たちむかえ!   作:匿名

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薄れ行く日常・前

朝。まだ外が涼しく朝日が窓から漏れ始める頃、鳥がさえずるのを耳にし、目を覚ます。まだ早朝の五時だが、悟志にとってはいつもと何ら変わりない。

 

 

 

(よし!)

気合いを入れて家を出る。毎週日曜に、この時期まだ人気の薄い朝の1時間、ランニングをする。習慣ってやつか。

「海の日」と「山の日」を交互に。

たとえ天気が悪くても決行する。海にも山にも走って向かう。んで今日は山の日――

 

(ん、何だ?)

 

ここで、唐突に妙な違和感が走る。

 

(……いや、まあいいか)

 

一瞬「海の日」だったような、と思ったけど、カレンダーには確りと今日の日付の部分に「山の日」と記されている。

 

ってことで、さほど気にする必要はないはずだ、たぶん。

 

 

こんなトレーニング地味た真似をするようになった所以の一つには、とある人物との出会いがあった。その方のお陰で、今の俺が生きていると言っても過言じゃない。本当に御世話になった上に“アレ”から救ってもらった時の恩は、どこまでいっても返しきれないし、そして忘れられない。いつか再び会えた時に、面目を保てるよう、また自分を規律するためにも、この決まり事は続けなければならないと思っている。まあ“アレ”ってのは家族を失った人の憂鬱みたいなものだな。

 

ちょっとばかりの昔の記憶を辿っているうちに、目的地である近くにある山に着いた。正直山と言えるほど立派なものではないけれど。一応麓になっているここから更に登る。

 

驚くほど日に日に朝が早くなって来ているようで、今日は一段と光の差し込み具合が、大地と綺麗に溶け合っている。山の手前のだいぶ高い所、とある地点に到着。そこから見える風景……眼下には、初夏になって独特の匂いを放ち始めた木々で溢れ、その群れを越えた先に広がる、やがては金色へと変貌する今は伸び盛りの逞しさを誇る緑の稲の中に、時折きらめく青空の色彩を覗かせる田園地帯。梅雨の時期では、普段暴れ気味な川でも今は珍しく閑かに横たわり、その向こうには、もうすぐ実りを迎える畑に覆われた丘陵地が続き……そして丁度自分の家がある所まで、空気が澄み渡っていることがわかる。もう少し登ると、海が見えてくるんだよな。

いつ来ても、日々色付いていく世界には、圧倒され、そして感動する。

吹き上げる風が、火照った体をほどよく冷まし、心地よさに包まれる。

綺麗な景色が拝める上に体が鍛えられる、いいもんだ。

 

急にどうした、俺。いやまあこの平穏な日々に、そして移り変わっていく自然に、感謝の意をこめたつもりだ。それに唐突に何かこみ上げてくる気分ってのは、誰にだってあるだろう。

 

家に戻りシャワーを浴び朝食を取った。

 

――今日はすることがない。

そう思った瞬間、不思議な光景が頭の中をよぎった。

 

どこまでも続く、広大な平原

遠くには丘が見え、樹や岩がまばらに点在している

空には、薄い筋状の雲がかかっていた

 

今までに見たことない……しかし、どこか覚えがある様な光景。

 

(なんだ、この妙な感覚は)

 

さっき山で見てきた景色とはとても似ているものではなかったし、唐突にフラッシュバックが起こる要因も特にない。夢にでもててきたっけ?

時々、夢のなかに出てきたものが現実に似たような状況や感覚で起こる事はある。既視感?だったか。よくあることらしいが(現に俺も多少経験はある、この感覚は理解できないわけじゃない)、でも今のは明らかに違った。

それに妄想……なんかじゃない。

 

目を通さず直接脳裏に描かれる様な強烈な感覚で、これと同じ感覚を記憶から取り出し今のモノと照らし合わせようとしても……思い当たらない。何かを暗示しているのだろうか?

それとも――

 

 

(――ん?あれ、俺は、今、何を、考えて、いたんだ?)

 

 

急に、思い出せなくなった。

 

その描かれた眺望、そこにあった幾つかの情報、その時に憶えた妙な感覚、それらを得た、ついさっき、ほんの数瞬前の事を思い起こそうとしたのだ。だが全く記憶から消失したのか、何も引き出せない。もどかしさが、冷や汗を誘ってくる。

 

(コレは、何なんだ、一体?)

 

……まぁいいか。気にしないほうがいい。この歳から脳の病気を患うのもそうそうないはず。疑ってちゃ余計まずい。

あぁそれにしてもすることがないな、ってもう八時かよ。とっさの出来事に若干焦りはしたが、だからどうした。

 

別段することもないもんだからクーラーやテレビを点けて、ごろつく。

そういえば修学旅行、明後日だよなー、まだやらずにいたな。

昨日友人と買い物に行ったきり準備をしていなかったのを思い出せて良かった。

何がすることがないだ、アホか俺は。

そういや手荷物でなければ、空港の検査機器に引っかからないものを入れても大丈夫なんだよな。

 

のんびりと作業に取り掛かる。

それから昼まで準備や色々と足りないものをまた少し買いに行ったりして時間は過ぎた。

 

不意に携帯電話に目を向けると、友人からの連絡が来ていて、そこには「準備ができたらみんなでサトシの家で前々夜祭するから!いいよな!」とあった。タイミングがいい、勿論だ。何もすることがなく無性に暇を持て余す気分の時にこういった話がくるとたまらなく嬉しいものだ。勉強なんか、修学旅行前だし、ついでに先週に試験が終わりたてでもあるから、なおさらやる気はでないし、やるわけないよな……とまあ、こういうところで差が出るんだろうか、はぁ。

 

「ピンポーン……ピンポンピンポン―」

なんだか無性に見入ってしまいます、驚きの連続で……という感想と評判の良さを聞いて生まれた当然な期待を、不明瞭なタイミングで裏切ってくる映画を適当に眺めていると、何やら荒々しいインターホンの音が。

 

「いるのはわかってんだー、早く開けろー」

何というか、その気だるそうな声は、とても要求をしている人の発するものとは思えないんだがな。

 

その後、続々と友人達が集まってきた。

“修学旅行のメンバー”は残念ながら一人もいないが、これはこれで構わない。その時に目一杯はしゃげばいいんだし――

(ん?……この違和感。何なんだ?)

またか。いや別に、これといって気にすることじゃあないか。

 

それから夜遅くまで騒ぎ通し、満足な日を送る事ができた。流行りのゲームをやったり学校の話やら、それから色々と。

皆が帰る頃に、疲れが押し寄せて、すぐ眠ってしまった。

何故か、早く感じる。時間の流れ。

 

 

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