【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第十八話【MAYAという女】

 ◆

 

 片倉は新宿駅の改札を出て20番出口へ向かった。

 

 JR新宿駅と新宿エルタワーこと『センター』は直結しており、20番出口から直接向かうことができる。

 

 周囲の歩行者は探索者ばかりで、やはり皆思い思いの格好をしていた。

 

 ダンジョン時代以前には決して見られなかった光景だ。

 

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 この連絡通路はセンターの地下1階に繋がっており、センター内部へ繋がる入り口の前には重武装に身を固めた男女の守衛が2人立っていた。

 

 それぞれ腰には銃を吊るしており、目つきがやけに鋭い。

 

 片倉はそのうちの男の方に見覚えがあった。

 

 相手も片倉のことを覚えていたらしく、少し驚いたような表情をしている。

 

「志波さん、どうも」

 

「片倉じゃないか! ……まあ、その色々あったみたいだな。またこっちで仕事するのか?」

 

「ええ、まあ。志波さんも最近はどうですか」

 

「それがさ、聞いてくれよ。トー横がダンジョンになってよ、丙-3のちゃっちいダンジョンなんだが少しタチ悪な所があってな。一般人が取り込まれちまうってんで今度壊すことになった。お前も知ってるだろうが、ダンジョンを壊すのは結構大変でな、まあそんなわけで今依頼を受けられる戦闘系の探索者を募集してるところだよ」

 

 丙-3とはダンジョンを甲乙丙の大分類に分け、さらに大分類ごとに数字の1~3を振り、合計で9段階の難易度に分類した指標である。

 

 丙-3はその指標でいくと最低難易度のダンジョンという事になる。

 

「そうですね、俺も金は必要ですしちょっと考えてみます」

 

「頼むぜ、じゃあまたな」

 

 ええ、と答えて片倉は入口をくぐってその場を去っていった。

 

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「先輩、お知り合いですか?」

 

 守衛の内、女の方が志波に尋ねた。

 

 やけに気の強そうな顔つきをした女で、職務に忠実といった印象がある。

 

「ああ、まあな。元々協会の探索者で、結構やる奴だったんだ。まあ某企業に引っ張られちまったが──」

 

「出戻ってきたと」

 

「もしくは契約を満了してきたかだな。ってそんな顔しなくても、お前が嫌ってる最近の若い奴らとは違うよ。真面目な奴だ……真面目すぎるかもしれないけどな」

 

「真面目過ぎるのも困りものですけど」

 

 確かにそうだと思いながら志波は苦笑して勤務に戻る。

 

 ◆

 

「──はい、これで再登録が完了しました。こちらが協会の専用端末『ウォーカー』です。生体認証式なので、バイオ技術等により身体組成を変更する際は窓口までお越しください。また、端末の取り扱いについての注意事項は初期設定時によく確認をしてくださいね。個人IDはセキュリティの関係上、新規に発行しております。ほかに何かご質問などがあれば承ります」

 

 片倉は2階の受付で無事に協会への再登録を終えた。

 

 "端末"は協会所属の探索者に貸与されるデータ端末で『ウォーカー』と言い、一見すればスマートフォンに酷似している。

 

 これは探索者たちからの様々な需要を満たせるオールインワン的な端末で、協会所属の探索者はウォーカーから依頼を受けるなり、チームを探すなりする。また、協会探索者達がかき集めたダンジョン内のデータも閲覧できる。

 

 ただし相応に値段は高く、破損などなら割り引きで修理できるが、不注意による紛失や盗難での再貸与は高いコストを支払うことになる。最悪なのが転売で、これが露見すると少なくとも関東での探索者稼業は難しくなるだろう。

 

「住居の手配をお願いしたいのですが」

 

「そちらにつきましてもウォーカーから申請可能です。空き物件でしたら即日入居が可能ですよ。また、報酬振り込み用の口座作成や、そうですね……思いつく限りのどんな事でも大体ウォーカーで作業が完結できます。ただし、マンハントといった極一部の依頼はウォーカーでは受注できません。そういった依頼は対面受付からの受注となります」

 

 マンハントとはその名の通り賞金首を生死問わずで狩る事で、対象は主に犯罪を犯して逃亡中の探索者だ。

 

 その場合による殺害は刑法の適用対象とはならない。

 

 報酬は高額で、賞金首が身に着けていた物品の所有権も得られるため、このマンハントを専門とした探索者もいないわけではない──もちろん難易度は非常に高いが。

 

 ──随分と便利になったな

 

 片倉が協会で探索者稼業に励んでいた頃はウォーカーはここまで高性能ではなかった。

 

「ええ、まあ。この業界の技術革新は日進月歩ですからね。来年あたりはまた新機能が追加されるんじゃないでしょうか。あと質問は……もう特にはないみたいですね。それでは良き探索者ライフを!」

 

 受付の女は完璧な笑顔で片倉にそう告げた。

 

 片倉も苦笑しながら「お見事」と言ってその場を去る。

 

 称賛の理由は、あまりにも露骨且つ違和感なく読心されてしまったからだ。

 

 どういった類のPSI能力にせよ、何かを対象とすれば前兆の様なものが発生する。

 

 例えば読心であれば読まれる側は急にソワソワした気持ちになったりだとか。

 

 この前兆はそれなりに場数を踏んだ者であれば察知することは容易いのだが、先ほどの片倉には受付嬢のPSI能力起動の前兆は読めなかった。

 

 ──人材には困ってないらしい

 

 それなら自分の求める仲間も見つかるだろうと片倉はやや安堵した。

 

 ◆

 

「さて、後は……」

 

 片倉はセンターのガラス張りが印象的なエントランスから出ると、ふと空を見上げた。

 

 時刻はだいたい正午といったところ。

 

 腹具合はまずまずで、軽く何か入れてもいいかもしれない──そう片倉が考えていると、不意に先ほど受け取ったウォーカーがピリ、ピリリと鳴りだす。

 

 ウォーカーにはそれぞれ個人IDが振られており、それによって協会所属の者の間に限って通信や通話ができる──はずなのだが。

 

 ──誰にも教えていないはずなんだが

 

 あるいは何かの手違いで昔のIDがそのまま使われているということもある。

 

「……はい」

 

 とりあえず出てみるか、ということで端末を耳に当てて応答した。

 

 ──「寂しいわね、真っ先に逢いに来てくれると思ったのに」

 

 片倉はそのハスキーな声を聞くと背中を優しく引っかかれているような気分になる。

 

 忘れようもない、カフェマヤの店長であるMAYAだ。

 

「MAYAさんですか、なぜ俺の番号を知ってるんですか?」

 

 片倉はどうせ教えてくれないだろうなと思いつつも一応尋ねてみた。

 

「女は秘密を探るのが得意なの。そんなことはどうでもいいけど、もう用事は済んだんでしょ? ご飯作ってあげるからいらっしゃいよ。CLOSEDの看板がかかってると思うけど、気にせず入ってきちゃって」

 

「わかりました……じゃあそうします」

 

 どのみち行く予定はあったということもあり、片倉は首肯した。

 

 ──ふう

 

 通話を切った後、片倉は少し疲れたようにため息をついた。

 

 世話になったこともあるし親切な相手なのも事実だが、それはそれとして片倉はMAYAが少し苦手だった。

 

 少なくともただの喫茶店の一店長ではないと思っている。

 

 だが避けては通れないだろうという思いもあって、片倉は店へ向かった。

 

 徒歩にしてせいぜいが12、3分だが、心の準備をするためもう少しだけ距離が長ければいいなと思ってしまう。

 

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 ──ここは変わらないな

 

 片倉は懐かしそうに『カフェマヤ』と書かれている古ぼけた看板を見た。

 

 店の全容はどうひいき目で見てもカフェではなく喫茶店である。

 

 そう聞くとクラシックな雰囲気の隠れ家的な外見を想像するが、とにかくあちらこちらにガタが来ているため、そんな想像とは真逆の印象を受ける。

 

 ただ、店内はそれなりに整っており、内装だけで言うなら立派なものだ。

 

 以前片倉はMAYAになぜ内装ばっかり手を入れて外を修繕しないのか尋ねたが、彼女曰く「あなたにはそう見えるのね」との事。

 

 お店の入り口には手書きとみられる筆致で『CLOSED』とある。

 

 ──店は閉まってるとは言ってたが

 

 勝手に開けていいものかとやや逡巡していると──

 

「鍵は空いてるから入りなさいな」

 

 と声がする。

 

 これがまた不思議で、ドアの向こうからではなく耳元で囁かれたような風に聞こえるのだ。

 

「普通に話してくださいよ、MAYAさん」

 

 片倉はややボヤキ気味にそんな事を言いながらドアに手を掛けた。

 

 ◆

 

 ドアを開けた瞬間、片倉は自身の顔めがけて飛んでくるナイフの姿を捉える。

 

 錆に塗れた大振りのナイフだが、切れ味が鈍そうだとはとても思えない。

 

 刃全体から放たれる厄の濃さは、片倉に強い忌避感情を与える。

 

 触れる事すら危険に思える以上回避するしかないのだが、片倉の戦闘思考はそれも悪手だと断じた。

 

 いくら躱そうと、厄気を滾らせた刃は軌道を変えて自身に突き刺さるだろう──片倉はそう考える。

 

 だから手の甲を半回転させるようにパリングして、飛んできたナイフの刀身をへし折ってくれんとばかりに弾き飛ばした。

 

 しかし甲にあたる硬質な感触は確かに金属のそれであったのに、ナイフが床に落ちた音がしない。

 

 片倉の甲には金属の何かをへし折った強い感触が残っているが、ナイフ本体も刃も宙空で消えてしまったようだ。

 

 しかし今は消えたナイフの行方を探っている場合ではなかった。

 

 片倉が目を凝らして薄暗い店内の奥を睨みつけると、ブゥンと音を立てて店内の蛍光灯が点灯する。

 

「それっぽくなってきたじゃない。久しぶりねぇ、まさちゃん」

 

 誰もいなかったはずの空間に、いつのまにか女──MAYAが立っていた。

 

 ・

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 まるで月の光が人の形を取った様な女だ、と片倉は思う。

 

 淡い紫のワンピースが長い黒髪とやけに調和していて、ただでさえミステリアスな魅力のMAYAの相貌をより引き立てている。

 

 古臭い蛍光灯の安っぽい光が、星の光の様にきらめきながらMAYAの整形とも違う完璧な相貌に降り注いでいた。

 

「まさちゃんはやめてください。せめて真裕くんとかでお願いします……俺はもう三十路ですし。それにしてもお久しぶりです。MAYAさんは相変わらず変わりませんね。というか、いきなりあんなモノを放るのは辞めてくださいよ。どこで拾ってきたんです? あんな物騒な得物……」

 

 片倉は抗議めいた口調でMAYAに言った。彼女は片倉が新米だった頃からよくこうして彼を試すことがあった。

 

 最初は紙をまるめたボールだったが、段々と剣呑なモノへとかわっていくのだから片倉としてはたまらない。

 

 先ほどのナイフなどは一等危険な代物であった。

 

「物騒? ふうん。まさちゃんにはそう見えたのね」

 

 MAYAは意味深に微笑み、しかし詳しくは話そうとはしない。

 

 そんな対応も片倉にはもう慣れたものだったりする。

 

「はあ、まあ、もういいです……とりあえず、その、お久しぶりですね。またこっちで活動しますので……今後ともよろしくお願いします」

 

 MAYAは片倉の言葉を聞いているのか聞いていないのか、返事をせずにじっと片倉の顔を見る。

 

 気まずい沈黙が1秒 2秒 3秒と続き、やがて何かを得心したようにMAYAはウンと頷いた。

 

「前には進んでるみたいね。足は傷だらけでも──進んでいることには変わりはないわ。横道にそれたり、来た道を戻ったりはしていない。誰かに背負われてもいない。それなりにはなったわね」

 

 MAYAが何を言っているのか片倉にはよくわからない。

 

 よくわからないものの、なんとなく今の自分を評してそう言ってるのだと感じる。

 

 ──それなり、か

 

 片倉の脳裏にこれまでの探索の記憶が思い起こされる。

 

 そのどれもが決して容易いものではなかったが、片倉を乗り越えてきた。

 

 それでなお「それなり」というのはなかなか辛い評価だ。

 

 でも、と片倉はあの声の事を思い出す。

 

 ──それなり、なのかもな。それなりだったから俺は仲間を失った。もしそれなり以下なら、自分の命も失っていただろう。"山"とやらがあんな化け物の事だったとしたら、俺はそれなり以上にならなければならない

 

 メキリと片倉の腕に力が入る。

 

 MAYAはそんな片倉を面白そうに見つめてから「お腹、空いているでしょう? オムライス好きだったわよね。今日はチーズも乗せてあげる」といってその場を立ち去っていった。

 




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