「身体が竜に変化するって何?とろ君はそんなヤバい病気にかかってるの?なんで医者に見せないの!?」
カワシンが告白した事実はあまりにも衝撃的すぎた。
動揺のあまりについ口調がキツくなってしまうが、カワシンは動じる事なくただ淡々と受け答えを続ける。
「もちろん医者には見せてるよ。ただ…さっきも言ったけれど、彼のかかった病はあまりにも希少性が高くてね。 前例はもちろん、そもそもその存在そのものが今回の件で知られた位だ。治療法なんてもっての外だよ。どの医者も匙を投げたさ。最後に訪れたヤブ医者なんかなんて言ったと思う?“残り少ない余命をどうか大切に“だってさ、医者が聞いて呆れるよ」
カワシンは相当医者に腹を立てているみたいで、後半に行くにつれて彼の言葉から棘を感じ、最後の一文などほぼ投げやりのようにさえ感じた。
いや、私だってカワシンの話を聞いてるだけでもその医者には腹が立つ。もしも私がその場に居合わせていたなら多分その医者を殴り飛ばしていたと思う。
その場に居合わせていたであろう時雨もカワシンも、心の中では同じように怒りに燃えていた事だろう。
「……もしもこのまま彼の病が進行し続けたら、彼は一体どうなっちゃうの?」
「……おそらくだけど、自我を持たない竜へと姿を変えて、狂ったように暴れ回って、そして近いうちに……死ぬと思う」
「その事は時雨も知ってるのよね?」
「もちろん。彼女にも立ち合ってもらってたからね。ただその…彼女が現実をしっかり直視できてるのかは、分からない」
「…時雨はああ見えて強い子だから、きっと受け入れてると思う」
少なくとも、私の記憶の中にある強くて優しい時雨ならば。
「でも…辛いと思う。時雨にとって、とろ君がどれだけ大きい存在なのかは…私でも知ってる」
脳裏に思い返されるのは時雨がとろさーもんへ行ってきた数々のハニートラップ。
どれも成功報告のない安いトラップだったが、それでも諦めずに四苦八苦する彼女の姿はいつでも真っ直ぐだった。本気でとろさーもんの事が好きで、本気で彼に振り向いてもらおうとただひたすらに真っ直ぐな彼女を私は間近で見てきたのだ。
だからこそ、時雨ととろさーもんがもう二度と結ばれなくなってしまうかもしれないというのは……あまりにも惨い。
「僕だって一緒の気持ちさ。……辛いよ。でも…彼の病気が治せないと医者が言うのなら、僕達にだって治せない。だから……だから、三人で話し合ったんだ。これからどうするのかを。三人で話し合って……決めたんだ。今までと変わらない毎日を送ろうって。一つでも多くの思い出を作ろうって」
「でも今日久しぶりにレオちゃんに再会できて、思ってしまったんだ。“この楽しい時間がずっと続けばいいのに“って、どうしようもなく思ってしまったんだ…。そう思うと、とろ君が死ぬ事がまたたまらなく怖くなった。彼を失いたくない。ずっと一緒にいて欲しいと思った。だからレオちゃん……お願いだ。僕達と違ってまだ諦めていない君なら言えるんだ。“諦めるな“って。 最後まで足掻けって言ってくれ。君の言葉なら、時雨ちゃんにもとろ君にも届くはずなんだ!」
………私は、少し黙考した。
いろんな考えを巡らせて、いろんな事を考える。
やがて一つの決意を持って、私はカワシンの眼を真っ直ぐに見た。
「明日、時雨の家に行ってくる」
「!!! ありがとう…」
「でもその前に…カワシン。一発殴っていい?」
「え?」
〜〜〜
後日、私は時雨の家までやって来ると、扉を二回叩く。
数分後、頭を抑えてしんどそうにする時雨が寝ぼけ眼の寝巻き姿のまま現れた。
いくらしんどいといっても身だしなみ位は整えなよ…。相手が私だからよかったものの、これがとろさーもんだったりしたらとんでもない赤っ恥をかく所だ。
「うぅ〜〜……レオ〜〜。二日酔いに一発で効く解毒薬とかないかな……?」
「そんなもんない。ウチケシの実でもドカ食いしたら?…っと、今はそんな二日酔いごときでぶっ倒れてる場合じゃないでしょ?」
「えぇ〜〜…?見た目より結構しんどいんだよ…?」
「とろ君が死んじゃうかもなんでしょ」
その時、時雨の動きが止まる。
後ろで二日酔いの主人を心配するルームサービスが『ニャ?』と首を傾げて様子のおかしい主人を見つめる。カワイイ。
「……カワシンさんに聞いたの?」
「時雨がダウンした後にね」
「……そう。でも、今更どうしようもないよ。色んなお医者さんに聞いてどうしても無理だって言われたんだから」
「ふーん?時雨はそれでいいの?」
「…!!いい訳…いい訳ないじゃん!!」
「じゃあなんで何もせずにヘラヘラ酒飲んで呑気にぶっ倒れてんのよ!!」
「ヘラヘラなんてしてない!!い、いや確かにしてたけれど…してない!!私だって真剣に悩んだの!!悩んで悩んで…!!それでもどうしようもなかったの!!私に出来ることなんてないからこうするしかなかったの!!」
時雨の瞳には少しずつ涙が溜まり始めていた。今まで心に溜まってたものが溢れているようだった。彼女の中で納得のいかない何かが、レオの激励で言葉となって吐き出されていた。
時雨もまた、心のどこかで納得していない自分がいたのだ。
「医者が言ったからどうしようもないって諦めるの!?誰よりも大切な人の事諦めるの!?そんな簡単に諦めるの!?」
「ーッ!!」
時雨は言葉に詰まって押し黙る。
「はっきり言って見損なったわ。あんたもカワシンも。二人がどれだけの医者にどれだけ口酸っぱく言われたのかは私も知らないけど、私だったら絶対にとろ君を見殺しになんてしない」
「そ、それは…」
(とろさーもんさんが、僕は平気ですよと笑ったから…)
そう言いかけた時雨の口は、言葉を吐く前に閉じてしまった。レオならきっと、それを言われようと言われまいとその程度で諦めないだろうから。
でも…私達はそこで諦めてしまった。彼の命を。
「レオは…あの時にはもういなかったから…!!」
「…そうだね。私はもうナグリ村に行っててこの事を知ったのも昨日だからね。でもそれは理由にはならないわよ。二人が私にこのことを教えてくれなかったのは不満だけど、二人がとろ君を見殺しにするつもりだった事の方がもっと不満ね」
「ンなっ!!?見殺しになんて!!」
流石にその一言は聞き流せなかった時雨は一歩飛び出し、今にもレオを殴りかかる勢いで詰め寄った。
しかしレオは怒り心頭の時雨に臆することもなく、それどころか彼女の琴線に触れるような言葉を更に連発するのだ。
「何?見殺しじゃないっていうの?見殺しでしょ?あんた達はとろ君を見捨てたようなもんなんだから」
「それは違う!!私達だってとろさーもんさんを助けようと必死だったんだ!!助けようと足掻いたよ!!!助けられるんだったらどんな事だってしたよ!!!腕でも足でも喜んで差し出すよ!!!でもそんな事をしても意味がないの!!どうやっても彼を助けられないから!!!だから少しでも彼の思い出になるようにと泣きそうになるのを必死に堪えてるのよ!!!!昨日知ったばかりのクセに分かった風な口聞かないでよ!!!」
レオの胸ぐらを掴み、時雨は涙ながらに叫ぶ。
時雨に胸を掴まれて一瞬苦しそうな表情を見せるも、すぐに冷静な表情を取り戻して涙を落としながら怒る時雨へと鋭い視線を向けていた。
「なら今からでも足掻いてみない?」
「っえ……?」
時雨が顔を上げると、レオは変わらず険しい顔のままだったが、その目の奥からは怒気が抜けている。
普段と同じ優しくて穏やかで、そしてとてもキレイな彼女の瞳だった。
「ひどい事言っちゃってごめんね。でも、時雨の本心をどうしても聞きたかったの」
レオは懐からハンカチを取り出すと時雨の涙を拭った。
涙を拭き取るレオの姿を見て、先ほどから口喧嘩を繰り返すご主人とその親友の様子にただならぬ脅威を感じたルームサービスも一安心。
「時雨。私と旅に出ない?」
「た、旅…?」
「そ。医者が治し方知らないなら私達で見つければいいのよ。そうと決まれば、足で探すのが一番でしょ?」
「そ、そんなの…見つけられっこないよ」
「じゃ、時雨はここで待ってる?別にそれでもいいわよ。ただ、時雨が来ても来なくても、私は行く」
あまりに当てずっぽうな提案に時雨といえども思わず苦言をこぼしたくなる。
だが、この真っ直ぐな所こそがレオなのだ。
「…とりあえず、手離すね」
「あ、うん。そろそろ苦しくなってきてた」
時雨はレオの胸ぐらから両手を離した。
掴んだ部分を見てみると少しヨレていた。強く握りすぎたのだ。
「さて…、旅に行くんだっけ?いいよ、行こう。私だって何もしないで待つのは飽きた」
時雨の表情には強い決意が宿っていた。
覚悟を決めた狩人の目。
間違いなく、ハンターの目だ。心の中で引っかかっていた何かが外れたのだろう。彼女は一切の迷いなくレオに向き直った。
「…じゃ、
レオは溜め息混じりに、後ろで建物の影にコソコソと隠れる二人のハンターに声をかけた。
まさか覗いていたのがバレてるとは思わなかったのか、物陰から転げるような鈍い音がレオの耳に届いた。
「・・・」
「・・・」
観念したように登場したのはカワシン、そしてとろさーもんだった。
「……とろさーもんさん」
「……話が纏まった後にこんな事を言うのもどうかと思いますけれど…本当にいいんですか?僕の病は治らないと言われたんです。だったら、いつまで持つかも分からない僕の命に拘るより、皆さんの時間を大切にした方がいいんじゃ…」
「関係ないよ。僕達は君を助けたいんだから」
そう言うのはカワシンだった。何故か頬に紅葉形の跡がついている。
「例えとろ君が明日死ぬ事になったとしても、僕らは旅に出る。それと、一度は君の事を諦めてしまって…ごめん」
「い、いえそんな…僕がそうさせてしまったのですから」
申し訳なさそうに謝罪をするカワシンに、とろさーもんは大袈裟だと慌てる。
そしてそんな微笑ましい二人を見つめ、淡いエメラルド色をした瞳に強い決意を灯す時雨。
誰が呼んだか、『氷海の三聖人』。
歴戦のハンターでありながら、その心優しい人柄だけでハンター達の模倣的存在であった三人の後ろ姿に、レオは強い安心感を感じていた。
「それじゃ、三人ともハンター活動はしばらくお休み?」
レオの言葉に時雨は皮肉気に笑う。何故時雨が笑ったのか分からないレオは少し首を傾げる。
レオの頭に浮かぶ?マークに気が付いたのか否か、時雨は言いづらそうにおずおずと口を開いた。
「……昨日あんなに楽しんじゃった身なのに、どの面下げてギルドマスターに報告に行けばいいのかな?」
とろさーもん達と一緒になって大笑いした。
確かに潰れるほど飲みまくって食いまくって楽しんだ後に辞めるだなんて虫が良すぎる!
狙ってなのか不意打ちなのか、爆笑を掠め取った時雨の一言によっていくらか場が和んだような気がする。
散々大笑いした事で瞳に溜まった涙袋を指ですくい取りながら、レオは三人に笑いかけた。
「私はナグリ村にお別れしてこなきゃいけないから! そっちはそっちで頑張って!!」
「ええぇぇ!!!卑怯者ォォーー!!!」
逃げるように時雨達から離れていくレオに、時雨が恨み言を叫ぶ。
集会酒場のギルドマスターは怒ると怖い事で有名だ。流石に怒鳴ったり説教したりまではしないまでも、間違いなく不機嫌にはなるであろうマスターの事を考えるとレオは自然と身震いをする。
ナグリ村で働いてる今の自分にギルドは無関係なのに、時雨お得意の相手にノーを言わせない無自覚な交渉術で巧みに言いくるめられてしまい、私まで一緒にマスターに頭を下げに行かされる予感がしたレオは、狩人の勘が働いてその場から一足先に撤退した。
(とは言え…私も長年お世話になった村長に、なんの前触れもなく突然辞めるなんて言い出すのは…、すごく申し訳ないな…)
レオもまた一途の不安を胸に、一人快速馬車に乗り込んで自身の第二の故郷であるナグリ村へと帰郷するのであった。
〜〜〜
「ン何ィッ!!?レオちゃん!ハンターを辞めるってどういうこったい!!!??」
「ホ!本当にごめんなさい!!」
私が帰郷すると、ナグリ村の人達は皆文字通り熱気溢れる空気で出迎えてくれた。
一日で帰還すると思っていた私が帰ってこず、その代わりに村に運び込まれていたあの虹色デブネコだけが先に帰ってきたものだから私の身に何かあったのでは、と村中が騒然としていたそうだ。
連絡せずに一日を向こうで過ごしたことも詫びなくてはならないが、それよりもさらに詫びなくてはならない事を告白すると…村中で爆発が起きたように大騒ぎになったのだ。
「レオちゃん!!いなくなんないでくれぇ!!レオちゃんだけがワシらの生きる希望なんじゃよオォォォーー!!」
「ワシらの顔面がむさ苦しいからなのか!!?若いもんがおらんこの村そんなにイヤじゃったんか!?」
「レオちゃあぁぁーーーんんん!!!!レオちゃんはナグリ村のアイドルなんじゃゾオォォーー!!!!」
「ぜ、全部終わったら帰ってくるから!!」
祭りの時と同じ位に大騒ぎするナグリ村の人達の勢いに押されながら私は村長と向かい合って話合っていた。
途中途中、生きる希望だのアイドルだのハンターには似つかわしくない通り名を叫ばれた気がするが、村人達は私がいなくなる事をこの通りものすごく悲しんでくれる。
こう言ってはなんだが、あくまで私は雇われ立場の一ハンターに過ぎない。
なのに、そのたった一人が村から少し離れてしまう事を、村全体で悲しんでくれる。
物理的な意味で暑苦しい空気とは別に、こういう人と人との輪が作る温かい空気と温もりが私は好きだ。
だから、私はナグリ村に異動する事を決意したんだ。
久しぶりに集会酒場に顔を出して村の空気から離れた事で改めて思うのが、やっぱり私はナグリ村が好きなのだという事。
その事を村長に念入りに伝えると、村長は立派なヒゲを生やした顎に手を当て、考え込むようにいつも肩に担いでいる両手鎚を地面に下ろした。
村長の持つ両手鎚から響き渡る金属を叩きつけたような鈍い音が、未だ冷めないナグリ村の喧騒を一瞬で制してしまった。
喧騒やまない空気を一瞬で制する空気の支配力。確かに村を治める村長に選ばれるだけの影響力があった。
「フーーム…。レオちゃんがいなくなっちまっちゃあ、今度から困った時にはレオちゃんじゃなくて、ギルドに依頼を出さなきゃいけなくなるな」
少なくとも、レオがナグリ村の専属ハンターになる前はそうしていた。それがまた元通りになるだけだ。
「本当に、突然言い出してしまって申し訳ないんだけど……」
「ウンム…。確かに困るなァ…」
思わず視線が下がった。どれだけ責められても仕方がない事を私は言い出してるのだ。例えどれだけ無責任だと言われようとも、認めてもらわなくてはならない。
「じゃが、確かにレオちゃんをこんな小っせえ村に縛りつけちまうってのはいけねぇ事だ!!」
村長が豪快に笑い飛ばすと、地面に叩きつけた両手槌を再び肩に担ぎ上げた。
「ナグリ村を代表して言わせてもらうぜ!!行って来い!!!ワシらはレオちゃんが何か大きな事をしてくるんだと信じて、ここで待ち続ける!!」
村長の号令を合図に、村中が再び大喧騒に包まれる。
「ワシらにとってレオちゃんは村長の娘に匹敵するくれぇ大切な娘みたいな存在なんじゃ!!!娘の門出を祝えんでたまるかってんだ!!!」
「でも寂しイゾおおおおぉぉーー!!!」
「でも誇らしイゾおおおぉぉーー!!!」
村中の大咆哮を耳にし、私も思わず涙腺が熱くなってしまう。隠すように後ろを向いた私を面白がったのか、村長が私のお尻を思いっきりぶっ叩いた。
「キャア!!ちょ!ちょっとセクハラ!!?」
「ガッハッハ!!レオちゃんに辛気臭い顔は似合わねぇぞ!!」
顔を赤くする私の事などお構いなしに大笑いを続ける村長達。
その時、一人の村人が人混みをかき分けて最前列に出てきた。
彼は私がお世話になっている工房の主人だった。私が身につけているナルガX防具一式だって、背中に背負った銀レウスの弓だって彼に作ってもらったのだ。
彼には計り知れない恩がある。
そして、今彼の手には初めて見る造形の弓が握られていた。
Y字型に伸びた特徴的な造形をしており、金と黒を基調としたデザインは優美な印象を持たせる。
「レオちゃんよ!!!こいつは俺がレオちゃんの為に作った最高傑作だ!!!
名は『闘王弓 グラディエンテ』!!
いつかこの村を出ていくと思っとったレオちゃんの為に、俺が独自にかき集めてきた鉱物を惜しみなく使った傑作だ!!受け取ってくれい!!」
「!!! あ、ありがとう!大切にする!!」
早速弓を手に持った。
軽い。それでいて今日初めて持ったハズなのによく手に馴染む。
折り畳まれた弓を展開してみると、弓の弦も引きやすくて視界も確保しやすい。
「気に入ったみたいじゃな!!役立ててくれい!!」
「うん!!これが壊れる頃にきっと村に戻ってくるわ!!」
縁起でもねぇと大笑いする村長達に釣られ、私も混ざって大笑いした。
この温かい空気にいつか必ず帰ってくる。
その強い決意を胸にして。