鉄をコンクリートで擦る音。
何も考えず直感で真横に跳ぶ。直後、爆弾のような破砕音と共に元いた場所が弾け飛ぶ。
「おいおい、避けるなよォ」
もうもうと立ち上る土埃の中から声が響く。
黒板を引っ掻く音に似た、本能的に人が忌避する声色。その声は害意に満ちている。
私はそれに答えず、この場から全速力で走り去る。
この逃走劇で何度か聞いた舌打ちが、後方で小さく聞こえたが、そんなことを気にしている余裕は無い。
次の音が。
その場で急ブレーキ。
くる。
足に力を込めて飛び上がる。
キィイギィィ!
突如地中から剣が飛び出した。
あのまま進んでいたら、モズの速贄よろしく串刺しだったろう。額から垂れる汗を拭い、息を整えて再度走り出そうとする。
だが、敵がそれを許すはずがない。
「安心には早いんじゃァねえか?」
その声とともに、今度は真横から空気がひしゃげる質量が迫る。前方には避けられない。
慌ててもう一度ジャンプするが、思ったより迫る気配が大きい。
これは……
さっきよりさらに大きい音が爆発した。
俺の目の前で列車を模したでけぇ鉄の塊が、隣のビルに突っ込んでいた。まもなく、ビルには亀裂がところかしこに走り大質量が降り注いでいく。
流石に取ったろ。
懐からタバコを取りだして火をつける。
仕事終わりの一服こそ至高の逸品を。30年前に1度だけ売り出されたこのタバコは、再販はもう無いがその味は高級品のタバコよりもガツンと来て俺好みのモノだ。まぁ、今じゃそこらの高級品よりよっぽど高い代物だが。
仕事は終い、今回入った依頼料でまたこのタバコを仕入れることが出来るだろう。
そんな風に帰ってもないのに仕事が終わったあとのことを考えていたのが悪かったのか。
それに反応できたのは本当にただの幸運だった。
風を刻む音が聞こえた。全長はそれだけ。
なんとなく体を1歩後ろに下げる。
指が、タバコを持ったまま宙に舞った。
「げェ、え」
目の前には虎がいた。
嵐のような荒々しい鉄爪を装した、猛獣よりも危険なクソッタレの脅威が。
「安心には、早かったね?」
ああ、嫌だ。とても嫌だ。なぜそんな化け物にでも遭ったような顔をするのか。こんな平和に生きている少女を前に何故そのような歪んだ顔が晒せるのだろうか。不愉快が指先につたわり、無意識にチャキリと鉄が擦れる。
自分の手よりもふた周りほど大きなこの得物は、元来使わない予定だった。このまま撒くことが出来ればそれで良かったのだ。私は平和主義者なのだから。
だが。
目の前のやつが台無しにした。
台無しにしやがったこのクソヤロウが。
平和主義者の私の目の前で平和を奪いやがったのだ。
であれば、狩らぬ道理はない。
今の攻撃によって、仕留められなかったせいで余計なエネルギーを使ってしまうのは少々業腹だが。
そして、やつは決定的な間違いを犯した。
コンクリートジャングルとは本来の意味とは違うだろうが、周辺に撒き散らされた遮蔽と足場によって、ここは既に私の|狩場«ジャングル»だ。そう、なってしまった。
獣がごとく両手を地に起き、脚を適度に開き適度に折る。上体はいつでも動かせるようにダラりと、だがしなやかに。気分はさながら飛びかかる虎のように。
「さぁ」
クソッタレをぶちのめすことを考えると、思わず口角が上がる。垂れた舌がその輪郭に追従する。
「延長戦と行こう」