ヒトミミウマ息子がゆくウマ娘プリティーダービー 作:コウハクまんじゅう
今年ももう終わりですね…
この小説も年内に完結させるつもりです。
「じゃあ、いってらっしゃい。もし脚が変だと思ったらすぐに止まって助けを呼ぶのよ。絶対に無理して動かないこと。走り終わった後も、どこかおかしいところは無いかよく確認して…」
「はいはい、わかってるって。おんなじこと小さい時から何回も聞いてる。俺は絶対に無理はしないって。」
「ええ、わかってる…わかってるわ、あなたなら大丈夫だって。でも、もしものことを考えるとどうしても、ね。」
「うん、ありがとう。行ってきます。」
まさしく、後ろ髪を引かれるようなという表現がぴったりなほど名残惜しそうに、姉貴は何度もこちらを振り返りながら仕事に戻っていった。
「いやぁ、にしてもびっくりしたぜ。源治がたづなさんの弟だったなんてな。」
「…最後まで、源治さんの様子を気にかけていましたね。あんなたづなさんは、初めてかもしれません…」
「そうだね…あんなにも源治さんの事を気にかけていて、良いお姉さんですね」
身内が褒められる事にどこかこそばゆさを覚えて頬をぽりぽりとひっかいていると、スタッフが招集をかける声が再び響き渡った。
「あ、そうだった!リレーのこと忘れてた!」
「…急ぎましょう。」
「ああ、そうすっか。気張れよ、ダンツ、カフェ、源治!」
その言葉をきっかけに、各持ち場へと一斉に散っていった。
俺の持ち場は第5区間。チームメンバーは俺を含めたファン3人、ウマ娘3人の計6人である。そのため俺は、アンカーへとバトンを渡す重要な役回りを受け持ったわけだ。
うちのチームの走者順は、『ファン→カフェ→ファン→ダンツ→俺→ポッケ』となる。
ファン1人が担当する距離はおおよそ2~300m前後とのことで、俺は最長の300mを担当することになった。2000~2200以上の中距離を主戦場とする俺からすれば遊戯もいいとこではあるが、やるからには手を抜くつもりはない。
(いくら超短距離とは言っても、アホみたいに飛ばしたら注目を集めるだろうからフード被っとくか。)
目がちょうど隠れるようにフードを被り、ズレないように紐で縛って固定する。これで周りの客には「なんかスカしたヤツがいる」程度の認識で止まり、顔を覚えられる事はないだろう。
『─出走者が揃いましたので、ただいまよりトレセン学園内リレーを始めます』
放送用のスピーカーからスタッフらしき声が響き渡り、一拍遅れて乾いた発砲音と共に観客の歓声が聞こえてきた。第5区間の出番はまだまだ先なので、観客に交じってファンの健闘ぶりを眺めることにした。人が比較的少ない場所に移動し、無人のフェンスにもたれかかる。
「…ハナはCチーム、後ろに他チームが団子になって追走って感じか。Aチームのやつは前を塞がれてるのと、単純にスピードが足りないな。」
驚異的な身体能力を持つウマ娘とは違い、人間の場合は一度前に出られると追い抜くのはなかなか難しい。だからこそ後方からの一気にごぼう抜き、なんてのが華々しく映るのだろう。
「呼んだ?」
「…呼んでない」
噂をしていないがなんとやら。俺の隣にはいつの間にか、いつぞやに出会ったミスターシービーがいた。追い込みの話をしてしまったのがいけないのだろうか?
「源治もリレー出るの?」
「まぁな。ほんとは2000そこらで走りたかったんだけどな…流石にそんな無理は通らねぇとよ。」
「へぇ~、源治が走るならアタシも走ってみようかな」
「ああ?出走登録は?」
「してないよ?今決めた。」
あっけらかんと言い放つその瞳には一点の曇りなし。俺は呆れたと言わんばかりにため息をついてみせる。
「登録してないやつが勝手に入ってくんのはルール違反だぞ」
「ルール違反?へぇ〜、源治って意外と真面目というか、律儀なんだね」
「当たり前だろ、俺を何だと思ってんだ」
「んー、じゃあこうしよう。アタシはただ源治の隣を勝手に走るだけ。リレーのコースの外でね。どう?リレーに不正参加してないし、ルール破ってないでしょ?」
俺は頭を抱えた。ノータイムでこんな事言えるんだから、こいつはすごい。しかも諦めるつもりがさらさらない、という声色だ。
「……好きにしろ」
「やけにあっさり引き下がるね」
「お前、諦めるつもりないだろ」
「あ、バレた?」
悪びれる様子もなく、ニコリと笑ってみせるシービー。
こいつと話していると振り回されるので調子が狂う。軽く睨んでみるもそんな事はどこ吹く風。相手をするだけ疲れるので、とりあえずシービーの好きにさせることにした。
「源治はいつ走るの?」
「第5区間。だからもうちょっと先だ。」
「そう。それじゃ、走るときになったらまた来るよ。アタシはその辺にいるから」
ばいばい、と手を振ってシービーはどこかへと軽やかに駆けていった。リレーへ目を戻してみると、いつの間にやら第一走者から第二走者へとバトンが渡っており、カフェが颯爽と駆けていく後ろ姿が遠目に見えた。オトモダチは相変わらず彼女の前を走っているようだ。
「……嵐だった」
■□■
そんなこんなで時は進んで、バトンがダンツへ渡されるところまで来た。この次がいよいよ俺の出番だ。
自販機で買った冷たいココアの空き缶を丸めてゴミ箱へと投げ込んだ。投げ込んだ方の手と、もう片方の手を合わせてそのまま上へと上げて大きく伸びをする。
脚の状態を確かめるように一歩一歩踏み込みながらスタートラインへと向かうと、そこにはスタートに向けて腿上げやらストレッチやらに励んでおり、気合十分といった面持ちのファン達が佇んでいた。
(みんないい目してるぜ)
ギラついた熱気から逃れるように、深くかぶったフードの紐をキツく縛り直した。これならちょっとやそっとの衝撃ではほどけないだろう。
「フー…」
呼吸を深めて集中していると、なにやら周囲の視線が集まってきているのを感じた。耳を立ててみると、このような事を言っていた。
「─なぁ、あの男の子大丈夫か?」
「本当にあの服装で走る気か?」
「私服で走って勝てるほど、このリレーに出走している選手たちは甘くないぞ」
などと、ざわざわ聞こえてくる。
走りやすさを考慮した服装をしている者が大半の中に、パーカーにズボンとお気楽な服装で来ていれば無理もないか。
スタッフやポッケ達からは学園が用意した運動服を勧められたが、これ以上不特定多数に覚えられる事は避けたいので顔を伏せられるこの恰好でと断った。
「お、来たぞ!」
誰かが鋭く叫んだ。
振り返ってみると、我先へと前に出ようとするウマ娘達が猛烈な勢いで走ってくるのが見えた。
ぐるりと首を捻り、最後につま先を地面へ数度打ち付けた後に臨戦態勢を取った。見ると外にはいつの間にか戻っていたシービーが同じく構えていた。
『300しかないのに、よく来たもんだ』
『じゃあスピード勝負でもする?』
お互い目でそう交わすと、シービーは前を、俺はバトンを受け取るべく後ろを向いた。それと同時に、ウマ娘達が一斉に飛び込んできた。その間を縫ってダンツも姿を現し、俺のところへと一直線に走ってきた。
「お願いします!」
パシ、と乾いた音を立てて手にバトンが収まる。しっかりとバトンを受け取った俺は軽く頷くと、すかさず前を見据えて脚を出した。
ズン
地面を力の限り踏み込み、踏み割らんとする勢いでスタートを切った。
福男よろしく団子のようにもみくちゃになって走っている集団の中を、空を舞う鴉のように走り抜け、瞬く間に先頭へと踊り出た。横を見てみると、シービーが楽しそうに笑いながら走っているのが見えた。
ふと後ろに気配を感じて振り返ってみると、そこにはピッタリと張り付いて追走してくるスティルがいた。その手にバトンは無く、リレーそっちのけで俺と走りに来ただけのようだ。すでに後方とは大差が開いているので、後ろの心配はする必要はないだろう。
「ッ!!」
300mという刹那の距離をより疾く駆け抜けるために、更に脚を前へ前へと運んでゆく。
「アㇵハッ」
「ふっ…!」
横ではシービーが、後ろからはスティルが猛烈な勢いで追い込みをかけてくる。両者にジリジリと迫られる中、ゴールラインに立つポッケの姿が見えた。
「源治ー!気張れよー!!」
「ッ!!」
ズン
ポッケの激励に全身全霊の踏み込みで応えると、爆発するような勢いで再び加速し突き放した。
「アハははハハっ!!」
「ヒュー、やるぅ〜」
俺の動きに呼応して、スティルとシービーもさらに速度を上げてきた。見る間に距離が縮まっていくが、追いつかれる前になんとかゴールへと滑り込んだ。
「ポッケェ!頼んだぞ!!」
差し伸ばされた手のひらに叩きつけるようにしてバトンを託す。バトンを託されたポッケは不敵に笑ってみせると、そのまま素晴らしい爆発力で駆け出していった。
役目を終えた俺は息を整えながらコース外へと出ると、名残惜しそうな様子でシービーが近づいてきた。
「あーあ、終わっちゃった。ねぇ、もう一回走らない?今度はちゃんとしたコースと距離で。」
「ああ、あとでな」
放っておくと本当に第二回戦をやることになってしまうので、軽くあしらう。
そうしてシービーをあしらっていると、控えめに声をかけてくる声が耳に入ってきた。
「スティル?」
「!…あなたは、いつもすぐに気づいてくれるのですね。」
感慨深そうに、噛み締める様に、胸に手を当てて独り言のように呟いていた。
彼女の変化に気付くのは容易だった。リレー前に、まるで飢えた猛獣のように殺気を放っていた時とは違い今は淑やかないつもの彼女だ。
「どうかしたのか?」
「いえ…」
逡巡するかのように二、三度視線をさ迷わせたが意を決したように眉を絞って口を開いた。
「私、引退しようと思います。」
「え?」
引退、という言葉が何を指すのかはすぐに理解できた。彼女は俺に「自分はトゥインクルシリーズを退く」と宣言したのだ。しかし突然どうしたというのだろう。
さきほどいた彼女のトレーナーに言うのならまだしも、俺に言ったところで何もならないはずだが…そう訝しんだのが顔に出ていたのか、すがすがしさすら感じさせる表情で語りだした。
「実は迷っていたんです、このまま走り続けるべきか否か。」
その後、彼女はかいつまんで身の上を話した。
曰く、彼女が走ることによって、彼女の大切なトレーナーの体を蝕み、彼女自身をも蝕んでいると。そのため、このまま走り続ければ2人一緒に破滅してしまうかの瀬戸際だったと。そこへ俺が彼女をレースで打ち負かしたことで目が覚めたようで、引退を望むに至ったという。
正直、カフェのオトモダチ以上に超常現象が絡んだ話だったので流石に最初は半信半疑ではあったが、レース前の彼女の尋常ならざる様子と彼女のトレーナーの目が紅かったことを思い出しギリギリ納得できた。
「こんなことを言っても困らせてしまうとは思ったのですが、やはりあなたにはすべてを告げるべきだと思い…」
「なんかよく分かんねぇけど、いろいろ大変なんだな。重い決断もさせちまったみたいだが…」
俺の言葉に小さく首を振ると、「あなたがいたからこそ、この決断ができたのです。あなたのお陰なのです。」と頑なに譲らなかった。
「んで、だ。引退した後はどうすんだ。」
「…しばらくは、学園に残ります。以前トレーナーさんが『チームを立ち上げてみるのも悪くないかもしれない』と仰っていたので、サブトレーナーのような立ち位置でお傍にいようと思います。」
「そんなことできるのか…あ。」
「…?どうかしましたか?」
「いや、俺、将来やりたいことが今決まってさ。」
「まぁ…良ければ、お聞かせくださいな。」
小さく微笑みながら言葉を待つスティルに、俺は小さく笑って。
「俺──」
俺の言葉を聞いたスティルは驚いたように目を丸めたかと思うと、また小さく笑った。
「楽しみですね。」
「ああ。まぁ、いろいろ大変だって聞くけどよ、いいなって思ったからな。」
そうして2人で笑いあっていると、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返ってみると、走り終えたポッケ達が俺を探していた。一方のスティルも、彼女のトレーナーが呼んでいるようだった。
「じゃあ、またな。」
「はい。最後にいい夢をありがとうございました。何かあれば、ご連絡ください。力になります。」
その会話を最後に、俺達は互いの待ち人へと戻っていった。
走るだけで運命を変える男。
裏設定として、ウマ息子は特異点的存在であり、ある種バグのような存在という物がありまして。ウマ娘世界のトレーナーのように、もしくはそれ以上に運命に関わる・運命を変える力がある…のかもしれない。