室内はまるで時間が緩やかに止まっているようだった。寒風によってガタガタと揺れる窓、その外は未だ雪は降らないが灰色の曇天だった。暖炉にはパチパチと音を立ててかつて命だったものを燃やし続けている。明かりといえばそれぐらいで、室内は昼では無いとは言え薄暗い。火のゆらめきも相まって、まるで煮凝った深海だ。
ゆらりぐるり。ぐらりゆらゆら。
ふと。
彼女を思い出した。海を想起したからだろうか。
ひまわりのような人だった。自分自身で大きく笑って、それを見た周りの人も笑顔にさせて、それでいて夢に向かって全身で伸び続ける。太陽に向かって微笑む彼女の横顔を見るのが好きだった。
だというのに僕は。
きっかけは彼女のひとつの行動だった。
秋の半ば、紅さが邪魔する季節の向こう側に、彼女と知らない男が店に入る光景を見た。
そこで、僕は自分が彼女にふさわしくないことに気づいた。気づいてしまった。それに飽き足らず、それを認めたくなかった僕は彼女に強く迫ってしまった。
「僕と付き合え。僕がいちばん君のことをわかってる」
ゆらぐ。
それは思い出でも、火の影でもない。
彼女の目で、僕たちの関係だった。
避けられ始めたことを知った僕は、バイトを辞めた。
学校に行くのも、外に出るのも、全部やめた。
最初は謝ったり、心配したりするラインが彼女から来ていたのに、それも来なくなってそして。
窓の外には綺麗な女性が背の高い素敵な男と身を寄せあってキスをしている。それは彼女では無い。分かっている。
けれど脳内の妄想は容赦なく、僕にすり寄ってくる。知らない男女が知らない男と、知りたくなかった女の顔に置き換わる。
どちからともなく近づいてキスをして、熟れた顔で触れ合って、相手への信頼に蕩けて抱き合って。それは僕が良かった僕じゃなきゃいけないのに。そしてそしてそうしてベッドの中に彼らがひとつの生き物がごとく溶け合った姿。目の裏に写ったそれは、僕以外の誰かとのそれは見ているだけで熱くて、当然で、胸の中はもう何も感じとれないぐらい冷えきって。
「うぉ、…………げえ」
喉奥から上がってきたえづきは、その気持ちの悪い妄想に対してでも、自分の嫌悪感しか抱かれない在り方に対しても、両方混じっている。
だけど知っている。それがどうしようもなく、事実に近いものだと。
思わず、目を逸らした先の画面には「さようなら」の五文字。
予感はしていた。彼女がくれた未練たらしく持っていたスマホケースに小さく収まったそのメッセージが次を伝えることはないだろう。
寒さにガチガチと震えた歯を抑えるため、ベッドに潜り込む。暖かくて、何も見なくてすむ停滞と堕落に身を預ける。
窓の外は白が待っていた。
冬が、はじまる。
芽吹くことは、きっともうない。