たちむかえ! 作:匿名
(へっ、弱っちぃな。ん?まだ来るか!!なら、焼き尽してやるぜ!)
ゴゴオオオォォォ―
若者の手から放たれた炎の塊が、風と大地を唸らし、目の前に立ち塞がった奇怪な物体群を一瞬にして塵へと変貌させる。荒廃した空間での一陣。
ドドド……
若者の前には、先ほどよりかは遥かに多い数の、最早怪物と呼ぶしかない得体の知れない狂気を漂わせる異質なモノどもが押し寄せて来た。
「ちっ、雑魚どもが」
炎を操ると見えるその若者は、迫り来る無数の怪物を目の当たりにしようが、全く動じる事なく、自身の相手にすら成り得ない相手だと仄めかす。
「ハッ、あほクセえ……ん?」
所詮この言葉も愚かな集団には理解されはしないだろう、と無意味に口走った事を悔やみながらも、愚鈍な怪物共に、自身の無能ささえ自覚出来ない知の欠如を蔑む視線を放つ。だがその先に、恐らく異能を持つことを漂わせる者がいることに若者は気づく。
「ククク…この数では流石の貴様でも敵うまい」
そう、一体だけ言葉の分かる何者かが奥の方に身を構えていたのだった。
(――ふっ、どうかな)
そう心に呟いた若者は少し屈んで左足を前に出し、右手を開き腰の横に近づけ、何らかの姿勢をとった。するとその右手に、突如炎が現れ、大きく収束し始める。
周囲の大気を取り込んでいるのか、彼の手を中心に、燃える渦が巻いていく。
「いくのだっ!!やつを殺せェ!!」
奥の怪物が放った号叫の命令により、大群は一斉に若者に襲い掛ろうとした。しかし先陣を切って突っ込んだ怪物の剥き出した鋭い牙が、若者にあと数瞬で触れる距離まで達していた、その時だった。
(……我が猛き闘気、敵陣に臨みてなお征く烈火の炎となれ――)
「燃えるぜ」
――カッ
若者がそう言い放った瞬間、片手に収束していた炎は激しく閃き、大群の向こうにある己の獲物をめがけるかの野獣の如く、空気を吸い込み轟音を散らせ、大群がひしめき合っていた辺り一面を駆け抜ける。
ほんの少しの間の出来事だったが、それでもだいぶ長くとどまっていたかと思わせる程の炎の塊は、怪物群には凄まじき脅威であっただろう。まさかこれほどとは、と驚嘆したはずだ……死ぬ間際になって。
「ふぎゃあ」と叫ぶ声がしたかと思えた時には、その場は既に炎の軌跡として、全て灰と化していたものしか残っていなかった。大群の占める空間に向かって一気に波となった炎の塊を放つ、どうやらこれを若者は〈炎放陣〉と名付けているようである。敵陣に向かって炎を撃つ……なる程その名の通りの単純な“技名”である。だが果たしてそのような名付けには意味はあるのだろうか?炎を自在に操る若者は禍々しい眼光でこちらを――
(――ぶっハァ…ハァ……エン、ホウ、ジン?いや、な、何だ、今の)
人間が、他の動物とその性(さが)を分かち、唯一人間であることを確立した条件には、何があったか。彼が、何故火が操れるのか、そして火を操れる、その意味には何が――
(力に…溺れる?)
「――え?」
俺は、さっきの恐らく夢として見たであろう内容を思い返そうとしたが、一体何を夢でみていたのか、それが夢であったのか、普段起こるような忘却とはまた別の、不自然を装った自然とも言いたくなるような、同時に己の無知を呪えと咎められ突き放される感覚で、記憶からは全く何も引き出せなかった。
(何だ、この感じは?いや、これは覚えがあるぞ……)
そう、この感じとは何故か不思議と思い出すことが出来ないという感覚に囚われたことだ。だが
(……ん?何だ?何でだ?思い出せねぇ)
こうなる。この時の思い出せないというのは、つい先程の不思議と思い出すことが出来ないという感覚を憶えた事が突如抹消されたかのような感覚に陥った、とでも言うべき現象か。
(っ…この感覚は…前に感じた事がある様な…)
そして、この場合の感覚とは先程の忘れた事を忘れてしまった事である、「前にも」とは、あの既視感を伴った風景が脳裏に映された時の話だろうか。それとも、突然襲ってくるあの違和感を指すのだろうか。
――不明瞭なこれが何を意味するのかは俺自身がこの先、知ることになるであろうとは、この頃は思いもしなかった。
(……ん?一体、俺は今何をしていたんだ?)
「は?」
(ちくしょう、何だってんだ。ワケがわからねえ。夢でも見ていたのか?)
夢なのか?もう覚えていない。でも体は何かを覚えているような感じはするんだがな。肝心な頭はもう、それを記憶していないようだ。
そして俺は、この一連の、ほんの数秒の出来事全てを思い出せず、結局何が起きたのかという全くの無であるにも拘らず不可思議な状態、に陥ったのだ。全く、部屋の中で朝っぱらから、それもまだ日が出てないのに狐につままれたような感じだ……笑おうにも笑えん話だ。気がつけば、寝床から起きていた。もはや病気かと疑いたくなる。
覚めきった目の焦点を時計に合わせると午前4時50分になるところだった。
(もう明け方か、本当意味わからんけど、また布団かぶったら寝過ごすかもしんないな)
そう思った俺は家を出るまで起きていることにした。
(何か不愉快だ、はあ。まぁでも、飛行機の中で寝てりゃあいい)
汗かいたせいかな、喉が渇いてきた。
冷蔵庫からお茶のボトルを出して、それを飲む。
何が起こって目が覚めたのかわからない状態だったためか、気が重いのと気が立っている情動がいりまじって理由なしに争っているように見える。虫唾が走って業が煮え、腹が立ち、頭にくる……そこまではいかないが。
出発目前。それなのに俺は、修学旅行より、このよくわからない感じが気になってしょうがなかった。記憶にはないが、何故か体は妙に覚えている。一体何がどうなったのか、よくわからない感覚。それに引き起こされる反応?今行われているこの煩わしさ。何なんだよ、本当に。