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ずっと昔、僕がまだ小さかった頃の話。
働き始めてから二、三年経った今から考えると夢か本当かも朧気だけど、ソレでもずっと憶えている事がある。
それは小学生の暑い夏の夜に起こった。
その日、僕はご飯を食べた後縁側で少し寝ちゃったんだ。
途中、誰かに起こされた気がしたけど起きたらあたりは真っ暗だったんだ。家の明かりとか物音すらも消えていた。
いや、真っ暗、というのは正しくない。
僕の目の前には小さな明かりが飛び交っていたから。
ふわり、ゆわりと小さくて柔らかい光が飛び回っていて、それが綺麗に見えて魅了されたのを憶えている。気づけば僕は、その光の中へと歩みを進めていた。1歩ずつ1歩ずつ、どこへ向かうともしれずどこまで続くのかと微小だけど抑えられない好奇心で。今思えば、あぜ道にハマらなかったのは夢だったのだろうか。奇跡かそれとも必然か。
光に足を誘惑されながら、僕はゆっくりと前へ進んでいく。光を仰ぎ見るように、くるりくるりと見回しながら歩いたから、果たして本当に前かは分からなかったが。
ふと気づくと目の前には今までよりもたくさんの光が集まっているのに気づいた。
強さは無いけれど、柔らかく周囲を照らす光。
そんな中に僕は立っていたんだ。確か、パシャリと足元から響いたから、池か湖の端かなという考えがぼんやりとあった気がする。
そんな思いも蛍の光に連れられてどこかへ去った。残ったのは、彼らの光のようにあまりに頼りない強さの好奇の心。
その光のように視線もあちらへこちらへとふらふら誘導されていく。
そうして、好奇心を満たしていくうちに徐々に目が霞んでいく。
いや、霞んでいるのは目ではなく空気だった。
いつの間にか僕は霧に囲まれていたのだ。
蛍の光は未だ漂っているものの、霧を通してみるそれは夜闇に対してあまりに脆弱だった。
このまま帰れなくなるのでは?
そう思うと急に怖くなった僕は一気に駆け出し、この場から離れようとしたんだ。
だが、どちらへ行っても弱々しい光とパシャリパシャリと水の音。もはやどちらへ進むのが正解か、戻っているのかそれとも別の道へ逸れているのかさえ分からない。
大声を出しても、田舎の、しかも夜半。誰に届くことも無いだろう。もしかしたら誰に気づかれることも無く迷い続けるのでは、いや野生動物に食われるのでは。はたまた既に幽霊、妖に拐かされた身なのでは無いかと心身を疑う。
ひたひたと迫る絶望は僕の心も体も蝕んでいく。べっとりとした霧はまるで得体の知れない生物に捕食されかけているのではないかとすら思えてきた。
思わず、声を漏らして泣いてしまう。
そんな時であった。
「どうしたのかしら、こんな時間に?」
目の前に手が差し伸ばされた。
先程までここには自分一人であると思っていた為、急に出てきた手に驚いて涙も引っ込む。
「だあれ?」
問いかけた声は縋るような情けない弱々しい声だったと思う。
それでもその人は、自信のあるような声でこういった。
「迷子を助けるお姉さんよ」
あまりに珍妙な答え。
そんな奴がいるものかと今なら怪訝な顔をするだろうが、当時の僕には物怖じしないその声が本当の救世主であった。
いつしか震えはなくなっていた。
そうして、その人の手を取るとぎゅっと握り返してくれて、そのまま僕を引っ張っていく。
顔は身長差と夜霧に紛れて見えなかった。ただ暖かい手と袖の長い巫女服を着ていることだけしか。
顔が見えない大人なんて怖いはずなのに、その時は何故かとても安心できたのを憶えている。
僕とは対照的に迷いなく霧を切り進み、ずんずんと歩いていく。ついていけなくて転びそうになったりしたのが今でも恥ずかしい。
そうして、いつの間にか僕は霧を抜けて家の縁側の前にいた。あんなに泣きそうなくらい(実際泣いたが)迷っていたのが嘘みたいにあっさりと。
僕はその人にお礼を言おうとした。
だけれど、あんなにしっかり掴んでた手はもう感触がなかった。
あれが夢か現実か。はっきりと分からない。
だけど、曖昧な記憶だけれど、霧中で僕を助けてくれたあの人のように僕もまた、もう迷わない。
僕は今も、いつまでもあの人を探している。