【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第三話【朝の一幕】

 

 早朝のトレーニングルームには先客がいた。

 

「うっ……! あっ……!!!」

 

 乙女の淫靡な苦悶……ではない。

 

 声の主は、チームのリーダーである小堺良平であった。

 

 彼はスクワットトレーニングとしてはスタンダードなバーベルスクワットをしている。

 

 バーベルの両端には重りがはめられており、小堺が担いでいるバーベルの重りには、それぞれ「1」と刻印されたものが2つずつついている。

 

 小堺はトレーニングウェア姿で、顔のみならず全身が真っ赤に紅潮していた。

 

 全身余すことなく力んでいる証左であろう。

 

 発汗もすさまじく、まるで頭から水をかぶったかのように汗に塗れていた。

 

 一見するとオーバートレーニングのように思えるが、探索者の基準は一般人のそれとはまるで異なる。

 

 日常的にダンジョンを探索している影響で、探索者の身体は日々変容を遂げている。

 

 生物のみならず、無機物までもがダンジョンの影響を受け、その組成を大きく変容させるのだ。

 

 ある進化学者などは、この現象について「存在の階梯を昇っている」と評していた。

 

 片倉はそんな小堺に軽く会釈し、隣のトレーニングスペースで小堺と同じようにバーベルを手に取った。

 

 彼が手に取ったのは「5」と刻印された重りを2つずつ。

 

 ──20トンか。あれでまだまだ余裕があるってんだから

 

「1」と刻印された重りは重量1トンを意味し、「5」なら5トンだ。

 

 世界記録でさえ500キロ台なのだから、探索者の身体能力がいかに常人とかけ離れているかは明白だろう。

 

 小堺は内心で舌を巻きつつも、自身のトレーニングに集中した。

 

 トレーニングは重要だ。勿論実戦の場が一番探索者を成長させるが、それでも「強くなろう」という意思をもってトレーニングをすれば、肉体は少しずつそれに応えてくれる。

 

 その上昇幅たるや、一般人が普通にトレーニングするのとはくらべものにならない。

 

 探索者とは「そういう生き物」なのだ。

 

 ダンジョンが彼らをそのように変えてしまった。

 

 ◆

 

『六道建設』探索事業部、共同食堂

 

 ここは企業と契約している探索者が利用できる施設だ。

 

 食事の質は探索者が企業と結んでいる契約内容に比例している。

 

 ──あの人もよく分からないんだよなぁ

 

 二階堂沙耶は林檎を朝食を取りながら、ぼんやりと片倉を眺めていた。

 

 片倉はやや離れた場所で黙々と食事をとっている。

 

 といっても、片倉が口にしているのは非常に粗末な食事だった。

 

 余程飢えていなければ口にしようとも思えない硬いパン、お湯と言っても差し支えないスープに、気持ちばかりの野菜の切れ端が浮いている。

 

 もちろんそれだけでは探索に必要なエネルギーを賄えないため、最低限の栄養を保障するカロリースティックが支給されているものの、それだけでは気が滅入ってしまうだろうに。

 

 そして、分からないというのは片倉本人のこともそうだし、その待遇もそうだった。

 

 沙耶は片倉の装備に目をやる。

 

 ボディアーマーは桜花征機の廉価品で、腰に佩くのは大振りのタクティカルナイフといった簡素さ。

 

 バックパックに至っては登山用のものである。

 

 総額10万円もしないのではないだろうか。

 

 これはちょっと『六道建設』の企業探索者としては考えられないことだった。

 

 企業探索者は企業の戦略や利益のために特定の任務を遂行するプロフェッショナルとして位置づけられている。

 

 彼らの探索結果が企業の利益に直結することから、失敗や損失を最小限に抑えるために、最新鋭の装備や手厚い報酬、万全のサポートが提供されるというのが常だ。

 

「片倉さんって桜花征機とも契約してるってことはないわよね? なんかほら、戦闘データ収集のモニター契約をしてるとか……。極限状態をデータ収集をしなきゃいけないから、良い装備を身に着けられないとか……」

 

 沙耶が隣の席に坐る日野 海鈴へ小声で尋ねた。

 

 桜花征機は探索者が使用する装備を開発、販売している国営企業である。

 

 探索者のための装備を専門に扱っているが、その品質はお世辞にも良い物とは言えない。

 

 動きやすさを重視するあまり、強度に劣るのだ。

 

 とはいえ最高級品は別だが、少なくとも片倉が身にまとっているボディアーマーは型落ちの中古品で、ろくなものではないだろう。

 

 沙耶の質問に海鈴は目を丸くした。

 

「ええ? 何でそんなことを……あー、カタさんの装備? 確かに桜花征機製のものが多いけど、あの人の戦闘スタイルとマッチしてるからじゃないのかな。ほら、桜花征機の製品って軽いじゃん。すぐ壊れちゃうけど」

 

『六道建設』所属の企業探索者には、基本的に完全子会社である『六道製作所』の最新鋭装備が支給される。

 

 当然、小堺 良平、二階堂 沙耶、日野 海鈴らにも支給されているが、片倉には支給されていない。

 

「なんか、色々事情があるみたいだよ」

 

 海鈴が続けて言うと、沙耶は明らかに納得していない風な不満げな表情を浮かべて朝食の残りをかき込んだ。

 

 沙耶は不満であった。

 

 何が不満かといえば、片倉の待遇だ。

 

 チームとして命を預け合う関係だというのに、ひたすらそっけない片倉の態度には思うところがないわけではない。しかし仲間として非常に頼りになる存在なのは間違いないし、とても体を張ってくれているというのもよくわかる。

 

 沙耶が思うに、片倉はもっと報われてもいいと思うのだ。

 

 だのに片倉の現状は、まるで収支をトントンにするのが精一杯といったカツカツの三流探索者のようではないか。

 

 中古の安物装備に始まり、私室の等級も最も低く、日々配給される食事も摂取栄養素を調整するためのカロリースティックと貧乏飯といった惨状。

 

 しかも、探索は十分休養を取った上で実施されなければならないにもかかわらず、片倉の場合は連日探索に赴いている。

 

 つまり、チームの休養日はソロ探索をしているということだ。

 

 挙句の果てに、給料も安い。

 

 ──確かにそういう条件で契約する奴らもいるけど

 

 片倉のようにひどい条件で契約する探索者もいないわけではない

 

 ──でもそういう連中は……

 

『六道建設』で奴隷待遇といってもいい条件で飼われている探索者たちのことを考えると、沙耶は内心に嫌悪と侮蔑の感情が湧いてくるのが分かった。

 

「ちょっとー。チクチク雰囲気やめてね。私そういうの敏感なの知ってるでしょ? カタさんは沙耶ちゃんが思ってるような人たちとは違うよ。もしそういう感じの人だったらさ、そもそも居住エリアで自由行動なんて取れないって。今朝も小堺のおじちゃんとトレーニングしてたみたいだし。なんか事情があるんだよ、知らんけど!」

 

 にわかに機嫌が悪くなった沙耶を見て、海鈴がそんなことを言った。

 

 沙耶も「確かにそうね。片倉さんは……まあ、ちゃんとしてると思うし。もう少しコミュニケーションを取ってくれると助かるけど……」と一応の納得を示す。

 

 ・

 ・

 ・

 

 彼女の機嫌が悪くなったのには、それ相応の理由がある。

 

 二階堂沙耶は10年前に両親を失くしていた。

 

 事故ではなく、事件だ。

 

 彼女の両親は探索者ではなく一般人であったが、とある探索者によって殺害されているのだ。

 

 件の探索者は短気で普段から粗暴な面が目立ち、問題行動を取ることも多かったが、その日は探索が失敗したこともあって特に機嫌が悪かった。

 

 失敗した探索の帰りに街で酒でも飲もうと繰り出したところ、結婚記念日のデートをしていた沙耶の母親に悪絡みし、それを制止しようとした父親を勢い余って殺害。自分がしたことに、飲んだ酒の酔いもすっかり醒めてしまいパニックになって暴れ、沙耶の母親のことも殺害。

 

 件の探索者は然るべき処分を受けたが、それで救われないのは沙耶である。

 

 加害者が罰を受ける=被害者が救われるということではない。

 

 加えて言えば、その探索者は刑法上の罰を受けることなく『再教育センター』という施設へ送られた。

 

 この不穏な名称の施設は、 "特別な教育" による人格改善を目的とした施設で、素行不良探索者が犯罪を犯した際はここへ送られる事になっている。

 

 なぜ刑法上の罰が与えられないのかといえば、単純に刑務所へ送致したり、死刑といった刑罰を与えたりしては当該探索者の "稼働率" が下がるからだ。

 

 国の方針として、探索者はいわゆる人財として見做されている。

 

 沙耶の両親の場合も、一般人二人が死ぬ国家的損失よりも、一人の探索者が今後の探索によって生み出す利益を失う損失のほうが大きいと判断されたということだ。

 

 こうした司法判断は、ダンジョン発生前では到底考えられない非人道的なものだったが、今ではもう珍しくはない。

 

 ダンジョンの資源はもはや国力増強になくてはならないもので、ダンジョンが発生して以来、日本のみならず世界各国が武断主義に傾倒しているという背景が大きく影響しているのだろう。

 

 こうした過去のせいか、沙耶はどこか他人の人格に潔癖さを求める節がある。

 

 分かりやすく言えば、「不良なんて大嫌い」なのだ。

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