貝殻が転がる音、波が海面を擦りながら流れる音。
耳を済ましてようやく理解できる小さい歌とそれら遍く全てを柔らかく包み込む青の歌は形容できないくらいに複雑だけれど、だからこそ私の醜い部分すらも全て覆い隠すかのように心を落ち着けてくれる。
潮騒とはよく言ったものだ。騒がしくはある忙しなく何かしらの音が聞こえるだけれど、その全ては「潮」の統一されたテーマに包まれているように思える。
靴裏と鉄と砂が擦れるザリザリといういじけた音ですら、その中に取り込まれているみたい。
くぐもった潮を聴きながら見る海辺は、強い夕焼けに照らされている。自分の目にフィルターをかけたかのようなオレンジ色は暖かいという色を万人に与えて、同時によく分からない切なさのようなものを感じさせる。
これは、懐かしさだろうか。見ているだけで手を伸ばしたくなるような、そんな思いが胸を締め付ける。
反対側の車窓へ目を向けると、かなり遠くに高層マンションが立ち並ぶ街が見えている。その中でも文字通り頭ひとつ飛び抜けたマンションが目を引く。最高層はその辺の下手な山と同じくらいかもしれない。だからか、それとも私自身のせいか最上部にだけ目がいく。もしかしたら今この瞬間、ママがこっちを見ているかもしれない。そう思うと、私からすれば否が応でも無視はできないものだと思う。
……いや、そんなことはないか。
自分で放った言葉を自分で否定する。
そもそも、あの人にそんなことはありえない。
だから私が何を思うこともない。
わざと強く否定するが胸の奥がちくりとした。
ぽたり。
廃車だから欠陥があるのか、どこかで塩水が落ちる音がした。
ここに来る前のことを思い出した。家を出る前に、私はママと喧嘩した。いつものように、いつも以上に。
その勢いのまま走って、家から出て、宛もなく走り続けてたどり着いたのがここ。だけど母はきっといつもの癇癪だと思っているだけだろう。
嫌な気持ちを振り払い、周りを見回す。
車内は長い間、潮風に打ち据えられてきたからか酷い風化を感じる。錆びた鉄とボロボロの座席。ところどころ足りない吊革。
手をかけるところは少ない。だが、もういいのだろう。
もう、走ることは無いのだから、なにかに手をかける必要もない。
海辺に打ち捨てられたこの車両も、私の人生も。
何となく床に落ちたつり革を手に取り、海に向かって思い切り投げた。そこまで遠くは行かなかったが、ぽちゃんと音を立ててそれっきり見えなくなった。波にのって遠くへ行くのか、それとも案外その辺の海底に沈んでしまうのか。私には分からないけれど、この場で周りと一緒に朽ち果てることは無くなった。
そう考えると、なにか大きなものに抗った気がして不意に笑いが込み上げてきて、車内で転げ回る。沈みゆく太陽と、ぼんやりとした月だけが私を見ていた。
私は今日で女子高生をやめる。