人間界 ウォルロ村
バサッ
ナインはふわりと大きな滝の付近の地面に降り立った。ザアザアと流れる穏やかな滝の音と爽やかに吹き抜ける風が心地よい
ナイン「ふぅ、ここはやっぱり気持ちがいいな。.......あそこは少し息苦しいよ。人間はこんないい所で暮らしてるのに、どうして僕は......。ううん、ダメダメ。イザヤールさんもジーンさんもオムイ様も期待してくれてるんだ。弱気にならずに頑張らないと。さて.....」
ナインは嫌な考えを振り払うように頭を振って気持ちを切り替えると、周囲を見渡した。村の人達の様子や雰囲気などを見てなにか起こっていないかのパトロールである
すると、滝の近くにいた若い青年達の会話が聞こえてきた
???「しかし不思議だよなぁ.....」
長い金髪をリーゼント風にした周りよりちょっとイカつい雰囲気の青年とその青年によく付き添っているベージュ色のボブヘアーの青年だ
ナイン「確か、名前はリード?とナブだったかな」
ナブ「それって例の天使像に書かれてる名前の事っすか?ニードさん」
ナイン「あ、名前はニードか。間違えた。って、天使像の名前だって?」
ナインは会話が気になり近づいていく
ニード「おう。前はたしかイザなんとかって名前だったような気がするのに、いつの間にかナインって名前に変わってんだよな.....」
ナブ「そうっすかねえ?前からナインじゃなかったすか?」
ニード「あぁ!?前からっていつからだよ!ちゃんと覚えてんのか!?」
ナブ「え、えーと.....あれ?不思議ですね、思い出せないっす」
ナブは思い出そうと上を向くが、少しすると首を傾げた
ニード「だろう!?村の皆が変なんだよ。最近の事なのに皆が前からそうだったと思っていやがる」
その発言にナブは思いついたかのように手のひらにポンと片腕の手をついた
ナブ「あ!じゃあこれが天使様の力とか....?」
ニード「バーカ!天使なんかホントにいると思ってんのか?いるわけないだろ。天使がいるとかそんなの信じてるのは石頭のリッカだけだってーの」
ニードはそんなナブをからかうように鼻で笑っている
ナイン「なるほど。イザヤールさんが言っていたのはこの事か。ニードは少し感覚が強い人間なんだね」
各地にある天使像にはそれぞれそこの守護天使の名前が刻まれている。そして、守護天使が切り替わった時名前は新しい守護天使の名前に自動で切り替わるのだが、同時に人間の記憶もすり替えられる。
だが、稀にそのすり替えがあまり効かない人間がいる。我が強い人間だったり、感覚が鋭く周りの変化を機微に察する人間などらしい
ニード「リッカのやつ、何かってーと守護天使さまのおかげとか言っちゃって馬鹿じゃねーの。守護天使が本当にいるならこのニード様の目の前に連れてきてみろってんだ」
ニードは先程よりも少しニヤニヤしながら得意げに話している
ナブ「へへへへ....」
ナイン「目の前にいるよー。どれどれ、少し失礼します」
ナインはニードの目の前で手をヒラヒラさせるが当たり前のように見えてはいない。そのままナブをジッと見つめ始めた。すると
ナブ「(リッカリッカって....ニードさんわかりやすいんだよな〜。もうベタ惚れっていうか....好きなの隠せてないっす。でも、肝心のリッカ本人はさっぱり気がついてないし....。こりゃ先行き暗そうだなぁ、俺が手助けしてやるっすかねえ?)」
ナブの心の声が聞こえてきた。人間を見つめると心の声が聞こえる天使の力の一つだ。天使に隠し事はできないのだ
ナイン「ふーん、ニードはリッカって女の子が好きなんだね。リッカって子はもしかして、この前の青い髪の優しい女の子かな、名前が似てるよね。レッカちゃんだっけ」
もし見つけたら見守ってみようかなと考えつつ、その場を離れて巡回を始めた
教会
ナイン「ここは神聖な空気がしていつも落ち着くんだよね。なんとなく雰囲気がいいっていうか、人間界の中では一番天使界の空気と近いから落ち着くー。なんていう場所なんだろう」
ふよふよと神父様の目の前まで行くと、近くに座っていたお婆さんの声が聞こえてきた
お婆さん「爺様の形見を....大切な指輪を失くしてしまいました。おお....ナイン様!指輪が見つかりますようどうか、どうかお助けくださいませ」
ナイン「お、困ってる人間だ。形見っていうのが何かはわからないけど指輪だね。何処かに無いか探してみよう」
ナインはそのまま外に出ていった
ウォルロ村 宿屋付近
ナイン「うーん、特に見当たらないなー」
ナインがキョロキョロと指輪を探していると
赤ずきんの女性「うーん.....」
前の方から赤ずきんを被った女性が首を傾げた様子で歩いてきた
ナイン「ちょうどいいや、失礼します」
ナインはその人をジッと見つめると心の声が聞こえてきた
赤ずきんの女性「(馬飼いのお兄さん、近頃働き通しって話だけど大丈夫かしら?新しい馬を買いたいからって無理してなきゃいいんだけど.....)」
ナイン「ふーん、馬のお兄さんね。馬小屋って場所かな、近くのここだよね。臭いし、様子を見ながら指輪を探してみよう」
ナインは側にある小さな馬小屋に入っていった
馬小屋
ナイン「わ、臭いな〜」
ナインが馬小屋に入ると強い馬糞臭が漂っており、鼻を強く刺激する
ナイン「馬が人間にいろいろ利用されてるのは知ってるけど、面白いよねー。乗ったり食べたり。って、あれ?」
ナインが入ってきた右側には少し休めるスペースがあり、そこで座りながらうたた寝をしているお兄さんがいた
馬飼いのお兄さん「むにゃむにゃ.....」
ナイン「ありゃ、寝ちゃってる。さっきのお姉さんが心配してた通りだ。疲れてるみたいだね......。掃除してあげよっと」
ナインは近くにあった箒を持って糞や藁をかき集めていく
しばらくすると
ナイン「よーし、綺麗になったー」
散らばっていた藁や糞は綺麗に捨てられ、地面も綺麗になっていた
箒を元の場所に戻すと
カタン
ナイン「あ、音たてちゃった」
ナインが壁に立てかけた際に少し音を出してしまうと
馬飼いのお兄さん「はっ....!いけねっ、いつの間にか眠っちまった!!」
ドタバタとお兄さんの足音が聞こえてくる
馬飼いのお兄さん「あ、あれ.....!?掃除しないといけなかったのになんでこんな綺麗に片付いてんだ?.....そ、そうかっ!きっと守護天使さまが俺の事助けてくれたんだな!
ありがとなー、ナイン様!俺、うんと頑張って必ず新しい馬を手に入れるよ!」
お兄さんが笑顔で空に向かって声をあげると、お兄さんの体から青いオーラが形となって出てきた
星のオーラである
ナイン「おお、やったね。星のオーラゲット。でも、頑張りすぎるのはダメだからねー、無理しないでくださいね」
ナインは星のオーラを空間にしまうと、馬小屋を出ていった。しばらく村を巡回していろいろ情報を集めながら指輪探しをしていた
ナイン「ふーん、ニードって青年はここの村長さんの息子で妹さんがいて、妹さんは大事にしてるけど、あの性格だから周りから心配されてるんだね。特に剣を持って外に一人で出るのは危ないな。ちょっと彼は警戒しておこうかな」
滝の近くに戻ってくると、滝の横にある花畑にいた犬がナインを見つけて尻尾を振って駆けてきた
犬「くーん、くーん」
この犬はナインが好きであり、見つけると嬉しそうに顔を舐めてくるのだ
ナイン「あー、また来たね。えへへ、くすぐったいよ。でも、人間に見つかると奇妙がられるからここまでね」
ナインは軽く舐められた後、すぐに立って犬に手を振って奥に進もうとすると
犬「わん!」
犬はナインの横を走っていくと、花畑のある部分で立ち止まってこちらを見ている
ナイン「ん?なんだろう」
ナインが近づくと
ナイン「あ!指輪だ!これを探してたんだよ、君が見つけてくれたのかい?」
ナインが嬉しそうに指輪を取って犬に話しかける
犬「わん!はっはっはっ」
ナイン「そっかー、えらいえらい。いい子だねー、ありがとう」
犬「くーん....」
ナインが犬の頭をわしゃわしゃと撫でると、犬も嬉しそうに目を細めて舌を出している
ナイン「お手柄だよ、ありがとねー!」
ナインは教会に向かっていった
教会
ナインはまだ祈っていたお婆さんの上着のポケットにこっそり指輪を滑り込ませた
お婆さん「.....んん?なにか入ったかの?......!!こ、これは.....爺様の指輪!!!どういう事じゃ?散々探したはずなのに.....まさか」
お婆さんはキョロキョロと周りを見渡し始めた
お婆さん「そうか!これぞナイン様のおぼしめし。ありがとうございますっ!ほんっとうにありがとうございます、ナイン様ー!」
お婆さんの体から星のオーラが形となって出てきた
ナイン「よーし、順調だぞー。えへへ、イザヤールさんに褒めてもらわないと」
ナインは嬉しそうに教会を出ていった
夜
ナインが教会から出てきた頃には夕陽も沈み、夜になってきていた
ナイン「そろそろ困ってる人はもういなさそうだなー。って、天使の気配!もしかして!!」
ナインが滝の近くに向かうと、そこにはイザヤールが空から降り立ってきていた
ナイン「イザヤールさん!!」
イザヤール「ナイン、しっかりと役目に励んでいるようだな」
ナイン「はい!どうしましたか?イザヤールさん、わざわざまた来てくれるなんて」
イザヤール「..........なんだ?私がこの村に来るのはもういらぬお世話かな?」
イザヤールさんにしては長い沈黙の後、少しいつもと違う顔で笑っていた
ナイン「い、いえ、全然!ちょうどイザヤールさんの事を考えてたので少し驚きました」
イザヤール「ふっ、そうか。ナイン、もう一つ教える事がある」
イザヤールさんはそのまま横を指さす
イザヤール「死してなおまだ地上をさまよっている魂を救う事も天使たる使命!救いを求める魂の声を聞き、正しき命の流れに戻してやるのだ」
イザヤールさんが指さす先には、人間とは違う存在。幽霊と呼ばれる人間がいた
ナイン「そういえば、村の人達が最近夜になるとひとだま?とかいうのが見えるって....」
イザヤール「しっかり調査しているな。夜になるとかのような者は現れる。夜の巡回も大切にな」
ナイン「はい!」
ナインはイザヤールに返事をすると、そのまま幽霊に話しかけた。体の大きなお兄さんである
体の大きいお兄さん「しくしく.....。なんで皆俺の事無視するんだ?」
ナイン「大丈夫ですか?」
体の大きいお兄さん「!!ん?あんた、俺が見えるのか!?教えてくれ!一体どうして皆俺が見えなくなっちまったんだ?......って、あれ?その羽、輪っか....あ、あんたもしかして....天使様なのか?
そうか.....。もしかしたらって思ってたけど俺はとっくに.....。なあ、そうなんだろ?天使様」
ナイン「うん。気づけなかったかもしれないけど、君はとっくに死んでるんだよ」
体の大きいお兄さん「......ありがとう、天使様。おかげでようやく自分が死んでることに気づけたよ。誰にも気づいてもらえないのは本当につらかった。だから.....もういく事にするよ」
お兄さんはそう言うと優しい光が体を包み込み、天に浮かんでいく
優しい光は少し大きい星のオーラへと形を変えて、お兄さんは静かに消えていった
イザヤール「よくやった、ナイン。あの者も悔いなく天に召されたであろう。魂が出すオーラは一際大きく輝いている」
ナイン「そうなんですね。ありがとうございます、イザヤールさん。僕、これからも頑張れそうです」
イザヤール「そうか....。ナイン」
ナイン「はい」
イザヤール「.......私はこれから世界中を回る事にした。長い間会えないだろう」
ナイン「え.....」
突然告げられた内容に驚いて呆然としてしまう。そんな急にだなんて.....
ナイン「と、突然ですね.....。オムイ様のご指示ですか?」
イザヤール「いや、違う。私の勝手な考えだ。オムイ様には心配されたがな。ナイン......これは私の勝手な指示だ。習わしとして上級天使には逆らえないとあるが、これは特例とする。どうするかは自分で決めるのだ。
もう天使界には帰らなくてもよい。
........お前を.....破門とする」
ナイン「........え」
体の全ての力が抜けていくのを感じる。翼が動かない、浮く事が出来ずにヘナヘナと地面に翼ごと崩れ落ちた
ナイン「なん....どうして.....ですか?」
血の気がなくなり、青ざめた顔になっていくのを感じる。冷たい夜風と滝の冷たさが村の温かい空気をかき消していく
イザヤール「言葉の通りだ。もう私の弟子でなくてよい。天使界にも帰らなくてもよい。お前にあそこはいい場所ではないだろう。私がいない今、あそこで周りから守れるのはジーンとオムイ様のみ。星のオーラをオムイ様に預ける以外で戻る必要はない」
ナイン「それは......その通りかもしれませんが!破門の理由にはなっていません!」
勝手に目から涙がこぼれる。久しぶりに流した涙、こんなに苦しいものだっただろうか
イザヤール「その理由はお前が知る必要はない」
ナイン「そんな......」
イザヤール「私はこれから世界中を回る。その最初にたまたまここに来ただけなのだ。ナイン........すまない」
項垂れる僕の頭をこれまでと同じように優しく撫でてくれる。撫でた手をそのまましばらく止めた後、バサリという音がして僕は頭を上に向ける
ナイン「イザヤールさん?」
イザヤールさんを見上げるとイザヤールさんも上空を見上げていた。僕達の遥か高くでは金色に輝く列車が汽笛を鳴らしながら星々の間を駆けている
ナイン「あれって.....」
イザヤール「実物を見るのは初めてか?あれが天の箱舟だ。前に教えたな。何やら近頃やけに慌ただしい.....。少し気がかりだな。
ナイン、どうするかは自分で決めるのだ。私はこのまま地上で残る。武運を祈る」
イザヤールさんはそういうやいなや、すぐに翼をはためかせて飛び立って行った
僕はただ、呆然とその背を見つめる事しか出来なかった
時は遡り、少し前のウォルロ村上空
イザヤール「(来たはいいが.....何を話せばいい)うぅむ....」
夕陽が落ちようとしている中、ウォルロ村上空からナインを見つめて数時間、イザヤールは一人うんうん唸りながら悩んでいた
イザヤール「ナインを傷つけないようにしたいが.....なんと説明したらいい。ぐっ.....大体こういうのは私ではなくあの腹黒天使の役目だろう。私では.....」
ウォルロ村ではナインが犬に舐められていた
イザヤール「あの犬....私には懐かなかったのにナインには懐いているのだな。天使好みするとはなんてわがままな。そうだ、任務が順調か聞きながらというのはどうだろうか。うむ、そうすべきだろう」
ナインが犬から去っていくのを見ていると
イザヤール「.......立派になったな、ナイン。きっともう......私の背中を追う必要はないのだろう。弟子など初めてだったが......よくやり遂げてくれたと思うぞ。
........心を鬼にする必要がある、か」
イザヤールは悲しそうに遥か上空に浮かぶ天使界の建物を見て呟いた