ごちゃまぜ習作集   作:お否さま

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ファッキンお仕事が忙しすぎて二日空きました。
いかがお過ごしでしょうか。


【消えない歌】

 

もしも、あの時。

君じゃなくて僕だったなら。

目の前で赤が飛び散る。

 

砂鉄のように絡みついて逃してくれないその思いは、けれども輪郭すらぼやけるくらい薄い願いだ。

そんなもしもはこの先一生ないのを知っているから。

 

 

「また、いつものやつか」

 

寝覚めは最悪。なんど目を閉じても閉じなくてもあいつはよみがえって私の前で死ぬ。

触れられないくらいに近い所で。

 

とろりと溢れる液体を手の甲で拭って、逃げるようにベッドから立ち上がる。

誰も片付けない部屋を何かしら踏まないように慎重にくぐり抜け、テーブルに置きっぱなしのぬるい烏龍茶でかわいた喉を潤す

それから洗面所だ。冴えない顔をある程度見れるようにしなきゃならない。

やかましいアラームは今日が外に出なければならないことを示してるから。

クマと殺人でも犯したような酷い目つきを均して、シンデレラのための魔法を施す。12時どころか、暑けりゃ1時間持つかわかんない上に落とすの忘れりゃ一気に地獄の安物だけど。

適当に突っ込んだせいで足やら腕ヤラがはみ出ているタンスから適当な優越感を取り出して身に纏う。今日は革製のジャンパーと合わせ物。

さて、と一応身だしなみをチェックして、玄関の扉に手をかける。

シンデレラは愛そうと媚びを振りまく時間へ足を踏み入れなければならない。なんてね。

 

いつからこんな生活になったかおぼえていない。それくらいに長く拘束されている。誰かに縛られているわけでも強制されてる訳でもない。ただ、脱皮に失敗したトカゲのように、薄皮の些細な違和感と確かに存在する不快感を抱えて、それを解消する術も持たずに生きているだけ。

 

「……で〜。……さん? 聞いてる?」

「っああ、ごめんごめん、君の綺麗さに見とれてた」

「もうちゃんと聞いてよね! でもゆるしちゃう!」

 

ああ、あの夢のせいだ。仕事中でさえ集中を奪ってくる。

 

「で、何の話だっけ」

「王子さまな貴方様にはきっとお歌もかなりおにあいなんだろなって!」

「何その口調、てか僕は歌わない」

「知ってるけどさ〜、1回でも聞いてみたいよ推し活してる身としては」

 

ただのしがないバーテンダーにはもったいない言葉だ。こういう言葉は言ってくれる人が多いけれど、無理だと返すことにしている。

さすがにお店で吐く訳にはいかない。

その後も適当に笑って濁して、お客さんを返す。いつの間にかいつもの帰宅の時間だった。

 

朝日が眩しい。

 

いつものようにコンビニで朝飯(今から寝るから夜飯か?)を買い込み、いつもの公園へ。

この公園は結構前にとある事件があってから人が寄り付かなくなってしまった。来るのはそれを知らない人と私みたいなのだけだ。

ベンチに座り買ったおにぎりを頬張っていると、前者と思しき人間が来た。

 

白いワンピースに青い髪。

少なくとも汚らしい路地を通ってこの公園にたどり着くには似つかわしくない。なんでこんな所にとは思ったが、疑問はすぐに氷解した。

その女の子は、私の姿に気づかずに歌を歌い始めた。流行りのヒットソングだ、うちの店でもかけたことがあるから覚えている。

その子は、なんというか喜びに満ち溢れていた。歌うのが楽しくて仕方ない、と全身で表していた。1音1音を宝物のように大事に、それでいて浮き上がる感情を爆発させて。ただ聞いている私の肌すら泡立たせる。

 

だが、熱く勇気が出るような歌詞は私の意識に冷たく唇をつけていく。せっかくの夜飯だってのに。

けれど、何故か私はそこから離れられない。透き通るようなその美声が、大きく全身を使うその歌い方が。私の頭にザクザクとねじ込まれる。奥底にあった何かが顕になる。

いつの間にか、その声以外の旋律がその場に混じっていることにようやく気づく。けれど彼女は楽器を持ってきていないし、この公演には私とその子以外居ない。ではこれはなんだ。

その声の位置を探っていくと、それはとてもとても近いところにあった。気づけないくらいに近いところに。よく知っている。

 

「うわっ!?」

 

歌が止む、私のも彼女のも。代わりに16ビートよりも早く地面を叩く足音。視界に移る白のスカートはすぐさま消えていった。

景色が素早く流れて消えて流れて消えて。

いつか、私は家の前にいた。そしてそこでようやく気づく。

 

「吐いて、ない……」

 

気もそぞろに家に入り、20年前に何度も聞いたヒットソングのCDを探した。必死に、これ以上忘れないように、家の中をひっくりかえして。

ようやく見つかったそれはオレンジ色のあかりに照らされて、思い出のようだった。

プレイヤーへ入れる。音が聞こえ始めて、そして大きく息を吸い込む。今までとは違う感覚がその日私を覆った。

 

 

歌いきった。歌いきれた。歌い終わってしまった……。10年以上も吐き続けたこれが。

あの子の歌を聴いてからずっと、何か重しをどかされたようなそんな気分だ。分かっている、歌う楽しさなのだろう。

 

私にとっては10年越しくらいの、とても小さくて大きな奇跡。けれど、奇跡なんてあるのならなぜあの時あの子を助けられなかったのか。

だから、奇跡なんてもので表していいのだろう。

だって。

 

『あー、聞こえてる?』

「……え?」

 

ラジカセから聞こえる古い声。

 

『これを聞いているということは、私は死んでいるということだろう……一度言ってみたかったんだよね、これ』

 

私のあらゆる感情を打ちのめす。

 

「どうして……!」

 

ようやく出せた声も色んな感情が詰まりすぎて上手く言葉にならない。

 

『さて、私は君の歌が好き。君が楽しそうに歌う時だけが私のクソな人生の中で、一番の楽しみだった。だから、君が私の為に歌ってたのは知ってるけど、私が死んだくらいで歌を止めないでね。それじゃあね』

 

最後まで。最期まで。

あの子は私に言葉を発する隙をくれない。

変わらない。あの時から時間が止まってるから。

あの子と、そして私と。

だからこれはオルゴールのネジを回す行為なんだろう。止まった時間を巻き戻して、私という音楽をもう一度鳴り響かせるための。

けれど、子供の時に鳴らしたオルゴールと、大人になって巻いたオルゴールでは積み上げた時間も感じ方もきっと違うはずだ。

 

そうして私は10年越しの復讐の音色を、詰まり詰まった感情を、喉と腹の奥から思いっきり吐き出した。

 

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