ヒトミミウマ息子がゆくウマ娘プリティーダービー 作:コウハクまんじゅう
長らくお待たせしました!
この作品を読み、応援してくださっている皆様に感謝しこれからも頑張っていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。ちょっと忙しくなるので、投稿頻度また落ちます。
ミスターシービーとの出会いから翌日。俺はいつもの河川敷ではなく家にいた。そして、またもや面妖な状況に陥っていたのである。
部屋の中に、パチリ、パチリと独特な音が一定の間隔で鳴っている。ときおり一段高い音を挟み、金属の部品がこすれ合う耳障りな雑音を伴いながらそれは続く。
「………」
口は真一文字に結ばれ、灰色がかった瞳は手元にくぎ付けになっていた。手は遠慮がちに、壊れ物を扱うように大切に添えられていた。
「………」
俺はされるがままの状態の右手と、一心不乱に俺の爪を切っているオグリの顔を交互に見ながら、未だに状況の理解が追いついていない頭を働かせて経緯を思い出していた。
事の発端は、俺が河川敷でぼんやりと寝転んでいた時だった。
「ん?」
ふいに右手の薬指の爪に何かが引っかかるような違和感があった。気になって見てみると、欠けた爪がささくれ立っており、そこに草が挟まっていた。
鬱陶しく思いながら、つまんで一気に引き剥がした。幸い、綺麗に剥がれておりヤスリで少し擦れば滑らかになるだろう。
「うし。」
目障りなささくれを処理したことで小さな満足感を得ていると、突然横から手が伸びて俺の右手を掴んだ。色白で滑らかなこの手は…
「どうした、オグリ?」
「……」
オグリはそのまま俺の手をじっと見つめていたかと思うと、今度は左手も取ってまじまじと見始めた。何をそんなに見ているのか気になって訊ねようとした所、手から目を離さずに呟いた。
「源治。こういうのはちゃんと切ったほうがいい。あと、両手ともちょっと長い」
「え?」
それからは早かった。俺が「爪を切るのは苦手だ」と言ったばっかりに「じゃあ私が切る」と言ってはばからなかった。
この日はたまたま誰も来ていなかったのが災いして止める者がおらず、結局押し切られてしまった。
最初はトレセン学園の保健室に連れて行かれそうになったが、流石に部外者が入るわけには行かず俺の家に行くことになったのだ。
同学年の女の子を家に上げたことなどなかった俺は大いに焦った。
別に、足の踏み場のないほどゴミが散乱してゴキブリやネズミが跋扈している地獄絵図と言うわけではない。むしろある程度片付いている方…だと思う。
それでも部屋に女の子を上げるというのは緊張するものだ。
俺は緊張を誤魔化すために、足を捻ったことも忘れてランニングをしながら家へと向かった。
緊張でフォームや呼吸がめちゃくちゃだったが、そんなもの気にしている余裕はなかった。
それから十分掛からない内に家に着いた。
幸運と言うべきか、この日は親が仕事で家にはいなかった。
「まぁ、ゆっくりしてって」
「お邪魔します」
遠慮がちに玄関に入り、家へと上がった。そのままリビングまで通すと爪切りを引っ張り出した。
「じゃ、じゃあ…頼んだ」
こくり、と無言で頷くとおもむろに床に正座になった。
突然の事で困惑していると、自分の目の前の床を軽く叩き「座って」と促された。
それに従い、オグリの目の前に座り向かい合う形になった。
そして、冒頭へと戻る。
(なんで俺同学年の女子に爪切ってもらってるんだろ…)
綺麗に整っていく自分の爪を見ながらそう思う。そして、問題はそれだけでは終わらなかった。
(オグリの顔が近い!んで、普段まじまじと見たことなかったけど、顔めっちゃ綺麗なんだよな…)
キリリと整った顔、それに加えて女子特有の甘い匂いが鼻腔に広がる。ウマ娘の身体能力を色濃く受け継いだ俺にとって、それは致命傷にもなりかねない劇薬であった。
前に死ぬほどスイーツを食って俺の財政難に拍車をかけ、更には走っている時の怪物のような覇気を浴びて忘れていたが、オグリも年頃の女の子なのだ。
そして俺もまた年頃の男だ。普段は競り合いで気にする余裕が無かったが、そもそも河川敷に集まってくるのはトップアスリートのウマ娘と言えど、みんな年頃の女の子なのだ。意識しないわけがない。
ただ、走っている時は走ること以外考えられなくなるだけで…
とりあえず、その気まずさを紛らわすためにずっと手元のみを目ていたが、突然オグリが小さく声を上げた。
「…ん」
どうかしたのかと顔を見ると、こちらを真っ直ぐ見据えたオグリがこちらに手を差し出していた。
「…?」
「次、左手」
「あ、あぁ…」
言われるがままに左手を差し出すと、また無言で爪を切り始めた。またもや爪を切る無機質な音が響き渡る空間に戻った。
(暇だなぁ…)
内心、そろそろ飽きが来ていた。元来、じっとしているのはそもそも俺の性に合わないのだ。
それ故に、俺はふと視線を手元からオグリの顔へと上げた。その時ちょうど向こうと目があってしまい、やってから「しまった」と小さく後悔をした。
(うわぁ、気まずいなぁ…)
「……ッ!?」
「…?」
しかし、何やら様子がおかしい。僅かに目を見開いてこちらを凝視しており、耳と尻尾も弓を引き絞ったかのように張っている。
「どうした、オグリ?」
「ッ!?い、いや…なんでも、ない…」
バッと効果音が出そうな勢いで目線を手元に戻し、爪切りに専念するオグリ。もしかして向こうも目があって気まずくなってしまったのだろうかと思い不安に思うが、口には出せない。
しかし、そう思わせるには十分な変化が向こうにあった。まず、俺の手を掴む力が強くなった。
次いで、顔が俯いたままで何やら俺と視線を合わせるのを避けているような様子だった。もちろん、爪を切るからには視線は下に向くのだが、それにしてはやけに俺の方を見ようとしない。
…ほんのり顔が赤いのは気のせいだろうか?
色々と思案していると、俺の左手からスッとオグリの手が離れていった。
「…うん、終わった」
「おお、さんきゅー…あれ?随分と早ぇーな」
驚きから、思わず口に出してしまった。
さっきはゆっくりと時間を掛けていたのに、突然どうしたと言うのだろうか。やはりさっきの事が気に障ったのだろうか。そう考えながら俺は左手を見て唖然とした。
先程丁寧に時間を掛けて切っていた右手と、時間を掛けずに素早く切った左手の爪の長さと綺麗さが全くと言っていいほどおなじだったのだ。
呆然と綺麗に整った両手の爪を眺めていると、流れる動作でティッシュの上に切った爪をハラハラと落とし、包んでゴミ箱へと捨てたオグリが小さく口を開いた。
「げ、源治。」
「うん?どうした?」
「とりあえず、今日は帰る。じゃあ、また」
「お、おう」
有無を言わさない凄みを感じ、引き留める間もなくさっさと帰ってしまった。
「……すんごいプレッシャー…ありゃレース中の時の
やっちまった。今さらながら後悔した。後で弁明しようと思うのであった。
そういえば茶やお菓子も出せなくて申し訳なかったと思いつつも、アイツなら─やらないと信じたいが─茶や菓子どころか家の食料全部平らげるだろうなと思い、内心身震いするのであった。
「あーあ、暇だ…さっさと走りたいもんだぜ。…頑張ってオグリ引き留めて遊べばよかったかな…」
惜しいことをした、と言いながら床にゴロンと寝転がり、スマホをいじるのであった。
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レースをしているみたいに、心臓が忙しなく動いているのがよく解る。
頬がこの間食べたイカ焼きのように熱くなっているのは触らずとも解る。
「うぅ…一体私は、どうしたんだろう…」
この状態になってしまったのは、源治の爪を切っている時だった。
最初は爪を綺麗に切ることに集中していて気づかなかったが、安心する心地の良い匂いが鼻を包んでいることに途中で気がついた。
何だろう、と目を動かして匂いの根源を辿っていくと、それは目の前にいる彼から来ている事が分かった。
(………!?)
同い年の男の子の匂いをかいだ事と、その匂いに安心感を覚えたことに対して強烈な羞恥心が芽生え、混乱している時に、ちょうど彼と目があってしまった。
『どうした、オグリ?』
『ッ!?い、いや…なんでも、ない…』
そこからはもう彼の顔をまともに見れなくなっていた。頬を越えて耳まで瞬く間に熱がじんわりと広がっていき、ぷしゅうと音を立ててのぼせてしまった。
「……ッ!」
その時の羞恥心がぶり返し、耳と尻尾がピンと張った。
「ああああ…」
また頬が熱を帯びてく。
心にまとわりつく物を振り払うように一目散に走り出した。体のすぐ横を通り過ぎていく風が心地よい。あっという間に羞恥心をさらっていってくれる気がした。
そのまま、体の赴くままにしばらく夢中で走っていた。
しばらくして、頭の中から走ることの楽しさ以外のすべてが消え去った後ゆっくりと歩いて息を整えていた。
「……ここは…どこだろう」
脇目も振らずに走り続けていたら、いつの間にか知らない場所まで来てしまったようだ。
困った。帰り道が分からない。今自分がどこにいるかも分からない。
途方に暮れていると、どこからともなくぐぎゅうう…と淋しげな音が鳴り響いた。その音が鳴り響くのと同時に、強烈な空腹感に襲われた。
空腹、見知らぬ場所での閉塞感、それから来る心細さは彼女を不安にさせるには充分すぎた。腹の底から込み上げてくるモノが目に染み渡り、頬を伝っていく。
「……ぐす…」
この後、連絡を受けたタマモクロスと源治が探し回り、無事保護された。
そういえばオグリのお母さんは出てきたけど、お父さんは出てきてませんよね
あと今回の話は、ロード画面の豆知識で見たときから構想してました。