───私の声が 聞こえますか
そこにいますか この世界を救う───
勇者よ。
貴方の事を ずっと待っていました
今こそ、全てを話しましょう。
太古、" 天族 "と" 魔族 "が……
" 誰か "の声で私はハッと目を覚ます。
ベッドの柔らかい感触と布団の暖かい温もり、
ブラインドカーテンの隙間から漏れる白色の日光、
白木のフローリングに鼻に抜ける檜の香り。
腹部に重みを感じて目をやるとそこにいるのは紺色の髪色に綺麗な青い瞳をした少女、
私の愛娘、" アリス "だ。
「おはようございます!父さまっ!」
アリスは満々の笑みで日課の挨拶をする
「おはよう、アリス。私の寝耳に囁いていたのは君かな?」
「今朝は" 私 "が最近ハマっているプロローグのセリフを真似してみました!」
「アリスは相変わらずゲーム好きだね、まったく誰に似たんだか…」
「勇者の伝説Ⅴは神ゲーです!実はプロローグのセリフがエピローグの伏線になっていて〜……」
「はいはい、ゲームの蘊蓄はそこまでです。」
私はアリスの頭をわしゃわしゃと撫で、カーテンを開けて外を眺める。
一面に広がる高層ビルと建物の間を交差する道路と鉄道橋、道を歩く人間と獣人、そして晴々とした青い空。
最先端の技術を駆使した独自の農畜方法で食料自給率は都市単位で280%にも及び、先進した医療技術によって病死率はごく僅か、充実した経済政策により貧困で苦しむ事はない。
ここは神秘と科学が融合した近未来都市、
そして幾千もの賢者が人生を費やして築き上げた聖域、
その名は、キヴォトス。
外の風景に見惚れているとアリスが、
「父さま、母さまが朝食の準備が済んでいるって言ってました!」
「分かった、すぐ行くよ。」
アリスに連れられるようにリビングへ向かうと食卓に彩り豊かな食事が並べられてあった。
「おはよう、あなた。」
彼女はアメリア=タイター、私の妻だ。
「おはようアメリア、今朝は珍しい朝食だね。」
「地球の日本という国の料理よ、ほら味見してみて。」
アメリアに差し出された茶色のスープを一口啜る。
独特な風味と絶妙な塩加減に私は思わず感銘を受ける。
「ん…これは美味い。」
「私知ってます!これは勇者の伝説Ⅴに出てきた回復アイテムです!」
「昨晩は楽しかったわね〜、アリスちゃん。」
「まさか夜更かししてアメリアとゲームをしていたのか?」
「はい!とっても楽しかったです!」
「やはりアリスの趣味はアメリア譲りだな…」
「あら、でもアリスはあなた譲りの甘えん坊さんよ?」
「お、おい!娘の前でその話は…」
「本当ですか?母さまっ」
「そうよ〜、本当に博士号を持っている量子宇宙物理学者なのか疑っちゃうくらいなんですもの〜。」
それを聞いたアリスは両頬にご飯を頬張りにっこりと微笑む
そんな家族談話をしていると、ホログラフィックテレビにニュースが流れる
[今朝、首脳会議にて地球のソビエト連邦という連邦国家、通称ソ連がキヴォトスの採掘権と技術を提供するよう取引を持ち掛けました。キヴォトス側は、地球にキヴォトスの技術を委ねることは危険だとし、これを拒否。それに対しソ連は武力行使を仄めかす発言をし、現在軍を固めている模様です。]
「母さま、これどーゆー意味ですか?」
アリスは不思議そうな顔でアメリアを見る。
「ん〜?魔族が攻めてきちゃうかもしれないんだって〜。」
「私、怖いです…」
「こら、アリスをあまり虐めてやるな。大丈夫だよ、地球が本気で侵略する気なら、最初から地球の企業をキヴォトスに進出したりはしないさ。もっとも、戦争になったところで向こうに勝ち目はないのだから心配は無用だよ。」
と、私は優しい口調でアリスを安心させる。
「よく分からないけど安心しました!父さまはやっぱりりょーしうちゅーぶつりがくしゃさんですっ!」
「ほら、そろそろスクールバスがくる時間だ。今日は小学校の学園会なんだろう?」
「すっかり忘れていました!では行ってきます!」
アリスは慌ててバタバタと玄関へ走っていく。
「あの、父さま…」
と、立ち止まり慎重な顔つきでぽつりと呟く。
「ん?どうしたんだい」
「今年は…私の劇…見に来てくれるんですよね?」
「ああ、約束するよ。父さんの研究プレゼンが終わったらすぐに駆けつけるさ。」
「はいっ!!では行ってきます!!」
「いってらっしゃい、アリスちゃん。」
アリスはパァッと明るい笑顔を取り戻し、家を飛び出していった。
リビングのテレビは流れ続け、
[今回の件について昨今世間を騒がせている地球排他派の新興宗教の信徒に取材を行いました。]
[Q.ソ連側の主張についてどうお考えで?]
[A.私に低俗で穢らわしい改変物を向けるなァァァァァァ!!!!物質は名もなき神が我々に与えし高尚な物であり人が神秘以外を改変するなど赦されることではないィィィィィィ!!!!]
白装束の男性の耳を劈くような信徒の奇声と共にテレビにノイズが走る
ザーッというノイズ音とぶつ切りの奇声が交互に繰り返した後、プツンとテレビが切れた。
それは、何げない平穏な日常に亀裂が走り、崩れ落ちる様な不安な雰囲気を想起させる。
「それじゃあ、私も行ってくるよ。」
「ええ、頑張ってね。」
アメリアが両手でガッツポーズをし、エールを送る
駅のホームに着いた頃、浮浪者と思わしき人物が私に話しかけてきた。
「貴方の背後にぃ……名もなき神が見えますぅ……貴方の背後にぃ……直ぐそこにィ!!」
ギトギトの髪の毛と不潔な顔が間近に迫る。
「あんた、新興宗教の信徒か?うちはそういうのやってないんだ。他所へ行ってくれ。」
私は浮浪者を突き放し、電車に乗る。
「ああっ!!なりませぬ!!貴方が我々を導くゥ!……」
[間もなく発車いたします。危険ですので、白線の内側へお下がりください。]
と、アナウンスが浮浪者の発言を遮り、電車が発車する。
時は少し流れ、場面はプレゼン会場に移る。
多くの学者と記者が会場を埋め尽くし、カメラのフラッシュが絶え間なく発光する。
「今回は我々のチームの研究発表に参列して頂いた事を誠に感謝します。」
パシャパシャとフラッシュ音が会場を埋め尽くす。
「今回皆様にお集まり頂いたのは他でもない、" 時を遡る技術 "についてです。」
その一言で記者はざわめき始め、研究者は唖然とする。
「それって、アルベルト博士の一件の話ですか?」
と、記者のひとりが発言する
「その通りです。皆さんもご存知の通り、数年前アルベルト博士は時を遡る技術の実験に失敗しました。部屋中の変圧器が吹き飛び、マイナスイオンが発生し、その結果その場にいた研究員全員が犠牲になりました。その中にはアルベルト博士も…」
「貴様はまたあの悲劇を繰り返そうとしているのか!?笑止千万だ!!話にならない!!」
参列していた学者のひとりが席を立ち、退出しようとする
「犠牲となった研究員の中には、ベターと言う名の若い女性もいた。貴方の娘、そうでしょう?」
それを聞いた研究者が立ち止まる
「貴様が軽率にベターの名を口に出すなァ!!」
「私にも娘がいます。アリスと言う名の可愛い娘が、今年で10歳になる。」
「それがどうしたと言うんだ…」
学者の震え硬く握られた拳から血が滴り落ちる
「私はもう、こんな悲劇を繰り返したくはない。だから自ら量子宇宙物理学の先駆者として、これ以上犠牲者を出さない為に尽力すると主張したい。」
「…ッ!!」
「アルベルト博士は私の大学院時代の教授だ!!私が最も尊敬する人物でもあり、私が量子宇宙物理学を志したきっかけとなった人物でもある!!私は彼の人殺しの汚名を返上し、最も偉大な学者として、アルベルトの名を歴史に刻み込みたいのだ!!」
私は声高に自身の目的を打ち明ける。
「…また、同じ過ちを繰り返したら?また死者が出たらどうする?」
「今と昔が違う点は、先駆者アルベルト博士の研究日誌が存在するという事です。今なら研究の問題点を精査し、時間逆行の技術を実現に結びつける事ができる。」
「変圧器の容量は増やせても、マイナスイオンの発生は止められないぞ…」
「簡単な事です、マイナスイオンのエネルギーを跳ね返す素材を作ればいい。」
「そんな事不可能だ…神秘使いのプロフェッショナルでもいなければ…」
「神秘使いのプロなら、キヴォトスにいるでしょう。現代技術の干渉を拒み、神秘のみを使う事を信念として掲げている新興宗教が。」
「お前、まさか!?」
会場の全体が参列者の声でどよめき始める。
「そう、" 無名の司祭 "達です。」
時はまたもや少し流れ、場面は研究所の自動販売機前に移る
「よっ、今回のプレゼンは大成功だな。」
彼はランディ=ミノトフ、私の大学院時代からの親友だ。今は私の研究チームで働いている。
「ああ、なんとかな。」
と、私はコーヒー缶を啜る。
「お前の演説力にはたまに驚かされるよ、あの頑固な博士を泣かせるとはな。さっきチームに加えさせてくれって俺に懇願してきたぞ?」
「娘を失った父親なら当然の反応だろう。」
「あー…俺にゃわかんねーわ…それより、今日は娘の学園会だろ?早く行ってやれよ。」
「でもまだやる事が…」
「" やる事 "って、マスコミの取材だろ?そのくらい俺に任せとけって。お前はいの一番に娘の演劇を見に行ってやれよ。」
「いいのか?」
「水臭えなぁ、親友だろッ」
そう言ってランディは私の背中をドンっと押す。
「ほら、行ってきな!」
「ああ、ありがとうよ。」
私はタクシーに乗ってアリスの小学校へ向かう。
「どちらまで?」
「キヴォトスセントクライスト小学校まで頼むよ。」
「畏まりました…って、あんたあのタイター博士かい?」
「ええ、そうですが。」
「プレゼンをラジオで聞いたよ、去年作ったアトラ・ハシースの箱舟に続いてアルベルト博士の研究を受け継ぐんだって?大したもんだ、今時あんたほど野心的な研究者は多くないからねぇ。」
「いえ、そんな事ありませんよ。実はアトラ・ハシースの箱舟の演算機能を応用したらアルベルト博士の研究も実現出来ると気付いたんです。」
「はぁ〜、ワシには難しい世界だねぇ。」
運転手と与太話をしていると、
ドオオオオオオオン!!!!と爆音と共に街中で大爆発が起きる。
「うわぁ!!何事だ!!」
と、運転手が慌てふためくとまたもや、
ドオオオオオオオン!!!!と爆音が鳴り響く。
[こちらは、キヴォトス尊厳維持局の放送です。この放送は人工知能によって自動で発信されています。繰り返します、この放送は人工知能によって……]
タクシーのラジオから無機質な機械音声の放送が流れる。
[キヴォトスはいかなる交渉攻防を行おうとも、平和的終結の見込みの無い状況に陥りました。現在、正体不明の軍隊がキヴォトス星衛隊を突破し、占領を始めている模様です。彼女等は銃弾を受けても動じず……ザーーーッ]
無機質な機械音の中にノイズ音が混じる。
「嘘だろ…" ビナー "を倒すなんて不可能なはずだ…」
[私達の、領土、ザーーーッ…族、財産全てを侵されようとも私達の魂まザーーーッ…決して侵されません。キヴォトス国民の歯にザーーーッ…自害剤が、貴方の意思によって自動で作動します。]
その瞬間、タクシーがアリスの小学校の真反対の方向へ走り出す。
「……お……おい、何を……」
「決まってんだろッ!!家族の所に行くんだよッ!!」
運転手は半錯乱状態でタクシーを走らせる。
「私にも家族が…!!」
「うっせえ!!手前の事なんて知った事かッ!!」
車はどんどんアリスの学校から離れていく。
「頼む!!止まってくれ!!二人の…ッ!!アリスとアメリアの所へ行かなくては…ッ!!」
運転手は聞く耳を持たず、最大速度で車を走らせ続ける。
私の脳内に、アリスとアメリアとの思い出、そして継ぎ接ぎの記憶が走馬灯のようにフラッシュバックする。
──研究サークルか、面白そうだな。
──お前など……ではないッ!!
──赤ちゃんの状態はとても良好ですよ〜、健康そのもの!性別を知りたいですか?
──それじゃあ言ってごらん、とおさんって。
──とぉ、さん?
──あら〜〜よく言えまちたね〜〜っ
──全ての時空の……が……するまで。
──アリス、お誕生日おめでとう!!
──よう、お前どこの専攻?
──アリスちゃ〜ん、こっち向いて〜
──私は……にはなれない。
──君は、ゲームは好き?
「は……ッ!!」
最後の記憶で私は意を決して、運転手の首をベルトで絞める。
「うっ…がぁ!!何を……ッ!」
「すまない……すまない……赦してくれ……ッ」
「ぐ……うっ………」
運転手を締め殺し、死体を外へ放り投げ、アリスの学校へと車を走らせる。
公共のスピーカーから耳を劈くような警報音が鳴り響く
私は横目で、ゴリアテが街中で、" 何者 "かと交戦しているのを目にする。
私の心を不安が蝕んでいく。
「アリス…ッ!!アメリア…ッ!!」
暫く車を走らせ、遂にアリスの学校へ到着する。
フェンスが倒壊し、窓ガラスが割れている学校を目前にした私は、車を降りて校舎へ走り出す。
グラウンドには面識のある人の亡骸がごろごろと転がっていた。
「はぁ…ッ!!はぁ…ッ!!」
亡骸と血溜まりを踏み走り、アリスとアメリアの名を叫ぶ
「アリスーーーッ!!アメリアーーーッ!!」
だが、どこを探し回っても二人の姿は見つからない。
口の中に血の味が広がる。
その後、
遂に校舎裏で見つけた。
アリスとアメリアが手を繋ぎながら、頭を撃ち抜かれている亡骸を。
「うわあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
私はその場で泣き崩れる。
アリスの亡骸に私の涙が滴り落ちる。
その涙はアリスの頬をつたって、花びらに落ちる。
その直後、私の背後に何物かがにじり寄り、
後頭部に硬く、冷たい感触が走った。
振り返ると、ヘイローを持つ少女がアサルトライフルを構えていた。
少女が引き金に指を添える
「お前が…お前がアリスとアメリアを殺したのかァァ!!!!」
私が怒声を上げた直後、パンッと軽い破裂音が鳴り響いた。
内臓と血が顔に飛び散る。
「へ……?」
目を開けるとそこにいたのは、白装束の集団、無名の司祭達だった。
眼前には頭が破裂した少女の死体
事態の収集のつかない私に、無名の司祭はこう言う。
「ブルー=タイター、我々の…いや、名もなき神の" 王 "よ。」