ごちゃまぜ習作集   作:お否さま

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今回は三題噺じゃありません〜


変わらない

 

視線の先の人物が金属を打つ。それは長く長く、空間にへばりつくように震え続ける。この音は嫌いだ。負の象徴でしかない。

けれど、周りの人達はまるで有り難いものであるかのように手を合わせ、祈りを捧げる。

これ自体にありがたさを感じている訳では無いのは知っている。けれど、それでも仲が良かったはずの故人を見ず知らずの他者へ送り出した上に、そんな奴に祈りを捧げているような光景に疑問は覚えないのだろうか。誰にでも訪れる普遍的で、忌避されるべきもの。それを本人の意思さえ無視してさも壮大なものとして演出するのは。

 

分かっている。

分かっているのだ。

 

皆一様に、悲しさを押し出し、黒と白がほとんどの空間。

右も左も気を抜く人間は居ない。

もぞりと、椅子の上で尻を動かす。

咎めは無いが、私の行動に気づかない故。すぐ真横にいる人ですらも。

 

拭かれなかった涙は、一雫のみならず幾度も滴り落ちた。

何者かが人の不幸を啜り続ける。

 

頑張った誰かが認められるのは正しいこと。

頭では理解している。

 

直に前方から順に、死者へと招かれ最後の挨拶をしに行く。

時間があると思ってたのに、それは直ぐに私の前まで来た。

席を立ち、黒の海を歩き行く。たどり着くは彼岸行きの船に収まる、母親。

安らかな、顔。

そこで眠る母は随分と穏やかで、眠っているようだった。

 

その顔を見ると、胸の奥に堰き止めていた感情が溢れていく。

声も、雫も、止められない。

 

「なんで、なんでだよ」

 

誰かがその顔にしたのだろう。して、しまったのだろう。

喉奥をこじ開け、口を強引に開かせそいつは俺の口から飛び出した。

 

「なんでなんでなんでなんで!」

 

「啓太。父さんも、同じ気持ちだよ」

 

「違うよ、父さんはただ少し悲しいだけだよ!」

 

「そんなことない!母さんが死んで、悲しさがこんな、こんな、こんなもんで済むはずがないだろ、俺だって、お前と一緒に泣き喚きた___」

 

「じゃあなんで!!!」

 

ひときわ大きな言葉が飛び出す。

 

「なんで母さんの顔に疑問を持たないんだよ!!!」

「……っ。それでもあの顔のままでいいはずないだろ」

「そうだよ、父さんはその程度なんだ。母さんがこんな顔のはずないのに!」

 

頬に熱い衝撃が走る。見たこともないくらいの厳しい顔の父が目の前に立っている。だけど、俺は止まらない。止められない。止めたくないんだ、この感情を。

 

「母さんが!!! 母さんがよ」

 

「あの人がこんな綺麗な顔で死ぬわけないだろ!」

 

「自分の作品に命を捧げていた母さんが!

夢を叶える為にあらゆる努力をしていた母さんが!

俺と、あんたのことをそれ以上に愛してくれた人が!!!」

 

「なんの未練もないみたいな、こんな心が消えたような顔で死ぬわけが無い!!!」

 

会場にはしばらく俺の息切れだけが響く。

父は顔を歪めていた。

 

当然だ、俺なんかよりもずっと何年も、そして計り知れないくらい深く一緒にいたんだから。俺の言ったことがなんなのか、理解出来る。理解どころか自分の事のように苦しいはずなのだ。

あの人がどんだけ血反吐吐きそうなくらい苦しい顔で作品作ってその末に、何を得てどんな顔をしたのか、1番近くで見てきたのだから。

だが、それでも彼はどうしようもないほど大人だった。

身を削るような絞り出すような細々とした声が、父さんから出た。

 

「母さんは、死んだんだ」

 

普段は自信たっぷりなあの父さんからのか弱い声。

その事実を自分の口から、取り出すのはどれだけ辛いのか想像にかたくない。

だからこそ。

 

「うるせぇ、あの人の口から死んだって聞くまでは信じねぇよ俺は。」

 

いつもそうだった。あの人はいつだって自分の口から終了を告げていた。

俺は母さんの子だ。だから、俺があの人を継いで、いつかあの人に告げに行く。俺が完璧にやっといたからって。

そう、俺だって頭では死んだって理解してる。

だが、言いたいのはそんな生物学的な死では無い。

あの人の魂の話、ただそれだけだ。

 

「死ぬことは綺麗な事でも特別な事でもない。なんでみんな分からねぇんだよ」

 

父さんは何も言わない。誰も何も言えない。

俺に呆れているのか、理解できないのか。

どうでもよかった。

俺は死を祝うその場から逃げ出した。こんな所で時間を無駄にしている暇は無い。生の残滓をかき集めて、あの人の魂を完成させる。

 

父さんはいつまでも口を閉ざしたままだった。

1度だけ振り返ると、線香の香りが鼻腔に忍び込む。その向こうの彼の顔はとてもとても、大人とは言えず、迷い子のように憔悴していた。

扉を閉めて、その顔を締め出す。

 

線香の香りがいつまでも、いつまでも残り続けた。

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