「
怒髪天を突き上げ、俺を射殺さんと指差す少女の名は大槻ヨヨコ。
「えぇ~、わらひを賭けて勝負~? いいぞー! やれやれー!」
そう言いながら、『おにころ』片手に野次を飛ばすのは、この騒動の発端である元凶、廣井きくり。
一体どうしてこうなった……
時は一時間ほど前。
つつがなく授業を終えた俺は、バイトもないので早く帰ってだらだらするか、なんて思っていたのも束の間、いつものように脳内に二つの選択肢が表示される。
【新宿
【下北沢
ご丁寧にひらがなで振り仮名まで振ってやがるが、読めるからな。舐めやがって。
スターリーというのは、下北にあるライブハウスで、伊地知さんの家だ。そして、俺のバイト先でもある。そしてもう一方、フォルトという単語は聞いたことがない。恐らく選択肢をメタ読みすると、スターリーと同じくライブハウスなんだとは思うが……
今朝の伊地知さんの件もあって、正直伊地知さんとは顔を合わせずらい。あの静かな怒りがもう収まっているとはとてもじゃないが思えない。それに良い気分転換にもなる。
今日は新宿に行こう。そうしよう。待ってろ新宿! 歌舞伎町!
▽
「いや、まさか本当に歌舞伎町だったとは」
歌舞伎町に行きたい気分だっただけに、目的地の位置情報を調べて歌舞伎町だった時は驚いた。
歌舞伎町の街並みは、夕暮れ時のネオンが鮮やかに輝き、ビルの看板が色とりどりに光る中で、さまざまな音が入り混じっていた。歩道には人々が行き交い、カラオケボックスやバーの前には賑やかな笑い声や音楽が響き渡っている。商店の前には、まだ営業前の店がちらほらと並んでいるが、夜も深くなれば次々と酔っ払いどもの憩いの場となることだろう。
「あ?」
フォルトへ向かう道すがら、苦しみながらうめき声を上げて倒れている女性が目に入った。彼女は歩道の隅に横たわり、今にも吐しゃ物をまき散らしそうな青い顔をしている。通行人たちは、そんな彼女の姿を一瞥することもなく、無視して通り過ぎていく。
当然俺も酔っ払いの相手なんざ面倒なことはしたくないので、見て見ぬフリをして、素通りしようとした時だ。
【倒れている女性を助ける】
【倒れている女性を無視する。この人でなし!】
意地の悪い選択肢が出てきた。選択肢が自我出してくるんじゃねぇよ。
だがしかし、助けるか助けないか、強制的に選択せざるを得なくなった以上、傍観者ではいられない。面倒だが仕方ない。
「あのー、お姉さーん。大丈夫ですかー。生きてますかー」
「んあぇ……○▽♪うぁldぱsldfj」
「うわ、まともな言葉も話せなくなってる。これ、水どうぞ」
俺はカバンに入れていた水筒を手渡し、酔っ払いお姉さんの背中をさする。
「うぅぅ……君優しいね~」
手渡された水筒を受け取り、彼女は不安定に手を震わせながら水を飲み干す。
「ありがとね~! 君名前なんれいうの~~」
酔っ払いお姉さんは、朧気で俺がよく見えないのか、目を細めながら顔を近づけてきた。彼女の瞳はぼんやりとした焦点を合わせようとしているが、その動きは不安定で、まるで遠くの景色を見つめているようだ。お姉さんが近づいてくるにつれ、強烈なアルコールの匂いが、俺の鼻孔をくすぐる。酒くせぇ。
「あ゛、それ以上近づかないでください」
「えぇ~、なんでそんなこというの~?」
俺の言葉も無視し、じりじりとすり寄ってくる飲んべえ。
酒のせいで赤みを帯びた顔に、はだけた服がセクシー……などと思うはずもなく、近づいてくる度に距離を取り続ける。
「わらしはね~廣井きくりっていうんだー。あ、今日ライブあるから見にきれよ」
そう言って廣井と名乗った女性は、地面に転がっていた『おにころ』を拾い、ひっくり返して限界ギリギリ、底の底まで飲み干そうとしている。
「悪いけどこの後予定あるんで無理ですね。また機会があれば会いましょう。それじゃあ」
俺がそう言ってその場を離れようとした所、急に足が重くなった。嫌な予感がしつつも下に目を落とすと、廣井さんが俺の足に抱き着いていた。
「えぇ~見に来てよイケメン君~! 私の知り合いにイケメンだって紹介するからぁ~」
それに一体何の意味があるんだ。
この人は悪いバンドマンだ。俺の勘がそう告げている。俺の勘はよく当たるんだ。
「は! な! せ!」
俺の足にナマケモノのように垂れ下がる廣井さんは、全く離れる気配がない。ここは強引だが蹴り飛ばすか……? 俺はやる時はやる男だ。男女平等にパンチもするし、キックもする。この前後不覚アル中を蹴り飛ばしても、俺の良心は全く痛まないだろう。
「うぇぇぇぇ~! 私を捨てないでよぉぉ!」
「っ!?」
こ、こいつ、泣き出しやがった! それは反則だろ! 男女間における禁止カード! 男は暴力! 女は涙! まさか先回りして禁止カードを切ってくるとは……! 道行く周囲の人々も、廣井さんの泣き声に反応してちらちらと俺たちを見てくる。クソ! どうすれば……!
「貴方! 姐さんに何してるのよ!」
その声と同時に俺の目の前に立ち塞がったのは、目のつり上がったいかにも気が強そうなツインテールの少女。
「よくも私の姐さんを泣かしてくれたわね!」
少女はグイと俺に顔を近づけて威嚇してくる。廣井さんとは違って女の子らしい良い匂いだ。いや、いかんいかん。誤解は解かないと。
「いや、あの、それ誤解です。俺はただ介抱してただけで」
「男は皆そう言うのよ!」
偏見が過ぎる。
やんわりと俺に非はないことを伝えようとするも、目の前の少女は怒りで頭に血が上ったのか、聞く耳を持ってはくれない。
知り合いならもう連れて帰ってほしいな……
「あるぇ~? 大槻ちゃんじゃん! やっほー」
「姐さん、大丈夫ですか!」
大槻ちゃんとやらは、俺の足から廣井さんを引きはがすと、廣井さんの背中をさすりながら肩を貸した。
なんかこの一連の流れ、演劇でも見せられているみたいだな……はっ! まさか、劇場型キャッチか!? 酒に酔った女を介抱するような、俺のような心優しい人を騙し、金をむしり取る悪質キャッチ! 許せねぇよ俺。
「言っておくが、俺に金はない」
「はぁ? 聞いてないわよ。それよりも、この後ライブがある姐さんに何かあったらただじゃおかないわよ!」
大槻ちゃんはキリッとした目で俺を睨みつけてくる。美人の睨みつけるって何でこんなに怖いんだろう。防御力下がりそう。
「ちょっと大槻ちゃんなにしてんの~? 駄目でしょ、喧嘩売っちゃぁ。このイケメン君は私が捕まえたんらからぁ」
やっぱり捕まえられてた!? クソ、このまま店まで引きずられてぼったくろうって魂胆だな。そうはいくか。
「なっ! つ、捕まえられたですって!? 姐さんをよくも……!」
大槻ちゃんは怒りで体を震わせながら、ビシっと俺を指差し、問いかけてくる。
「貴方! 名前は!」
「え、星夜鷹です」
「かっこいい名前じゃーん」
「貴方みたいなチャラチャラした男に、姐さんを渡さないわ! 絶対に貴方の魔の手から姐さんを助け出してみせるんだから!」
何で俺はこんな目にあってるんだろう。外道と言われようと廣井さんをスルーしとけばよかった……
「聞こえなかった!? 星夜鷹! 私と勝負しなさい!」
ああ、しまった。回想に入って全く話を聞いてなかった。
「聞こえてますよ。もう、何でもいいんで早くしません? 内容そっちで決めていいですよ」
「なら、姐さんの良いところをどっちの方が多く言えるか勝負よ!」
俺が不利すぎるだろその勝負。
「まずベースが上手い! 後ライブ中はかっこいい! はい、次! 貴方よ!」
先行を取られた上に二つ言われてしまった。もう駄目だ。俺の負けだ。
「えー……ない」
「ないことないでしょう! 星夜鷹! 貴方やる気はないって訳!?」
ないよ。そして良いところもない。現状この酔っ払いの悪いところは見つかっても、良いところは見当たらん。
「貴方みたいな男に姐さんは渡せないわ! 行きましょう! 姐さん!」
俺のやる気のなさに憤慨し、大槻さんは廣井さんを引きずりながら俺の元を去っていった。
とんでもない劇場型キャッチだったな……いや、キャッチされてないから一応助かってはいるのか。
ただ、とんでもない目に遭ったのは確かだろう。周囲の俺を見る視線が突き刺さる。はぁ、視線に晒されるのは慣れてはいるが、この辺を練り歩くのはやめよう。俺は心にそう誓った。
▽
「…………」
「…………」
「うぇーい!」
「ちょっと! 貴方ストーカー!? やっぱり姐さんを狙ってるんでしょう!」
「いや、マジで偶然ですって」
あの後、俺は気を取り直して本来の目的だった新宿フォルトへと向かっていたわけだが、不幸にもこの二人と道筋が同じだったようで、自然と俺は二人の後をつけている形になってしまっていた。
「ならどこに行こうっての!?」
「新宿フォルトってライブハウスです」
そういえば、この酔っ払いもライブがどうとか言ってたなと思いながら、大槻さんの問いに答える。
「やっぱりストーカーじゃない!」
しかし、ストーカー容疑は晴れるどころか、より深まってしまったようだ。
どうしたものかと俺が困惑していると、大槻さんは、難しい顔をしながらうんうんと顎に手を当てて考え込んでいる。警察に通報しようとか考えてるのかな? 全然詰むけど。
「……何? それとも貴方も姐さんのファンなの?」
「ファン?」
その酔っ払いにファンがいるなんて驚きだ。
「なに~? 君、わらひのふぁんなの~? やっらぁ~」
「まぁ……見る目はあるみたいね。ファンならファンって先にそう言いなさいよ」
俺をファンだと断定すると、大槻さんは少し安心したように警戒を解いた。
後藤さんの件といい、最近勝手にファンにされがちだな……
廣井さんは後藤さんと違って胸部が残念なので、ファンになる要素はないのがなぁ。警戒心の欠片も感じられない服装も、この胸じゃ魅力が半減だ。
「さっ! 行くわよ!」
「……? どこに?」
「そんなの、フォルトに決まってるでしょう!」
▽
「廣井、こんな時間までどこほっつき歩いてた! もうすぐライブだろうが!」
「うぇぇ、ごめんって志麻ぁ。大槻ちゃんも、星君も、今日は楽しんでってよ~」
フォルトへと着くと、廣井さんはバンド仲間と思われる人に引きずられていった。
残された俺と大槻さんは、受付でドリンクバッジを受け取り、カウンターで適当な飲み物を受け取る。
「それじゃ、私物販行くから。貴方も来るなら来れば?」
あの後、別に俺は廣井さんのライブを見に来た訳じゃないということを伝えたのだが、何故か「せっかくだし、見てってよ~。席用意するからさぁ」と廣井さんに泣きつかれ、結局廣井さんが所属しているバンド、
「はいはい、行きますよ。行けばいいんでしょう」
途中で大槻さんと話していて気付いたが、この人は恐らくツンデレというやつだ。言葉の端々に棘があるが、それもご愛敬というやつだ。出会った時の超攻撃的な口撃は鳴りを潜め、今は少しだけ相手を気遣う様子が見て取れる。さっきまでは廣井さんのことでいっぱいで、冷静ではなかったんだろう。
「何買うんですか?」
「新曲の収録されたCDよ! 当然でしょう! 貴方も買えば?」
聞いたこともないバンドのCDなんて買う訳……
【うしうしファイナンスで限界までお金を借りて、SICKHACKのグッズを買う】
【財布が許すまでSICKHACKのグッズを買う】
実質一択じゃねぇか。
さらば、諭吉。今月はもやし生活確定だな。
「ちょっと貴方、そんなにグッズ買ってどういうつもり? はっ! まさか私にマウントを取って……? も、もう一回並んでくるわ!」
「違うよ」
俺の静止も聞かずに、大槻さんはまた物販会場へと行ってしまった。
俺はそんな大槻さんの背中を見送りながら、独りでライブの始まりを待つことになった。
廣井さんに用意された席に着席し、ライブの始まりを待っていると、大槻さんは手に大量のCDを抱きかかえながらこちらへとやってきた。
「CDの売り上げは私の方が貢献したから!」
冗談だろう? 大槻ヨヨコ。一体何が貴方をそこまで駆り立てたんだ。負けず嫌いにもほどがある。
大槻さんも俺の横に腰を下ろし、数分程お互い無言で待っていると、流石に気まずく思ったのか、急に大槻さんが早口で話し始める。
「星夜鷹。貴方、ライブにはよく行くの?」
「よく行くっていうか、ライブハウスで最近バイト始めたんですよ」
「へ、へぇそうなの……」
それだけ聞くと、大槻さんは黙り込んでしまう。
「好きな食べ物とか」
「ボルシチ」
「好きなスポーツは……」
「カバディ」
「す、好きな音楽のジャンル」
「般若心経」
「ちょっと! 真面目に答えなさいよ!」
「俺は至って真面目ですよ。むしろ俺に真面目じゃない時とかありました?」
全く失礼しちゃうな。最近は伊地知さんと音楽の話が出来るように、幅広いジャンルの音楽も聴くようになったのだ。
「あ、ほら。そろそろ始まりますよ。黙ってください」
「こいつ……!」
会場の照明が落ち、ステージが暗くなると、期待感が高まる中で観客たちの興奮がじわじわと広がっていく。
周囲の音が少しずつ消え、ライブの開始を告げる前奏が流れる。
廣井さん達SICKHACKのメンバーが姿を現すと、客席のボルテージは一気に上がり、歓声と拍手が会場を揺るがした。
――なんか、思ってたよりいいな。
ライブが始まる前は、あの酔っ払いが演奏なんか出来るのかと懐疑的だったが、ステージに立つ廣井さんの姿は、まるで別人のようだった。路上で青い顔をしていた時とは打って変わって、彼女の表情には自信が満ちており、そのパフォーマンスは確かに観客を引き込む力を持っていた。ああいうのを、カリスマというのだろうか。
広がる音の波に包まれ、観客たちはその圧倒的なエネルギーに身を委ねていた。ステージ上のライトがパルスのように点滅し、バンドのメンバーがリズムに合わせて激しく動く。ドラムのビートが胸を振動させ、ベースの音が体中に響く中、ギターのリフが空気を切り裂く。廣井さんはその中心で、鋭い目つきと躍動感溢れる動きで観客を魅了していた。
「流石姐さん……! 貴方もそう思うでしょう!?」
隣で大槻さんが何か言っているようだが聞こえない。それくらい俺はSICKHACKのライブに魅了されていた。
なるほど――これが音楽か。
演奏も終わり、興奮冷めやらぬ会場の中、廣井さんが突如ステージからダイブした。
「はっ?」
観客たちの上に身を任せながら、廣井さんは観客に酒を豪快に吹きかけていく。周囲の歓声と驚きの声が一斉に上がり、酒が飛び散る中、観客たちは歓喜の絶叫を上げてその光景を楽しんでいる。この規模になると観客もロックになるのか。
▽
SICKHACKのライブが終わった後、俺は大槻さんに連れられ、廣井さんがいる楽屋へと足を運んでいた。
「えぇ~、二人仲良くなってんじゃーん! 良かったねぇ大槻ちゃん。友達出来て」
「そんなっ、仲良くなんてなってません! でっ、でも貴方がそこまで言うなら友達になってあげてもいいっていうか……」
「えっ、そんなに嫌ならいいですよ」
嫌々友達になられるとか俺傷ついちゃうよ。
「いっ、嫌なんて一言も言ってないでしょう!」
ツンデレだなぁ。
「で、どうだったぁ? 星君」
「何がです?」
「私たちの演奏に決まってんじゃーん!」
「――まぁ、最高でしたよ」
「でしょ」
「姐さんのライブなんだから、最高なのは当然でしょっ!」
正直ただの気分転換で来ただけだったが、今では思いがけず良い体験が出来たなと思っている。
今日は新宿に来て本当に良かった。そう思えた一日だった。
▽
『よろしく』
『一応私、トゥイッターのフォロワー数七千人いるから』
『今日はCD二十枚買ったし』
『ちなみに今、人気急上昇中の
『MV 50万回突破』
帰宅した後、ロインを開いたら大槻さんからの怒涛のマウンティングロインが届いていた。俺はこれを見なかったことにし、ベッドへと倒れこんだ。
変だな?この作品、山田の霊圧を感じない…