夕暮れ、部屋の中、ストーカーが、女を観察する為に、カーテンの隙間から、望遠鏡で覗いた。
蜜柑をすり潰したかのようなドロリとしたオレンジ色が、窓の隙間から盛れ出して部屋の中に一筋の跡を残す。
そこに望遠鏡を設置し、覗く俺は間違いなくどこからどう見ても立派な変人だろう。
何せ、望遠鏡の向かう先は向かいのマンションの一室。そこには女が1人。
切れ長な瞳にすらっとした体躯。それに見合う冷え冷えとした美人顔とくゆる紫煙。
最初はほんの出来心だった。
星を観察するためにいつもより早めに、望遠鏡の手入れをしていた時、向かいのマンションでギリギリ見えるか見えないかぐらいの動きがあって、それに好奇心をくすぐられた俺は、倫理観を投げ捨てて覗き穴に片目を突っ込んだ。
見えたのは健康ではなさそうな肌色。
そして黒の下着。あろうことか俺は向かいのマンションの、しかも下着姿の女を覗いていた。
頭のどこかで早く望遠鏡から目を離してこれはなかったことにしろ、と囁く声があったが俺はその女の姿に目を縫い止められたかのように動けない。
女はなんというか光という感じではなかった。
さりとて闇というほど割り切った色でもなく。
中途半端だが、それでも暗いよりの雰囲気。
そう、退廃的な空気を身にまとっていた。
眠いのか、それともそう言う目なのか。
ため息を着きそうなほど美しく切れ長で開き切ってないその目は、眺めた人間の生気を吸い取りそうな色気を垂れ流している。
ちょっとバランスがおかしければそれだけで奇怪なのに、完璧なバランスで保たれた体は今にも折れそうなほど細い。
鴉の濡れ羽色と称するのが正しいつややかな黒髪はおそらく腰の辺りまで伸ばしているのだろう。
不健康そうな肌をたどって行くと手元にはタバコ。そして深い紫のネイル。
彼女はあらゆる最低な話ではあるが、女としての魅力をそそられない。細く、男に媚びなそうで、そのうえで積極性はなく、何より美術品か何かのように性欲を抱かせないレベルで美しい。
けれど、俺はその女から目を離せない。
どこが、と言われると困るが、性欲を抱く見た目では無いのに彼女に欲情している。
気怠げなその溜め息が、タバコを挟むその細長い指先が、色気がなくて不健康そうなのに妙に艶かしいその肢体が。
俺の感情に爪を立て、撫で削る。
ふと女が顔を上げる。
そして、その瞳を真正面から見てしまう。
それは悪魔の瞳だった。
一瞬にして俺の視界も頭もその瞳で埋めつくされた。一発で人を絡め取り、逃さない。知らぬ間に手を伸ばした。それを手に入れたいと思ってしまった。脳に直接刃物を差し入れてクチュりといじられてるような、それが快感に感じるような。危険な薬そのものだこれは。
しばらくしてタバコを消費した女は部屋へ戻っていった。
一方の俺は、動けなかった。
心臓の音がやけに激しい。呼気に熱が籠っているのが自覚できる。
それから毎日と言っていいほど俺は向かいのマンションをストーカーのように、いやまさしくストーカーと言うべき行為でもって覗いている。
いつバレるやもしれない、だけれどやめられない。まるで死に場所を探しているかのような行動だ。
見えない底を求めて谷に下って、帰り道のことを忘れているかのよう。
ドロリとした光の中で今日もまた俺は望遠鏡の頭を上げる。