今回の話は長いし鬱だし、ぐちゃぐちゃに書きなぐっているのでそゆのが苦手な方は読まない方がよきです。
自分が嫌いだ。
どうしていつも上手くできない。
どうしていつも上手くいかない。
どうしてお前は何も出来ないんだ。
その想いが頭から離れていかない。
実力が足りない、努力が足りない、経験が足りない。器量も良くない、才能がある訳でもない
、人望もない。オマケに運も良くない、そんなの自分がよくわかってる。
どうしてこうなったんだろうか。
少なくとも生まれてこの方重大な障害を抱えたことは無かった。自分の性に対して疑問を持ったこともなかった。家庭環境に問題があった訳でもない……いやそれは少しだけあったか。だが少なくとも、酷い家庭環境のサンプルなんてSNS上にいくらでも転がっているが、あれらよりも私のこれはまったくもって普通と言っていいものだろう。
生まれて20余年、私の人生は進行に異常をきたすような大きな失敗も、自信に繋がるような大きな成功も、本当に何も無いなだらかで平坦で他人に話せるような出来事が何も無いものだった。
西暦2000年、私は北海道のとある町にて産まれた。どこで生まれたのかは判然としない。出生簿を見ればどこで産まれたかハッキリとするのだろうが、自分の出生の土地なぞこれからの人生に関係の無いものだろう、と確認することは無かった。なぜ、そのように生まれの土地の記憶が曖昧かと言われれば、私の幼少期に結婚・離婚・転勤という要素が大きく絡んでいたからだ。
母が語ることが真実か否か(事実ではあるのだろうが)分からないが、私が生まれた際に当時の父はサッカーの試合やらなんやらで病院までこなかったそうな、電話をしても理由をつけて。
仕方ないので、母は自分でタクシーに乗って病院まで行きそのまま出産したようだが、そこで気づいたらしい。この男と共に居ても子供にとって自分にとってメリットにはならないと。20才にして気づいた、男との向き合い方であった。
その後、実家にて私は育ち、母はそのまま出稼ぎに行っていたのだがどうやら良き男を見つけたらしく、24にて結婚。そのまま2度目の出産と相成り、弟が生まれたのであった。
新しい父はパチンコ店勤務で、背が高く浅黒い男であった。機嫌のいい時はすこぶる愛想がよく、機嫌が悪い時は教育の為に私の肩を殴ったり、タバコを押し付けたり、ゲンコツをしては「お前の頭が固いのが悪い」と言ってやっぱり肩を殴った。いちばん大きかったのは、プラスチック製の足場をぶん投げて頭部より出血したことだろうか。頭からの流血自体は2度目のことなので、私自身ケロりとしたものだったが、母は大層動転したらしく、何やらヒステリックにわめき私を車に乗せて、病院まで連れていった。父は家に残っていたが、母のそんな姿を見るのは初めてだったのか、直前まで私にしていた赤ら顔を忘れぽかんと気の抜けた顔をしていたのを憶えている。
ここまで悪い所だけ列挙したが、少なくとも私にも非があったことを、告白せざるを得まい。そうでなければフェアでは無い。
当時の私は悪童であった。
新しく買ってもらったゲームを、親の取り決めを守らずに何時間もやってしまい禁止にされたり、禁止にされたのにやり続けたり、門限を守らなかったり。後は歯を磨かなかったり、馬鹿みたいなことをやってみたり(母の眉毛そりで眉毛を結構剃ったりとか)、うさぎの飼育をサボったり、かと思えば庭に落ちていたからと雀の雛を拾ってきたり。
家以外のことであれば、男子との取っ組み合いだったり、宿題をせず先生に怒られたり、当時の友人(と私だけが思っていた)の女子にチョコをせがんだり。少なくとも小学3年で読書と出会うまでは落ち着きがなく、今の私から見ても子供のしたことと許容しきれないぐらいの黒歴史を量産していた。
当然、そんな悪行の度に父からの仕置が待っている。だと言うのに、私も一向に懲りる気配が見えないのだから、きっと説教から純然たる怒りに変わっていったのだろう。「普通の子供ならこうするべき」が守れなかったのだから。
ちなみに、父ではなく母からの折檻もあった。父ほどは酷くなかったが。
父の良いところは、だいぶ記憶が薄れてしまっているが、家族サービスで庭先のBBQだったり、遊園地やらなにやらに連れていってくれたことだろうか。私が大きくなるにつれ少なくはなったが、少なくとも年1回は大きな旅行に連れていってくれた。ニセコリゾートやら洞爺湖やら。さすがに北海道から出ることはなかったが。父への恐怖が大半を占めるだけで、本来なら感謝しなければいけないほど幸せな子供時代だったはずだ。
さて、幼少期の私にとって、人格形成に関わる大きな出来事を見ていこう。
まずひとつ、小一~二くらいの時にすっ転んでおでこからかなりの流血をしたこと。友人たちと学童へと向かう先、アスファルトに思いっきし頭をぶつけたのだが、おでこからの流血が全然止まらなくて「ここで死ぬ?」という恐怖が心中を支配していた。血も恐怖も涙も止まらなくてわんわんと泣いていたところ、友人が学童の方まで行って先生と一緒に救急車を呼んでくれ、無事に処置はしてもらった。
別に死ぬような傷では無い、と医者から告げられここまでの自分が大層恥ずかしくて、黙りこくってしまった。
それに一緒にいた友人はみな女児であり、当時えばりたいとは思っていないものの女の子にはかっこいいところを見せたいと思っていた時分に、とてつもなく情けないところを見せてしまったという事実が性格にある程度の歪みを与えていると推測する。
2つ目。
やはり、転勤と離婚だろう。
保育園にてそこそこ仲の良いそれこそ幼なじみと言える関係を気づいていたが、そのままリセットされ別の地へ。
そして、台投げ流血によって離婚を決意した母に連れられ、小5の夏にまた別の地へ。
そこである程度人間関係は諦めていたように思う。
特に小5の夏はキツかった。
今まで友達だと思っていた人は、おそらく私の普段の行いによって、見限っていたことが明らかになったから。
私が、いなくなる前の日に誰かと遊ぼうと思っていたのだが、クラスメイトの1人が童貞卒業したなどと嬉しそうに報告する会に負けたのが当時とてもとても悔しかった。
人間関係も周辺の土地も、何もかもなくなった小学生はどうなるんだろうか。
それでも私は、つまらないプライドを持って引きこもることを選ばなかった。少なくともその時点で既に、自分が全て悪いから、周りの人間のせいには出来ないから、という思考だったので生きたくなくても学校には通った。今にして思えば考え無しで能天気だっただけなんだろうが。
母が離婚した後、また新しい男を見つけてきたみたいで、自宅には別の男の気配が混じっていった。母が楽になるなら、とその辺は気にしてなかったが、単純に人見知りをこじらせ始めていた私はその人と関わるのを避けた。
その時点で成人男性に対する微妙な恐怖もあった。
それを察していたのか、その父もあまり私に干渉しようとはしてこなかったし、ほぼ仕事で家にいなかった。母も夜まで仕事、朝は大半寝てる。私は学校なのでそもそも会う機会などほぼなかった。
思い出すのも嫌なくらい私のダメな記憶なのだが、ストレスが原因では無い(と自分は思っている)のだが髪の毛をよく抜いた。鼻歌が止まらなかった。当然、そんな不気味なやつ仲良くしてくれる人などいなかった。
そして、これが一番良くないのが盗難をはたらいた。悪いことなのは分かっていた。それがいっとう欲しい訳でもなかった。
その1度のみだったが、私は本当に死すべき人間なのだ。生きているに能わない。素晴らしい人間も、素晴らしい物語にも出会っているのにそこから何も受け取らず、親の薫陶も意味をなさず、私は悪事を働いてしまった。
そこで多分気づいたのだろう。
私は今後一生、誰かに好かれることも無くただ屍のように生きるしかないのだと。
中学2年、またも転勤した。これが最後。
親友と呼ぶべき人がいた、少しばかり気になって仲良くした人がいた。
諦めてはいたものの、ああまたかと。
大丈夫、納得している。私が1番何も言う資格がないのだから。
学校には行きたくなかったがそれでも毎日通った。もう、友人と呼ぶべき人はどこにもいなかったし、作ろうとも思わなかった。ただ本の世界に閉じこもった。ライトノベルというジャンルを見つけてしまってからはその海に溺れるように現実を見ないで済むように。
高校も同じだ。勉強も、頑張ったテストでいつもと一切変わらない点数を取ってから諦めた。毎日頑張ってなかったせいだと現在でこそ気づく部分もあったが、当時の私は実力がその程度のものなのだと判断して全て捨てた。タチが悪いのが勉強しなくても大して点数は変わらなかったことだ。人との関わり方は忘れた。バイトを始めた。上手くいかないなりに3年間続けた。頑張ったとは言い難い。高校でおぼえていることはほとんど何も無い。
社会人になって都会に出れば変わると思っていた。何も変わらない。
仕事では失敗続き。日常でもゲームしてるか、疲れ果てて眠っているかの自堕落。最初はしていた自炊も掃除もたまの出来事になった。
入社してからも私はダメな人間で、SNSで繋がっただけの友人に本当の友情を感じて、そしてあっさりと切られた。ほかの友達から関わるのをやめろと言われたらしい。
また新しい友人ができた。そして切られた。私が悩みを相談してくれないのが気に食わなかったらしい。
文章にしてみると、とても被害者ヅラしてるように見えるだろうが、私は自身がこれまで何もしてこなかったのが悪いとわかっている。
自分に何も魅力がないのも知っている。
だから自分が嫌いだ。
痛みを知っているのに、何もフィードバックしてこなかった私が。
自分の操作を怠って全ての報いを受けてなお気力さえ起こせない私が。
幾度も死んでしまえと思っているのに、生き汚く生にしがみついて、奇跡を望んでいる私が本当に憎たらしくて自分の手で殺したいくらいに大嫌いだ。
自分を好きになりたいなんて願いたくない。
本当に。