たちむかえ! 作:匿名
変わり始めた世界 その1
それから数時間が経った。
何かが機外で起きている、それが機内にも影響を及ぼしている。
寝る前との異質な騒がしさで、目が覚める。
「お、おい何か外ヤバくないか…」
何が起きたのだろう。
「だよな、だ、大丈夫なのか、俺達」
「――ん?どうしたんだ?」
(ってマジかよ)
窓から見える外界は、異様なまでに暗くなっていた。
「あ……まあ、言う前に気づくわな。て、やっと起きたな、お前」
「そりゃあ、まあ、うるさくなってたし、なんつーか、雰囲気だったし。これじゃあ目え覚めるって」
みんな不安そうだ。無論俺もその内の一人。
もしや、運悪く機体が故障して……なんて事はないよな、ハハハ。でもそう考えてしまう程に、外界の様子は険しく、機体は大きく揺れ、妙な音も聞こえてくる。
時間が経っても機体を取り囲み続けいるらしき暗く厚く大きく見える雲は、光を、轟音を伴なわせ、機体をめがけてほとばしらせて止まない。通常、飛行機には当たっても大丈夫なはずと聞くが。
そして、外界が光る回数と機体が揺れ、嫌な音が聞こえてくる回数が増していく。機内の放送では大丈夫らしいとの事だが、そもそもその根拠があるのか疑り深くなって心配せざるを得ない心持ちが、皆の顔に滲み出始めている。
「お、おい。これじゃあ」「なあ、これマジでやばいんじゃねーのか?」「下手したら、事故る?」「やめろよ、そんなこと言うの」
浮かれていた雰囲気は当然静まり返っており、不穏の空気の流れが徐々に加速していく。
一人一人の嫌な胸騒ぎが言葉となって、耳苦しく息苦しい騒動へと発展していく。
らしくない修学旅行は幸先悪く、どうなってしまうのだろうと、先生達もその心中を吐露しはじめている。と、その時だった。
「えー、御乗客の皆さん、予期せぬ悪天候のため予定を変更し、途中の――」
遂に来た、と誰もが思っただろうか。そりゃあこの天候の中進もうとするなら、待つのは死、と言わんばかりの外界は、さらに激しさを増す一方にしか見えない。放送が始まるや否やどよめきが起こった。
「えーどんなんのぉ」「し、ししし死にたくねぇよ!」「修学旅行~」などなど。
パニック状態の機内を制する人達本人もその状態で効果なし。勿論乗客には高校団体以外の一般の方々も居る。いささか一般という言葉で括るのもなんだが、その人達も不安なのは確か。機長だけは、冷静かも知れない。
「ついてねぇな」「だよな、ヤバイよな、この天気」「初めから分ってなかったのか」「だから、こうなったんだろ」「まぁ途中の空港に降りるみたいだから」
不安からくる不満の声。こういう時は黙って放送の、機長たちの指示に従うのが最良なんじゃないか?少なからず静かにしている人は同じくそうじゃないか……と、これは邪推とみなされてしまうな。
ダメだな、こういう勝手な解釈の押し付けは、相手方の意見を無視して誤解を招く、一方的で迷惑な話。でも、中には内心のビビりを誤魔化そうとしているだけの人も、いるかも知れないが。
そこでふと、官僚主義の良い面と悪い面が交差し、その主義の正統性と正当性をどこから持ち出し何に重点を置くかという発想がその交点を通過する。こんな時に、天啓を受けたカリスマ性を誇る英雄が現れてくれればいいのだが……いや、いくら英雄でもこの事態はどうにもできないか。自然の変化を予測できない、つまりは人智を超えた天災だろうからね。期待するだけ無駄ってか。安いジャーナリズムが意図せず作るメディアのバイアスってやつでもある。いや、この状況で天候操作出来るのが、本当の英雄なのかも知れない……余りバカな事を言っちゃいけないな。
英雄は、一時は神に喩えられたりもして崇められる対象となり得るが、神が英雄と同義になるのはおかしな話。認知なんとかってやつや確証うんたらってやつ、ではなくて単なる前後関係の誤謬だ。自身のエゴイズムでもって、観念と現実を履き違える奴にはなりたくない。
……また急にどうしたのかって?早朝にコンビにで立ち読みした雑誌の受け売りだよ。
「着陸できるまで、もつかどうかだよな。運悪く――」
ゴォォォン
運悪く事が起きた。ありがちなパターンか。いやいやどこにあるんだ、こんなパターン……恋愛要素もあるSF映画とかか?差し詰め、地球の侵略を掲げる宇宙人と結託した悪の裏組織の陰謀の始まり、ってそんなこと抜かしてる場合じゃない。叫び声や泣きそうな声、もう無理なんて喚きも、ちらほら。この壊音は、エンジンその他重要部の支障発生を意味するのだろうか。
機体が激しく揺れ、軋み、何かが衝突し、またどこかのパーツが破損したのか「バキッ」「メキッ」「ゴゴゴ」と鳴る音が続けて発生する。機内の皆(の心情)も激しく揺れる。何か氷の塊らしきものも雨粒に混じり激しく打ち付けてきているよう。やっぱり、ヤバイんじゃないか?こんな世紀末な事態、聞いたことないぞ?――いや、人生経験の浅い俺が言うのは、間違いか。
「はあ……」
嘆かわしい出来事に遭遇し、思わず溜息が出る。ふとした拍子に、身体のどこかに穴が空く感覚がじわりと来た。立て続けに、意識がぼやけていく。
(ここで死ねるなら、いいじゃないか……自分で殺すよりさ、きっと)
不意に、いやな言葉が、脳内に現れる。
――ふざけるな。もう、そんなわけには、いかないんだ――
この期に及んで未だ“アレ”を拭い切れていない「自分」がいた事実、これが、例えるなら、矢となり自身の心(臓)を貫き、抉り、血が流れ出てゆくのを目にし、漸くして、何が起きたのかを知る。だが、ここで死を迎えるという千載一遇の僥倖と捉えようとする「自分」に対し、どこまでも抗い、立ち向かおうとする「自分」がいた事に、何故か疑念を抱かない「自分」がいた。
それは決して、場の雰囲気で茶化し、誤魔化そうという衝動では生まれない、確固たる信念が芽生える為の、土ならしの開幕……とでも見なせば良いのだろう、か。的を射ているかはともかく。
(滑稽だな)
突如として生じた一連の流動する心情に、戸惑うも、平常心を呼び戻す。その平常が、平常である確証は見つからないまま。その確証に関しても、また然りとなるのだろうか。だが心につぶやいたその言葉は、ただ醜いものだった。
「……はあ」
二度目の溜息。特別な意味は無いものとしたい。気を取り直して、シートを座り直す。状況が状況なだけに、変なことも考えてしまうんだろうな。