ピピッと電子音が聞こえ、茅野は脇に挟んでいた体温計をイリーナに手渡した。
「・・・うん、熱はないみたいね」
「そっか、よかった~」
旧校舎の一角にある保健室。宿直室を少し改造したものだが、畳の部屋に布団と救急箱を備えただけの簡素なところだ。
室内にはイリーナと茅野のほかに渚をはじめとした4班と寺坂がいた。
「あの・・・その・・・わりぃ・・・」
寺坂がたどたどしく謝罪すると茅野はニコリと笑った。
「別に寺坂君が謝る事ないよ。悪いのシロなんだから、気にすることないって」
屈託ないように見える笑顔に渚たちは安心する。
「私の事は気にしなくていいからさ。先帰ってていいよ。この感じだと少し寝たら治るから」
「・・・そっか、じゃあまた明日ね」
神崎はニコリと微笑み渚たちに部屋を出ようと促す。
「じゃあ、茅野また明日」
「早く元気になれよ~」
ピシャと扉が閉まり、部屋にはイリーナと茅野だけになった。
「さてと、なんか大したことなさそうだし、私も帰るわね。何かあったらタコに言う事。あと、カラスマも様子を見に来るんですって。冷静を装っていたけどあの感じだとかなり焦っていたわよ。カラスマにも一言言っとくのよ」
「はーい、じゃあビッチ先生さようなら~」
イリーナは手を振りながら保健室の扉を閉めた。部屋には茅野しかおらず、遠くから声が聞こえるが部屋からは音はしない。茅野はイリーナの姿が見えなくなったのを確認すると静かにあたりを見回した。誰も来ないのを確信すると布団の傍らに置いてあるカバンを近くに引き寄せ中身を漁った。そしてあるものを取り出し、胸元に寄せたところで
「ダメですよ茅野さん。眩暈がするときは本を読まずにしっかりと寝とくべきです」
「殺せんせー・・・・・・・・・はーい、ごめんなさい」
殺せんせーはニュルフフフと笑うと取り上げた物を元あったところへ戻した。
「では、私は職員室にいるので帰るので何かあったら律さんを通して呼んで下さい。あと、お迎え呼んどきましょうか?」
「ううん、一人で平気」
「わかりました。では
そうして殺せんせーも部屋から去り茅野はほっと一息ついた。そして何事もなかったかのように布団にもぐり目を閉じた。その表情は普段の彼女からは想像だにしないくらいに険しいものだった。寝っ転がっていることで零れ見えるネックレスを握りしめ「お姉ちゃん」と誰にも聞こえない声で呟いた。
◆
翌日
一月前から再開した出欠確認での一斉射撃も終わり、結局一発も当たらず殺せんせーはニコニコしていた。
「ハイ、全員出席・・・っと。茅野さん元気になられてよかったです」
「うん、一日で回復しちゃった。心配かけてごめんなさい」
その元気そうな声を聞いて殺せんせーはウンウンと頷いた。そしてなぜかウズウズ時始めた。
「さて皆さん、今日は近くで花火大会がありますよね」
「あー、このへんではわりと小規模の祭りだけどね」
「会場では大勢の人でにぎわい、屋台は大行列で目当てのものが買えず、楽しみにしていた花火はいい席が確保され自分は末端の席で小さくしかみえない・・・。そんなトラブルに見舞われるかもしれません」
「珍しいね。殺せんせーがネガティブなこというなんて」
「でもご安心を!なんと今日の花火、この裏山が最高の穴場スポットの特等席になっているのです!!」
そう自信満々な言葉を聞いたみんなの心の声は一つだった。
『一緒に見たいんだな。花火』
「タコ焼き。焼きそば、わたあめ、りんご飴にかき氷に人形焼き。おいしい料理もご用意!更に世界に一着あなたのためだけの浴衣もプレゼント!」
「えー!ほしー!」
世界に一着だけの浴衣と聞いて色めきだす女子と
「浴衣は・・・別に要らねぇかな」
とさほど興味のない男子に分かれた。男子の醒めた反応に殺せんせーはショックを受けた。
「なんでですか!先生がマッハで夜なべして織った浴衣ですよ!!」
「マッハってところがありがたみが薄れるんだよ!!」
屋台飯だけでも食べに来てくださいよぉ~。と鳴き落としされ、男子たちも別に行きたくないわけではなかったので承諾をした。その日の授業ではことあるごとに花火に絡めた雑学を絡めたり、テキヤのあれこれを語ったり、何を思ったのか花火デートのNGを発表したりと明らかに浮足立っていた。それでも暗殺は避けるのだから対したモノではある。ウキウキしすぎている殺せんせーに呆れつつもマミたちも影響されたのか楽しみになっていた。
そして放課後。
「では、7時に校庭に集合です。本日の授業はここまで!」
ありがとうございました。と挨拶をして集合時間まで各々過ごすことにした。あるものは残って暗殺訓練や自習。あるものは一旦家に帰る準備など。マミはモチロン魔女退治に行くつもりだ。その支度をしているとカルマが声をかけて来た。
「今日も律儀に街を見回って魔女探すの巴さん」
「そうだけど・・・それが?」
「今日ぐらいは俺の固有能力頼ってもいいんじゃないかなって。近くの魔女を呼び寄せるってやつだから街にいるやつを退治することには変わりないし、今日は探す時間も限られてるんだからそっちのほうが効率的じゃない?」
カルマにそう説得されマミは少し考え込んだ。なんとなく楽をしているような気がしてマミはカルマの魔法に頼るのが気が引けるのである。さてどうしようかと悩んでいるとマミのスマホが震えた。
「ちょっと失礼・・・あ、美樹さん」
「どうもマミさんお久しぶりです。最近魔女退治一緒にならないから元気かなーって」
そういえばここ最近はさやかと顔を合わせていない。この2週間の間、鷹岡事件があったりプールができてイトナが襲ってきたりと色々ありすぎて正直いうと顔を見合わせなくても誰も気にしもしなかった。
「みんな元気よ。そういう美樹さんはどうなの?」
「あたしは、もちろん元気ですよ!というか元気だけが取り柄のさやかちゃんですから!」
アハハと電話口から元気な声が聞こえてくる。マミはそれにクスリとわらうと
「それはいいけど急に電話してきて珍しいじゃない。どうしたの?」
と聞いてみると、さやかの言葉が途切れた。
「あ、えっと、その・・・」
「何かあった?もしかして、志筑さんとケンカでもした?」
「いえ、仁美とは仲いいです。大丈夫です」
「じゃあ、どうしたの?」
「・・・・・・・・・・・・」
もぞもぞとなかなか続きが出てこない。どうしたのかと首を傾げていると
「一緒に花火行きませんか?クラスの人も一緒に」
「え?」
そんなお誘いがだされた。マミは思わずカルマと顔を見合わせた。マミたちは殺せんせーと共に花火を見ることになっている。主催が殺せんせーである以上は部外者の介入はあまりしたくない。かといってマミ始め何人かがさやかと会場に向かうことにするにしても殺せんせーは事情を汲みつつも悲しむだろう。脇で漏れる通話を聞いてたカルマがテレパシーを飛ばした。
『断った方がいいよ。殺せんせーが関わるとなんとなく面倒なことになりそう、彼女だと』
『・・・気は進まないけど、ね』
「あの・・・ダメ・・・ですか?」
「えっと・・・ごめんなさい。その、今日はクラスで集まって勉強会のつもりなの。それに、ほら私たちE組に関わるとよく思わない人もいるだろうし、ね」
さやかからの反応はない。やってしまったかとマミは思った。さやかはことあるごとにE組制度に反発をしていた。人に何を言われようが気にせずE組たちに関わってきたにも関わらずこちらが素っ気無い態度を取るのは気が引けた。それでも国家機密が関わっている以上は必要以上の関りは避けるべきとはわかってはいるのだが・・・。そう思っていると、さやかの返事が返ってきた。
「いえ、いいんですよ。受験生ですものね。アタシは仁美と楽しんでくるんで。気にしないでください」
「うん、志筑さんによろしく伝えてね。ごめんなさいね」
とカルマが急にスマホを取り上げた。
「あーえっと、美樹さん?」
「あれ?カルマさんでしたっけ?何かあったんですか?」
「花火は一緒にいけないけどさ、明日魔女退治一緒にこない?俺が呼び寄せるし」
「え、いいんですか!?」
電話口から漏れる声はさっきと比べて明るく聞こえた。
「じゃあ明日の放課後、駅前の路地裏で待ってるからねー」
そういって勝手に切ってしまった。
「カルマ君、魔女退治の約束するのはいいけど私の携帯勝手に切らないで・・・」
「いいでしょ。それに美樹さんに深く突っ込まれる前に話切り上げとく方がいいだろうし」
「そりゃそうですけど・・・」
「さ、裏山いこうか。他行こうかなって思ってる奴も来なよ」
マミはため息を吐いてカルマについていった。さやかに申し訳ないと心の中で謝りながらも、国家機密を
一方その頃本校舎では、
「・・・なんか誤魔化された気がする」
切られた電話から耳を外しさやかはそう呟いた。花火に誘った時のあの返事の仕方。何か自分が関わると都合が悪いことがあると感じとれてしまった。まずい事があるのであれば言ってくれればいいのに。はぁとため息をつく姿を通りすがりに浅野学秀が目撃した。彼女に何かあったのを悟り、生徒会長として何か声をかけようかとした時だった。
「マミさんたち・・・なーんか隠してるんだよなぁ」
マミ、浅野はそれが即座に巴マミ及びにE組のことであるのを察し、物陰に隠れさやかの様子を伺った。
「なんで言ってくれないんだろ。E組がどうこうとか気にしないっていっつも言ってるのに・・・」
さやかは浅野の視線に気づいていない。複雑な悲しい思いをしまい込み玄関へ向かう後ろ姿を浅野はしっかりと見詰めていた。理事長の息子として、生徒会長として浅野はさやかの交流関係はある程度は把握していた。さやかが目をつけられたのはマミたちをかばう言動が多すぎることが原因だ。浅野もたださやかが学校内の制度に反発するから目をつけたわけではない。ある思惑に関わるかもしれないと思い目を付けた。
「彼女は本校舎でE組の待遇改善を訴えていた奴だ。最近はあまりしてないが、E組と親しくしているのは確かだ。そんな彼女でも知らないE組の事情がある・・・。やはり、今年度のE組には何かあるな・・・理事長に探りを入れるべきか・・・。もうすぐ期末だしな。このチャンスを生かすしかない」
その邪悪な笑みを浮かべ浅野は教室へと消えていった。
◆
7時半、夜の校舎
「ハイタコ焼き!ハイいちご!焼きそばお待ち!」
簡易的な屋台に殺せんせーが分身を作りながら同時に対応している。生徒達は殺せんせーお手製の浴衣に身を包みながらその屋台の食べ物を楽しんでいた。
「なんか張り切っているよね殺せんせー」
「そうだね。僕らからお金取るし・・・」
「生徒相手に商売って・・・理事長に怒られない?」
「絶妙なところだよね・・・」
渚と茅野が話しているのを聞きながらマミは浮かない顔をしていた。
「よっ巴ちゃん。どしたのそんな顔しちゃって」
「莉桜さん・・・いえね、身内だけの小さななんちゃって祭りだけど結構楽しいじゃない」
「うん、そうだね」
「美樹さんちゃんと誘えばよかったかなって。向こうから誘ってくれたのに断っちゃって申し訳ないなって」
「そっか、でもさ巴ちゃん・・・
2人の目の前では殺せんせーが相も変わらず分身を作りながら対応を続けている。
「さやかちゃん割と目ざといとこあんじゃん。ツッコまれると思うよ。うち等だけだから誤魔化しが効きにくいし」
「うん、そうね・・・仕方ないことかもしれないわね」
すると、ひゅ~と高い音が聞こえてるとドーンと花火が打ちあがった。皆空を見上げて花火を鑑賞する。
「キレー・・・」
「皆さん!屋根の上もより綺麗ですよ!!」
マッハで屋台を片づけ自身も浴衣姿になって屋根に座りこちらを呼んでいた。ご丁寧にはしごも何本も設置している。
「よし、登るか!」
杉野を皮切りにはしごを登り、屋根に座する。より空が近くなったことで花火が大きく見え誰もがそれに見とれていた。
「素晴らしいです。これが花火なんですね」
律が片岡のスマホを通して産まれて初めての花火を観察していた。普段女子の写真ばっかり撮っている岡島もこの時ばかりは空にカメラを向けシャッターを切っている。
「綺麗・・・」
マミは静かに花火を眺めていた。見滝原にいたころは花火を家族とよく見たものだった。けれど
花火が上がっている間感嘆の声があがるくらいでみんな花火に夢中になっていた。やがて最後の一発があがり空は静かになった。
「終わっちゃったね・・・」
「うん」
少し煙たい空を名残惜しそうに眺めていると
「さあ、花火のあとは勉強会ですよ!」
殺せんせーの姿はいつの間にか元のアカデミックドレスに着替え教科書を扇状に並べて持っていた。
「急に現実に戻しやがった!」
「せっかくの花火の余韻が台無しじゃん!!」
「何を言うんですか!あと2週間もしたら期末テストなんですよ!準備は早いほうが良いのです!なんのために夜まで教室に居させたのか!」
「テメー!それが目的だったのか!」
「さあ、降りて!今日は遅いので先生がマッハで送ます。なのでバシバシやっちゃいますよ!」
えー!と文句があちこちで噴出しなんだかいつもの教室に戻っていた。
「私が美樹さん断るときに勉強会とかいったせいかしら?」
「あのタコなら最初っから予定に組み込んでそうだし巴さんが気にすることないんじゃない?」
カルマがすれ違いざまにフォローしてジャンプで地面に降りる。マミもくすっと笑うと立ちあがってあたりを見回した。
この一学期の間激動といっていいほどいろんなことがあった。それこそ自分の価値観が変わるくらいの。でも、それのおかげなのか自分の世界は明るくなっていった。クラスの子と関わることがこんなにも楽しかったとは。チームで戦うことが楽しいことだということを思い出させてくれた。
「巴さん!君も早く降りてきなさい!」
「はぁい」
マミは屋根から地面に降りた。さあ、次は期末テストだ。前回は妨害にあったので今回は気合をいれてがんばろうじゃないか。決意を新たにし教室へと戻って行くのだった。