天井 天(あまい てん)は齢17にてお寺巡りをしようかな、と思い立った。出家では無い。
というのも彼女はここ最近、手近な幸せで満足してしまっていたからだ。未だ20届かずにてこれはいけない。身の程を弁えるのは大事ではあるものの、若者であるうちはその身の程がどこにあるのか確かめることこそ大事な弁え方だ。
無論彼女はそこまで考えていた訳では無いが、己の身長とは別に周囲からの閉塞感に呼吸が浅くなるようだと思っていた。消して家出でも無い。
そこで考えたのが、己が住むこの土地でしか出来ないこと。ここ四国にてできること。
即ち八十八ヶ所巡り。人には八十八の煩悩があると言い、一つの寺辺り一の煩悩を払うというのが本来の目的だ。
そう、彼女は本来の目的をあえて通り過ぎて考えた。
『八十八を逆向きに回れば煩悩を抱えることができるのでは』
そう彼女はおツムがあまり宜しくない。しかしその発想には、良し悪しは兎も角として常人が目を剥く何かがある。
此度は、煩悩を抱えることで自身のやりたいことややる為のエネルギーが増えるのでは、と狙ってのことだ。
そんなこんなで運動部にて培った体力と誕生日に親に駄々を捏ねて買ってもらった超高性能な人力バイクを元に高二の春、家と学校から飛び出した。
教師は伝えた瞬間にお冠だったが、彼女は伝えたいこと以外ことは喋らずに即切りしたので、それを知らない。親はいつもと同じくのほほんと笑って、好きにしなーと言った。何故か、下着姿で家の庭にて乾布摩擦を行っていた。約束を取り付けたのは息も白くなるような冬の日だった。
次の日に、「体が燃えるようだ、早速効果アリだぞ天!」とはしゃいでいたが、彼女の頭の中に真っ先に思い浮かんだのはナントカは風を引かないという日本人なら馴染み深いフレーズとその本当の意味、古来の日本人の高度なセンスに驚くことだけだった。
次の日のニュースである会社どころか周辺の全社巻き込んで急なダウンをしたとあったし、どうしてなんだろうなーやばいなーとリビングで酒片手に語っていたそいつは急に休みになったと喋っていたが、うちの収入は大丈夫なんだろうか。
どうでもいい回想が頭を過ぎる。
とにかく天は、そんなやばい環境にグッバイして未来へ自転車を漕ぎ出した。
はや4つめの寺。
3時間の成果としてはまぁまぁ良いのでは無いだろうか。ベンチに座ってビタミンDを稼ぎながらそう考える彼女。
天は微かな疲労感と充足感と満腹感と眠気を抱えていた。天ぷらうどんとは久方ぶりに食べると乙なものであるという気づきとともに。
だが、ちょうどいいぐらいの運動×春の陽気×満たされた食欲と確定演出ぐらい揃った要素はもはや天から抵抗する気力を奪っていた。
うつら、と頭が揺れる。ついに堤防は決壊し、体がグラと傾いた。
そのまま硬いベンチへ新たな凹みを作る予定だった頭は、しかし天上のものとしか思えない柔らかさが防ぐ。
「あら?」
頭上から声が聞こえた気がするが、もはや天に邪智暴虐なる悪魔:眠気に抗うことは不可能だった。意識が黒く染まる中最後に頭にふわふわとした感触が現れ、天の世界は消えた。
「んむぅ……?」
オレンジが目の端から侵食してくる。意識がぼんやりとしているが天は目を覚ました。しかし、目を開けたはずなのにその司会は何故か暗く包まれていた。
しかし、あまい匂いとふかふかに頭も足も包まれ、頭にすら気持ちの良い感触が続いているなら、人の世はずっとこのままで良いのではないかと言う寝起き特有のよく分からない思考が頭をもたげる。
「ありゃ、目を覚ましましたか〜」
その声と同時に視界が開けて、橙色が眼球に暴力を奮ってくる。その中、頭上には困り眉で押しに弱そうなあらあらうふふ系の女性がいた。
瞬間、脳内のシナプスが状況証拠からある決定的な事実を吐き出す。そう先程の柔らかな感触は……!
天の思考がかつてないほどの唸りをあげた後、頭上の主はその立派なモノのさらに上から私に声をかけた。
「おはようございます〜」
「ぅぁ、え、おはようござます」
「随分と可愛い寝顔でしたねぇ」
あらあらうふふしながら私の寝顔をからかうお姉さん。最高、と頭を埋め尽くす変人1人。
しかし、いかな天と言えどさすがに油断した顔を見られるのは恥ずかしかったらしい。
夕日以上に顔が赤い。
「えと、そんなことないです」
「いえいえ〜、頭ナデナデしたくなるくらいには可愛かったんですよ〜」
「もう、やめてください!あとありがとうございました!」
「もう、冗談ではないんですよ?あとそれとは全然関係ないんですけど、恋とかって信じます?この後家に来ませんか?」
夕日でもごまかせないくらいに青くなる天。
これが本当の青そら。
どうやら恋の銃弾がお姉様の胸を撃ち抜いてしまったらしい。
「あ、今日はこのままもう何ヶ所か回らないとなので!大丈夫です!ほんとに!!!」
「冗談ですよ〜、でも、そんなに拒否されると傷ついちゃいます……」
「あっごめんなさい、えとその……すみません!!」
天は人との会話に疎かった。
お姉さんの陰を帯びた表情と、その濡れ落ちてしまいそうな声は予想以上に彼女の胸をエグる。とても悪いことをした気持ちになる天。えぐいカウンターだった。
「えとえと、今度お食事行きましょう!」
「えっほんとに!」
性別が違えばきっと、LINEグループかSNSで「ちょっとキモイやついたんですけど」と晒され、万バズされた上に写真付きだった為リアル特定され、こっちが泣いていたことだろう。奇跡的な回避だ。
だがその後の回避もまたある意味奇跡的だった。
「お姉さんなら、何回でも行きたいくらいに綺麗ですから、ほんとですよ!」
バチッ
もう擁護の仕様のないほど下手っぴなウインク。
けれどけれども。ヘタな銃は使い手を選ぶもの。
撃たれた弾丸は見事標的に炸裂。
結果。
「うふふふふふふふふふふ」
ガシッ。
「あーーーーーーー!!!人語が通じないッ!!!」
こうしてお姉さんの家に連れ去られた天は、その旅を初日で終えることになる。
みんなもこういうことにならないように気をつけようネ!