下りる。ゴールドシップのいう約束とはなにか、内心疑問符を浮かべながら階下へ到着した。

 

「おや、主犯と共犯者の登場だね」

 

 そして、その答え合わせの機会はすぐにやってきた。2人の目の前で、寮長であるフジキセキが静かな笑みを浮かべている。だが目元に、口角に、隠しきれない怒りが込められていた。

 

「消灯前とはいえ、こんな夜中に目覚まし時計を廊下で鳴らした理由。そしてそれに協力して大音量の目覚まし時計を作成した理由。答えてくれるんだよね?」

 

 主犯は引き受けるとゴールドシップは言っていたが、内容を理解しながら異常な道具を提供した方が怒りの対象になりやすいのではないか。タキオンは貼り付けたような笑みを崩さないフジキセキを前に、途方に暮れる。まさか本当の理由を言うわけにはいかない以上、言い訳を考えなければならない。それも、フジキセキを納得させるだけのものをだ。

 トレセン学園栗東寮の夜は、これからが本番である。

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