ごちゃまぜ習作集   作:お否さま

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【てぶくろ】

 

「手ぶくろと言えばさ」

 

前を歩く彼女が、勢いよく振り返る。

とてもいい笑顔、こういう時には良くないことがある。

 

「あのね、逆から言ってみてくれない?」

「え、やだ……あだっ」

「逆らわないの!」

 

彼女はすぐ手が出る性格だった。怒りっぽい、という訳では無いがことある事に手が出る。

まるで躾をされてる気分。実際彼女にとって僕は犬のような後をついてくるペットなんだろう。

 

「えーっとじゃあ……ろ、く、ぶ、て?」

「分かった!」

「え、何が……いたい」

「うるさいわね男の子のくせに……ほら私が編んだてぶくろあげるわよ、手袋つながりで」

 

6回分の平手打ち。どこで見たのか、6打てと聞こえるから、ただそれだけの理由。ようは叩きたかっただけ。だから嫌になった。けれども、突き放せるほど僕には勇気も力もなく。ただ理不尽と気まぐれに耐え、幼いその経験だけを燻らせて10年もたった。

 

「ねーえ、なーに辛気臭い顔してんのよ!」

 

ばしん。

相変わらず手が出るところは何も変わっていない。人がどういう気持ちか考えないところも、まるで子供のまま精神が止まっているように何も変化がなかった。

それでも、10年経てば多少の情はある。間違いなく嫌いな人間ではあるがそれでも多少改善はされていたんだ。このまま行けば、なんて。ここまで来てもあの頃と同じなのに。

 

今はもう彼女の身長も抜かし、攻撃も蚊に刺された程度になっていた。だからかうっとおしさも増していた。けれどもやっぱり勇気がなく、ただ日々の不満だけ燻らせていつまでこうなのかと自分にほとほと呆れた。

 

だからだろう。

 

「おれ、彼女できたから」

 

その時の彼女の顔は酷く滑稽だった。常に勝気で強気に俺を責めていた奴が弱い顔で目をまん丸に見開いていたから。

 

「だから、もう少し距離をとってくれ」

 

だが、続く言葉でようやく自覚したのだろう。お気に入りのおもちゃが居なくなるのがそんなに嫌なのか、俺への罵詈雑言をとめどなく吐きまくる。

くらい教室で荒れ狂った雨粒が大きな音を立てる。

彼女は顔を後ろに向けていた。

 

距離をとるのみで許したのはやっぱり情だったのだろう。本当は彼女のことを考えてキッパリと切らなければならなかった。その代償は高くついた。

 

「あんたの彼女ってあの子? 確かにあんたに似て醜いもんね」

 

きっかけはその言葉、奔流は今までの分だったんだろう。

いつの間にか、彼女は腫れ傷だらけで過呼吸になっていた。自分の手には細くて華奢な柔らかい感触……。慌てて手の強ばりを振りほどく。彼女の首にははっきりと罪の形が刻まれていた。雨は益々強く、震えと胸を締め付ける音が教室に延々と響き渡る。

それでも俺は。

 

「お前なんて大嫌いだったよ、出会った時からずっと」

 

自分を守る為にお前の席を蹴り落とした。

 

彼女は学校に来なくなった。

会いには行かなかった。当然だ、どの面下げて加害者が被害者を見舞えばいい。それも子供の喧嘩じゃなく、心の底から謝る気もない俺が。

 

意外だったのは、俺に何も無かったこと。

退学どころか社会的に殺されるぐらいは覚悟していたし、後悔はしていないがそれだけの事をした自覚はあった。何も無いことが怖かったが、勇気はあの時に出し尽くしたから何も出来ない。

 

さらに一週間後に彼女は遺書を書いて、死んだ。

彼女が何を書いたのか、俺には分からないが俺は転校して、親の俺を見る目が蔑するような怖がるようなものに変わったのは分かった。それでも、表向きは何も無い。

強いていえば、自分から動いて彼女と別れたくらいか。

 

最近はあの頃の夢をよく見る。今思い出しても、嫌な気持ち……いやさらに嫌な気分だ。最悪と言ってもいい。

自然とベッド脇に置いてあるてぶくろに手を伸ばして掴む。軽くて今の俺には少し小さなそれを履く。

鏡の前には気持ちの悪い笑顔を浮かべた罪人の姿があった。

罪人の癖に綺麗な首をした極悪人が、履いたてぶくろで首を絞める。

ほら、なんのために送ってきていたかも分からない手袋で締めても罪の証はない。

毎日やってもそうなんだから俺は何も悪くない。

罪人は今日もひとり、口を曲げた。

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