【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第二十四話【居場所】

 ◆

 

 片倉はトー横ダンジョンは初見である。

 

 黒い霧中に放り込まれたかのような様子も視覚的な意味で厄介だが、それとはまた別の理由で片倉は内心で舌打ちをした。

 

 心のアチコチにまるでチーズの様に穴が空き、そこを風がひゅうひゅうと吹き抜けていくような感覚。

 

 この世界のどこにも自分の居場所はないのだという感覚は、単なる気鬱のせいではない。

 

「このダンジョン」

 

 片倉が呟き、瑞樹を見る。

 

 瑞樹は片倉の側に立っており、不安そうに片倉を見つめていた。

 

「ど、どうしたんですか……?」

 

「……沖島さんは何も感じませんか?」

 

 片倉が尋ねると、瑞樹は周囲を見回し、首を振る。

 

「いいえ、でも……ダンジョンに、ってわけじゃないんですけど……」

 

 瑞樹はカイト、アヤ、MIRUの背を見ながら言う。

 

「なんだかカイトさんたちが怖くて」

 

 カイトたちは後方の片倉達を見ようともせずに先を歩いていた。

 

 三人楽しく談笑をしており、その様子はダンジョン探索中の姿とは思えない。

 

 しかし片倉は──

 

「そうかな」

 

 と答えた。

 

「え?」

 

「いや、折角帰ってきたんだから少し位は浮かれるのも仕方がないかなって思ったんです」

 

「帰って、きた?」

 

「ん? ……いや、俺は何を……」

 

 不意に片倉は、自分が何を言ったのか良く分からなくなっていた。

 

 確かに自分の意思で発した言葉だというのに、それは何か押し付けられた様な感が脱ぐえない。

 

「片倉さん、大丈夫ですか?」

 

 不安げな瑞樹の問いに、片倉ははっきりと「大丈夫です」とは答えられない。

 

 それに、先ほどからかつての恋人である榊澪の姿が、仲間であった万田武、雪らの姿が思い起こされるのはなぜだろうか? 

 

「あの三人、ただ緊張感がないだけかと思ったんですが、そうでもないかもしれません。良くみていたほうが良いかもしれません」

 

 何かをされている──そんな気がするものの、誰に、そして何をされているのかが分からない。

 

 もしかしたらカイトたちも何かしらの影響下に置かれているのかもしれないと思った片倉は、とりあえずといった風に注意を喚起する。

 

「そう、ですね」

 

 瑞樹も静観に賛成の様だった。

 

 万全を期す、安全を期すならば撤退という手もないではないだろうが「何かが少しいつもと違うな」くらいの事で撤退してたら探索者なんてやっていられないのも事実なのだ。

 

 ◆

 

 カイトが先頭に立ち、軽快な足取りで進んでいる。

 

 アヤとMIRUも一緒だ。

 

 三人は談笑しながら歩いている──

 

「やっぱりここは落ち着くわね」

 

「そうだな。再生数がどうこうとかで悩んでいたのが馬鹿みたいだ」

 

「ウザい人もいないし」

 

 表情、仕草、笑い声。

 

 全てが場違いで不気味でさえあった。

 

 ・

 ・

 片倉は瑞樹に視線を送る。

 

 瑞樹は酷く不安そうだった。

 

「片倉さん、カイトさんの様子がおかしいです。まるで、ここが自分たちの家みたいに……」

 

 瑞樹が小声で囁く。

 

 片倉も当然それは不審だと思う。しかしそれ以上に瑞樹の様子に疑問を抱いていた。

 

 自分でさえ"こう"なのに、なぜ瑞樹は大丈夫なのか。

 

 瑞樹と自分を含む他の4人との違いは何なのか。

 

「片倉さん、私は撤退したほうがいいと思います──けど」

 

 瑞樹の視線が次の街灯に注がれる。

 

 このトー横ダンジョンは遭遇するモンスターもそこまで多くはなく一般的には簡単なダンジョンとされている。

 

 脱出条件もダンジョン領域に点在する街灯を目指して歩いて行くことで、そこまで難しいものではない。

 

 街灯は何かしらのギミックを解かなければ見つからないと言ったものでもなく、普通に視界にうつる。

 

「地道に条件を満たしていくしかありませんね……」

 

 瑞樹が諦めた様に言った。

 

 ・

 ・

 

 片倉は目を凝らしつつ、三人の動きを観察する。

 

「最初の街灯についたな」

 

「うん、あっという間だったね」

 

 カイトの言葉にアヤが微笑んで答えた。

 

 片倉は意を決して三人に話しかける。

 

「カイトさん、お詳しい様ですが、このダンジョンにはよく来るんですか?」

 

 カイトは振り向き、爽やかな笑顔を見せた。

 

「この前きたばかりだけど、なんていうか、ここが俺の居場所って感じがするんですよ」

 

「そうですか──昔のトー横に思い入れでも?」

 

「うーん……そういうわけでもなくは、ないのかな」

 

 カイトの返事は要領を得ない。

 

 会話は直ぐ終わり、カイトは再びアヤとMIRUとの会話に戻ってしまった。

 

 終始このような感じなのだ。

 

 話しかければ答えてはくれるものの、すぐに三人だけの世界に入り込んでしまう。

 

 しかし気になるキーワードはあった。

 

 ──居場所、か

 

 ◆

 

 

 片倉にとって"居場所"とはどこだったのか。

 

 脳裏によみがえるのは過日の光景だ。

 

 十分に戦略を練り、装備を整え、高難度ダンジョンにも関わらず順調に探索を進めていった片倉と榊澪、万田武に雪の4人。

 

 手強いモンスターと戦闘を重ね、時には苦戦もあったがそれらを退けて自信をつけていった。

 

 しかし"あれ"が全てを狂わせてしまった。

 

 ・

 ・

 

「ぐ、ぞッ……ったれ!」

 

 黒い槍の様なもので左脚を貫かれ、歩くこともままならない片倉が戦術棍と呼ばれるバトル・トンファーの柄を握って呻くように吐き捨てる。

 

 しゅる、と引かれる黒槍には妙なしなりがあった。

 

「真裕、大丈夫!?」

 

 澪が再び突き出される槍を刀で二度弾き、三度いなし、そのたびに体に小さい傷を作っていく。

 

「髪の毛が、なンッ……でこんなに硬いのよ、もう!」

 

 怒りを露わにしながらも澪の刀捌きは的確だ。

 

 しかし形勢を変えるには至らない。

 

 "あれ"は突然現れた。

 

 まるで髪の毛で形作ったボールの様な姿で、中央に大きく不気味にぎょろつく眼球があった。

 

 髪は縦横無尽に広がり、しなやかで、そして硬い。

 

「弾幕、張るよ! たけちゃん、真祐を担げる!?」

 

「おう」

 

 後方で雪と万田武が連携を取ろうと試み、数発のバスケットボール大の火球が"あれ"に直撃し、いくつもの小爆発を引き起こす。

 

 ・

 ・

 

 ──そして、俺たちは逃げて、逃げて、そして

 

 最初に死んだのは武だ。

 

 残りの三人が逃げる時間を稼ごうとして盾になって死んだ。

 

 "あれ"に組付き、髪の毛に全身を食い荒らされて死んだ。

 

 激昂した雪が自爆を試み、それから、それから。

 

 出口が見えてきたところで"あれ"に追いつかれ──

 

 ──『行きなさい! 少しだけなら時間を稼げるから、助けを呼んできて!』

 

 そう叫んだ澪は刀を構え。

 

 ◆

 

「──さん、片倉さん!?」

 

 片倉をゆする手と声──瑞樹である。

 

「……っとすみません。少し思い出してしまった事があって。……ここはどうも、精神に干渉してくる何かがあるみたいです。もしくは、居るのか。瑞樹さんはPSI能力者だからそのあたりの抵抗が強いんでしょうか」

 

「そうかもしれません、けど……あ、そうだ! カイトさんたちが!」

 

 瑞樹がとある方向を指さす。

 

 カイト達は既に先へ進んでしまっていた。

 

 そしてその先に見えるのは──

 

「赤い、街灯」

 

 片倉が呟くと、瑞樹が頷いて言う。

 

「あんなの、データにありませんでした。あれがどういうものか確認できれば、"踏破"率を高める事ができますけど……」

 

 ダンジョン攻略にあたっては、"踏破"と"攻略"の2つの要素を意識しなければならない。

 

 "踏破"とはダンジョンの構造や出現するモンスター、ギミックの類を解明していく事で、"攻略"はダンジョンから価値のある品物や素材を持ち帰り、一定の買い取り条件額を超える事を意味する。

 

「行ってみるしかない、とは思います。その前に少し変な事を聞いてもいいですか? 沖島さんはなぜ探索者に?」

 

 カイトたちの会話内容や、妙に強く過去を想ってしまう自分に比べて、瑞樹はどうにも"今"に生きている気がする。

 

 ダンジョンに影響を受けていなさすぎるのだ。

 

 それがあるいはダンジョンの謎を解き明かす鍵になるかもしれない──そう思った片倉はまあダメ元と言った感で尋ねてみた。

 

「え、今それ聞きます?」

 

 瑞樹は少し苦笑しながら、遠ざかっていくカイトたちの背を見て──

 

「まあ今のカイトさんたちと未知のギミックへ向かっていくのは心配ですし、少しくらい間隔を置いてからの方がいいかもしれないですね」

 

 と言ってから、少し黙り込んだ。

 

 考えを纏めているようだ。

 

「まあ、別に……そこまで深い理由があるわけじゃないんです。私は──」

 

 瑞樹は語りだした。

 

 ◆◆◆

 

 まあ大した話じゃないんですけどね。

 

 私の親はまあよくある毒親で、母親も父親もちょっとした理由で私を叩いたりしてきました。

 

 そのせいなのかな、ある時両親の心の色がなんとなく分かるようになってきたんです。

 

 特に私に対して何かをしようと思ってる時は二人の姿が少し黒ずんで見えるんです。

 

 こういった理由でPSI能力に目覚める人は結構いるらしいですよ。

 

 この力は結構便利でした。

 

 親の色が黒ければなるべく機嫌を損ねないようにして……そのおかげで免れた暴力とかも結構あったと思います。

 

 社会に出てからも私に対して何か悪意を持っている人のことがなんとなく分かるので、もしかしたら受けるはずだったいろいろなことを避けて来られたかもしれません。

 

 ただ、私のそういう立ち回りがやっぱりなんとなく他の人にわかっちゃうんでしょうね。

 

 八方美人だって言われて、どこでも気づいた時には周囲の人たちの色が黒くなっていました。

 

 だから職場を転々として、それでも居場所がなくて。

 

 だけど人間って誰かに認知してもらわないと、承認してもらわないとどんどん頭がおかしくなっちゃうらしくって。

 

 居場所を探しているうちに探索者になっていました。

 

 探索者って結局実力主義じゃないですか。

 

 ちゃんと仕事していれば協会は必要としてくれるし、仲間からも頼ってもらえるし。

 

 かなりハードな仕事ですけど満足はしていますよ。

 

 もしこの仕事を辞めればまた私は私のことを嫌う社会に放り出されることになるし。

 

 あの頃にはもう二度と戻りたくないんです。

 

 だからできそうな仕事は積極的にやって、結果を出そうと頑張ってる──みたいな感じです。

 

 ◆

 

 片倉はそれを聞いてなるほどと思った。

 

 瑞樹の中には過去への憧憬が一切存在しないのだ。

 

 だから精神に干渉されないで済んでいる。

 

 それは一種の強みだとは思うが、片倉には悲しい強さに思えてしまうのだった。

 

 

 

 

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