青年期 二一歳の冬 四七 『弄月の魔宮』の巨鬼の戦士のお話

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青年期 二一歳の冬 四七 の巨鬼の戦士に感動して書きました!


ある一人の巨鬼の戦士の最後

東方の端の端、この世界の東の果てにある島国、そこが(それがし)の産土。

もう数百年も小さな島国の中で幾多の領主、豪族が戦を続け、平穏など誰も知らなくなって久しい末法の地。

某の一族が西方より闘争を求めて長い長い旅路の末にこの東方の果ての闘争の地にたどり着いて数え切れないほどの年月がたった。

この果ての地の戦士達は自らを侍と呼び、その生涯を武士道と呼ばれる規範に殉じて生きて死ぬ「常住死身」の心得を持っていた。

また、戦士として「常在戦場」の心得で常に戦のために自らを律して生きる生き方は、闘争を巨鬼との相性抜群で、その地にて根を張り、闘争を欲して島国の中を暴れ廻り、どこの勢力であっても強大な巨鬼の戦士は歓迎され、時に殺し、時に殺される巨鬼としては格別な満ち足りた日々を送っていた。

 

その戦乱の世の戦陣にて生を受けた巨鬼としてはありふれた生まれの某には、ありふれた巨鬼とは一線を画す悩みがあった。

齢50を前にして所属する部族でも有数の侍に成長した某は初陣から敵の大将首を獲り、それから幾多の戦陣に参加し、100を超える会戦を廻り、幾多の戦場で格別な戦果を挙げ続けて、名のある首を幾人も討ち取り、一等上等な尊称を部族から戴き巨鬼としての名声を欲しいままにしていたが、当の本人はまったく満たされていなかった。

身を焦がす熱、戦いでのみ満たすことの出来るその充実感、死を実感できる戦いを求めて長く長く戦いに身を投じてきたが、初陣を飾ったばかりの頃に感じていたその実感が、50年も戦場で過ごすと中々感じることが出来なくなり、100年経った頃には島国の中の戦場を見渡してもどこにも彼女の飢えを満たしてくれる強者が見当たらなかった。

 

強靱な巨鬼の肉体に加え、驕ること無くたゆまぬ努力によって鍛え上げ研ぎ澄まされた剣術、幾多の戦場にて強者と戦って屠り続けて培った戦闘術。その地獄のような経験は、その才能を完全に開花させ、この世に双ぶ者を探す方が難しいほどの圧倒的な強者へと巨鬼の戦士を成長させた。

某が闘争の中で得られる充足を希求しながら、満たされぬ日々、絶望的な飢えを戦いの中で誤魔化しながら、このまま切り死に出来ずに腐って死ぬのかと鬱々と過ごして居たとき、ある噂を耳にした。

 

昔々のそのまた昔、それは神々がまだ地上に在りし日の昔日に一人の邪術使いが大馬鹿をやらかした。

月と夜の神の神体である「月の欠片」を用いて、強力な邪術の錫杖を拵えたという。

その名を『弄月の杖』。神々と最も相性の悪い邪術の道具を創るのに神々の神体を弄んだその愚行を神々が許す道理もなし。

神々の嚇怒に触れたその邪術使いが根城としていた塔を、月を依り代とするあらゆる地域の月神様たちが力を合わせてこの世界から消し飛ばしたと言う。

だが、神々の力を持ってしても完全には消せぬほどにかの『弄月の杖』は強力であったがため、今も月満つる頃の晩にのみ、現世にその塔が現れるという。

 

その魔宮の名は『弄月の魔宮』。

 

精強なる武僧、幾多の英雄、豪傑らが挑んだが、誰一人として攻略して帰ってきた物はいないという。

魔宮の中にはこの世界のあらゆる知識、あらゆる英傑が年代地域を問わず封じ込められており、攻略した者はどんな願いも叶えられるという与太話だった。

 

某も最初は話半分で聞いていたが、与太話の中の一つの事に興味を持った。

その話のどんな願いも叶えられるという所は眉唾であったが、あらゆる英傑が封じ込められているという話に興味を持った。

 

『弄月の魔宮』は遙かな太古からあらゆる地域に現れ、これまで誰一人として攻略して帰ってきた者はいないという。

ではその攻略に挑んだ者達は一体どうなったのであろうか。

全員死んだのか?

なるほど、最も可能性が高いだろう。しかし、あらゆる英傑が封じ込められているという話から考えるに攻略に失敗したら、もしかしたら『弄月の魔宮』に囚われるのでは無いか?

そして、『弄月の魔宮』を攻略するにはその囚われた英傑たちを打ち倒す必要があるのではなかろうか?

 

その考えに至った巨鬼の戦士は戦場での退屈な戦の日々を放り捨てて『弄月の魔宮』に挑んだ英傑との戦いの可能性に賭けて、伝説の魔宮を目指した。

これまでの戦の日々で培った人脈を総動員して『弄月の魔宮』の情報を求めて、月神を奉る神社を巡り、秘伝として伝えられる現出場所を聞き出した。

 

そうして現れた『弄月の魔宮』は神代より聳立しているに相応しい異様な姿をしていた。

月の光を浴びてぬめぬめと粘つく液体に塗れたような歴戦の戦士をしてなお悍ましい姿をしていた。天に挑むかの如く聳え立つ巨大な塔はその不遜な伝説に相応しい畏怖を感じさせた。

 

そうして挑んだ『弄月の魔宮』の第一層に挑んだ彼女は、謳われた話が本当かも知れないと期待できるものであった。門扉や部屋の入り口に書かれた文字は読めなかったが、扉を開けて中に入ればそこに納められた膨大と言う言葉すら生温い数の本の山。与太話の中の古今東西あらゆる知識が封じ込められているという話が偽りでは無かったと事実に某は久方ぶりに心が高ぶった。

知識に興味が無かったため、貴重で希少な本を求めて死んでいる者達と大量の本棚の部屋を素通りして、最後に荘厳な台座に某の戦闘録なる巻物を掲げる像が像が建っていたが、一体誰が記した巻物だと訝しみながら、その書を両断した。

この塔を攻略するしないにかかわらず、戦いの中で死ぬことを望む某に未来のことなど知る必要が無い。その相手が誰であれ戦って死ぬことが出来るならば本望と言うものだ。

そうして本の誘惑を乗り越えたために攻略できたのか、ゆっくりと足場が上昇して昇った先に第二層が待っていた。

 

第二層は壁から生える延々と続く螺旋階段となっており、上を見上げてもその終わりは見渡せなかった。転落して死んだと思われる四肢がひしゃげているヒト種(メンシュ)の遺体が壁の近くに転がっているのを横目に、これを昇るのは面倒だと思いながらも登り口にある門に書いてある文字は読めなかった為、某は無視して階段に足をかけた。延々と続く階段を登り始めたはいいが、長々と昇り疲れたと思って休んで居たとき、ふと後ろを振り返って見たが床が見えなかった。階段の淵から下をのぞき込んでもそこには完全な闇があるばかりで登り始めた時にあった亡骸が見えなかった。どうしたものかと考えて、上はどこまで続くか分からないが昇った時間から昇った高さは大したことは無いと思いいたった某は、とりあえず下に戻ってみることにして、階段の淵から飛び降りてみた。

そしたら何と飛び降りた感覚も落下する浮遊感も無く、延々と続く階段の部屋から回廊の部屋へと移動していた。

 

何が何だか分からなかったがとりあえず階段の部屋は終わったと思い、先へと進むと一つの碑文が置いてあった。その碑文にはようやく読める文字、我が故郷の文字が刻まれているでは無いか。しかし、刻まれている文字は故郷の文字であるが文章は、隣の大国の文で完全には読み解くことが出来なかったが、「師曰く己が奉る祖霊に恥ずべき義を見過ごすことこそ勇気なり」と読めた。意味はよく分からなかったが先に進むと人の喚き声がして来た。ようやく英傑との戦いかと腰に差した刀に手を添えて進むと、牢獄に閉じ込められたヒト種(メンシュ)の男性が何事かを喚いていた。西方の言葉を喚いて隣の牢を指さしていたが、何を言っているか分からなかったたため、とりあえず無視して先に進むと同じように叫びながら、自らが閉じ込められた牢の隣の牢を指さしている何十人もの人達がいた。全員が同じように隣の牢を指さしながら叫んでいることでようやく先の文章の意味が分かった。ここに閉じ込められてる者達が「義を見過ごすことが出来なかった」ということが。おそらく、隣の牢に入れば某が牢に囚えられ、牢の中の者が解放される仕組みであるということに。そうして彼らが救いを求める囚人であることに気がついたが、それが彼らの選択の結果だと思い全て無視して先に進んだ。

 

そうして第三層が終わり第四層に上がった瞬間に待ち受けていたのは、完全な闇であった。瞬間、咄嗟に腰に差した刀に手を添えて周囲の気配を感じるべく、目を閉じて全周囲に気を巡らせると自らの感覚を侵される気配がした。この空間の中は平衡感覚や前後左右上下の認識を蝕み惑わせるような感覚に精神を集中させることで対抗していると、なぜか虚空から某の声が聞こえてた。自らが発していない、某の声に戸惑いながらも近づきてくるその声が某の間合いに入った瞬間に腰の刀を抜き放ち、一刀のもとに斬りふせると斬った感覚だけがありながら、斬ったものは無いという奇妙奇天烈な認識の後にはいつの間にか、第五階層へと移動していた。

 

第五階層は小さな部屋となっており、そこには先に続く扉だけがあるのみであった。その扉にはようやく読むことが出来る某の国の言葉で「汝の敵を愛せよ」との言葉が刻まれていた。読むことは出来たが意味は全く理解できなかったため、とりあえず無視して扉をくぐると、そこにはかつて好敵手が待ち受けていた。

 

その者を目にした瞬間、全身に鳥肌が立ち、絶対に間に合わぬと思いながらも、腰の刀に手を伸ばした。刀の鯉口を切ると同時に肩、肘、手首、そして腰の捻りを合わせて全身の力で抜き打ちの斬撃を叩き込もうとした瞬間、何事かを言おうとそのものの口が開いていたが、その言葉が発せられる前に、その喉首に抜き放った刀が吸い込まれていった。

クルクルと刎ね飛んでいく首を見てようやく相手が過去に某が討ち取った死人であることを思い出した。しかも、その死人の出来は相当に悪いらしく、油断して戦闘態勢が遅れ、絶対に相手の斬撃に間に合わぬと思いながらも、放った抜き打ちに全く反応できていなかった。好敵手であれば油断していようとも、初撃の居合抜きに反応できないなど考えられず、本気なら某の居合抜きが当たる前に某の首を刎ねていたはずなのだから。そこから好敵手の首が転がり、その首からいつも首を刎ねた時以上に血が噴き出しているのを見て、この好敵手が偽物であることを実感できた。

 

完全な油断で久方ぶりに死を感じて荒い息をしながらも、血糊を浴びてようやく『弄月の魔宮』の戦いが始まったと思った。そうして、気合いを入れ直して次の扉をくぐり、全身全霊を賭けた一撃を次の過去に討ち取った好敵手に叩き込んだ時、某は悲嘆に暮れた。そこに待ち受けていたのは本当に出来の悪い偽物でしか無く、某と命の削り合いをして戦った戦士では無かったからだ。某の一撃に全く反応出来ない出来損ないを何度か斬りふせて扉をくぐると第六階層へと飛ばされた。

 

第六層も小部屋で前後左右の四方に扉があった。そして、自らの身体がのっぺらぼうのようにしか認識できない奇妙な姿をしており、腰の刀もその姿がハッキリしなかった。妙ちきりんな感覚に戸惑いはしたものの、見え方が珍妙なだけで、手足が伸び縮みしたわけでも、刀の寸法が変わったわけでもないので、気にすること無く扉の先に進むことにした。四方のどの扉を開けるにしても指針となる先がないので、気にせず前方に進むことにした。今度は油断せずに戦闘態勢をとって扉を開けると、そこには同じくのっぺらぼうの姿をした何者かが待ち受けていた。何者かはこちらを認識した瞬間、持っていた獲物を真っ直ぐに突き出してきた。のっぺらぼうの獲物も認識できなかったが、長柄の何かであるとよんだ某はその鋭い突きを弾き飛ばして、その戦士が歴戦の勇士であること察した。その瞬間、某の中の巨鬼の血が騒ぎ出し、自然と頬が吊り上がるのを感じ、戦士としての名乗りを上げた。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 

相手に伝わっているのは分からなかったが、こちらの名乗りに応え相手も認識できない雄叫を上げて、おそらく名乗り返して来た。

こちらの名乗りに一切怯まぬその勇猛さに、嬉しさが込み上げながら某の流派の攻撃姿勢を取る。某の流派は一撃必殺。一撃に全身全霊を込めて攻撃を叩き込む、捨て身の戦法。防御を捨て前方の敵を打ち倒すことしか考えない無二の型。「その一刀に切れぬもの無し」が信条の全力の一撃を、相手は先ほど同じく突きにて対峙するべく構えを取った。間合いは長柄の相手が有利だがヒト種(メンシュ)の体型の相手に対して、巨鬼のこちらはリーチの長さが違うためそこまで不利では無い。相手の間合いを感じながら、ジリジリと近づいて詰めていきながらその瞬間を待った。そして、相手が突きを放つ気配を感じた瞬間に間合いを潰し、こちらの一撃を相手に叩き込んだ。某の刀が相手の伸ばされかけた腕に吸い込まれていき、振り抜いた後には相手の獲物と共に相手の両腕が飛んでいった。頬を走る傷から青い血が流れるのを感じて、本当に久方ぶりに戦いにおいて死がその身に迫り、生を実感する一瞬、これまで何十年も間求めてやまなかった身を焦がす熱を感じて、魂が満たされていった時、某の口から雄叫びが飛び出していた。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 

そうして、声を上げ終えて相手を見ると、そののっぺらぼうの姿がハッキリと像を結び、明確になっていった。

そこ居たのは古いの具足を纏った故郷の武僧であった。

傷口を脇で挟んで無くした両腕の血を何とか止めようと足掻く姿が認識できた某は武僧から話を聞くことが出来た。

曰く、その武僧は某が生まれるより1000年以上前に『弄月の魔宮』へと挑んでいること。

曰く、その武僧よりも昔の時代に『弄月の魔宮』に挑んだ者に会ったことがるという。

曰く、この第六層は勝者のみが扉を開けることが出来るという。

それを聞いた某は歓喜した。この第六層こそが待ち望んだ英傑たちが封じ込められている場所であると。

 

そうして、永い永い至福の時が過ぎた。

 

ある者はヒト種(メンシュ)の剣士だった、その鋭き剣は某の一撃より早く、その流麗な足捌きはこちらの一刀を当てるまでに何度も切り込まれた。

ある者は坑道種(ドヴェルク)の戦士だった、某の一撃を盾で受け流して戦斧にて反撃されたときは腹を断たれるところであった。

ある者は長命種(メトシェラ)の術者であった。その術は鎧に刻まれた術祓いの奇跡を抜いて某の身に傷をつける強力な一撃を放った。

ある者は吸血種(ヴァンピーレ)の純血であった。幾度も幾度も斬りふせるても賦活する強力な再生力、巨鬼に匹敵する豪腕に初めて殺し合いに負けるかも知れぬと思わされるほどの強さであった。

 

ある者は、ある者は、ある者は……、幾度も幾度も幾度も戦い、強き者も弱き者も、戦いにならぬ者もこの命の届きうる者も、何度も何度も戦った。

戦いの最中、抜き打ちの居合抜きを超えられるかどうかで、相手の力量を確かめるのが具合が良いことに気づいてからは、扉から現れる戦士に居合抜きを放つようになった。

 

そうして、数えきれぬほどの戦って、長い間、渇ききっていた巨鬼の飢えが満たされる日々を過ごしていたその時、その者は現れた。

 

その者は手に長剣を携えた小柄なヒト種(メンシュ)の剣士だった。

扉から現れた瞬間に腰を跳ね上げて前傾姿勢とり、腰の獲物に手を添えて鯉口を切ると全霊の力で居合抜きを叩き込んだ。

その者はこちらの動きを見た瞬間に半歩下がって、ギリギリ間合いの外に出て、某の一刀を躱していた。

 

巨鬼の戦士として相対するに相応しい、某の抜き打ちを躱した強き戦士に対して、称賛を込めて名乗りを上げる。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 

こちらの名乗りを受けて相手の剣士も名乗り、その手に持った剣すら名乗り返しているような堂々とした姿に、強敵の気配を感じて自然と口端が吊り上がる。

そして、攻撃姿勢からの床を踏み割る程の踏み込みから繰り出した全身全霊の袈裟斬りの一刀は空気すら切り裂く鋭さを持っていたにも関わらず、相手の素早い横っ飛びにて躱された。

地面を触れる前に刀を止めて、横に躱したその者に逆袈裟の一撃を見舞う。

こちらの一撃を読んだか薄皮一枚を切らせて反撃を狙った相手の裏をかき、手首を返して間合いを伸ばしてその腹を断たんと刀の間合いを伸ばすも、その身に当たる直前に相手が足を躙らせて間合いを外した。腹を割く一撃は躱され、胸甲に触れて火花を散らすのみで終わった。

内心で相手の読みの浅さに失望した瞬間に、こちらの思惑と必殺の一撃を反射的に躱した強敵に巨鬼の血が騒ぎ出すのを感じる。

 

仕切り直すためか数歩間合いを開けた相手は前のめりの姿勢に出足を読ませぬ脇構えを取った。

その捨て身の構えに某は歓び、自然と声を上げて笑っていた。

某の攻撃を三度も防いでいるにも関わらず、未だに殺気を感じさせない完全に制御された剣気に対して、こちらは相手を押しつぶすが如く全力で殺気を発して相対する。

相手が呼吸を整え、その一撃を繰り出す。その前にこちらから超高音の獣声の咆吼を上げて、相手との間合いを神速の踏み込みで詰めて、全力の一撃を繰り出した。

 

「~~~~~~~~~~~~~!!」

 

相手がどのように動こうとも、それ以上の速度で圧し斬ると繰り出した一撃に、相手はその剣をこちらの刀に叩きつけてきた。

一撃合わされた瞬間にこちらの攻撃が読まれ、いなされることを察して、寸毫で鍔で受け止めるように一撃を調整した。

某が繰り出す全身全霊の一撃の中から毛先ほどの僅かな溜めを、相手は完全に読み切り、刀の手元に剣先を叩きつけていなして、その出足似合わせて指を狙っていたのだった。

故郷にて國一番の鍛治師が鍛え上げ、並の剣なら毛ほども傷が付かぬ拵えの鍔をその半ばまで斬り込み、指を切る寸前まで押し込まれた。

しかし、この間合いなら某の刀で圧し斬ることが出来ると力を込めた瞬間に、相手が自らの剣を捨てて前進してきた。

「!」

その痩身でなぜという、一瞬の驚きに反応が鈍り、相手の動きに反応が間に合わなかった。

鍔に食い込んでいたはずの剣が消え失せ、身体が触れ合うほどの間近な間合いから繰り出された抜き胴はその痩身からは信じられぬ程の硬さで、某の防具と肉体を切り抜けていった。

 

不覚!!

 

相手はこちらの全力をいなすほどの超絶の戦士!一瞬の油断すら許されるはずが無いでは無いか!それほどの戦士が剣から手を離した瞬間に気を抜くとは!

自ら不覚に慚愧の念が浮かぶが、相手のつけた一撃はそれすらも待ってはくれなかった。

 

「~~~~~~~~~~!!」

 

内臓が押し潰される感覚にたまらず、足の力が抜け、膝を突く寸前に堪えて、手で傷口を抑えるが、口から耐えきれずに雄叫び漏れる。切り裂かれた腹から臓腑が飛びださんと、鎧との間で潰れ出していたのだ。

肩と腰で留めている縛りを解き、鎧を脱ぐと推し潰されていた臓腑が勢いよく解き放たれる。

内臓が潰される痛みから解放されて、一息つくと飛び出した臓腑を腹の中に押し込んでねじ込み、腹筋を絞って傷口から飛び出さないように力を込める。

 

荒い息が口から漏れ、全身から脂汗は吹き出るが、某の心は歓びに溢れていた。

これまでの人生で某をここまで追い詰めた相手は誰一人としていなかった。ようやく某の人生で初めてとなる、某を斬り殺してくれる相手に出会えて歓喜していた。

 

「お待たせして申し訳ない」

 

伝わらないのはわかっているが、こちらの不作法を待っていただいた相手に詫びねば戦士としての名折れというものだ。

相手の顔が見え無くとも、相手の声が伝わらなくとも、この相手には伝わっている。

全身全霊で殺し合っている者同士なればこと分かりあっている。

その確信があるからこそ、相手が口にした「~~~」が某を称賛していることが分かるのだ。

短く息を繰り返して、戦闘態勢を取り直す。

次の一刀で相手を殺す命を賭けた一撃。

相手もその淡く希薄な剣気に殺意が乗るのを感じて、自然と笑みがこぼれる。

 

そう、某を殺すのは其方のみ!そして、其方を殺すのは某のみ!其方こそ某の宿敵なり!

 

「~~~~~~~~~~~~!!」

 

絶叫と共に床を割る踏み込みと共に放った一撃は傷を負っていてなお、某の生涯最高の一刀であると確信した。

 

この一撃から逃れられる者は居ない!

 

そう信じられた一撃は、しかし、相手に当たることは無かった。某の繰り出した一刀は相手が滑るように横に移動して躱された。

全く足を動かす事なく動くその姿は相手が術者でもあることを表していた。

そうしてこちらの生涯最高の一刀を躱した相手は、その剣をこちらの胸に叩きつけてきた。

 

「~~~~~~~~~~!!」

 

雄叫びを上げて繰り出される上段からの一撃に、それを防がんと肘を持ち上げて肉体で受け止め、返す刀で相手を両断せんとする。

 

しかし、合金の皮膚諸共に肘を両断され、切り込んできたその刃が右胸に差し掛かると、胸の筋肉を絞り上げて膨張させ、その刃を受け止める。

 

そのまま刀を斬り返そうと左腕に力を込めるが、胸に差し込まれた刃に何かが叩きつけられて、一度目で膨張した肉を裂き、二度目で肺腑を切り、そして三度目に命を断たれたのを感じた。

 

胸の傷口から血が噴き出して、相手を濡らす様を見ながら遂には足の力が抜けて膝を突き、手から刀が落ち、身体が頽れた。

 

「某に討ち取りしその武勇、見事だった強き者よ」

 

幾年月を過ごし、この身を燃やし尽くす戦いが出来て、ようやく訪れた最後の充実に、口からは相手を称える言葉が自然と出ていた。

こぼれ落ちる命を感じて、胸を押さえながら、某を倒した相手を見上げながら最後の願いを口にした。

 

「さあ、某に……」

 

ああ、そういえばと、それまで言葉以上に気持ちが通じ合っていたため、相手の顔を見て言葉が通じていないことに思い至った。

 

この仕草なら通じるかと、トンと左手で首と叩く。

そうして、相手はその頷き剣を上段に構える。

 

「感謝する」

 

そうして、差し出した首に刃が落とされた。

 

「~~~~~」

 

薄れ行く意識の最後に、相手の惜しみない称賛が聞こえた気がした。

 

身を焦がす熱、戦いでのみ満たすことの出来るその充実感、死を実感できる戦いを求めて長く長く戦いに身を投じてきたが、最後の最後にその願いが叶えられた。

 

某の宿敵よ、感謝する。

 


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