「…ドクター。いい加減に立ち直ってくださいよ」
「ごめん。ごめんねヴィネ」
今日も─
「ケルシー先生?」
「ッ!? どうかしたか? もしや不快感を与えてしまっただろうか? …すまなかった」
「いや、そういうわけじゃ…」
昨日も─
「…アーミヤさん。流石に仕事ください」
「ダメですよッ!? ヴィネさんにはこれまで多大なご迷惑をおかけしたんです。とにかく今は療養してください! 雑務は私たちのほうでやっておきますから」
一昨日も─
「おいおい、どうしたんだよタルラ? 元気なさげじゃん」
「アレクッ!?!?どうして─いや、私を詰りに来たのか…。存分にやってくれ。覚悟は─」
「違う! 違うから! そんな俺を復讐の鬼みたいに思わないで!?」
さっきも。ここ最近人との距離を感じる。もういいじゃん、終わったことじゃん。くよくよしすぎなんだって。俺なんかあれだよ? 今でこそ紳士だけど若いころは上司にいたずらしかけたり、いろいろ無茶な要求したりって迷惑かけてものほほんってしてたよ?
いや、まあわかるよ? ロドス、レユニオンのみんな変にまじめだもん。でもさ?
「─どうしたんだいヴィネ?」
「ナンデモナイデス」
俺をラップランドさんと二人っきりにするのは違うじゃん? 俺のことを思うならこの人を引き離してよ!
見るからに楽しそうだから面と向かって離れて、なんて俺から言えるわけない。
なんかないかな? ちょっと離れる口実─
「─? ドクターからのメール?」
あったぜ!
「じゃあラップランドさん。私は呼び出しがかかったのでこの辺で!」
「わかったよ。…寂しくなるね」
ん? おかしいな。ラップランドさんが手を放してくれないぞ?
「ラップランドさん?」
「なんだい?」
「いや、手を放してもらっても?」
「?」
いや、頭を傾けてもダメだって。なに不思議そうな顔してるの?
「あのー」
「どうしたんだい?」
「…埒あかねぇや」
──
さてさて。久しぶりの任務だ!
ン? ラップランドさんからどうやって離れたのかだって? ラップランドさんはダメもとで目を瞑ってくださいって頼んだら顔を赤くさせながらも目を閉じてくれたからその間に逃げてきたぜ! やっぱり少し捻くれちゃってるだけで素直な人なんだよなぁ。ラップランドさんが『ヴィネも大胆だね///』 とか言ってたけど自分でもそう思う。
「今回はミーティングルームか」
そうそう、今回不思議なことがあったんだよ。今までだったら執務室やなんでか知らないけどドクターの自室とかに呼ばれてたのになぁ?
ま、いいや。そういうこともあるか。
「失礼しますドクター!」
『…ッ。どうぞ。入ってきて』
よし。国際トランスポーターは除名処分食らってまだ復職できてないし、ロドスでの任務もしばらくなかったから久しぶりの仕事だ。緊張するけど頑張るぞ!
「オペレーター ヴィネ。ただいま参上しました」
「─ッ。やっぱりそうだよね…」
あのぉ…。なんでそんなショックを受けたような反応するんです? せっかくまともな挨拶したのに…。
──
やはり現実は非情だった。意を決してヴィネを呼んだ。ヴィネは以前通りのふるまいをしていた。だからほんの少しだけではあるが期待していた。
「オペレーター ヴィネ。ただいま参上しました」
「─ッ。やっぱりそうだよね…」
でも、実際には依然とは違いかしこまったような、距離をいやでも感じさせるような態度。覚悟はしてきたはずなのに、涙がこぼれそうになる。
「よく来てくれたねヴィネ。長くなるから楽にしていいよ。飲み物もあるからね」
「ありがとうございます」
何とか気を持ち直して、努めて以前のように、動揺などを見せないようにふるまう。
決めたのだ。絶対にヴィネの本心を暴くと決めたのだ。うらまれてもいい。許されなくても、以前のような関係が戻ってこなくてもいい。なんともないかのように強がるヴィネの本心を無理やりにでも聞き出し、ロドスにいるのが苦痛なら円満に退職できるように謀る。皆でそう決め、準備してきたのだ。私の傷心ごときで支障をきたすわけにはいかない。
幸いにもヴィネは私のことを一切疑うことなく睡眠薬を多分に含んだ飲み物を摂取している。あとはヴィネの様子を見て隣の部屋に待機していケルシーに合図をすれば一旦は完了する。あとはケルシーやヴィルトゥオーサの仕事だ。
「…。ドクター? なにか…入れ…ました…か?」
「ごめん…お休みヴィネ。束の間だけでもいい夢を見てね」
ヴィルトゥオーサのアーツは強力ではあるが、その後に残す影響が未知数だ。だからこそヴィネを寝かせ、その間に様子を見ながらじっくりとなるべく、いや絶対に後々に響かないように運用しヴィネの本心を引きずり出すのだ。
「…きれいな寝顔だなぁ」
私は今更何を考えているのだろうか。精神に土足で踏み込み荒らすような行為を行っているのに愛おしさを感じているのだろうか。
「ドクター。心苦しいだろうがよくやってくれた」
「ケルシー。今更何をって言うかもしれないけど、無駄だってわかってるのにヴィネと一緒にいたいと感じてしまう。理性だってどうにか一緒にいられるすべはないかって探している」
「…ドクター」
「今更ながら悔しいなぁ。ちゃんとヴィネのことを理解しておけば認識が変わったとしても気づけたはずなのに、職を失わせることも、出奔、逮捕なんていう不本意なことをさせないで済んだのに」
「わかってはいると思うが…ドクター。ヴィネの意見が最優先だ」
「…わかってるよ」
隣室からカメラを通じてこちらを監視していたケルシーがヴィネを回収しに来る。変な話をしてしまったが、作戦に支障はない。あとはなるようになるだろう。
「…ごめんね」
──
久しぶりの夢を見ている。ここまで明瞭に意識を保持したうえでの夢なんていつぶりだろうか。
ん? どうして夢だってわかるかだって? そりゃ─
『…おなかすいた』
くすんで灰色になった毛髪、痩せこけて骨と皮しかない貧相な体、どこを向いているのかも定かじゃない目。そしていかにも将来イケメンになりそうな幼げながらも整ってる顔立ち! 子供時代の自分がそこにいたからだ。
これまでの振り返りみたいな夢なのかな?
子供時代の自分はウルサスとカジミエーシュの間の不毛で戦火にさらされた無国籍地帯にいた。よく覚えていないし調べる気もなかったから自分の出身はわからない。でも名字の感じからしてその二か国ではないのだろうなと思う。
ただ、ウルサスがカジミエーシュに侵攻する際に餓鬼の自分がいた場所を通った。その時に食料が欲しすぎて遮二無二暴れた。そしたら案外戦えることに気付いて傭兵を始めようとしたんだった。それが始まりだった。
そこからリターニアやヴィクトリアを経て成長していく…。そんな俺のサクセスストーリー始まりの地だ。
ぶっちゃけた話、子供のころのことは思い出さないようにしていた。だって浮浪者の餓鬼っていうだけで変な印象を持たれたし、傭兵としていろんなことをやった。あの頃を思い出すだけで自分は幸せになってはいけない、そんな風に自虐的になりそうだったから。
実際、そんな自分が嫌になって国際トランスポーターになった。ロドスのオペレーターになった。少しでもまっとうな職業に、少しでも意味のあることをして立派な人間だって胸を張れるようになろうと─
「─ん? ここは初めて傭兵の仕事を終わらせたときの…」
ほとんど覚えてはいないが初めての給料を得た時の場所だ。支給品の食糧、給料としてもらったお金。おぼろげながら覚えているのはそのくらい。特に何もなかった気が─
『─お前、どうしたの?』
『おなかが空いてて…お父さんも、ママも…』
まるで覚えていない、みすぼらしいサルカズの少女と自分が話していた。周りは一切かかわろうとせず、彼女自身も自発的に助けを求めようとはしていなかった。そんな少女に自分から声をかけている。
『…ついてこい』
『…え?』
少年の自分は無理やり少女の首根っこ掴み、どこかへと向かう。向かう先は─
「─教会か?」
見るからにボロボロで庭も荒れ果てた教会。無造作に扉をドンドン叩き、中にいる神父を呼び出すと─
『こいつ、引き取れ』
『…。ボク、それをどこか遠くへと送ってきなさい。それはサルカズですよ』
『金なら払う』
「まじかぁ」
傭兵としての給料すべてを投げつけた。初めての給料、明日食うものにさえ困っていた自分が、だ。
『お金の問題ではないのです!! ボク、サルカズは敵、許してはなら─』
『─うるさい。俺は金を払った。それで十分だろ』
『…』
それでもなお教義を優先しようとする神父に武器を突きつけ、堂々と脅す。
『…わかった。少し待て』
『…?』
尚も煮えたぎらない態度の神父にしびれを切らし、アーツを運用し─
『お手伝いした。その対価でやれ』
『枯れ木やほこりが…』
落ち葉や枯れた木を、埃やごみを強力な風によって浮かせ、空中へ、一か所へとまとめる。
よく考えてはいないだろうけど、お手伝いすると同時に自分の力強さを見せつけるウマい手だ。
『…わかりました。彼女を引き取りましょう。…ボク、頑張りましたね』
『別に…』
根負けして笑う神父。薄汚れた髪にも関わらず、わしゃわしゃと目の前の餓鬼の頭をなで、その餓鬼は照れ臭そうにそっぽを向く。
『ねぇ、私は…どうしたら…?』
『知らない。お前の好きに生きたらいい』
『好きに…ってなに?』
『…。美味い物食べたり、恋人つくったり…、とにかくお前が笑えるようなことをすればいい』
『恋人…じゃあ─』
話の途中ながらサルカズの少女に支給品の食糧を強引に押し付け、気恥ずかしさからか、アーツを使用してすぐさま教会を離れる。ごみはその道中、ごみを燃やしていたところに投げ込んだ。
過去を払拭するように立派な職業に就きお金に困ることは減った。名声も得たし友人もできて生活に困ることもなくなった。ロドスの掲げる理想に殉じ、その一助に成れていることに誇りを持ち漸く胸を張れるようになった。でも─
「なんだよ。俺は子供の時からかっこいいじゃん」
そんなことをしなくても自分は男前だった。
自分のことはいろんなことを経験して成長したと思う。でもその分ある程度冷めてしまっていたのかもしれない。もし今の自分が同じような状況になったのならロドスに連れ帰ってロドスの人たちに押し付けるのがせいぜいだろう。少なくとも見ず知らずの他人のために神父を脅したりなんてできないだろう。
「いつの間にか熱意を失ってたのかもなぁ」
人間関係も受け身になり、仕事も以前のような遮二無二さが、必死さがなくなっていた。
今回の事変解決後だって、ロドスのみんななら自分で何とかすると思い込み、自分の深層心理にある恐怖心から目をそらそうとしていた。
「久しぶりに頑張るか!」
ロドスのみんなに対して未だ拭えない恐怖はある、無意識でも緊張してしまっていた。できれば時間が解決してくれるのを期待したい。それはロドスのみんなだって同じだろう。なら誰かが気持ちを奮い立たせるしかない。漢を見せるべきは男前の自分をおいて他にはいないだろう。
──
「…ヴィルトゥオーサ、君は精神を安定させるようにもアーツを使ったのか?」
「いいえ。残念だけど私が行っているのは彼の本心を増幅させることだけよ」
「じゃあ、ヴィネの本心はあまり荒れてないっていうこと?」
「良い意味なのか悪い意味なのかは分からないけどね」
ヴィルトゥオーサのアーツを使用した当初はうなされていたヴィネだが今では体温、血圧などの容態が安定している。
どう考えても恐怖や怒りで震えるべきところで平静。もしかしたらもうロドスに対して関心を失ってしまったのか、あるいはもう飲み込んだのか。良いほうにも悪いほうにも捉えられる状況だ。
そうこうしていると─
「─おはようございます。ドクター」
「ヴィネ…!」
ついにヴィネが目覚めたのだ。
──
「最近はどう? 体調のほどは」
「ラップランドとはどんな感じ?」
簡単な面談だと言い、こんな感じの緩い質問からヴィネとドクターの会話は始まった。
緩い質問を繰り返すことでだんだんとヴィネの緊張をほどいていく。そして─
「本音ですか?」
「うん。包み隠さずに、どんなことでもいいから教えてね」
頃合いを見てドクターが本題へと踏み入る。ちなみにこの様子はカメラで撮られており、食堂に設置されたスクリーンでオペレーターたちも視聴している。
本音…言わずもがなロドスに対してのものである。うらんでいるのか、もうどうでもいいものになり下がったのか。それだけを知りたくてドクターたちはこんな仕掛けをしたのだから。
ヴィネが沈黙する。先ほどまでは軽やかに紡がれていた言葉はその影も見せずにきえさり、悩むヴィネと切実に続きの言葉を待つドクターの二人が互いに無言で向かい合っていた。
ようやくヴィネが何かを決意したようにドクターに向き直る。そして─
「…腹が立つ」
静かに一言を発した。その言葉はドクターはおろか、食堂で食い入るように見つめていた皆を黙らせた。
「ムカついてしょうがない」
「…ごめん─」
「こんな風にみんなが勝手に早合点して自責思考に走るところに腹が立つ」
ヴィネはドクターの悲痛そうな雰囲気を気に解いすことなく言葉を続ける。
「覚悟はできている、とか言って私に判断を託して楽しようとする自堕落な部分が嫌いだ」
「…」
食堂で話を聞いていたラップランドが悲痛な面持ちになる。そのほかにもテキサス、ケルシーをはじめとして多くのオペレーターが言葉に詰まる。
「仕事を減らす程度のことで、恩返し、贖罪だと勘違いしている部分がイラつく」
「…」
アーミヤが顔をうつ向かせる。
「そして何よりも…」
「…」
ドクターも、他のオペレーターも次は何を批判されるのかと泣きそうになりながらも次の言葉を待つ。罪から目をそらすようなことだけはすまいと。だが─
「みんなに復讐に奔る奴だと思われてる自分、あの程度の混乱で人に心配かける自分が、嫌いで、情けない」
ヴィネは自分にこそ怒りを覚えていた。
「なんで自分のことを責めるの? 悪いのは私たちだよ…?」
「違います。悪いのはこの事件を引き起こしたウルサス帝国の利刃とこんなふざけたものを作った奴らです。背負わなくていいものまで背負わないでください」
「…ごめん」
今日、幾度目かもわからない謝罪の言葉。それがヴィネの琴線に触れた。
「いい加減にしてくださいドクターッ!! 私たちが今まで頑張ってきたのは何のためですか!? 何年も、何十年も、大昔から続く差別を乗り越えるためでしょう!?」
普段、努めて平静を装い、怒りなどの負の感情を見せないようにしていたヴィネが初めてその激情をあらわにする。
「生きるために他人を傷つけるしかなかったときに別の生き方を提示してくれたのがあなただった。何も知らない俺にいろんなことを教えてくれたのが、大切なものをくれたのがみんなだった。だからみんなと肩を並べられるように、薄給激務のロドスで頑張ってきたんです!」
迷惑をかけたという話ならそれ以上のものをもらっている。恩返しがしたいからロドスに来た。まだまだ恩は返せていない。今回のだってそれに比べれば小さなものだとヴィネは言う。
「今更どんな顔で接すれば? 厚顔無恥でいい! 前みたいに接すればいい! 俺はそうして欲しい!」
今までヴィネの胸中にとどめていたはずの言葉があふれだす。まだまだその濁流は衰えることを知らない。
「そもそも─」
ヴィネが乱暴に、力強く両の手でうつむくドクターの頭部を自分のほうへと向けさせる!
「─目をそらすな! 起きたことはなかったことにはならない、決して! だからこそしっかりと見ろ!!」
ドクターが初めてヴィネと面と向かって向き合う。そしてハッとする。
「ドクター。私は今どんな顔をしていますか? 怒り狂っていますか?」
─違う。
「怯えていますか?」
─違う。
「そんなかっこ悪い姿は見せていないでしょ? 私は今も昔も変わらずにかっこいいはずです!!」
精悍で、力強いまなざし。皆が憧れて、病むほどに好きだったヴィネが今も変わらずそこにいた。
──
見ないようにしていた。恋焦がれたヴィネのことを見つめてしまえば散々ひどいことをしてきたくせに都合のいい妄想をしてしまいそうになるから。でも─
「─ヴィネ。私はまた…君といていいの?」
「当たり前です! むしろ出て行けと言われても出ていくつもりはありませんから!」
ヴィネがその妄想を肯定してくれる。まさに夢心地だ。
「私は…君にいろいろしたんだよ? それなのに─」
私は何度この話を蒸し返しているのだろうか。ヴィネがもういいと言っているのにも関わらず。
「─少し黙ってください。そんな悲しいことばかり言う口はこの口ですか?」
「─!?!?!?!?!?!?」
え? え? ええ? ヴィネの人差し指が私の唇を押さえつけているッ!?
「先に宣言しておきます! 私は今もドクターのことが好きです!」
「─!?!?!?!?」
なに? いきなり愛の告白!? いいの? それなら私だって─
「うん、私もヴィネのことが大─」
「ケルシー先生のことが好きです! アーミヤさんのことが好きです!」
「─へ?」
え? どういうこと浮気宣言?
「ラップランドさんのことが好きです! ラフシニーさんのことが好きです! クロージャさんのことが好きです! ─」
「ああ、そういうことか」
やっぱりヴィネには敵わない。ロドスに所属している者の名前を一言一句間違うことなく呼び続けていく。ヴィネと関係の深い者はもちろん、一度や二度あいさつを交わした程度の間柄だった者の名前まである。
「─私はロドスが大好きです!」
そうだね。キミはそんな風にみんなを無自覚に誑し込むひどいやつだった。すっごくかっこいいのに、散々私を助けてくれたのに、まだ足りないとばかりにカッコいいをところを見せつけてくる。
「ドクターだってそうでしょう?」
うん。そうだよ。私もヴィネのことが大好きだよ。
「……うん」
ようやく絞り出した声は、ひどく震えていた。でも─
「ヴィネ。私も君が大好きだよ」
私の本心を初めて伝えるこの言葉だけはハッキリと、凛と伝えられた。
初めての告白。緊張からか、達成感からか頬が熱くなる。
でも、ヴィネはそんな空気なんて気にした様子もなく、いつものように破顔した。
「よし! じゃあ解決ですね!」
「……いや、解決ではないかな」
「え?」
「だって私たち、まだ何も返せてない」
ヴィネがきょとんと目を瞬かせる。
その顔を見て、ようやく理解した。
この人は本当に、心の底から「終わったこと」だと思っている。
だから許した。
だから戻ってきた。
だから今こうして笑っている。
でも──私たちは違う。
忘れられない。
ヴィネを傷つけた時の感触も。
必死に隠そうとしていた恐怖に震える姿も。
それでもこちらを見捨てなかったことも。
全部、焼き付いて離れない。
「ヴィネ」
私は椅子から立ち上がる。
ヴィネが少しだけ不思議そうにこちらを見た。
「君は許してくれた。でも、私はまだ自分を許してない」
「ドクター……」
「だからね、ヴィネ。これは贖罪とかじゃないんだ」
一歩、距離を詰める。
「私はもう、君を放したくない」
私は止まれなかった。
「今回、君がいなくなった時……私は壊れかけた」
ヴィネの瞳が揺れる。
「ラップランドが狂ったみたいに探し回って、アーミヤが泣きながら指示を飛ばして、ケルシーが不眠不休で直談判して……みんな限界だった」
でも─
「その中で、一番駄目だったのは私だ」
あの時を思い出すだけで、喉が締まる。
ヴィネがいない。
自分たちが傷つけて追い出した。
その事実だけで、世界から色が消えた。
「任務の報告書を読んでも、君の名前ばかり探してた」
「…」
「食堂へ行けば、無意識に君がよく座っていた席を見てた」
「…」
「もう二度と会えないかもしれないって考えが頭から離れなかった」
「…」
自嘲気味に笑う。
「ね? 重症でしょう?」
「……」
「だから、ヴィネ。私は決めたんだ」
逃げない。目を逸らさない。この感情はもう誤魔化せない。
「私は君の傍にいる」
ヴィネが何か言おうと口を開く。
でも、それより先に言葉が溢れた。
「君が怖がっても、嫌がっても、うっとうしいって思われても─」
もう私は手遅れなのかもしれない。
「─私は君を守る」
でも知ったことじゃない。今の私にとってヴィネだけが大事だった。
「だって君は、自分を大切にしなさすぎるから」
自分が傷つくことに無頓着で。
誰かのためなら平気で無茶をして。
笑いながら全部抱え込む。
そんな人を放っておけるわけがない。
「今後、危険任務には私も同行する」
「えっ」
「勤務時間も見直す」
「えっ」
「睡眠時間も管理する」
「えっ」
「ラップランドとは一旦距離を──」
「ダメでしょ!?」
即答だった。
あまりにも即答だった。
思わず固まる私。
「ラップランドさんが傷つくでしょ!?」
「……私はもう傷ついてるけど」
「何を対抗してるんです!?」
ヴィネが本気で困った顔をする。
その顔が可愛くて、胸が苦しくなる。
ああ、ダメだ。本当に、もう駄目だ。
私は彼に、どうしようもなく狂わされている。
「ヴィネ」
「はい?」
「……ヴィネ、君はもう少し人を警戒したほうがいいよ」
「?」
「君自身が思ってるより、みんな君のこと好きだから」
その言葉に、ヴィネは数秒きょとんとして──。
「いやぁ! 人に好かれてるっていうのは嬉しいことです!」
屈託なく笑った。
ああ、本当に。
こういうところだ。
こんなふうに笑うから。
誰も彼も、壊れるほど惚れてしまうんだ。
何度か難産過ぎて諦めそうになりましたが、以前皆様から頂いた続きを楽しみにしているという言葉を頼りに一話書ききりました! いつも感想などありがとうございます!
一応、次の展開はある程度定まっていて、3000文字くらいは書いているのですが…諸事情(エンドフィールド)のため遅筆が極まってます! 多分、おそらくきっと、投稿するので首を長くしてお待ちください!
曇らせたいキャラ募集! その他はちゃんとキャラ名書いてね!
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ラップランド
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ドクター
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ケルシー
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リード
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その他