ーー洋風の石造りの家屋がいくつも並び立つ夜。
私の周りでは銃声と沢山の悲鳴が何重にも響いている。瓦礫に潰されたり、蜂の巣みたいにされたり、腕だけになっていたり……そんな地獄のような状態の人達が、ぐちゃぐちゃになって転がっている。
その光景を目にした瞬間、頭が割れるような強烈な痛みに襲われた。
その痛みは、沢山の人達の生を奪っていく過程だった。
恐怖に染まる表情。命乞いの声。引き金を引く時の重さ。手に伝わる銃の振動。薬莢が跳ねる音。飛び散る体のカケラ。じんわり溢れ出す赤い水溜り。頬が歪む感触。それら全てが私の頭の中に、疑似体験として流れ込んできた。
「う、う゛え゛ぇぇ!!」
渦巻く嫌悪感と不快感に耐えきれず、私の口から酸っぱいものが込み上げてきた。びちゃびちゃとした音が地面に跳ねる。喉の奥にある苦味が、人を撃った感覚を思い起こす。その度に痛みが強くなっていった。
しばらくすると、痛みはピタリと止まっていた。
「かはッ……! けほ……!」
さっきのは全部幻覚だ。きっと悪い夢を見ているだけなんだ。赤い水溜りに映る自分を見て、そう思った。そう思えば、全部元通りの平和な街に戻る気がしたから。そんな期待を胸に、私はゆっくりと顔を上げた。
景色は変わっていなかった。
突き放されたようで、胸が締め付けられる。
涙が溢れてきた。どんどんどんどん、溢れてきた。
でも、喉奥にある苦味はこびりついて消えなかった。
みつけた。
突然、背後から声が聞こえた。知らない人の声だ。
助けが来てくれたの……? 一瞬そんな希望を抱いたが、すぐさま違うと思い知らされた。
ぽつぽつと何かが滴り落ちる音と血の匂いがしてきたからだ。
ふっと血が引いていくような感覚が走った。振り返ったら、私はどうなってしまうのだろうか。嫌な想像が止まらない。妄想が捗るたびに、胸の鼓動がどんどん早くなっていく。
こっち、見て。
声は私を振り向かせようと囁く。
私は、恐怖で振り向くことができない。
見て。
また声は囁く。でも、振り向けない。首を動かせない。
はやく。
囁いてくる。振り向けるわけがない。
見ろ。
冷たい声が私の背中を刺す。多分、これ以上はやばい。そう本能で感じる。振り返らないときっと……
私は震える体をなんとか抑え、ゆっくり、ゆっくりと振り返った。
振り返った先には、アサルトライフルを2つ両手で持った黒い長髪の女性が、血まみれの姿でじっと私を見つめていた。
みつけた。
そう言うと女性は、悪魔のような笑みを浮かべた。
「ぁ…………」
「ぁ……ああ、あ゛あ゛あ゛あ゛!」
強烈な感覚に襲われた私は、その女性から逃げ出した。ただひたすら、離れようとした。
けど、向けられた殺意は離れない。
ついてくる。
ついてくる。ついてくる。ついてくる。ついてくる。ついてくる。ついてくる。ついてくる。ついてくる。ついてくる。
どんどん、足音は間隔を狭めてくる。
狭めてくる。狭めてくる。狭めてくる。狭めてくる。狭めてくる。狭めてくる。狭めてくる。狭めてくる。狭めてくる。狭めてくる。
私は、微かに差し込む光に向かってひたすらに手を伸ばした。この場から逃げられる気がして、必死に伸ばした。
光に手が届く寸前、猛獣が獲物を捕まえるみたいに首の後ろを掴まれ、殺意の元へ引き摺り込まれる。
「っ!! があ゛ぁ……!!」
殺意が、私の額に銃口を押し込む。
「いや…………やめて……」
ジリジリと死の感覚が迫ってくる。
「おね、がい…………!」
血の気が引いていく。顎がガクガクと震え始める。
「こ、ここ、殺さないで……!!」
血濡れた手が、私に近づく。
殺す?
女性は何故か、アサルトライフルを持つ手をだらんと垂れ下げ、左手のものだけポトリと落とす。困惑する私を他所に、左手が私の首元にそっと触れる。そしてゆっくりと私に目を合わせていく。
一瞬、屈託のない笑顔を浮かべて私を見る。
だがすぐに顔をしかめていき、より一層殺意の籠った様子で言い放った。
笑わせるな。
殺したのはお前だ。
友達も、先輩も、街の人も。
ぜんぶ、お前が殺した。
お前が、殺した。
「いや…………いや……! いや! いやあ!!」
首にある手が、強く握りしめられる。
それと連動するように、銃口が私の頭にドンと押し当てられた。そうして引き金へ込められる力が強くなっていく。
「いやあ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!!!」
お前のせいだ。
銃声が、冷たく鳴り響いた。
「…………ッ!!」
気がつくと、私はベットの上にいた。さっき見た景色はない。ただの私の部屋。
「ハァ……ハァ……」
今の、は? さっき、私は撃たれて……
困惑の中、私は額に触れる。すべっとした感触だけで、傷はどこにもなかった。
夢、だったの? そう安心しかける。けど、そう考えた瞬間、ズキっとした痛みが私の頭に流れ出す。
「うぐっ!!!」
自分が撃たれた時の感覚が、何度も何度も繰り返される。映画のワンシーンから抜け出せないみたいに、痛みが続く。
ジリリリリリリリリリ
突然、スマホのアラームが枕元から鳴り響いた。そのけたたましい音で、私は現実に戻ることができた。荒い息を抑えながら、スマホを手に取り、画面にある停止ボタンを叩いた。
アラームの音が消えると、痛みもピタリと止まっていた。
「ひゅー……ひゅー……」
か細い息のまま、スマホの画面を見る。時刻は午前7時ちょうど。学校に行く準備をする時間だ。
もう、あの
そのことに安心したのか、スマホを持つ手が重く感じ、そのままベッドに吸い込まれた。
細い針が何周かした後……
私は今日の予定を確認するため、スマホにあるカレンダーを見ていた。
今日は7月12日。やることは、課題の絵を描くことだけ。なんの変哲もない普通の予定。
「今日の、なんだっけ……」
そう呟きながら、写真アプリを開いて「絵のモデル」と書かれたアルバムをタップする。
「なに、これ?」
アルバム内をスライドしていると、ふと、見覚えのない画像が目に止まった。
小さくてよく分からないけど、他の画像とは違い、暗めで夜の風景っぽい印象を受けた。
描こうとしてそのまま忘れてたやつかな。そう思って、その画像を拡大してみた。
「きゃあ!!」
驚きのあまり、私はスマホを投げ落としてしまった。
「はあ……! はあ……!」
息が、しづらい。どんどん首が締め付けられるような気分になる。
そんな悍ましいものを見てしまった。
スマホの画面に映っていたのは……
虚な目をしたまま倒れている、血塗れの女の人だった。
忘れるな。
声がどこからともなく響いてくる。あの嫌な感情が口の中に手を入れられたみたいに湧き出てくる。
私は、髪が乱れるくらいに強く頭を抱えることしかできなかった。
「なんなの……!」
恐怖に震える身体を抑えながら、私はベットの上で小さく蹲った。
"ふう……"
連邦捜査部シャーレ、執務室……
溜まっていた書類作業が一段落したので、私は体をぐんと伸ばす。
『今日もお疲れ様です。先生!』
"ありがとうアロナ、助かったよ"
『ふふ〜♪ シッテムの箱のメインOSですから、当然です!』
アロナはムフッと誇らしげな顔をする。そんなアロナを見ると、ふと初めてキヴォトスに来たことを思い出す。そこまで日数は経ってはいないはずなのに、5年も前の出来事のような、そんな懐かしい感じがした。
『そんなにじーっと見て、どうかしましたか?』
"いや、ちょっとね。先生になってから、もう随分経ったんだなーって"
学園都市キヴォトスに来て「先生」となってから、もう随分と経つ。
銃や爆弾が日常にあるここでの生活も、今まで出会った生徒達のおかげで、もう慣れてきた。書類作業はまだまだ慣れないけど……
『思えばいろんなことがありましたね〜砂漠で遭難しそうになったり、リゾートに行ったり……』
アロナの言う通り、私はこれまで色々なことを経験してきた。
砂漠に囲まれたアビドスでシロコ達と一緒に、ある企業に立ち向かったり……
ユウカに怒られたりしながらも、ゲーム開発部のみんなと一緒にゲームをしたり……
トリニティで先生らしいことをしていたら、大きな争いに巻き込まれたり……
ラビット小隊のみんなと一緒に、シャーレを奪還したり……
ユカリと一緒に、百花繚乱を存続させようと奮闘したり……
"…………本当、いろんなことがあったね"
『最初は、先生と2人っきりのスタートでしたけど……様々な生徒さん達との交流で、シャーレも随分賑やかになりました。私にもプラナちゃんというかわいい後輩ができましたし……そう思うと、なんだか感慨深いです』
"……そうだね"
『受信。先生宛てのメールが届きました。内容の読み上げを希望しますか?』
アロナと思い出に浸っていると、プラナが私の方を見ながらそう聞いた。
ここしばらくは、見知った子からのモモトークばかりだったから、こうしてメールで送られるのは久々だ。そういうこともあって、私にとってこのメールは、何か特別なもののように感じた。
"お願いするよ"
『承諾。では読み上げます』
『「シャーレの先生初めまして、芸術評議会直属機関「ハロウズ」会長の神永イクサと申します。早速ではありますが、弊校、ワイルドハント芸術学院で起こっている問題について報告させてください。先生はご存知かと思いますが、現在、弊校では学内で発生した"ある傷害事件"がクロノス報道部によって連日報道されています。この事件の影響により、弊校プロデュースのアイドルライブやライブコンサート、作品展示会などと言った芸術活動を中止せざるを得ない状況が続いています。そこで、連邦生徒会直属機関であるシャーレにこの事件を解決していただく、こうしてメールを送らせていただきました。もしよろしければ、問題解決のため、ぜひお力添えいただきますようお願い申し上げます。」 』
『……内容は以上です』
"ありがとう。プラナ"
"ワイルドハントから……"
この名前を聞くのは、ツムギに招待された時以来だ。
『ワイルドハントと言えば、最近生徒さんの間で都市伝説が流行っているみたいですね』
"都市伝説か"
"どんなもの?"
私はオカルト研究会のことを思い浮かべながら、アロナにそう聞き返す。
『はい。
"ず、随分物騒な話だね……"
物騒ではあるが、まるで子どもに聞かせるお話みたいだ。「夜間に爪を切ってはいけない」とかそういう感じの。
『都市伝説なんですから、これくらい大袈裟な方が楽しめますよ! むしろまだ物足りないくらいです!』
"あはは……"
子供らしく怖がるような反応が返ってくるのだろうと思っていたが、私が予想していたものと違うものだった。にこやかに笑うアロナに、私は苦笑いを返すしかなかった。
『あ! そういえば、最近ワイルドハントでは
"都市伝説とそっくりな事件……"
何気なくアロナが言った情報で、私の中でのこの手紙に対する印象が変わった。気分転換にちょうどいい。またエリ達の夢を追い求める姿を見られる。そう思っていた。けど、
"その事件、放っておけないね"
"ワイルドハントに行こう"
そうして、私は要請があったワイルドハントに向かうことにした。
ワイルドハント芸術学院、ハロウズ執務室……
検問を済ませた私は、執務室と書かれたドアをコンコンとノックする。すると、どうぞと言う声が奥の方から小さく響いてきた。
"失礼するよ"
そう言って私は扉を開けると、そこには銀髪ロングの生徒が、黄色い瞳を光らせて座っていた。
「お待ちしていました。先生」
そう言うと、その子はにんまりと笑顔を浮かべる。しかし目は笑っていない。私を視界には捉えているが、見ていない。どこか遠くの何かを見極めようとしているような目をしていた。
"君が、神永イクサだね"
「はい。芸術評議会直属機関『ハロウズ』会長の神永イクサです。本日は遠方からわざわざお越しいただき、ありがとうございます」
そう言うと、イクサは深くお辞儀をしてきた。もちろん、私もお辞儀を返す。
"こちらこそ、よろしくね"
頭を上げると、鷹のような形相のイクサが目に入った。
"……!?"
「なるほどなるほど。そういう風貌ですか……」
美術館にある骨董品をじっくり眺め回すように、何かを呟きながらギロリと私を見つめる。
"あの、私に顔に何か付いてるのかな……?"
「ん? ああ、失礼。素敵な立ち振る舞いをしていたもので」
"私、そんなに良い立ち振る舞いしてたかな?"
「それはもちろん。ああ、失礼。私の癖でしてね。良い風貌の方を見かけると、つい」
そう言うと、イクサは舌を舐めずり口角を上げる。目は相変わらず笑っていない。沢山の生徒と話してきたが、こんなゾッとするような雰囲気の子は初めてだ。
"とりあえず、まずはこの学園で起こっていることを教えてもらえるかな?"
「……そうですね。本題に入りましょう」
イクサは手を組んで、話を進める。
「先生は既にあのメールをご覧になったでしょうから、ある程度の事はご存知かと思いますが……情報の整理も兼ねて、今一度お伝えします」
"よろしく頼むよ"
「……ここ3ヶ月ほどですかね。弊校、ワイルドハントで、傷害事件が多発していましてね。寮監隊の調査によると、40数名が負傷、13名が重症と報告されています」
イクサは報告書らしき紙を見ながら、そう言い放つ。
"40人以上も……! それに、13人も重症者がって……!"
私が想像していたよりも被害が大きい。これは只事じゃなさそうだ。
「幸い、全員命に別状はないとの報告も上がっていますので、ご安心を」
"それならよかった……"
それを聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。とは言え、この事件の危険度は依然として上位にあった。
「50人を超える被害規模の上、未だに被害が増え続けていると言う点から、寮監隊のみで対処できるものではないと判断され、シャーレに要請をすることとなりました」
"なるほど……"
私が思っていた以上に、事態は深刻だ。
以前ワイルドハントに来た時に、寮監隊の凄さは身に染みて理解している。入校する直前にある厳しい検問はもちろん、少しでも異常を感知すると迅速に対応できるほどに優秀だ。
その寮監隊が、自分達では対処できないと言うほどだと、犯人は相当な手練れだ。
考えれば考えるほど、汗が止まらない。
「まあ、被害規模がどの程度か分かっていただけた所で……本題はここからなんです」
先ほどまでのどこか余裕そうな雰囲気だったイクサの表情が、真剣な物に変わった。
「被害者の方々からの事情聴取で、"少し奇妙なこと"がありまして。全員が体を震わせながら、口を揃えてこう言うんです」
「おそらく、最近ウワサの都市伝説『ワイルドハントのカマイタチ』のことでしょう。事件の内容も大方一致しますし」
"ワイルドハントの、カマイタチ……"
ここに来る前に、アロナが言っていた都市伝説だ。
最初はただの作り話とかそういう遊びの一種かと思っていたけど、ここまでの話からあの都市伝説は、そんな生易しいものじゃないことを理解した。
「先生には、証言にあった『カマイタチ』の正体の解明。そして一連の事件の真相を探ってほしいんです。もちろんただでとは言いまーー」
"分かった。私にできることなら、やってみるよ"
「……即答ですね。こちらが差し上げる報酬すら提示していないのに」
"困っている生徒を助けるのが私の役目だからね"
イクサは穏やかに笑う。
「やはり貴方は面白い方ですね。では、この事件は先生、貴方にお任せーー」
「ちょっっっと待った〜〜〜!!!!」
イクサがそう言いかけると、元気の良い声と共に突然扉が勢いよく開いた。振り返ると、そこには探偵風の帽子を被った栗毛の女の子が、自信満々な様子で私達を見ていた。
「その事件、この名探偵ミユキに! お任せください!!」
青輝石×40
感想や改善してほしいことがありましたら、ぜひ感想欄に書き込んでください