娘が事故にあった。
それから全てがおかしくなってしまった。
泣きわめく娘とベッドに横たわる妻、そして何も出来ずに立ちつくす役立ずが1人いたのを憶えている。しばらくしてから心あらずに娘の手を引いて、家に急いで帰った。
その夜、生まれて初めて本気で泣いた。娘がずっと隣にいて、妻の真似をして精一杯抱きついたりキスをしてくれたおかげで心が死に切ることはなかった。そこで気づかなかった私の浅はかさには呆れるしかないが。
それより前からあの子は珍しいことに、妻より私の方を好む傾向があった。けれども、あの事故あの夜以降そんな言葉で足りないほど私に執着するようになった。きっと私の悲哀に、幼い彼女の方が敏感に堪えていたのだろう。そしてその原因も明白だったからより「自分でなんとかしてあげないと」とそう思ったのかもしれない。
花も綻ぶような笑顔で私に言うのだ。
「もっと私を愛して」
これは母が居なくなった少女の精一杯の感情表現なのだ。その時の私はそう思った。自分が失意にいる内に子供に酷な環境を強いてしまった、と自責に駆られ時間を取り戻すように際限なく彼女に愛情を注いだ。それが悪い事だったとは絶対に言わない。全ての子供は親に無条件に愛されていなければならないし、それを否定などどれだけ苦しくとも言わない。だから、何が悪いかと言われれば。
きっとタイミングが悪かったのだろう。
「ねぇ、お父さん」
考え事をする私の耳に甘い声が入り込む。
声だけでなく後ろから艶やかな匂いも包み込んできた。ゆっくりと耳元に熱い息がまとわりつき、私の思考は瞬く間に絡め取られる。
「ね?」
一言だけの囁き。けれど耳もとで告げられたそれは実際の音よりも大きく、心の中に落ちてきた。先程の思考までも霧散し、必死に逸らしていた蜜のような震えが条件反射的に彼女の体に手を伸ばす。
「ふふ、いい子」
言葉では私を褒める。しかし彼女は遠慮がちな私の手に不満のようで、腹を撫でる指はそこから先に進まない。自然、期待が痛いほど膨らみ思考はさらに溶け去っていく。きっと彼女の目には、人が獣に変わっていくように見えていることだろう。だが、私はこんなことは。
「だー」
「……めっ」
首元に甘やかな痛み。
しとやかに濡れそぼる瞳孔とその奥に燃える、異性を犯し尽くす情念。もう抑えは効かなかった。
気づけば彼女の小さく、細い体は私の腕のうちにある。取り返しも逃げもできない位置に。
「ね、お父さん」
蜜蕩けの獣は誘う。
「愛を注いで」
唇に与えられた痺れと共に記憶が振り切れた。
その笑顔は、こんな場面に似合わず何よりも美しかった。
「お母さんなんかよりもよっぽどに、ね」