グレンがスワローマウンテンを事実上壊滅させたその夜の事。
廃倉庫となった場所に一人の金髪の男が逃げ込んできた。
その名前はディーノ・オルトランド。犯罪者集団スワローマウンテンを率いていたボスである。
冷酷非道を地で行くような性格をしているこの男は、苦渋の表情を浮かべていた。
「くそっ! アンデッドグレンめぇ、このオレの手下どもを……許さん、許さんぞっ!」
ディーノの叫びが倉庫内に木霊する。
中央部までやってくると、ディーノは近くにあった錆びた一斗缶を悪態づきながら蹴り飛ばす。
ひとしきり八つ当たりを済ませた後、ようやく冷静になった思考でディーノは考える。
「しかし、相手は20人30人相手に無双する化け物だ。どうすればヤツを始末できるのだ?」
相手の規格外な強さを知ってしまい、打開策を考えようとする。
ヤツがこのままいれば自分の前に阻んでくるだろう。どうにかして始末せねばならない。
ディーノがイラつきながら考え込む……そこへ背後から物音が聞こえてきた。
それも、鏡が砕け散るような派手な音が。
「だっ、誰だ!?」
まさか追手か! と、物音に気付いて身構えるディーノ。
そこで目にしたのは、いつの間にか背後に立つ一体の人影。
異形の影ともいうべきそれは、謎の黒いオーラを纏って正体がうかがえないようになっている。
影はディーノを見据えると、おどろおどろしい声で言葉を発した。
「お前、まだ捕まりたくはないんだろう?」
「っ、ああそうだ! オレはすべての人間に頂点に立つ! そのためなら警察だろうがなんだろうが、オレを捕まえようとするやつは消してやる!」
影の言葉に反応して、ディーノは必死に叫ぶ。
ディーノのその答えを聞いて、影は目を細めるような仕草を見せた後、あるものを投げた。
咄嗟にディーノは受け取ると、それは四角い石のような物体だった。
妖しい光沢を宿すそれに、引き寄せられるような魅力を感じたディーノはニヤリと笑う。
――その影に映るのは歪な形となっていた。
~~~~
路面電車を直した人物・トツカを引き連れてグレンがやってきたのは一つの飲食店。
三階建てからなる建物の一階部分には『World famous Davies doughnuts shop』と看板に書かれていた。
その店名を見てトツカは首を傾げ、グレンへと訊ねた。
「ここって?」
「デイビスだ。俺の寝床でもある居心地がいい場所だ」
「ふうん」
「ま、さっさと入った入った」
グレンに言われ、トツカはドアを開けて入っていく。
中に入ると、固定式の椅子が設置されたカウンター席に加え、いくつかのテーブル席が存在する。
いわゆるダイナー形式に見えるが、それに反して白と焦げ茶のツーカラーで落ち着いた内装はどこか温かみを覚える。
入店したグレンとトツカの存在に気づき、カウンター席の向こう側に立っていた一人の老紳士が声をかけた。
「お帰りなさいませ。グレン坊。仕事はいかがでしたか?」
「帰ったぜお爺、とりあえず構成員どもは殴り倒してきたが肝心のディーノの姿はなかった。きっと、どっかに隠れているはずだ」
「それはそれはまだまだこの案件続きそうで……おや、そちらの方は?」
カウンター席から出てきた老紳士、そこでトツカは彼の顏がよく見た。
中央分けにしながら片方へ前髪を垂れ流している形の銀髪、上唇に蓄えた髭、そして皺が刻まれていながらも整えられた顔立ち。
制服を纏いながらすらりと背を伸ばしている老紳士の姿に違和感をトツカは感じながらも、そこでグレンが紹介した。
「紹介するよ、トツカ・ハーケン。さっき路面電車を直した英雄様だ」
「なんと、それはそれは大層なご活躍でしたね」
「このレディに俺からの奢りをさせてほしいんだよ。キッチン借りていいか?」
「無論でございます。食材もどうぞお好きに使ってください」
にこやかな笑みを向けて老紳士はカウンターの奥にあるキッチンへと向かったグレンを見送り、トツカへと向き直る。
向き直った老紳士にトツカは驚きつつも、声をかけた。
「お邪魔しますね、えーっと……」
「私、シモン・デイビスと申します。この"デイビス"にて店を営んでいます」
「改めましてトツカ・ハーケンです。あの、デイビスさんとグレンとはどういったご関係で」
「ふふっ、そうですね。グレン坊は私の教え子のようなものですよ」
トツカにそう言いながら、老紳士――『シモン・デイビス』は名乗った後、楽し気に紅蓮の事を語りだす。
彼に促され、テーブル席へと案内されたトツカは彼の話を聞くこととなった。
「普段のグレン坊は悪党退治に勤しむ身ですが、それ以外だと便利屋紛いの事をしたりここで料理作って働いていたりしているものです」
「へえ、そうなんですか」
「少々言動に難ありな性格をしていますが、どうか仲良くしてやってください」
「あはは……とはいっても、自分この街に来たは探し物をしていて立ち寄っただけなんです」
「おや、そうなんですか? このサンフランシスコに一体何をお探しで?」
「えーっと、それはですね……」
シモンに聞かれてトツカは目をそらして言い淀む。
明らかに何か隠しているような態度にシモンは少し考えこむ。
だがそこへ、トツカの目の前に料理が盛られた皿が差し出される。
「なーに話してんだ……おら、焼きあがったぞ」
そう言いながらグレンはトツカへ自分が作った料理を置いた。
こんがりと狐色に焼かれ、網目状に編み込まれた生地と、中身のさいの目切りにされたミンチ肉が見えているそれを見て、トツカは目を輝かせた。
「なにこれ、美味しそう!」
「ミートパイだ、肉たっぷりで美味いぞ。ちなみに俺が作った」
「良いわね好いわね、とてもいいわ! じゃあ、いっただきまーす!」
トツカは手を合わせると、早速その料理・ミートパイを手づかみで口に運ぶ。
塩と胡椒、そしてソースで味付けされた肉の味とパイ生地の触感が口内に広がる。
グレンの作ったミートパイを口にして舌鼓を打ったトツカは3切れもあった物をあっという間に平らげた。
「ご馳走様!」
「おう、礼儀いいもんだな」
「美味しかった。機会があればまた食べたいものだわ」
「そーかい、そりゃ嬉しい限り」
ミートパイを完食して嬉しそうな表情を見せるトツカへグレンは淹れたてのアイスコーヒーを差し出す。
ゴクリと喉を潤すトツカに向けて、グレンは今後の事を訊ねた。
「で、これからどうするんだ? 旅行か何かか?」
「旅行、なのかな……いや、ここに探し物しにきたの」
「探し物? 一体なんだ?」
「あー、えっと……笑わないで聞いてくれる?」
「「?」」
先程と同じく言い淀むトツカの様子を見て、疑問符を浮かべるグレンとシモン。
暫しの間黙る彼女をじっと待つ中、神妙な表情で不意にトツカは口にした。
「怪人……なんですよ」
「怪人?」
「怪人というと、あのコミックヒーローに出てくるヴィランとかモンスターのような?」
「はい、そうです」
グレンとシモンの二人の質問に対し、そう答えるトツカ。
彼女の言葉を聞いた二人は暫し考え込んだ後……納得した言葉を発した。
「なるほど」
「なるほどですね」
「えっ、笑わないの?」
「まあ、なんていうか……」
「真面目な様子の方を笑う趣味はないし、グレン坊に教え込んではないので」
普通なら世迷言として笑われてもおかしくないトツカの言葉をあっさりと信じた二人。
余りの人の世さに戸惑う彼女へ向けてグレンが話す。
「というのもここ最近な、妙な噂が流れてるんだよ。『悪人が怪物になる』って噂が」
「えッ!? それ、本当なの!?」
「ああ。俺が今追っている奴も"怪物になった"って証言を確かに聞く」
「なるほど……ココへ急いで来たのは間違ってなかったようね」
グレンの口にした怪物の噂を聞いて、トツカは一人呟く。
彼女の様子がただ事ではないと思ったグレンは眉を顰めて、眉がハの字になったトツカへ話した。
「お前さんの言う怪人がいるかどうかの真偽はともかく、この街で噂される怪物騒ぎには何かの原因はある。どっちにしろ俺は危ない所へ首を突っ込むしかないがな」
「その怪人の噂されている人の下へ向かうっての?」
「まあな。お爺が言ったように悪人退治も賞金稼ぎの仕事のうちだ」
そう言いながら、グレンはトツカへあるものを投げ渡す。
受け取ってみるとそれは何等かの鍵であった。
「とりあえず今日はもう遅い。上の階にある俺の部屋のベッド貸してやるから、そこで休め」
「えっ、あなたは寝床どうするのよ?」
「倉庫で作業するわ。どっちにしろ親密じゃない麗しい淑女と一緒に寝れないんでね」
トツカの問いにそう答えると、グレンは店のドアを開き、外へと出ていく。
あの男、疲れ知らずなのかしら……そんな彼の姿を身ながら、トツカはグラスの中に入った残りのコーヒーを飲み干すのであった。
~~~~
早朝。
太陽が昇り始めたばかりだが、霧で陽の光が遮られている。
そんな光景をメンテ上げで床に眠っていたグレンは欠伸をしながら見ていた。
「ふあーあ……さーてと、今日も今日とて頑張りますか」
眠そうな目を無理やり開けながら、片手には魔法瓶で湧かしたコーヒーを作業机にあるマグカップにそそぐ。
湯気がいまだに立っているそれをまだ寝ている頭で呆然と見ていると、唐突に声が聞こえてきた。
「こっちにも頂戴」
「おうよ……ん?」
目の前に差し出された見覚えのあるマグカップを見て、グレンはコーヒーを注ぎ始める。
――何かどこかで見たことが、あれ家で使ってる俺のマグカップでは?
注ぎ終わった後にそう思いながら隣を見ると、そこにはトツカの姿があった。
「お前、朝早いんだな」
「まあね、あなたの怪物退治、手伝おうと思って」
「はぁッ!? なんで!? というかついてくる気か!?」
「私も用があるのよ、その怪物の疑いのある人にね」
「たっく、これから足取り探すってのに。それに……」
自分の仕事についていくというトツカへグレン驚きの声を上げる。
女性相手を危険な場面に遭わせたくないと思い、なんとか制止させようとするが、そこへ思いがけない言葉が飛び出る。
「隠れ居場所なら見当がついてるわよ」
「なんだって?」
「あくまで人間=怪物というのが成り立つ場合、だけどね。自信はあるわ」
「たっく……そこって何処だ?」
「ついていくって条件飲めるなら教えるわ」
「……案外強情だな、お前」
自信ありげな彼女の言葉に対し、ジト目とした視線を向けるグレン。
昨夜からの付き合いながら、何となくどういう人物なのか察した彼はとりあえずトツカの提示した条件を飲むことにした。
数十分後、グレンとトツカがやってきたのは、バルダーシティのとある倉庫。
人っ子一人すらいないようにグレンは訝しむ。
「おいおい、ここか?」
「うん、ディーノってヤツが潜んでいる場所がここだと思えるのよ」
グレンの隣で立つトツカは冷静な口調で答えた。
まさかギャングの男がこんなところに隠れているとは思ってもなかったようで、グレンは質問を投げかけた。
「何でここだって思ったんだ?」
「監視カメラをハッキングして調べた」
「おいおい、そりゃまた凄いな……」
慣れた手付きで内部に入りながら、グレンはトツカと共に周囲を探る。
今のディーノの部下は全員警察病院で寝込んでいるため、援軍の味方すら一人もいないはずだ。捕まえるのはそうたやすいかもしれない。
そう思いながら二人が内部周辺を探っていると、グレンの手がトツカを遮った。
「シッ……」
「ど、どうしたの」
「――出てこい、後ろから奇襲は失敗するぞ」
後ろを振り向いて視線を向けるグレン。
それに続いてトツカが振り向くと、そこに立っていたのは一人の男。
トツカは前もって見せられたそれを見て、ディーノだとわかった。
「チッ、何故気づいた?」
「うちにはそういうのが得意な客がいるからな。それと比べればズブズブの素人ってやつだよ、アンタ」
「えっ、どういう客なのそれ」
ディーノの質問に対してのグレンの答えにトツカは眉を顰める。
本当は追及したいが、今はそれどころはない。
目元に凄まじいクマが出来ているディーノが荒々しい声で追及してきたからだ。
「貴様、賞金首だな。俺を捕まえに来たんだろ!」
「ああ、ついでにお前を慕う奴らもぶちのめした。援軍は期待しない方がいいぜ」
「フン、元よりあんな貧弱な連中あてにしてないわ……このディーノが信じるのは、これだけだァッ!」
何処か様子がおかしいディーノの姿にグレンとトツカは後ずさる。
対してディーノは不気味に口角を上げながら懐からあるものを取り出す。
――それは、透き通るほどの立方体の石のようなアイテムだった。
それを見たトツカは驚きの声を上げる。
「それ、グレイヴクォーツ!?」
トツカの言葉を聞いて、隣にいたグレンはその焦りように只事ではない事が起きると悟る。
一方、ディーノは石型アイテムを胸に押し当て、二人の前で変貌する。
体は白を基調とした姿に、背中には鋭利に尖った突起物が生えている。
鋭い牙が並び、リーゼントを模した砲口が覗かせる頭部を持った怪人へと姿を変えた。
「ハハハハハ! なじむ! 実に馴染むぞッ!!」
バチリバチリと稲妻を迸りさせながら、その怪人――『ケラウノスディストーグ』はグレンとトツカへと襲い掛かる。
トツカを後ろに突き飛ばしながら、グレンは未知の怪人へと殴り掛かって行った。