車の中から見る景色にはもう飽きた。
もう1時間半は見渡す限りの緑とあとは空の青だけの代わり映えのない色調。車の外では他の色はそれ以外見ていない。
「ねーえー、まだつかない?」
運転してる父に幾度目かの問いをなげかけるも、変わらずにこやかに
「もうちょっとかかるかなァ」
と返ってくる。鏡越しに見える黒縁メガネと柔らかな目元も変わらず。もうなんか、そういうbotなのではと疑いたくなる。可愛い娘の質問なんだからもうちょっと愛想とかさ?
とはいえ、父も父で長時間の運転なんだからその疲労は、私の退屈よりも気遣う必要があるのは推して知るべしだろう。
そもそもこうなったのは半分私のせいでもある。
おばあちゃんの家へはいつも高速道路を通って、近くの街まで快適にそれなりに早く着いてたのだ。
だけど、今回は父が
「たまには高速道路以外から行ってみないかい?景色も綺麗だしそんなにかからないよ」
と提案をしてきたので、それに私が乗った訳だ。
あの時の私に会えるなら、『絶対高速がいい!って言って!』と懇願したい。
確かに景観はとてもいい。イヌスタ映えする緑の若々しさと空の青のコンビネーションに最初の方はパシャパシャ写真を撮ってたのだ。
ただ、それも最初の30分ぐらいの話。
店の1件どころか民家すら見当たらない道をずっと見せられると、流石に華の女子高生は飽きてしまう。
ただ、私の心情とは裏腹に父は大満足らしくいつもは落ち着いた雰囲気なのに、口数少ないのは変わらないけど今は結構楽しそうというか目がキラキラしてる気がする。今も母がいたらちゃんと分かってただろうな、とふと思った。
まぁ、久しぶりに楽しそうな父も見れたし、出来る子供はもう少し我慢しておきますか!
てか、ここネット繋がらないんですけど。
現代文明の敗北を感じながらテケテケと文字を入力したり、見飽きた窓の奥から狐を見つけてテンション上がったりしてると、1つの丘で車が止まった。
「おいで」
父がいつものように口数少なく、だけどふんわりと笑って誘う。気持ちいつもより目元の皺が深くて、目の奥が少し遠い。
真昼間の夏の日差し(田舎バージョン)は乙女の肌に大敵なんだけどそこんとこ分かってる〜?
なんて思いながら父に連れられて丘を登る。
そこまで険しくもない丘をしばらくゆくと開けた場所に出た。
そこからは四方が見渡せて、見守るかのように大きな木が1本生えている。なんかドラマとかでピクニックしそうな場所、って言うのはちょっと俗っぽいかな?
「ね、ここってもしかして母さんと来たとこ?」
流石に一休みでこんなとこ来ないだろうし、私を連れて来たかったのも多分そういうことなんだと思う。
「うん、そうだよ。
ここはね、母さんとあったところ。で、母さんに告白したとこかな」
目を見開いて、父に顔を向ける。
今までそんな話、どころか母のこと自体全然話してこなかったのに。
母が亡くなったことは、父が1番辛かったはずだから私はその話題を避けてたし、父も話したくはなさそうだったから、いつしか私たちの間でそれは禁句となっていた。だけれど、今遠くを見る父の顔には険しさも悲しさも見当たらず、ただ安らぎがあった。
「約束を」
こちらを見て、私の頭を撫でる。
大きくて暖かくて、私を守ってくれた手。
「約束をね、思い出したんだ」
そういうと、木陰に私を呼ぶ。
夏とは言え、影になっているところは安らぎと涼しさがあった。風が気持ちいい。
「子供が出来たら、2人でいつかここに連れてくるってね。今まで、忙しくて出来てなかったけれど」
「2人って……」
「うん、分かってる。だから、コレを持ってきたんだ」
そういうと父は、大事そうに抱えていた箱から取り出した母がいつもつけていた髪飾りを取り出した。そして、自分の首に付いていたネックレスを取り一緒に握る。
「生きてるうちにしたかったなぁ、って後悔はあるよ、遅れてごめんね」
風が揺らす木の葉の音、父の言葉が混ざる。
それは優しくてなぜだか涙がこぼれてしまう。
父は静かに目を閉じ、なにかの言葉を待つようだった。きっと言葉が返ってこなくても、父にとっては意味のあることだ。
しばらくして、父は目を開けて私に顔を向けた。目元が赤いような気もするけれど、できる娘はそんなことを指摘しない。
「行こうか」
「うん」
父と手を握って丘から降りていく。
その途中、突然電車の音が響く。
ほんとにたまたま近くの線路で通過するようだ。私も父も一目見ようと振り返って立ち止まった。そして、その一瞬後、電車の轟音と鳥が羽ばたく音が重なる。
そして、
いつも遅い人ね。あいしているわ。
耳の奥に、懐かしい声が蘇った。
父が驚いたように、珍しくまん丸に目を見開いて、さっき枯れたはずの雫を目から落とす。
電車は直ぐにとおりすぎたけど、私たちはすぐには動けなかった。だけど、それで良かった。それだけで良かった。