遠い昔の話です。
どれぐらい昔かと言うと、それはもうすごい昔。
あれですね、天地が分かれて無が口々に開闢を祝うぐらいの昔。
そんな現代から遥はるか遠い空の下。
いや、空という概念すらあやふやなものの下。
1つの存在が生まれ落ちました。
神様が想定しておらず、認知もしていないナニカ。まだ悪性も善性もない世に産まれたものですから、何をすれば良いかもとんと分かりません。
悪行しようとも悪が分からず、善行に励もうとも周囲は先も見えないくらいの混沌で、どんな行動が何に繋がるのか想像すらつきません。
そもそも、そういった何をしようなんて意思すら希薄だったのですけれど。
その存在は、神様なんかでは到底ありません。
神様たちが認めようともしないでしょう。
さりとて西洋に伝わる悪魔というほど、精神が荒みきってるわけでもなく。
そうですね、現代で言うなら「妖怪」とでも言うべきでしょうか? え、古い? またまた。
妖怪さんは何も無い中、ひとりで待ち続けました。だってほんとに何も無いんですもの。
幸い、食事の必要は無いらしく飢え死ぬことはなかったです。
待ち続けると、神様が天上から大きな鉾を持ってぐにゃぐにゃの混沌をかき混ぜ始めました。
それからはあっという間。大地ができ、森ができ、山ができ、川ができて、海も出来ました。
その内そこにすまう生き物も出現し始めました。
それでもその妖怪はじっと待ち続けました。
いえ、待つ、というより何もせずにいました。
何をしたら良いか分からなかったので。
ただ、徐々に幾らかの生物たちが自分の周りに集ってきたのを感知するのみでした。
鹿やイノシシ、虫や鳥、魚。いろんな生物と何もせず生きていると、自分の前に食べ物の山が積まれていたのでいくらか頂いてもいましたが。
そうして、そのうちに大陸の端に見たことがない生物が現れ始めました。
常に二本足で立って、手を使って道具を作り、大きな住処を建てて暮らすもの。
そう、人です。神様が人をお造りになったのでした。
人はあっという間に増えた上に、生息圏を急速に広げてあっちこっちに居るようになりました。
それでも妖怪と生き物たちは元の森の中で静かに暮らしていたのでした。
さて、そこから暫く……人間換算で何百年か経ったくらいでしょうか。
一人の人間が、森の中へやって来ました。
妖怪さんがいた森はだいぶ入り組んでいたのですが、その人間さんはいかな幸運かそれとも不運か、妖怪さんの目の前までたどり着いたのでした。
最初は、人間さんの言っていることが分からず、ただ話を聞いているだけだったのですが、どうやら外に出たいことだけは何とか伝わったので、妖怪さんは人間さんの手を連れて森の外まで連れていきました。
今まで森の中で動物たちと遊んだりはしましたが、森の外へ出るのは初めてのことなのでした。
そして、その初めては次の初めてを連れてきます。
人間にあって、森の外に出て。
次は他の人間に会いました。
最初、ほかの人々は警戒しているようでしたが連れてきた人間さんが何やら説明すると、途端に頭を下げ始めたのです。
妖怪さんにはなんの事やら分かりませんが、彼らがするように適当に頭を振っているとそのまま彼らの住居まで連れていかれました。
妖怪さんには分かりませんが、彼らは妖怪さんのことを土着神さまだと思ったのでした。
全く同じ形の朝露が2粒落ちるくらいの時間が経ちまして。
妖怪さんをもてなす住居はすっかり豪華になり、人の話す言葉もしっかり分かるようになりました。
なぜかは分かりませんが、常に1人付きっきりでお世話をしてくれる人がいるからです。
そうして、自分がどう扱われているのかもようやく分かりました。
なので、妖怪さんはその場から出ていきました。
だって、自分は神様と呼ばれるほどの能力をもちあわせていないのです。
せいぜい、他の存在達より長く生きている、ただそれだけなのだ、と妖怪さんはそう思っていたからです。
とはいえ、お世話をしてもらった恩というものも理解している妖怪さんはきっちりとものを残していきました。
その地は以後どれだけ経とうと、魔のものに脅かされず、天候が大きく荒れることは無かったそうです。
そうして、妖怪さんはその村から出て新しく得た知識で世の中へふらふらと度に出ていったのでした。
ただ長く生きるだけで力を持つ存在、というものは知識ならまだしも実際の力が強くなるのはどうも納得はできませんが、妖怪さんはその例に漏れず大して力が強くなった訳でも無く、ただ長く生きただけの知識を持った存在です。
ただ、その基本材料があまりに混じり気のない純粋な物質だった上、混沌の時代をなんともせずに過ごすくらいのタフネスがあったわけですが。
「で、そんなアンタがなんで西洋の教会なんぞに?」
「捕まった、助けて」
そんなとこから始まるこの話。