本日最後のベルが鳴り終わると、生徒たちはそれぞれ帰宅、部活、あるいは友人とのお喋りへと向かっていく。教室にいた生徒たちは一気に半数以下となり、俺もその流れに乗るように急いで机の上に積み上げたノートをカバンに詰め込んでいく。
今日は待ちに待った初バイト。昨日の失態はここで挽回しなければならない。初日から遅刻なんてもってのほかだ。
俺は荷物をまとめ終えると、特にクラスメイトと話すこともなく速攻で下校へと勤しもうとしていた。
こんなものさえ出てこなければ。
【柔道部へと道場破りに行く】
【空手部へと道場破りに行く】
くっそ野郎が。やってやろうじゃねぇか。三分で片づけてSTARRYに行ってやらぁ。
▽
最近嫌がらせみたいな選択肢が増えてきた気がするな……
柔道部との死闘を終え、STARRYへと着くと、入口の階段上で階下の様子を心配そうに見ている山田さんと伊地知さんの姿が目に入る。
「何してるんですか」
「あっ、星君。あれ見てよ」
「?」
伊地知さんが指差す先には、後藤さんが入口の扉前でうろうろと右往左往している姿があった。何をしてるんだろう後藤さんは。ものすごい邪魔な人になってる……
「声かけないんですか」
「面白いから見てる」
山田さんが笑いをこらえながら答える。
確かに後藤さんがその場で迷っている様子は可笑しくて笑いそうになってしまう気持ちも分からなくはないが、いい性格してるな? この人。
まぁ、あの姿を見て声を掛ける気にならないのは分からなくもない。
しかし、俺にも仕事がある。
「馬鹿言ってないで早く声かけてあげてくださいよ。てか俺既に遅刻気味なんで立ち止まられると困ります」
「え、そうだったんだ。お姉ちゃんに怒られちゃうよ!」
二日連続で怒られるのは勘弁してほしい。
後藤さんと合流してSTARRYの中へと入ると、後藤さんは俺の背中に張り付いて歩き始めた。
何故か分からないが急になつかれてる!?
背中には柔らかで幸せな感触が広がりつつも、女の子特有のいいにお……にお、…………? おかしいな、防虫剤みたいな匂いがする。
「後藤さん?」
「あっ、すみません。暗くてまだ慣れなくて。へへ」
「そうだよね、暗いよね。分かるよ」
そういうことを聞きたかったんじゃないんだけどまぁいいか。女の子にくっつかれて嫌な男なんてそういないしね。
【隙だらけの後藤ひとりを背負い投げし、社会の厳しさを叩き込む】
【獅子は我が子を
せっかく感触を楽しんでたのに、なんて選択肢を出すんだこの人でなし!
女の子に背負い投げなんて論外だし、後藤さんから離れざるを得ない。
ああ……さらば、おっぱい。
俺は、泣く泣く背中に瞬間接着剤でくっつけたかのように張り付いてくる後藤さんを引きはがす。引き離す瞬間、後藤さんは蚊の鳴くような声で「ミ"ッ」と声を上げると気絶してしまった。
ごめんね、後藤さん。俺も出来るなら離れたくなかったよ。
俺は背中に未だ残る、ほのかというにはデカすぎる感触を嚙み締めつつ、後藤さんを伊地知さんへと預けた。
「三人とも今日はバイトだったんですか?」
「ううん、今日は結束バンドでミーティングをするんだ」
「面白そうですね。俺も参加していいですか」
ミーティングとかワクワクする響きだ。なにより横文字なのがかっこいい。略してMTG。日本語で会議とかいうよりそれっぽい感じして仕事してる感するよね。まぁ、俺みたいな考えで使ってる人ほどろくに話し合ってなかったりするのだけれど。
「お前はバイトしろ。初日から遅刻してきた挙句、サボろうとはいい度胸じゃねぇか」
「て、店長さん……!」
結束バンドのミーティングに参加しようとしていた俺の首根っこを掴んだのは、このライブハウスの店長さんであり、伊地知さんの実の姉の伊地知星歌さん。
昨日はこの人にこっぴどく叱られてしまったが、今日は汚名返上させてもらわねば。
「おら、清掃手伝え」
「はい!」
店長さんからモップを受け取って、床の清掃へと勤しむ。
今日はアイドルライブらしく、人気もそこそこのグループがライブするらしいので、いつもより準備が大変らしい。
ライブハウスの広いフロアには、大きなステージがあり、その周辺にはまだ空っぽの椅子やテーブルが並んでいる。
そんな椅子やテーブル、照明器具やスピーカーの周りの埃を拭き取っていき、チラリと時折店長さんへと視線を向ける。
店長さん! 俺、仕事ちゃんとやってますよ! 見てますか!
「店長、震えてますけど、どうしました? 寒いですか?」
「いや、なんか寒気が……」
店長さんはPAさんと話してるようで、まだアピールが足りないみたいだ。もっと頑張らねば。
バイト仲間たちもそれぞれの持ち場で忙しく動き回っている。音響機器のチェックや、テーブルの配置替え、トイレの清掃など、各々が自分の仕事に取り組んでいる。その中で、俺も負けじと集中してモップをかけ、床を綺麗にしていく。
「がこばなー!」
清掃している途中、何度か伊地知さんの声が聞こえたからか、いつの間にか体が勝手に結束バンドミーティング会場の机へと向かっていた。
「あっ、星君! お掃除お疲れ様! そういえば、星君はぼっちちゃんと同じ高校だったよね? ぼっちちゃん、普段はどんな感じなのー?」
掃除中の俺を労ってくれるなんて……伊地知さん優しい。好き。
「今まで会話らしい会話をしたことがなかったので、あまり詳しくは知らないですけど、後藤さんは俺の命の恩人ですよ」
「なにがあったの!?」
「あっ、へへ。星さんは私のファンなんです」
そうだったのか……
俺は知らないうちに後藤さんのファンになっていたみたいだ。
いや、確かに後藤さん(おっぱい)のファンではあるから間違いではないな。もう一度あの感触を是非味わいたいものだ。
「二人とも秀華高ってことは家ここら辺?」
「あっ、いや、県外で片道二時間です」
「二時間!? 何で!?」
伊地知さんが驚くのも無理はない。俺も驚いてる。毎日二時間かけて通学するとか地獄以外の何物でもないだろ。後藤さん何時に家出てるんだろう。早起きして学校へ通う準備をしている後藤さんの姿を想像していると自然と涙が出てきた。
「高校は誰も自分の過去を知らない所にしたくて……」
「学校の話終了~~~!」
悲しすぎる。
「りょ……リョウもね、あんまり友達いないんだよ!」
「うん、虹夏だけ」
「俺もいないよ」
二人の話に乗るように俺もフォローを入れておく。もちろん嘘ではない。正確には今日、喜多さんをロインの友達に追加したので、友達かもしれないが一人しかいないので山田さんと似たようなもんだろう。
「休日は廃墟探索したり、一人で古着屋さん巡ったりしてる」
後藤さんは、仲間を見つけたと思ったのか嬉しそうに顔を輝かせたと思ったら、リョウさんが趣味を語りだした途端暗い顔をして黙り込んでしまった。仲間と思ってた人が思ってたよりアクティブで陰キャっぽくなくて梯子外された感覚にでも陥ったのだろう。分かるよ、その気持ち。
「つっ、次は、好きな音楽の話~! おとばなー!」
伊地知さんはお通夜のような雰囲気を変えるべく、某ライオンのテレビで使われているようなサイコロを振って話題を転換してくれた。
伊地知さんはメロコア、ジャパニーズバンクというジャンルの音楽が好きらしく、山田さんはテクノ歌謡やサウジアラビアのヒットチャートが好きらしい。俺は音楽に詳しくないので全く分からないが、一口に音楽と言っても色んなジャンルがあるんだなぁと勉強になった。後藤さんは青春コンプレックスを刺激しない歌なら何でもいいらしい。青春コンプレックスって何?
「星君は? 好きな音楽のジャンルとかある?」
「…………ラジオ体操の曲とか、シャトルランの時に流れてる曲とか、ええと、後」
「聴かないなら聴かないって言おうよ」
ごめんなさい。でも本当に最近は結束バンドのライブに触発されて、音楽とか聴いてみようと思ったりしてるんです。本当なんです。
「おい、星! 無駄話してる分給料から引くぞ」
「すんません!」
しまった! 長話しすぎて店長さんにサボってる所だけ見つかってしまったぁ! 真面目にモップ掛けしてたのに! ちょっと癒しを求めただけなのに!
店長に注意された俺は、すぐに床の清掃へと戻り、気を取り直して全力で作業に集中することにした。
▽
「お疲れ、今日はあんまり変なことせず頑張ってたじゃん。この調子で頑張ってよ」
バイトが終わった後、店長さんが軽く笑いながら声を掛けてくれた。その言葉に、思わず肩の力が抜け、思っていた以上に初バイトに気負っていたんだなと実感した。
仕事中に変な選択肢が出てこなくて助かった。というか、あんまりってなんだ。一切変なことしてないんですけど……
ただ、やはり選択肢さえなければ俺でも普通にバイトが出来るってことの証明は出来たな。
選択肢君もこの調子で頑張ってよ。
【今日は疲れたんで店長さんの家に泊まります】
【今日は疲れたんで虹夏ママの家に泊まります】
馬鹿野郎が!!!
アニメ見直してたんですけど、秀華高校の柔道部は道場破り大歓迎してて笑っちゃいましたね。