【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第二十七話【三人の末路】

 ◆

 

 "協会"が指定する所の片倉の探索者としての等級は乙ー2だ。

 

 これは日本国政府が定めたダンジョンの難易度制定のそれを参考に定められており、当該探索者の能力がどの階梯にあるかを客観的に示したものとなっている。

 

 つまり、片倉ならば乙ー2指定のダンジョンまでなら適正とされているという事だ。

 

 この基準は慣例的に他の探索者組織でも採用されており、国内探索者組織のデファクトスタンダードとなっている。

 

 それではその乙ー2級相当の探索者がどの程度の身体能力なのかと言えば──

 

 ・

 ・

 

 片倉の両の脹脛がその面積を倍したように見えた。

 

 筋肉が隆起し、濃い陰影を刻む。

 

 次瞬、片倉はチーターの初速の四倍以上の速度で飛び出し、カイトたちに向かって疾走した。

 

 送りだす足の一歩一歩は、傍から見れば地についていないようにさえ映るだろう。

 

 この機動は、少なくとも瑞樹には絶対に出せるものではない。

 

 ──し、死んじゃうッ……

 

 瑞樹は片倉の体に腕を回して必死でしがみつく。

 

 羞恥などという(アマ)な感情を抱く余裕は毛程も無かった。

 

 そうして距離を縮めていく片倉にカイト達も気付いたのか、歩を止め──片倉の方を振り返った。

 

 ◆

 

「ひっ!?」

 

 多分の怯えを滲ませる瑞樹とは対照的に、片倉の感情に揺らぎはない。

 

 カイト達の顔を見た瞬間、片倉は三人の殺害を決断した。

 

 カイトもアヤもMIRUも、三人はタイプこそ違えど異性から人気がありそうな整った顔立ちを()()()()

 

 過去形なのは、今の三人の姿が片倉達の知るそれとはまるで異なるからだ。

 

 もはや人ではない。

 

 三人は両の(まぶた)を縫われ、なにより()

 

 彼らの口は()ではなく、()となっていた。

 

 唇が引っ張られて長いホース状の何かとなり、上方へ向けて蛇がのたくる様にうねっている。

 

 この触手のようなものの先端に大きな眼球がついており、三人合わせて三つのそれが片倉達を睥睨していた。

 

 この三人──いや、三匹も、適正等級の探索者にとってはそれなりに危険な相手だ。

 

 片倉に迫る肉の触手は筋肉の塊で、巻き付かれれば人体などいともたやすく引き千切られてしまう。

 

 しかしこの場に於いては、片倉真祐という一人の男の方が遙かに危険で獰猛であった。

 

 片倉は疾走の勢いそのままに、いつの間にか逆手に持ち替えていたナイフを切り上げる様にして触手の一本を切断、返す刃でもう一本の触手を断ち切った。

 

 これは磨かれた業に依るものではなく、身体能力に依ったただの暴力だ。

 

 だが肉の触手はもう一本ある。

 

 しかし、攻撃を仕掛ける事で態勢を崩した片倉に躍りかかろうとした《それ》は、宙空で一瞬その動きを止めた。

 

 肉の触手を断ち切られた二匹の個体──アヤとMIRUの末路も同様で、足の甲に杭を打ち込まれたかの様に身動きが出来ない。

 

 片倉を中心に不可視の何かが爆発し、その爆圧で身動きを封じられたのだ。

 

 人はそれを殺気だとか殺意だとかと呼ぶ。

 

 モンスターと言えども生物には変わりなく、その本能に人類種への強い敵対感情が刷り込まれていようとも、死に対しての根源的な恐れは健在であった。

 

 片倉の目には三匹の最も殺意が強い部分が仄明るく視え、その薄灯に隠れるようにしている"弱み"もまた良く視える。

 

 稼いだ時間は精々2、3秒程度であったが、片倉が三匹を鏖殺(おうさつ)するには十分であった。

 

 ・

 ・

 

 そして──

 

 地面に転がる首の付け根を貫かれた三体のモンスターの死体を見て、瑞樹は息を息を呑んだ。

 

 恐怖、畏怖、憧憬、尊敬──様々な感情が心の奥で揺れ動く。

 

 恐ろしい大型肉食獣の様な獰猛さ、戦闘者として完成された機能美。

 

 探索者としてああいう風になりたいと思うと同時に、ああなる為には人としての何を捨てればいいのだろうとも思った。

 

「カイトさんたち、死んじゃいましたね」

 

 瑞樹はそんな事を言った。

 

 言うつもりがなかった台詞だ。

 

「ええ、殺しましたから」

 

 片倉は事も無げにそんな事を答える。

 

 そんな乾いた言い方に、瑞樹は何となく自分でも理解できない反発心を覚えてしまう。

 

「元は……仲間でした」

 

「そうですね」

 

 片倉はどこまでも事務的だ。

 

「何か思ったりはしないんですか」

 

「何かとは」

 

 まるで取り付く島もない。

 

「……強いですね、戦いもそうですけど……心も」

 

 これは質問ではないと判断したのか、今度は片倉からの返事は返ってこなかった。

 

 瑞樹は片倉を冷たい人間だと思うがしかし。

 

 そんな冷たい人間がなぜ自分の身を案じてくれたりするのか、答えはまだ見つからない。

 

 ◆

 

 ──鬼が出るか蛇が出るか

 

 そんな心持ちで赤い街灯へ向かおうとする片倉だが、その袖を掴む手がある。

 

 瑞樹だ。

 

「か、片倉さん。やっぱり嫌な予感がします」

 

 瑞樹の震える声は真に迫っていた。

 

「確かに。ただ、現状あそこへ向かう以外には選択肢がない」

 

 そう言って片倉は周囲を見渡した。

 

 黒い霧は益々色濃く渦巻き、揺蕩い、視界を阻害している。

 

 赤い街灯以外の街灯があればそちらへ向かう手もあるのだろうが、残念ながら他の街灯は見当たらない。

 

「この中を闇雲に進むのは気が進みません」

 

 片倉はそんな事を言う。

 

 攻略ルートが存在するダンジョンの場合、ルートを外れれば手痛い罠が待っているというのはザラだ。

 

「私もです。実際試した人もいるみたいですけど、凄い数のモンスターに襲われたみたいで……。やっぱり先に進むしか、ないですよね……」

 

「はい。沖島さんもそれなりに覚悟してください。守れる範囲で守ろうと努力はしますが、限界もある」

 

「ありがとうございます。でもいざとなったら見捨ててご自分の命を優先してください」

 

 瑞樹の言葉に片倉はすぐには答えなかった。

 

「ええ、まあ。それはお互いに。でも出来るだけ守りますよ、仲間なんですから。……さぁ、いよいよですね。どうやら俺達を待ってくれていたみたいです」

 

 片倉は街灯の横に、ショートカットの若い女らしき人影が背を向けて立っているのを認めて言った。

 

 しかし。

 

「そうですね、あの影がここの、なんというか……ボスなんでしょうか。なんだか余り強そうな感じがしませんけど、あの捉えどころの無さが逆に厄介だったりするんでしょうか」

 

 片倉と瑞樹は顔を見合わせる。

 

 互いの言の齟齬に気付いたのだ。

 

()()は、俺だけに見えているっていう事ですか」

 

 片倉は目を細め、赤街灯の横に立っているすらりとした女を見ながら言った。

 

 いつもの何を考えているのか分からない無表情(ヅラ)を浮かべている片倉。

 

 しかしその内心で誰かが囁いている。

 

 ──あの背を、見た事がないか? 

 

 ──あの髪に、覚えはないか? 

 

 ──あの女を、お前は知っている

 

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