ヒトミミウマ息子がゆくウマ娘プリティーダービー 作:コウハクまんじゅう
お待たせしました!
聖蹄祭編はこれにて終了となります。道中、聖蹄祭でここぞとばかりにばら撒いたフラグを回収しつつまたのんびりと源治とウマ娘達の日常を投稿していく予定です。
最近、自分を含めて周りが体調を崩し気味なので皆様もどうか体調にはくれぐれも気を付けて!では、どうぞ!
日が暮れ始め、あともう少しすれば辺りは完全に闇に包まれるだろう。トレセン学園はすっかり人もいなくなり昼間のお祭り騒ぎが嘘のように静まり返っており、祭りの後片付けをする生徒がちらほらといる程度になった。そんな閑散としたトレセン学園の一角では、異様な緊張感が満ちていた。
「随分と久し振りだな。元気にしてたか?」
「え、えぇ……体調を崩していたら、あなたに会えないから……」
「そいつは嬉しいな」
と、当たり障りのない話をしながらこの後の動きを考える。このまま何事もなく世間話だけで終わると一番平和なんだが…まぁ彼女のことだ。そう簡単にはいかないだろう。
「…もうアレは落ち着いてきたか?」
「いいえ。あの時よりも更に激しく昂っています……貴方を知ってしまったあの日から、ずっと。どれほど走ろうとも、この渇きが満たされることはなかった…」
言い終わるや否や両腕を抱きしめ、何かを堪らえるように震え始め地面にすわりこんでしまった。何事かと心配して駆け寄ろうとしたが、それよりも早く少女は顔を上げこちらを見上げた。
「ああ…ああっ!!この渇きを、飢えを…満たしてくれる人がッ!!ようやく私の前に来てくれた!!…ハ、ハハ…アハハハハ!!」
少女は笑う。ようやく自分の渇きが癒やされることに歓喜して。しかし、突然ハッとした表情になったかと思うと頬を紅潮させこちらから視線を外す。
「ッ…!!だ、ダメ…享楽に溺れて我を忘れるなんて…ふしだらなッ…!」
「……」
男は押し黙る。少女の狂気に当てられて。だが、その表情に恐怖の色は見えなかった。むしろ…
「……フフ」
口の端を吊り上げて歪に笑った。
ズボンのポケットに手を入れて何かを探るように動かす。手を出したときには、その手には髪ゴムが握られていた。それをそのまま頭の後ろに持ってくると髪を掻き集めて一纏めに結ぶ。それを少女はうっとりと眺めていた。
「あぁ…この空気…久しぶりに食らう、この覇気…」
恍惚とした表情を崩さず、源治を正面から捉えている少女。それに対しこちらも目線を逸らさず、正面から相対する源治。
「……やるか?」
「フフ、愚問ね。」
ようやく立ち上がり、スカートの裾を軽く払ったかと思うとこちらに静かに歩み寄ってくる。
「…楽しませてね、源治くん」
耳元で甘く妖艶な声色が響く。
「ああ…だが、その前に…」
少女の肩にぽんと手を置いた。
「ジャージに着替えて来るこった。」
「……あ」
たった今気づいたらしい。せっかく気持ちが昂っていたのに水をさされた少女は不満げな表情を浮かべながら校舎に戻っていった。その背中に〇〇河川敷で待ってる、と言い残して俺は一足先に向かうのだった。
「お待たせしました…」
「速すぎだろ」
咄嗟にそう言ってしまったが、そのくらい彼女は速かったのである。というのも、俺が河川敷について数分も経たないうちに彼女も来た。学園からこの河川敷までそうかからないとは言え、いくら何でも早過ぎである。
「ひ、久しぶりに貴方と走れると思ったら体が昂って…」
「まぁ、俺もお前と走れるのが楽しみだがな…その様子だともう走れそうだな。」
俺の言葉にこくりと頷くと2人はスタートラインに立った。
太陽を見るともう沈むまで秒読みと言ったところだろう。俺が脚に力を込めると呼応するように彼女も前のめりの体勢になった。
日が沈むまであと少し…3…2…1…
今、沈んだ。
「「ッ!!」」
日没を狼煙に、狂気のレースが始まった。
私は小さい頃から走るのが大好きだった。けどそれ以上に速い子とのレースが楽しくて仕方がなかった。だから、たくさんたくさん走った。しばらくしたらジュニアクラブにも入って色んな子と走った。けれど、走っているうちに皆私を避けるようになっていった。
「スティルちゃん、えっと…今日は併走に付き合ってくれてありがとうね。けど、その…そ、そう!私、明日からこの時間に来れなくなっちゃって…次からは他の子と走ってもらってもいいかな……?」
「わ、私も!明日から他の子と走ることになって……ごめんね。」
口実は多々あれど、私を避ける皆の目に一様にあるのは畏怖の念。
私は他の人よりも競争ウマ娘としての才能があったようで、周りとの力の差が徐々にハッキリとしていきそれに比例して私の周りからは友人が離れていった。元々、レースとなると激情が溢れ出してしまうのも相まって私はジュニアクラブ内で孤立していった。
「…………」
それから私は他の人と関わるのを避けるようになり、一人でいることのほうが多くなった。その時から私はワタシを抑えて良識的に、理性的に振る舞うようになっていった。全力で走れない、というのは思っていた以上に窮屈で苦しかった。このまま私は一生こうなのかな、そう思っていた時だった。彼と出会ったのは。
「おい、こんな所で何やってんだ?」
ターフの隅の方でうずくまっているとぶっきらぼうに声をかけられた。顔を上げると見知らぬ男の子が立っていた。
「え?えぇと……」
「なんだ、随分と窮屈で退屈そうな顔してるな。そんなに今の自分の状況が気に入らないのか?」
「ま、まぁ…はい。でもいいんです。私が良識的に、理性的に振る舞えばいいだけの話ですので……どうか私のことはお気になさらず……」
「……ところで、お前は走んないのか?」
辺りを見渡して言った。
私の周囲には彼を除いて誰もおらず、皆遠巻きに敬遠するばかりであった。
「…いや、走りたいけど一緒に走ってくれるやつがいない…てとこか。」
きゅ、と腕を強く握りしめる。
私だって皆と走りたい。でも、走ってしまうとワタシを抑えられず乱れてしまう……享楽に飲まれて乱れるなんてはしたないこと。だから…私は
こちらをちらりと見ると彼は少し考える素振りを見せた後に、とても奇妙で甘美な提案をしてきた。
「じゃあ、俺と走るか?」
「………え?」
とても変な人。それが彼の第一印象だった。
彼いわく、彼はフリースタイルレース場でこっそり走っているらしいが本当かどうか疑っていると、「見てもらったほうが早い」とまず彼が一人で走ってくれる事になった。彼の走っている時の詳しい描写は割愛するが、一言で言うなら「見る者を魅了する本能を曝け出した走り」だった。
彼の走りの前には、彼が人間であるというのは些末な事だった。その時から私が必死に抑えていたワタシが疼きだして仕方がなかった。どうしようもなく彼を食らってしまいたかった。
「……とまぁ、こんな感じだ。」
走り終えた彼は息を整えながらこちらに向かってきた。私はすっかり彼の走りに魅了されてしまい、彼から目を離せずにいた。
「さて、どうする?」
彼はあくまでも私にどうするか決めさせてくれるらしい。それに対して私は思わず「貴方とレースをしたい」と口走りそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。何かを言おうとして口を噤んだ私を彼は不思議そうに見ている。
「…っ!……できません。私はレースになると我を忘れてしまい……」
「…
「っ…」
罪な人だ。私が本当はどうしたいかを気づきつつも、私の口から本心を引き摺り出したいらしい。
走りたいという思いと、走っている時に我を忘れるのを見られるのは…と板挟みになってどうしたものかと頭を悩ませていると、ふいに囁く声が聞こえてきた。「…彼が最初に誘ってきたのだから、彼に責任取ってもらえばいい。それに、もう抑えていられないでしょう?」と。……私はその声に従うことにした。
「……私、走ると乱れてしまいます。」
「乱れないやつなんていない」
「で、でも」
「そんだけ走ることに情熱的になれるんなら、俺はそれでいいと思う。」
その言葉を聞いて私は彼と併走する事を決めたのだった。
これが彼との出会い。この日をきっかけに私は唯一彼にだけ自分のありのままを曝け出してレースをする事ができた。包み隠さず本能を剥き出しにして走る事はこの世の何よりも楽しく充実していて…気持ちよかった。
「はあ…はあ…ハハッ、なんだ。うじうじしてるだけかと思ったら…お前、かなりやるな。」
「え、ええ…」
ワタシを見ても尚、彼は私を避ける素振りを見せずむしろ認めてくれた。それが全力で走れたことよりもうれしかった。走り終えて息を整えている彼におずおずと近づいた。
「あ、あの……名前は…?」
私の言葉に彼はなんてことない、と言った様子で言い放った。
「源治。お前は?」
「私は…」
腕を後ろで組み、足を交差させ、刻みこむように自身の名を彼に囁いた。
「スティルインラブ、と言います。」
体が風を切る音が耳に心地良い。前へ、もっと前へと体が自然に進んでいく。ふと、先行している彼の背中をしばらく見つめると、そのすぐ後ろにピタリと付いた。
(少し……余裕を持たせて走らせてもらいます。最後の直線で貴方を食らうために……)
彼はそれをちらりと一瞥すると、また前を向いて走り出したが僅かに笑ったような気配がした。
(ああ、これだ……この、何をいつ仕掛けてくるのか分らない、何を考えているかまるで掴めないこの不気味な感じ…)
もちろん、ウマ娘とのレースに置いても互いに仕掛けどころの駆け引きをするという点では変わらないが、彼はフリースタイルレースで叩き上げた独特の感性を持っている。そのためどんな事を仕掛けてくるのか分からず不気味なのである。
「うん…?」
走っている最中にとある事に気づいた。彼のペースが私と走っていた頃よりも速いのである。しかしそれで彼の息が乱れているような様子は微塵もなく、むしろまだまだ余力を残しているように見える。
「ふふ…」
彼の成長に嬉しくなり思わず笑みがこぼれる。そして胸の内に彼への大いなる期待の炎が灯った。あの時から幾度か共に走ったけれど、彼は
レースは早くも終盤に差し掛かり、もうすぐ最終コーナーに突入寸前という所だった。
「ッ!!」
ズン
「ッ!……フフッ」
彼の背中がグン、と遠ざかる。やはりあの頃よりも速くなっている。
「…ハハ、アハハハッ!源治くん…やはり貴方はいつも私を楽しませてくれるッ!ワタシの渇きを癒せるのは…やはり貴方だけ…ッ!!」
言いながら加速しつつ、絶妙なコーナーワークで前を走る彼の背中を捉えて離さない。
「…!?」
一瞬こちらを振り返った彼の顔は驚愕の色に染まっていた。恐らくはこのコーナーで突き放すつもりだったのだろう。確かに、あの頃よりも精度の高いコーナーワークでスピードも遥かに速い。しかし…
「成長したのは貴方だけではありませんよ」
間もなくコーナーを終え、最後の直線に突入する。
いち早く立ち上がり驚異的な末脚で加速する源治だが、その後ろからゾッとするほど狂気的な笑みを浮かべたスティルインラブが猛追してくる。
差は約4バ身と言ったところだがスティルインラブが猛烈な追い上げで差を詰めてきており、並ぶのは時間の問題となっていた。
「ッラァア!!」
「ッアハハ!!」
気合で伸び、何とか突き放そうとする源治に対してあざ笑うかの如く無慈悲に速度を上げグッと距離を縮めるスティルインラブ。苦悶の表情で必死に脚を動かす源治に対して、まだ余力を残した笑みを浮かべるスティルインラブの両者を見れば、最早結果は目に見えていた。
「…くっ…」
スタミナに限界が来たのか、ついに源治の速度が落ち始めた。その隙を見逃さず一気にスパートを掛け源治の目の前に躍り出た。
決まった。─そう思った時だった。
……ズズ
「!?」
突然、尋常でないプレッシャーが背後から飛んできた。それと同時に脚の動きが鈍くなった気がした。
「なっ、何…」
ズン
刹那、大地を踏み込む轟音が響き渡り自身のすぐ後ろから脚を回転させる音が聞こえてきた。
「なっ…なんで」
勝手に終わらせんな。
背後に付いた彼がそう呟いたような気がした。
「……ァハハ!」
ああ、源治くん……貴方という人は…本当にッ!
ズン
こちらも加速し、突き放そうとするがそれに負けじと向こうも加速し、ついに彼が隣に並んだ。
そのまま2人でもつれ合いながら今、ゴールを駆け抜けた。
「はぁ……はぁ……はぁ…ど、どうだ…?」
「はぁ…ふぅ…多分、ほぼ同時…だったかと」
すっかり日が沈みきった河川敷は夜の闇に包まれていた。周囲の家々や街灯から漏れ出た僅かな光が私達を照らしており、そのおかげでかろうじて互いの姿が確認できる程度だった。
結果を聞いた彼は脱力してしまい、地面に仰向けに倒れ込んだ。慌てて彼の側に行くと、寝息を立てて眠りについてしまっていた。
「あら……ふふふ。可愛い寝顔…」
「……ねぇ源治くん、知っていますか?私の名前の意味…」
子どものように静かに眠っている彼の頬に手を添え、愛おしそうに撫でる。
ああ、彼が寝ていてくれてよかった。起きているときの彼にコレは言えないだろうから。
「……」
誰にも聞こえないその呟きは夜の闇の中に静かに溶け込んでいった。
スティルインラブって、「今でも愛しています」みたいな意味なんすね(すっとぼけ)。
キャラストで「才能と溢れ出る激情のせいでジュニアクラブの子から敬遠されていた」と見た瞬間から「あっ、これ使えるやん」って思ってました。
自分のすべてを曝け出して走るのはさぞかし気持ちよかろう。源治くんは責任持って彼女の事を受け止めるべきであります。(断定)