妹は負けヒロイン! 作:猿丸
「ツインテールで、ツンデレで、暴力系で、妹キャラの、幼馴染。幼馴染への恋心に長らく気付けずにいて、運命的で強力なライバルが登場して初めて自覚し、それでも素直になれずツンケンしてしまって、すぐに暴力に訴えてしまい、挙句の果てには最大のライバルと親友になってしまい、恋敵の背中を押すムーブを始めつつある――そんな世界で一番かわいいマイシスターについて忌憚なき意見を頼む」
「長い。簡潔に」
「俺の妹が負けヒロイン過ぎる件について」
「なんだ、いつもの病気か。……あ、このパフェ美味しそう。すみませーん!」
俺こと
もう本当に、どうしようもないくらい困っていた。
しかし、相談した友人――
まぁ、いい。流石に言葉を端折り過ぎた。ちゃんと一から説明して、この絶望的な危機感を共有してもらうことにしよう。
「負けヒロインってのは、主人公の恋人とか配偶者の座を勝ち取れなかったキャラクターのことだ」
「急になに? それくらいボクも知ってるけど?」
俺は負けヒロインが嫌いだ。
例えば、見るだけで勝者と敗者が分かってしまう、そんなアニメのOPが嫌いだ。
見た目とか属性、声優だけで「もしかして:負けヒロイン」と薄々察せてしまう。そんなキャラクターが嫌いだ。
「まぁ、確かに。毎度毎度、キミが好意を抱いたキャラクターが負けヒロイン化するのは、もはや何らかの呪いを疑うレベルではあるけども……」
彼女の言うとおりだ。いつもいつも俺の推しのカップリング……推しCPは成立しない。
何度も何度も、深い悲しみに枕を濡らした。
何度も何度も、買ったばかりの漫画の最新刊をビリビリに破り捨てた。
けれど、どれだけ悲しんでも、どれだけ怒り狂っても、結末は変わらない。
要するに俺は、負けヒロインが嫌いで、嫌いで、嫌いで、大嫌いで――――大好きなのだ。
「……で? その“負けヒロイン”と、キミが病的に溺愛する妹さん……
「例えば、我が妹はツインテールなる負けヒロイン筆頭の髪形をしている」
「それ髪形を変えればいいだけでは?」
「だが、めちゃくちゃ似合っている」
「要するに、可愛いから変えさせたくないんだね」
まぁ、その通りなのだが。
妹曰く「昔、好きな人が可愛いと言ってくれた髪型」だそうなので、そもそも本人が変えたがらないだろう。
想いを寄せる幼馴染からの、何気ない一言。ずっと昔の、言った本人すら覚えていないような言葉。そんなものを、ずっと大事に抱えている我が妹マジ可愛いプライスレス。けどそれ、負けヒロインムーブなのよね。
「それだけじゃない。他にも――」
それから俺は、妹の置かれた状況を熱弁した。
例えば、妹が想いを寄せる幼馴染の家に、APP22以上確定な白髪赤目で浮世離れした女の子が居候していることとか。
その女の子と妹が、最初はギクシャクしていたものの、最近では二人で一緒に出掛けるくらい仲良くなっていることとか。
何を血迷ったのか、その女の子と幼馴染の仲を応援しようとしていることとか。
「幼馴染」の関係を壊したくなくて。今の居心地の良い距離感を大切にしたくて。自分の心に素直になれず、一歩を踏み出せずにいることとか。
それはもう必死に語った。途中でパフェを届けに来た店員さんに「他のお客様のご迷惑となりますので、お静かにお願いします」と言われてボリュームを落としたが……ともかく、政治生命を賭けた崖っぷちの政治家じゃねえかってくらいに熱弁した。
「……成程ね。まぁ、少なくともキミの危機感は良く分かったよ。実際、妹キャラってだけで敗北フラグが立っているとも言えるしね」
そう。そうなのだ。俺みたいな優しくて頼れる格好良い兄貴がいる女の子キャラというのも、存外に負けヒロインになりやすい。
漫画や小説の作者という人種は、敗北に保険をかけている節がある。想い人と結ばれないのは確かに不幸だけど、でも兄弟家族との「幸せ」な日々を送れるから十分だ――と、そんな馬鹿げたことを本気で考えているのではないだろうか。
家族愛も友愛も、恋愛とは違う。その小学生ですら分かる当たり前を、奴らは平気で無視する。異なる幸せに無理やり等式を当てはめて、それで納得しろと上から目線で押し付けてくる。
エピローグで、ようやっと結ばれた主人公とメインヒロインのシーンに並行して、兄と妹の平凡だけど幸せな日常が描写される――なんて。
あぁ、本当に。王道過ぎて吐き気がする。
「ただ、それは全て創作物での話だろう?」
「――え?」
「この世界は造り物の物語じゃない。ご都合主義の奇跡なんてないし、誰もが幸せなハッピーエンドなんて何処にもない。鬱展開てんこ盛り打ち切り間違いなしの、不条理で、不平等で、クソみたいな現実をボクたちは生きている」
「……と、灯蛾?」
「でも」
いつも飄々として掴みどころのない友人の、普段とは異なる様子。俺の記憶にある限り、彼女がここまで激しい剣幕で、「クソ」なんて強い言葉を発したことはなかった。
たじろぐ俺に、クリームの付いた長いスプーンをピンと突きつけて、彼女は言った。
「だからこそ、この世界に筋書きはないんだ。定まったプロットも、公式カップリングもない。全ては選択次第で変えられる。未来は何も決まっちゃいない」
何故だろうか。
その言葉は、雷のように俺を貫く。
「今のキミがすべきことは、ウジウジと不確定な未来に怯えることか? 違うだろう。望む未来を掴めるように、小さな背中を、震える背中を、力強く押してあげることじゃないのか」
そうだ。その通りだ。
だって俺は、あいつの――負けヒロインの――――
「頑張りなよ、お兄ちゃん」
――――たった一人の、兄貴なんだから。
▷――▷――▷
「ただいま、母さん。美援いる?」
「あら、お帰り援介。美援はまだ帰って来てないわ。何か用事なの?」
「まぁ。……ちょっとアイツに大事な話があるんだ」
「そう……。……ねぇ、援介。私からも大事な話があるの。美援と……あなたのことで」
大事な話。随分と深刻そうな様子だが。
……いったい何だろうか?
「実はね。あなたと美援は血が繋がっていないの」
「ぱーどん?」