目を開くと椅子に座っていた。
目の前には何の変哲もない机がひとつ。
自分が今まで何をしていたのかとんと思い出せない。
周囲を見渡すと、部屋の境目が見えないくらいの白が壁も天井も覆っている。目の前と自分の尻の下以外のものはまるで何も無い。ドアすら見当たらない。だとすれば自分はどこからここに連れられてきたのだろうか。
窓も見当たらないが不思議と閉塞感はない。
膨張色である白の効果だろうか。
他にものは無いと言ったが一応机の上にはひとつぽつんとホチキスが置いてあった。
どういうことだろう。
かしゃん。
手応えは無い。開いてみると案の定、芯は入っていない。
紙を留めることすら出来ないじゃないか。
留める紙すらないのだけど。
何となくホチキスを弄ぶ。
無機質な部屋に中途半端なカシャカシャという音が響く。
ふと魔が差して、自身の指を噛ませてみる。
「っ……!?」
指先を噛みちぎられるような痛みが襲う。
確かに芯などないことを確認したはずなのに吹き飛ばしたホチキスから取り出した指は、赤と銀のアクセントカラーが付いていた。そこでようやく思い出した、というか、気づいた。
自分の記憶がないことに。今までの人生で何があったのか何も思い出せない。
ぽたりぽたりと自分以外も染める、アクセントカラー。
さしうがつ激痛は私から思考力を奪う。
そんなことで外れるはずもないのに叫びながら腕を振り回すと、現代的なアートは部屋中に広がっていく。さらに接触した地点からさらに周りへ染侵を続けていく。
血の海は広がり続け、数秒でもう私の膝を越した。
必死に掻き分けて、テーブルの上へよじ登る。
いつの間にやら、部屋の四方は壁ではなくかと言って外でもない広い空間へと変貌していた。
そして、私の手にも気付かぬうちにメガネがあった。
かけてみると千里を見通すほどかなり遠くまで見れることが分かった。
遠方には何か島のようなものが目に留まったので、手をオールのようにしてねっとりとした血の海を進むと徐々にその全貌が見えてくる。
と言ってもそこまで大きなものでは無い。
私が横になって寝返りを打っても大丈夫そうってくらいのスペースだ。
不気味な渡航を終えて私はその場所で一息をつく。
ようやく安心出来はしたが未だ問題は解決していない。
どうにか打開しなければならない。明日の私が生きていくためにも、過去の私を取り戻すためにも。
スペースの中心には新しいホチキスが、高笑するかのようにこちらへ口を開けて待っていた。