鉄鍬形は浅葱蝶の夢を見るか【ぐだぐだ超五稜郭】 作:AIRUNo(旧AIRU)
原作:Fate/
タグ:Fate/GrandOrder FGO 服部武雄(Fate) 伊藤甲子太郎(Fate) ぐだぐだ 新撰組
Fateやぐだぐだイベントの知識がなくとも分かるよう書いたつもりではあります。
慶応2年。
倒幕か佐幕かで揺れる日本。
江戸は徳川家茂公が身罷られ、北では五稜郭が完成した頃。
京都嵐山を遠望とし、日が差す西本願寺の庭に、大きな影が一つあった。
京を歩く武士の姿は数あれど、全身に甲冑を身につけた志士というのは珍しい。
筋骨隆々の上に楔帷子を纏い、目元以外は口もまでずっかり覆う兜は、黒鉄の巨牛にすら見える。
新撰組の庭に整えられた稽古場にて、同じ隊士たちも師範の仰々しい甲冑姿に唾を飲み込んだ。
そうして両腕に檜の木刀を二本構えた。
一つ降るたびに砂が巻きあ上がる。
二つ降れば風切る音を立てながら遠くの木を揺らす。
型をこなす異様な巨体は荒ぶる呂布か、寝物語に聞いた宮本武蔵にすら迫るのではないかと隊士らに思わせた。
彼こそ服部三郎兵衛武雄。
生まれは播磨赤穂の、新撰組の剣術師範である。
彼らが昼休憩を取るなかでも、武雄は甲冑姿のまま鍛錬を続ける。
常人ならその鎧の重みだけで汗だくとなり倒れるものを、彼は淡々と行い、己の限界の一つ先まで振り切ると、無人の稽古場の中で息を吐いた。
「君ぃ、そんな格好をしても無駄だよ」
屋敷廊下の影から、耳慣れない男の声。
訛りも少ないが張りのある嘲笑に、武雄は最初幕府の来客だと思った。
武雄は顔をそちらに向けることもなく、淡々と答える。
「なぜそう思われますか?」
「結局日頃から武具を着込んでいたとしてもだよ、敵はお前の油断が解けたその瞬間を狙ってやってくるものだよ。加えて、君以外の誰も同じように警戒をしていない。なら、たった一人だけ鎧を着込んでも形勢が逆転するわけはなかろうよ」
野太い声が愉快そうに理屈を説く。
言い方こそ挑発的だが嘲笑ではない。武雄の真意に興味がある故の言葉だ。
彼は饒舌に弁論を捲し立てる。
「それに、だ。一対一の稽古ならいざ知らず、国のために相手を討ち取るという話であれば、正々堂々と戦う機会など少ない。源義経や弁慶がいくら強くとも、頼朝公の大軍を前に敗れたように、個の強さの限界など高(たか)が知れているのだ」
その調子の良い声色の中に、しかしながら真実も含まれている。
武雄はじっと耳を傾けつ。
「土佐や薩摩は人斬りと異名のつく暗殺者を京都にいくつも放っているし、新撰組にしろ池田屋の手柄は多勢による奇襲がよく効いたからこそ成し遂げたのだ」
「ですが例え勝てずとも、一人戦えるものがいるのといないのとでは、負け方が違います。大将や仲間の逃げる時間を稼ぐ殿(しんがり)が、この時代を変える志士の命を救うかもしれないのです」
「ほう……」
男の饒舌は、そこで止まった。
愉悦にも似た明るい声が、影を帯びる。
「自らの命を駒とするか……君のように律儀な人間が新撰組にもいたとは」
感心、と同時に憐れみのため息。
武雄は相手が誰かも分からぬ以上、その真意を見抜けない。
「私などより優れたものは、この新撰組に大勢いますよ」
「そうかもしれんな。だからこそ惜しい。かつてここにいた局長らだって、中々良い人間たちではあったよ。だが、結局は規律を破り手打ちとなった。それに今いる隊士も、幕府の忠義なく酒や女を好んでる輩が多いのは知っているだろう。あるいは内部の派閥争いの同士討ちばかりだ。君のいう、助けるべき価値のある隊士なんてものより、ここにはそういう輩のほうが多いんじゃないかね、えぇ?」
武雄は沈黙を貫く。
答えに詰まったわけではない。
新撰組の内部に不満を持つこと、それを自分に明かす由を探っている。
その正体を確かめるように、ゆっくりと振り向きかけ
「いや、君はそのままで結構。私はね、君に感心しているのだよ。尽忠報国の志士とは、君見たく生真面目な者がいくべきだ」
「お褒め頂くとは、とんでもない。私はただ……」
「だから忠告だ。新撰組と関わったなら、酒には気をつけたまえ。彼らはよく、それを最後の宴にさせたがるからね」
「……?」
その真意を聞こうと思った時、別の方向から足音がした。
「どうしたんだい、服部君。稽古の音が聞こえなくなったというのに、昼食(ひるげ)を中々取りにこないじゃないか」
「伊東さん……」
現れたのは、口に微笑を浮かべた吊り目の優男、伊藤甲子太郎。
武雄ら志士を誘い新撰組に入るや否や、美麗な相貌と所作、優れた武芸と弁舌により隊士らの心を掴み、近藤や土方らと並ぶほどの人望を得た男である。
武雄自身も伊東を心底慕っており、役職こそ対等ながら、実質甲子太郎の門下として振る舞っている。
「なんだい、庭でそっぽを向いてどうしたのかな?」
「いえ、今その廊下にどなたか」
武雄が先程まで声のした方を向くと、そこには誰の気配もなかった。
ただ、柳が風にさあさあと音を立てて揺れるのみ。
「う〜ん? 誰もいないようだけど。皆は向こうで飯の途中だし、来客の予定もないし」
「そんなはずは」
伊東は武雄の目を見て、その微笑をやめる。
そのままじっと廊下の影を眺めていたが、再び顔に笑みを戻した。
「まあまあ、まずは腹が減ったろう。上がってきな。もし誰かがいたなら、君以外の誰かが知ってるかもしれないし、確認も兼ねて、食事にしようじゃないか」
「はい……」
「それにしても柳の木の側で、誰かを見るとはね。案外幽霊だったりするかもな」
カラカラと笑いながら、伊東甲子太郎はくるりと身を翻して奥へと戻る。
突然の怪談噺に、身震いする武雄は声を上擦った。
「ご、ご冗談を! ……こんな白昼堂々、現れる幽霊などおりますでしょうか」
武雄も慌てて甲子太郎の跡を追う。
そしてまずは兜を外そうとしたとき、視界の先に揚羽蝶が1匹通り過ぎた。
◻︎◻︎◻︎
「それじゃあ行ってくるよ」
夕刻、東山の月真院。
「禁裏御陵衛士」と立て札の置かれた玄関。
甲子太郎は出掛けの言葉を残すと、提灯を片手に外へ向かおうとする。
武雄は礼をして送り出そうとしたが、やはり辛抱できずに声を上げた
「伊東先生、やはり御供をつけるべきでは! それに鎖帷子も……」
「服部君、大丈夫だって。単なる見廻りの打ち合わせだよ」
「しかし、相手は新撰組です」
「そうだ。でも、近藤君も、土方君も袂を分かったとはいえ、共に京の街を守れと御上
より命を賜った同士だ。警戒よりは、親睦を深めることが大事だよ」
(しかし……)
3日前、友であった坂本龍馬が暗殺された。
かつての坂本龍馬と同じ土佐藩士を、武雄は以前三条大橋で斬り合ったことがある。
しかし龍馬はそれを攻めるでもなく、代わりに思い描く国の行く末を話して聞かせた。
立場も思想も違えど、剣でなく、語らうことで開かれる道もあるのだと思った矢先のことであった。
彼を殺した首謀者は分からぬが、その一つと噂されているのが、今から甲子太郎の向かおうとする新撰組であった。
新撰組。
それは最早武雄の知るものとは別物の存在。
徳川慶喜公が大政奉還を果たして一月、新撰組の勢いは収まるどころか、近藤勇や試衛館時代の仲間を主軸に、他所から集まった者たちを徹底して従順な軍に落とし込もうとしていた。その思想は徹底した佐幕であった。
国が大きく動く中、求められるのは薩摩や長州の考えにも理解を示すことだ。
だというのに、勤王倒幕を頭ごなしに否定する組に見切りをつけた甲子太郎は、何人かの隊士を引き抜いて脱退し、代わりに御陵衛士という役職を賜った。
そう、伊東甲子太郎は新撰組と思想で別れた。
だから新撰組の敵を許さぬ思想が、将軍が職を辞し無血開城する中、極限にまで殺伐としていることを理解できない。
後世に汚名を残そうとも、敵も裏切りも許さぬというその狂気を。
(私では駄目だ)
武雄が論で説き伏せようにも、元塾頭でもあった甲子太郎の舌に叶うはずもない。
無理して引き留めるには身を張るほかないが、それこそ甲子太郎は無理しても近藤たちの元へいく姿を自らを慕う者たちに示そうとするだろう。
これこそが刃でなく言葉で平和を築く、正しき志士の姿なのだと。
(どうすれば……)
こうしている間にも、甲子太郎は行ってしまう。
武雄は自らを悔いた。
日々の鎧を着込んだ修練をしたところで、甲子太郎が死地に行こうというのに止めることもできない。
剣など鍛えたところで、結局人の心を動かす言葉を持ち合わせなければ、守るものも守れない。
武雄は情けなさに顔を歪ませながら顔を上げ、そして気づいた。
「伊東先生、蝶が舞い込んでおります」
「うん? ……おや、夕刻に鳳蝶とは珍しいな」
黄色斑の一翼は、くるくると甲子太郎の前を周り、そのまま武雄の頭にぴたりと止まった。
キョトンとする武雄に、甲子太郎は思わず吹き出した。
「ふっ、ははは! なんだい服部君、その顔は!?」
「は、はぁ?」
「ふふ、いやぁ君みたいな屈強な武人も、そんな顔をするんだね、は、はは!」
愉快そうに笑う甲子太郎を見て、武雄はハッとした。
この好機を逃してはならない。
武雄は立ち上がり、甲子太郎の手を取った。
「先生、お願いします。私も同行させて下さい!」
「いや服部君、だから僕1人で行くと……」
「先生が新撰組の彼らとなす話を、私は側で聞いていたのです! 国のために何を為すべきか、
私自身が考え道を開くために!!」
ピクリと、甲子太郎の眉が動く。
そして武雄の真剣な顔を見たが、相変わらず蝶が止まったままの姿に再び吹き出してしまう。
「あはは! はぁ……ああ、もう仕方ない。今回だけだよ。その蝶に免じてついてくるといい」
「はっ、よろしいのですか!?」
「いいよいいよお。彼らも久方ぶりに服部君の顔をみたいだろうし。それになんたって今の僕は、虫の居所が良いからねぇ。なんてね」
笑いすぎて涙を滲ませる甲子太郎に、武雄はただただ歓喜に震えた。
大きな時代の流れを変えたような、そんな気すらした。
「僕は、君の支度を待つべきかな」
「いいえ、既に準備はできております。参りましょう!」
武雄はそう言うと、立ち上がり、提灯を手に取る。
その服の内側には鎖帷子が日頃より仕込まれていた。
◻︎◻︎◻︎
夜半の油小路。
赤い上着を纏った甲子太郎と武雄は、提灯の灯りを頼りに真っ暗な道を歩く。
左右の店は殆ど戸締りがされ、昼間とは打って変わって静寂に包まれていた。
「先生……囲まれたようです」
「なんだって?」
甲子太郎は武雄の耳打ちに驚く。
近藤に勧められるがまま酌を飲み、万事良好な会合を終え、甲子太郎はそれまで上機嫌で鼻歌すら歌っていた。
武雄の持つ提灯が路地の奥に潜む幾人もの影を揺らす。
「……何者か」
そう問いを投げても答えは返ってこない。
しかしゆっくり現れた武士たちの格好には見覚えがあった。新撰組が夜襲に用いる黒い武装姿だ。
「まずいな、服部君。どうしたものか」
「いいえ先生、これは好調ですよ」
「……なんだって?」
「酔った先生1人で、この大勢から逃げるのは難しかったでしょう」
武雄は提灯を大きく掲げた。
甲子太郎が横を向くと、そこにいるのはあの稽古場で隊士たちを震え上がらせた、全身を甲冑で包む巨牛が如き剣士。
「しかし今は、虫の居所が良かった故、この服部武雄がおります」
甲子太郎はニタリと笑った。
愉快なものだ。大勢で襲撃されると冷や汗を流しかけたというのに、武雄の一言で、今やこの京洛一の剣豪に喧嘩を売る相手を哀れにすら思ってしまう。
「僕には過ぎたる部下だよ、服部君。それじゃあ任せてもいいかい」
武雄は腰に提灯を差すと、二頭の剣を抜いた。
「御意に。さあ、新撰組の皆さん、かかってきなさい!! この御陵衛士たる服部武雄がお相手いたします!!」
二刀流の剣士が吠えると同時に、左右から4、5人がゾロゾロと槍や剣を構えて突撃してくる。
片方をみればもう片方が死角となり、いくら剣豪無双といえど刃全てを避けきれない。
それが新撰組が京の浪士相手に培った集団戦法である。
しかし武雄にしてみれば、古巣の平隊士など雑兵にもならなかった。
なにしろその技を教え込んだのは武雄自身であり、集団戦の弱点も、対策も全て理解しきっている。
「ぬぅん!!」
隊士たちが次々に吹き飛び、あるいは地面に倒れ、血を流して倒れていく。
二つの刀はそれぞれが意思をもったように動き回り、武雄の巨体が隊士を藁のように軽々と吹き飛ばす。
傍から斬り込もうにも、隊士たちを上手く崩し他の隊士の壁となるよう立ち回られてしまい、切り込みができない。
今もまた、二刀の剣で相手の胴体を見事切り落とすと上半身を隊士の集団の頭上へ放り投げた。
舞い散る同士の無残な姿と、滴り落ちる血や臓物は、銭回りが良いからと入隊した新兵の顔を真っ青にさせる。
「服部は後回しだ、伊東を狙え! 酔いのせいで動きが鈍いぞ!」
指揮に言われた隊士たちは、武雄の後ろに佇む優男に目をつけ、そして
「──-誰が酔っているって?」
抜かれた甲子太郎の刀は、性格無比に相手の剣を弾き、そのまま鋭い袈裟斬りを喰らわせた。
──-それは服部の忠告であった。
グイグイと酒を御陵衛士の2人の勧める近藤に対し、服部はそれとなく断りを入れていた。
最初は付き合いで何杯か飲んだ甲子太郎であったが、近藤の勧め方の異様さを察し、途中からうまく飲んだふりをしていたのである。
油断なき甲子太郎は、神道無念流剣術と、北辰一刀流を収め道場主となった、尋常ならぬ剣術使い。
例え10人にかかってこられようと、器用に捌き全員を負かすことを余裕でやってのける技量があった。
「伊東先生、左の集団が手薄です。これから切り込み道を作ります!」
「ようし、行こう! さらばだ、奸賊ばらめ!」
「に、逃がすな! 追え!」
隊長の声が聞こえたが、先頭にいた隊士は既に戦意喪失していた。
数で優り、奇襲で優っていたはずが、被害が増えるばかりで勝てない。
その上襲われた側から愉快な笑い声が聞こえたともなれば、勝てるという心すら折られてしまった。
「お前たち、何をしている! その二人を今すぐ追うんだ!」
「もういい、こいつは駄目だ」
指揮官の肩を叩いたのは、右頬に傷のある二番隊の組長。
この夜に行われる襲撃の監督をしていたが、様子がおかしいと見に来た。
「見ろ、服部武雄は鎧姿だというのに脱兎が速さで逃げ去っている。あの斬り合いですら、あいつの気力を全く削れちゃいなかったんだ」
「ですがこれでは、新選組の面子が立ちません。近藤局長からも必ず仕留めよとのお達しが……」
「知らねえよ。これ以上無駄に隊士の命を散らしちゃあ、隊を預かる俺の名前にも傷がつく。大体、最初の計画である、近藤さんが一人で来た伊東を酔わせるという話自体が失敗したんだ。お咎めがあるなら、まずはそっちだろ」
気怠そうに、隊長は空を見た。
土方たちは、この計画を仕組むほどに堕ちてしまった。
普段から気に食わないと思っていた、同じく隊長である斎藤一はそれに異を唱えることなく従った。
裏切者、従わぬ者は排除しようとしながら、そのくせ、昔なじみの藤堂平助は助けるようにという、武士の誇りもなく、冷徹にもなり切れない、歪んだ暗殺計画。
男はその一本筋のないやり方が気に食わなかった。
(結局、計画に怒ってみせたのは俺だけか。その俺さえも、いつも怒鳴り散らすことなんてできやしなかった)
今回の暗殺が失敗したところで、どうせ密偵の斎藤一が情報を流し、また奇襲の機会を設けることだろう。
それでも今は、気乗りしない争いが一つ、静かに終わったことに男は嘆息した。
「…………」
永倉の吐いた息は白い。
夜は更け込み、逃げた二人の姿を覆い隠していく。
「ははは、やってみせたな服部君! どうやら追っ手も来ないみたいだぞ」
「油断なさらずに、先生!! まずは無事に月真院に帰り、皆に今夜のことを報告せねば」
「そうだね、新選組は僕らを裏切り下賤な真似をした。これは決して許せない。末代まで伝えるべき奸属である」
甲子太郎の笑いの消えた顔に、武雄はぞくりとする。
「でもね、服部君。それでも今は笑うべきところだよ。新選組からうまく逃げることの難しさ、ほかならぬ僕たちなら知っているだろう? それをやり遂げたんだよ、君のお陰でね」
「伊東先生……はい!」
そうだ、私は見事守り抜いたのだ。
武雄はその事実に胸を震わせた。
なぜだろう、まだ気が抜ける状況でなく、未だに闘いで噴き出た熱はその身から抜けきっていない。
それでも身を包むのは、まるで歴史を大きく変えたかのような達成感。
(やりました……私はやりとげたのだっ……!)
京都の暗夜行路を、武雄はどこまでも幸福に身を包みながらかけていった。
夜の道が、明るく照らされていくような錯覚すら覚えながら。
◻︎◻︎◻︎
「──―」
武雄は目を覚ました。
妙に身が重い。瞬きをすると、京の通りから、青空と郊外の林へと視界が移り変わっていく。
身を起こすと、全身から銀光沢の甲冑の軋む音がした。
「お目覚めかい」
声の方を向くと、白羽織にスーツを来た甲子太郎がいた。
「どうやら、武田が動きだしたみたいだ。寝起きで悪いけど、様子見をしてはもらえないかな」
(武田……武田観柳斎くんのことでしょうか?)
元・新選組五番隊の組長のことを思い出しながら、寝起きの頭を手で拭おうとすると、硬く刺々しい装甲の感触があった。
「あ……」
そして気づく。
そうだ思い出した。
これは今の私の姿。
サーヴァント、服部武雄という概念を借りて模った影法師の使い魔であり、その甲冑姿だ。
油小路で伊藤甲子太郎は死に、武雄は毛内有之助、藤堂平助ら御陵衛士の仲間と共に死んだ。
ここにいる武雄は、柳の影が作る亡霊にすぎない。
「夢……」
武雄は呟く。
人間でないサーヴァントは夢を見ない、それが彼をこの世に喚び出した聖杯より与えられた知識であった。
しかし今のはどう考えても夢だ。
もし違うとしたら、それは在りえたかもしれない別世界の記憶か。
(あれは夢だったのか)
やけに鮮明に覚えている。
夜の油小路、伊東の表情、誰かも分からぬ者からの忠告。そして……
「胡蝶の飛ぶ、新選組の庭……」
「昔、胡蝶を家紋にしていた新選組隊士がいたそうだね」
甲子太郎は服部の横にあった岩に腰掛ける。
「しかし彼は局長でありながら、土方君や沖田君に寝込みを襲われて討たれてしまった。確か芹沢鴨だったか。僕たちが入隊する以前の話だけどね」
「伊東先生……」
「服部君はどう思う? 今の僕たちはサーヴァント、死後に見る胡蝶の夢みたいな存在だ。ここで何かを成しても、それは幕末に生きた僕たちとは同一ながら別の存在。それでも、何かを成す意味はあると思うかい?」
武雄は目を閉じる。
先ほどまで見ていた光景の中へ、戻ることはできない。
この人理に刻まれた歴史では、自分たちはあの油小路の中で闇討ちに合い、健闘し、死んだことになっている。
それが正しいのだろう。だけれども、目覚めたばかりの武雄には、もしもという考えが頭にこびりついて離れなかった。
聖杯は、万物の望みを叶えるという。
もしあれが手元にあれば、あの夢の続きを見れるのだろうかと武雄は考えてしまった。
けれど、肩をぽんと叩かれて横を向くと、甲子太郎が笑っていた。
「真面目だな~、服部君。もっと軽く答えてくれていいのに」
「い、いえ先生。そうではなく……」
「僕はね、意味があると思うよ。立派な主君に、願ってもない宿敵。そして何より、君がいる」
武雄は息をのんで、甲子太郎を見つめた。
その笑みは、いつものように大胆不敵で、日の本のために画策した御陵衛士の頃のものだ。
(そうだ、今の私がここにいられるのは、あの夢に続きがあったからではない)
あの油小路に無念を残しながらも、今ここにいる伊東甲子太郎と出会える服部武雄は、別世界には、いない。ここしかいないのだ。
「そうです。私は、今いる私が成したいことをなしているのです。先生の手足となり、忠君に仕え、その悲願を叶えるために動くことことが今の私の誉れです!」
そう熱り立った武雄の、兜のツノに揚羽蝶が降りたった。
気づいたのは、甲子太郎のみ。
「……あのときを思い出すな、はは」
「……?」
「いや何でもないよ。そうだね、僕も美しく舞う蝶は要らない。同じ昆虫でも必要なのは鎧姿の二刀流、君という鉄の鍬形だ。そちらのほうが、虫の居所が良いってものだよね」
「先生っ!」
蝶は武雄から離れるように再び羽ばたき、木漏れ日の中に消えていく。
夜が明けたいつかの空には、どこまでも晴れた道が続いていた。
芹沢鴨と服部武雄との同じ新撰組に討たれた者同士の会合を書くつもりが長々とした話になってました。
服部武雄の生真面目さと恐ろしさを引き出したかったのですが、難しかった…