ぱたん。
私しかいなくなった部屋に音がひとつ転がった。
その音で去ったことを実感し、ふと胸が苦しくなった。
先程までソレはそこにあったのにもう跡形もなく溶けてなくなってしまった。手を伸ばしても、もう同じ感情は戻ってこないだろう。得られるのはきっと歪んだ欲望といっときの安心感だけ。その後のことを考えるととてつもない恐怖に襲われる。明日の朝に自分の行いにハッキリとした代償が待っている。無情な感情が私を突き刺してもうどうしようもないほど情けを乞うてしまうだろう。
想像は妄想ではなく確たる未来。
分かっている。分かっているというのに。
テーブルから離れられない。テレビの音がうるさい。視界がぐにゃりと曲がり始めた。ああ、私はどうしたらいいというのか。
自然視線が鋭くなる。
彼は本当に悪い人だ。
私にこんな酷な選択を残して、消えてしまうなんて。思い続けた気持ちを無視して既製品を押し付けて、都合よく私を扱うだなんて。それを拒む選択が出来ないって知っているくせに。
本当ならそんなもの払い除けなきゃ、急いで外に出なきゃ。そう思う体は自覚をしているのに一切動こうとしない。
彼が私に残したものはそれほどまでに私の中で、大きな感情と成り果てていた。このままで醜く肥えた豚のようになってしまうと分かっていても動けない。それのことを考えるだけで、私の中の獣が物欲しげに腹を鳴らす。
あなたが欲しい。今すぐに妥協なく容赦なく呵責なく如才なく遠慮なく食い尽くしてしまいたい。
口寂しさにその名を舌で転がす。けれど感情は強まるばかり。
もう、耐えられなかった。
私は、もう一口と手を伸ばした。
口寂しさは白く塗りつぶされ、心が甘く満たされていく。
「やっぱり、既製品でも美味しいなぁ、ずるいなぁ」
私は負けた。1番食べたかったものでは無いのに。
テレビでやっている有名店のではなく、スーパーで売っていたシュークリームに、負けた。
ひょいぱく。
1度負けたら手が止まらない。ひとつ食べきったら次へ、そしてまた次へ。美味しい。
けれど、やはり1級品の物を食べる予定だったお腹はだらしなくもなんとも言えない敗北感を抱えていた。彼は気が利くしこういう風に食べたいものを買ってきてくれるあたり愛されてると感じて幸せなのだが、こういう「私が市販品で満足できそうなもの」に関しては厳しい。実際、満足なので悔しいし。
今日の夜はたっぷり仕返ししてあげよう。クリームより甘い物をいっぱい捧げてやる。
そんなことを考えてると、手が空を切る。いつの間にやら、目の前の箱は空っぽだった。その事実は喪失感と一緒に嫌な感情も運んできてしまった。
ああ、明日の体重計を見たくないな。
せめてもの抵抗として午後の家事を頑張ろう、そう思った。