私はドクターとして多くのオペレーターの指揮を取ってきた。そこで分かったのだがロドス所属のオペレーターには並外れた能力を持つ者が何人か居る。
アビサルハンターのスカジがそれであり、グレイディーアもそうである。スカジに比べれば少し劣るかもしれないが龍門から出向してきたチェンも優れた身体能力を持っている。ただ、そういうオペレーターたちの大半はエーギルであったり龍であったりの特殊な種族だった。
種族差別と捉えられるかもしれないけど種族によって身体能力であったりに差があるのは事実。
だからグレイディーアが開幕と同時に超高速で動き出し、ヴィネに襲いかかっているのは理解できる。理解できないのは─
「─両者ともに目にも止まらないスピードで動き回り刃を交えています!」
そう、グレイディーアに比する速度でヴィネも動いている。いくらアーツがあるからと言っても異常だ。実際、何人かのオペレーターはアーツ込みでもグレイディーアの速度についていくことができなかったのに。
「…ヴィネさんってきちんとした戦闘ができたんですね」
「私も驚いているよ」
アーミヤと全く同じ感想だ。だって─
「本人たっての希望でヴィネは護衛任務や調査任務のような特殊な仕事ばかりを受けているのよ? ドクターが驚くのも無理はないわ」
「そうだね、スカジ。ところでどうしてここに?」
「テレビ越しではヴィネの戦いが満足に見られないのよ? なら見晴らしのいい場所に行くしかないじゃない」
そのとおりだ。信じられないことだけど、二人のあまりのスピードによってテレビ越しの映像は見れたものではなくなっている。
二人の姿が見えなくなったり、逆に分身したり。フレームレートが対応できていないのだ。まぁ─
「肉眼でも怪しいけどね」
人の目はだいたい30fpsの映像を見ているとされている。なので一秒の三十分の一秒、即ちコンマ03秒という極短時間で二人は数メートル移動したりしているらしい。
「ただ、それでも二人は余力を残しているわよ」
「!? 本当ですかスカジさん」
スカジの衝撃発言を聞いて二人の様子を見るが…。
両者ともに高速で動き回って勢いがついたあたりで剣を交え、再び加速し高速で動き回っている。
先程までの試合が足を止めて、インファイトでの剣闘だというのなら、この試合はアウトボクシング。最初は距離を取り、スピードを十分に上げた状態で一撃をぶつけ合った後に再び距離を取る。
俯瞰しているからこそ分かるが二人の戦いはコマとコマが戦っているようだ。引き寄せられたように距離を縮め、ぶつかると弾けるようにまた距離を取る。
「…グレイディーアは準備運動中、ヴィネも様子見と言ったところね。ほら、ドクターも一度や二度は見たことあるでしょう?」
「うん。本気かはさておいて戦闘時の彼が心がけているのはとにかく速度を落とさないこと。最短距離から外れてでも最高速を維持する。でも今回は─」
「─そう、所々に緩急が散りばめられている」
何かを確認するように速度を調整し、グレイディーアの動きを見る。そのようなことを繰り返しているように見える。
「フフ、ヴィネそんな確かめるような真似はしなくていいわ。隠す必要なんてないもの」
「…ッ!」
最初に仕掛けたのはグレイディーア。速度のギアが更に上る。ヴィネもそれに応じてスピードを上げる。が─
「ヴィネが苦しいか?」
「ええ、最高速自体は同等だけどもヴィネの方はちょっと膨らんだ軌道を取っているのに対し、グレイディーアは脚力のゴリ押しで最短距離を行っているわ。その差ね」
「頑張ってください、ヴィネさん」
段々とヴィネが押し負けるようになってきた。ほんの少しの差ではあるが回数を重ねるごとにそれが積み重なり…。
──
「もうそろそろ力の差を理解できたのではなくて?」
「…それはどうでしょう─」
突如立ち止まるヴィネ。グレイディーアが訝しみながらも槍を振るうが─
「─かッ!」
「!?!?」
突如、ヴィネが急加速。槍を弾かれたグレイディーアはあまりのスピードに思わず足を止めてしまう。
「なにをしたの?」
「見たまんまですよ。あなたの上を行く加速をしただけです」
「そう…、でも私を超えたと考えるのは少し早いのではなくて?」
グレイディーアも再び速度を上げる。速度のギアが更に上る。
──
いやぁ…。化け物すぎるでしょ、この人。なんで素の身体能力でアーツ並のスピードなの? 理不尽過ぎるって。
でも忘れちゃいけない。この人にはアーツがない。そして俺にはある。それが唯一俺が優位に立つ点。
その優位を最大限活かしたのがこの作戦、『ストップ・アンド・ゴー』だ!
──
「…」
「…」
「…」
私達三人は言葉を発せられないでいた。あまりに先程までとは違う試合状況に唖然となったからだ。
「…ヴィネが優位か」
先程まで押され気味だったヴィネがまさかの逆転。
何があったかというと…
「急発進に、急停止…、アーツの強みを十全に活かしているわね」
ずっと動き続けていた先程までと打って変わり、動いているかと思ったら急に止まり、止まったかと思えば動き出すような動きに変化が生まれた試合になっている。
「アーツの強みですか?」
「…簡単な話、アーツがないグレイディーアが動きを止めるには足と地面との間に働く摩擦に頼るしかないけど、ヴィネはアーツの力がそれに加わってる」
「動き出すにしても空気抵抗をアーツで減らせるヴィネに分があるわ」
「多分ヴィネは最初のやり取りでグレイディーアの運動性能を掴んだんだ。それで自分が試合を掻き乱せると判断して…」
──
「ッ!?」
刹那、グレイディーアが無理にヴィネの機動についていこうとした瞬間。その足に込められたパワーは摩擦の限界を軽く超越していた。地面は足に込められた力を押し返すことなく、彼女の足は軽く滑る。
その隙をヴィネは見逃さない。急停止、そしてグレイディーアに向けて特攻。
滑った足を放置し、全体重が預けられたもう片方の足を払い、グレイディーアを宙に浮かせる。
圧倒的な身体能力を誇るアビサルハンター。その身体能力が十全に活かされる地上ならばなんだってできる。しかし、アーツがなく、頼みの身体能力も空気の脆弱な抵抗力では力を発揮できない。故に…
「勝負ありッ!」
貧弱な地上の人間に尻餅をつかされ、その喉元に剣の切っ先を突きつけられる。
「…流石ね。ヴィネ」
「いや、グレイディーアさんの方こそ。私はアーツ込みでも負けそうになりました」
「それを言うのなら私こそアビサルハンターとしての身体能力を持ちながらも負けてしまったわ。私のほうが情けないのではなくて?」
「…」
「フフ、意地の悪いことを言ってしまったわね。いい試合だったわよ、ヴィネ」
「ありがとうございます」
表面上は称え合う両者。しかし、一瞬だけグレイディーアの顔に浮かんだ表情をスカジは見逃さない。
アビサルハンターは特別、その他は普通。そう割り切っていた彼女にとって此度の負けはかなり心に来るはず。そして否が応にも変わることになるだろう。いつも済ました顔をしていた同胞の変化の兆しを彼女は嬉しく思うと同時に期待が膨らむ。きっかけとなった陸上の人間は自分にどんな変化をもたらしてくれるのだろうか、と。
第四回戦、兼、準決勝。ヴィネvsスカジ。