時が近づくにつれて、ざわめきは徐々に大きく、そして加速していく。
周りの人間はどれもこれもやたらと忙しない。
かく言う自分も、胸のドキドキが抑えられない。3年以上も追ってきたんだから無理もない、と言わせて欲しい。
と、唐突に待機のBGMが止まる。そうして、ついに眼前の暗闇が払われていく。まるで雲から月光が差し始めたかのように。
光が照らし、暗さの中にあったその姿が表に出される。この日の為に準備された、私たちが待ち望んだステージ。
もちろん、まだ姿は見えていないのに観客たちのボルテージも爆発的に上昇していく。
そうして、信仰が最高潮に達した時、かの天使がその足を地に下ろす。
「みんな、お待たせ」
その声はいつも聞いている。
その言葉はいつも聞いている。
だがこの時、この場所にあってこそ、ソレは___
ッ______________!!!!
世界が割れた。
音は無い、いや彼女の声以外が聞こえない。
だが、肌で、雰囲気で。
私たちは身の回り全てが爆発したような感覚に襲われたのだ。
それは自分自身の歓喜の発露でもあり、また自分以外の周囲の人間による感情の激流域に突っ込まれたものでもある。とにかくまともな感覚はもはや彼女を感じる器官しか残っていない。
「配信業を始めてさ、ここまでこれるとは正直思ってなかった」
彼女の言葉が耳朶へ下される度に肌が泡立ち、脳はシェイクされていく。ハッキリしっかりとその声も顔もフォーカスをかけているように見える、聞こえる。
「みんなのおかげ、みこちゃんポイントを上げちゃおう〜ふふふ」
彼女が軽やかに配信者らしく、その場を和ませる。けれど、その声には隠しきれぬ確かな感慨とズッシリとした感情が、むしろもう見て取れた。いつも笑顔ではあるが、その顔も抑えきれないナニカを我慢しているように見える。
もちろん、自分たちはそれに対し、むしろ感謝したいのはこちらの方だ!今まで本当にありがとう!と伝えようとした。
伝えたかったのだ。そう、伝えたかった。
次の瞬間、世界は消えた。
「ほんとに、ありがとね」
彼女以外の情報が本当に消えうせる、もはや自我ですら残っていない。
その少し照れた顔、こちらを真っ直ぐに見つめる眼差し、楽しさも明るさも重みも激情も全てが詰まっている甘やかでトロやかな親しみのある声。全てが自分たちを狂わせた。
だが、自分たちは、だからこそ。絶大で急激なフラストレーションに襲われた。素晴らしい感情なのは理解してるのに、ただそれを彼女に伝え、発散する為の心を体を言葉を自分たちは持っていない。凶悪なくらい巨大な感情は、どこにも向かえずにただ自分たちに溜め込まれ、唸り声という少しづつの発露でしか取り出せない。溢れるぐらいの感情をそれでも溢れ出させない。これを欲求不満と言わずしてなんという!
しかし、そのおかげで私たちはようやく世界を取り戻したのだから、そのフラストレーションでさえ感謝の対象で、また溢れる程の感情になる。
晴れやかなる悪循環だ。
ああ、この世に凱旋せし同胞たちよ、体を置いてでも今ここに感謝を捧げよう、彼女を讃えよう。彼女に全てを! あっ、ちょまその恥じ困り顔かッッッッ
「お母さん、お兄ちゃんがうるさい」
「VTuberってあんなに変になるぐらいには人を惹き付けるのねぇ」
「何しろ、苦節3年の末あの有名YouTuberに届く世界の数字だからな」
「お父さん???」