椅子に座っておいてくれ。
部長さんはそう言い残しててくてくと歩いていった。待って、という暇もないくらいに忙しない。
座れないから別の椅子を用意して欲しかったのに。部長さんが指した椅子には、先客がいたのだ。
羽。どっから見ても羽だった。
羽根ペンにできそうなタイプじゃなくて、ふんわりした天使の周りに漂ってそうなの。
よぉく考えたら、羽ばたきの時に周りに羽が散る演出って現実的にはすごい禿げてそうだよね。返事をしてくれる人はいないけど、ただ羽だけが椅子の上でぷわぷわと揺れている。
どうしようか。別によけて座ったらいいだけなんだけど、無機物とはいえ何となく罪悪感がある。こう、パソコンの上で気持ちよさそうに寝てる猫ちゃんをどけようとする時みたいな。
さて困った。
オフィスの中で羽に困らされるなんて人間の中で初じゃないだろうか。
だけれども、座ってないならないで部長さんの温和な顔がしょんもりしてしまうかもしれない。
それもなんやかやで回避したい。
こんな時にちょうど良い案があれば……。
その時、開いていた窓からぶわりと風が吹いてきた。紙はおいてないからばらまかれたりはしない。カーテンがぐわぐわなってるけど、取るに足らないことだ。ぐわぐわと蠢くカーテンはまるで鳥の翼みたいだ……っと。
そうか、そうだね、そうしよう。
待たせたね。
カップラーメンを作って食べ終わりそうな時間がたってから部長さんは帰ってきた。
手には色んな資料とか物を持っている。
1人で運ぶのはちょっと大変そう。
椅子があるとはいえ済まなかったね。
僕は椅子からたちあがり言った。
いいえ、ぜんぜん。
この子がいたので!
部長さんは僕が指さした机を見て、はてなと首を傾ける。
何も無いけれど?
僕は横を見てあっと声を上げ、慌てて辺りを見渡した。
さっきまで風にゆらゆら揺れていた羽は、机の上に運んだ時と同じように、風の力で遥そらの遠くへ向かっていくところだった。
僕は1人の友達の旅立ちを見送ることしか出来なかった。
だけれど、そんなしょんもり顔の僕を見かねたのか、部長さんは声を明るくして言う。
そら、次は君の番なのだから
どういうことでしょう。
つまり、あの羽は君の先行きを示しているのだから、落ち込んでる暇はないということだ。
もっと高く気持ちよく綺麗な場所へどこまでも行けるということだよ。
その言葉に僕は目を輝かせた。
ああ、そうだともじっとしていられない。
これから頑張ることに理由はいらないのだ。
あの羽のように僕もいっぱいの空へ飛んでいくとも!