クマのような雄叫びと共に、空気を打ち震わす音が重く混ざり合う平日深夜2時。
たまたま目が覚めた時にこの仕打ちだ。しかも1回じゃなくてこれで三回目。眠ろうとする度に響き渡るから、睡眠妨害にも程がある。私になんの恨みがあると言うんだ。
仕方なく、服を着て外へ向かう。ったく、明日も仕事だってのになんだってこんな時間に。
ドアを開くと、獲物を見つけた冷気が肌を淡くなぞり、思わずブルリと震える。
もうそろそろ冬だなぁ、という思考と、変態の活動時期って春じゃなかったかなぁなんて益体もない呆れが混じる。
音を頼りに近づいていくと、果たして家の裏手辺りの位置にそいつはいた。
言葉にならない感情を振り絞り、ひたすらに電柱を蹴り続ける良い歳の成人男性。
仕事帰りなのだろうか、きちっとしたスーツに重く燻しく光る靴には年季と、持ち主が物を大切にするであろう性格が写し取れる。
そんな男が、今はなりふり構わず電柱へ攻撃を仕掛けているのだ。目だって血走っている。一体何があったというのだろうか。平常時であれば、できるだけ遠くに位置していて欲しい人種のお手本だ。
だが、こいつを片付けなければ私の安眠は守られない。1つ大きくため息をして男へ近づく。
覚悟は決まった。
「おいあんた!」
後ろから声をかけるとホラーも真っ青な勢いで、グリンと振り返る男。その様子にちょっと引いて体を反らす。
男は、人の目を意識して少しだけ理性を取り戻したのか、私に焦点を合わせると背筋を正す。
「いかがされましたか?」
落ち着き払った勤続30年以上の執事のような渋い声。とてつもなく怖い。この声と態度を出せるヤツが先程まであんな奇行をしていたのかと思うと、むしろどれほどのことがあったのかと恐怖を感じてしまう。
しかし、私の安眠のためにもここはビシッと言ってやらなければ。
「あー、そのさ。何があったかは知らないが、この辺で騒がれるとみんな寝てるからさ、迷惑なんだわ。
特に私はこの時間帯に目を閉じようとしていたところにあれだから」
「ほう、それは申し訳ないことをしました」
ただ注意を受けたぐらいで何もそこまで深々とお辞儀をしなくても。そう思わずにはいられなかったが、なにか底知れないものが感じられてやめた。
「分かってくれればそれでいいんだ」
それだけ言って私はその場を離れようとする。
どうしてもその男から早く離れたかった。
その場からではなく、その人物から。
だが、背を向けてから数瞬後。私の手にカサカサと乾燥した皮膚の感触が強く現れた。
「まぁまぁ、今夜のお相手がいなくて困ってたとこなんです。もし良ければ1曲いかが?」
あらためてふりかえって見てみると男の口は耳まで裂けていた。
それを見て私は……
「なんだ、人間じゃなくて怪異か」
背負い投げて、踏みつける。
「な、え、はぁああああ!?」
じたじたと暴れ回るが、残念なことに私の靴は特注怪異対策用だ。今日はもう掃除した後だってのが私にとっての残念ポイントだが。
「さ、どうする? このまま死ぬか、さっさと逃げるか」
私の問いかけにやつは、クマのような叫び声をあげた。