ぽーん。
どこかで時報の響く音がする。その音とともに自分が図書館のような、本が大量に置いてある場所にいることを思い出す。
「痛った」
不意に頭を刺すような痛みに襲われ、思わず抑えた手にはひとつの本が握られていた。
なんとなく手に持っていた本を空いていた隙間に差し込む。
大きさが様々な本棚の中、ピッタリとそれは収まり一見そこから抜け出せないように見えてしまう。
さてほかの本は。目がほんの顔の上を滑っていく。ここに良さそうなのは無いみたいだ。そう判断し、では、と辺りに目を向けると本棚と通路がずっと向こうまで続いている。終わりが見えないどころか、ここから抜け出せるかどうかすら不安になるような。薄暗い図書館の中、本だけが何の異常もなく整然と並び続けている。人によっては不気味な部屋、また人によっては宝の部屋に見えるだろう。
カツカツ、音が響く。ところどころ横に抜ける通路があるが、何となく今は1本の道を進む。窓際にすらつかない。
そういえば、自分はいつからここにいるのだろうか?
何時にここに来たのか思い出せない。
いや、むしろさっきの時報より前の記憶が曖昧だ。なぜ、こんな所で本を探し歩いているのだろうか。
暇つぶしなのく、探し物があったのか。
今となっては思い出せないが、そんなことよりも本を読むことの方が大事だろう。
見える範囲には色々な本の背表紙が並んでいる。
背表紙の言葉は分からないが、大きさもその形も、高さも厚さも何もかも違うホンが全て一律に本棚に並んでいるのだ。
いくつか見覚えがあるような、そんな気がするが手に取ろうとは思えなかった。いや、手を伸ばす前に通り過ぎて間に合わない。そして、戻る気にもなれなかった。
通った場所を振り返ると、向こう側が暗くなっている。電気の故障だろうか?
疑問はあれど、答える人は誰もいない。
私と、誰かの残した記憶の塊である本が列を成しているだけだ。
だが、そちら側はどうも感覚的な話にはなるが何となく不気味な感じがした。少なくともこの場所から引き剥がされて戻れなくなりそうな。声が聞こえたような気もしたが、無視をして歩き続けた。
しばらく歩いていると、目で追っていた中で多少目を惹く本があった。タイトルは何語であるのか分からないが、どうしてもそれから目を逸らせなかった。
その本を手に取り表紙を眺める。一人の男が目を閉じて、色んな人に囲まれている。よくよく見れば黒い影が男の手がある位置を丸ごと覆って、それが上の方に伸びている。まるで黒の絵の具を雑に伸ばしたかのように。その雑さ加減を表すかのように頭にもその黒はいくつか飛び散っていた。
どういう話なんだろうか。宗教の話なのか、それともファンタジーなのか。タイトルと表紙を見るだけでは分からないが、何故かその男には強烈な違和感があった。違和感、という言葉では正しくないが、感じられる何かがあった。だがその感触は少なくとも今の僕では正体が分からない。
本を開く。
1面真黒いページ。1枚めくっても、2枚めくっても。
3枚、4枚、5枚、6枚7枚8枚9枚10枚11121314151617181920213040506070八十九十百百一二三四五六七八ク…………どれだけめくってもめくっても出てくるのは真っ黒。
気づけばずっと前の方にあった暗がりはぼくの所まで近づいていた。正体のしれない呻きのような呼びかけのような不気味な声もさっきより聴こえるようになった。勘違いでは済ませなくなってしまった。
それでも僕は何か途方もない衝動に駆られページをめくり続ける。そうすると本当に少しづつ白が黒の中に生まれてきた。
本当に本当にほんの少しずつ。それはページをめくる手を止めると途端に小さくなってしまう。
めくるめくる。白が増す。めくるめくるめくるめくる。
もっともっと白が見えてくる。
めくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくるめくる
声ははっきり聞こえるようになった。
僕を呼んでいた。名前を思い出した。
なぜここにいるか、やっと思い出した。
違和感の正体に気づいた。
僕は事故にあって、意識がなかったんだった。
気づけば光はぼくの視界を埋めつくしていた。
「……!…!……っ!! ……て! ……目を覚まして!!」
随分と長い、走馬灯だった。ただそれだけだった。